昨年、大分県の中津市のことを書いたかと思います。OL時代お世話になったSさんが中津にお引っ越しされて、その数日後にテレビでから揚げが有名なことを知り、その事を書いたらsattonさんがお父さまの出身地だと書き込みしてくれて、何だか中津という場所に親近感が湧いたのでした。
年末に喪中のはがきをいただいたこともあり、上司だったSさんにクリスマスカードを出しました。てっきり定年退職されて大分に永住されたんだと思い・・・。そしたら今日、東京の住所でSさんからお手紙が届きました。
以前は関西にお家がありながら、ずっと東京に単身赴任されていて、会社は変わりながらもずっと東京にいらっしゃったとのこと。大分は奥さまの出身地なんだそうです。恵比寿に会社があるので、一度会いましょうとお手紙いただき、勇気を出してケータイに電話したところ、懐かしい低音の美声が返って来ました。
ダンディで仕事ができて、ほとんど声を荒げることなく、とても優しかったSさん。今の私の年齢ぐらいの時に、経理部の上司としてお世話になっていました。22歳の若輩者には、40代の人はすごく大人で輝いて見えたよなー。
そしてびっくりだったのが、会社をいくつか変わりつつ、常に一緒にお仕事されていたFさんとは、今もご一緒なんだとか。
私の勤めていた薬品会社の営業から経理に配属になられて、新人の私が経理の仕事をちょっとだけ教えさせてもらっていたFさんは、当時30歳くらい。今はもう50を過ぎてらっしゃるんだなー。いつまでもお若いイメージだけど。
で、今度2月に恵比寿でお昼ご飯をご一緒することになりました。何かもううれしくて

Sさんとお昼をご一緒するのは、私が会社を結婚退職する前にうなぎをごちそうになって以来。そしてお目にかかるのは、結婚式以来かと思ったら、阪神大震災の時に派遣社員として少し呼んでいただいたことがあり、その時以来なので実に17年ぶり。
年賀状だけのつながりって意味があるのかなーって、年賀状出す時はつい思ってしまうのだけど、実際昨年の夏にもサークルの後輩のみなさんにライブに来ていただいたり、会社の同期の友人にも中目黒に足を運んでもらえたり。年賀状のやりとりさえもなかったら、なかなか突然連絡取りにくい(今はフェイスブックが役に立つらしいですが、ブログもやってるので何か始められません)中津という土地に何か興味が湧いて、クリスマスカードを出したからこそ連絡がついたんです。
SさんはダンディなイケメンでFさんはスポーツマンのイケメン。後輩の男の子2人も結構なイケメンだったな(ホントです)何て恵まれた環境で仕事してたんだろ、私。お会いするのが今から楽しみです