とにかく書いておかないと

すぐに忘れてしまうことを、書き残しておきます。

夏目漱石の『明暗』3「小林」

2024-03-06 14:00:06 | 夏目漱石
3『小林』
『明暗』の中で一番印象に残るのは「小林」である。小林の陰湿な言動にドストエフスキーを感じてしまうのである。小林自身が次のように語っている。

「(ドストエフスキーのことを)先生に訊くと、ありゃ嘘だと云うんだ。あんな高尚な情操をわざと下劣な器に盛って、感傷的に読者を刺激する策略に過ぎない、つまりドストエヴスキが中った為に、多くの模倣者が続出して、無暗に安っぽくしてしまった一種の芸術的技巧にすぎないといううんだ。しかし僕はそうは思わない。先生からそんな事を聞くと腹が立つ。先生にドストエヴスキはわからない。」

そして涙を落して泣きはじめるのである。小林は金で困っている津田よりも、更に生活に困っている人間である。それでいて気位は高い。言葉に迫力がある。その小林が別の場面では津田に次のように言う。

「頭では解る、然し胸では納得しない、これが現在の君なんだ。つまり君と僕とはそれだけ懸絶しちるんだから仕方がないと跳ね付ければそれまでだが、其所に君の注意を払わせたいのが、実は僕の目的だ、いいかね。人間の境遇もしくは位地の懸絶といった所で大したものじゃないよ。本式に云えば十人が十人などから略同じ経験を、違った形式で繰り返しているんだ。」

人間には上も下もない。皆がおなじような経験を味わいっているんだから、自分を取り繕ったって底が透けて見えると言っているのである。するどいおどしである。真実かどうかはわからないが、真実のように聞こえてしまう。こんなことを言う奴が近くにいたら、怖くて生きていけない。小林にはドストエフスキーの要素が明確に表れている。
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