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マラルメ 男の原型 :松山情報発見庫#356

2005-12-14 00:00:00 | 松山情報発見庫(読書からタウン情報まで)
マラルメ詩集

関西大学出版部

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マラルメについては以前から取り上げると何度かいっていたがようやくここに来て約束が果たせた。
まずこの詩集から見られる彼の人生観というようなものを浮き彫りにしてみよう。
大きく分けて彼の詩集からは、①恋愛をする対象としての女性への崇拝と絶望②詩人としての苦悩、詩へのアンガジェという二つのモチーフが伺えると思う。
①恋愛をする対象としての女性への崇拝と絶望については、冒頭の解説であるように(「マラルメとの再会-改訂版『マラルメ詩集』の序にかえて」,12頁)、妹と母という二人に肉親の詩ということも大きな影響となっているようである。
マラルメの女性に対する想いがあふれている詩の一例としては、

  ある娼婦に

獣よ、民草の罪ひしめくという
お前の肉体を、今宵、征服しに来たのではない。
私の接吻が注ぐ、不治の倦怠のもと、
お前の汚れた髪の毛に悲しい嵐を凝視はすまい。

悔恨という未知の幕の下を飛翔(かけ)りつつ
夢のない重い眠りをおまえの茵(しとね)に求めよう。
虚無について死者にもまさり知り尽くすおまえが、
おまえの吐く不吉な虚言(うそ)のあとで、味わう眠りなのだ。

なぜなら、悪が、生来の私の気高さをむしばみ、
おまえと同じく、不毛の烙印を私に捺したから。
しかし、おまえの木石の胸中(こころ)には、
罪の歯も立たない、心が、領している。
ひとり寝に、死の恐怖に襲われ、青ざめて、
やつれはて、経帷子をまとい、逃走あるのみ。
(40-41頁)

この詩からは、
マラルメが男性特有ともいうべき性欲に愚弄された結果として、娼婦に対して同情と共に、後に創作との絡みとでも述べるが、マラルメ自身の創作を妨げるもの、理性に陰りを見せるものモチーフとして描かれている。
続いて取り上げる、「半獣神の午後」(111-119頁)においては、マラルメが芸術に立ち向かおうとする際に襲い掛かる女性の魅力というか、誘惑のようなものも描かれている。(少し長いが、詩を味わってもらう意味もこめて全て引用したい)

  半獣神の午後

あのニンフ*たち、彼女らを不朽にしたい。
       かくも鮮やかに
あの軽やかな肉の色、錯綜した睡りの
まどろみのうちに、空を飛び交うがよい。

       私は夢を愛したのか?
私の疑惑、年古りた夜の堆積は、多くの精細な
梢となりはてて、真実の森さながらに、ああ、無念だ!
薔薇*という概念の誤りを勝利の獲物として
ただひとりで自分に供しようとしていたのがわかる。
熟考えよう・・・・・・
  
       おまえの咎める女たちが、、
おまえの架空の官能の願いをあらわすなんて!
半獣神よ、類いなく浄らかな処女(おとめ)の、青く
冷ややかな眼から、幻想は、涙の泉のように迸る。
だが、ため息の的になった他の処女は、おまえの羊毛皮にこもる
真昼の熱風にも似て、まるでちがうと、おまえはいうのか!
いや、そうではない。自若とした、疲れ果ての失神により
爽やかな朝は、抵抗にさいしては、炎熱に息をはずませ、
和音に湿(うる)おされた茂みでは
わが草笛が降りそそぐ水はささやきも発てず
ただ風の音のみ双つの管から速やかにのがれいで、
無精の雨のなかに音をまき散らすにいたるのだ。
それはただ、小波ひとつ立たぬ水平の彼方に
くっきりと晴朗な、霊感による人口の息吹となって
やがて大空へとかえってゆく。

おお、静寂(しずか)な沼のあるシチリアの岸辺よ、
太陽と競って私の慢心に荒らされるがよい。
火花のような花の下、暗黙の岸よ、語ってくれ。
『私がここで、才に手馴れた空ろな芦を
刈っていると、泉に向いた葡萄の木をささげる
遥かな緑の草むらの、海緑色の金色に輝くほとりに
憩う真白の生き物が、波のようにうねるのだ
芦笛の音がはじめて緩い序曲につれて
白鳥がとびたつ姿か、いや!泉の精我逃げだして、
それとも水に躍びこむ姿かと・・・・・・』
     精気なく、すべてが、
茜色の刻に燃えるとき、いかなる術かしらないが、
ラの音求める者*が願った祝婚の調べが一せいに湧き起る。
そのとき、私は最初の執心に目醒めて
光の太古の波の下、すっくりとひとり立ち上がるだろう、
百合花(ゆり)よ!
無垢をあらわすおまえたちすべてのひとりとして。

その唇から漏れた甘くはかないたわむれ、
ひそかに、裏切り者を安堵させる、接吻のためではないが、
証拠もない私の胸が、いかめしい歯のかみ傷による
神秘の傷跡を証言している。
だが、なんたることか!
この秘法は聴き手として、
蒼空の下で奏でられる、太い双つの声茎をえらんだ。
その茎は、頬の乱れをもとの姿に返し、
長い独奏のうちに、周囲の美を、
わが軽信(かるはずみ)の歌声と、その美との
偽りの多い混同によって、夢みている。
ときあたかも調べは恋の抑揚につれて高まり、
私の閉じた眼が追っかけた、背か
それとも浄らかな腹の、日頃の夢を、
ひびきぬなしく単調な、音の連りが消してゆく

遁走の手だて、おお、意地悪のシュリンクス*よ、
おまえは私を待つ湖に、またもや乱れ咲くがよい!
私はただ、自分の風聞(きこえ)に誇りを持ち、女神を語れば切りがない。
崇め愛する絵のなかで、女神とおぼしき陰影から
またもや、腰の細紐を奪いとろう。
こうして、透明な葡萄の汁を吸いつくしたそのときこそ、
うろ偽って退けた、未練をよそに追うために、
笑顔で、夏の大空に、空ろな房をさしかざし、
光りきらめく皮のうち、息吹き入れて
陶酔を貪り、日暮れまで、透かして眺めあかすのだ。

おお、ニンフよ、くさぐさの思い出を、またふくらますとしよう。
『私の眼は、芦叢(あしむら)に穴をあけ、不滅の襟足を突きとめたが、
 そのおのおのの襟足は、傷痕を水に浸け、
 森のなかから大空へ、怒りの叫びを上げたのだ。
 こうして、髪毛のすばらしい沐浴は
 おお、宝石よ、その光明と戦慄のなかに消えてゆく!
 私は駆け寄る。すると私の足許に、
 (二人きりの病癖ゆえに、味わい深い憔悴に傷つき)
 誰憚らぬ腕と腕、擁して睡る処女たち。
 私は二人を引き裂かず、強奪(うば)ってはみたものの、さて、
 軽薄な葉陰にきらわれ、太陽に照らされて、芳香の
 涸れつくした薔薇叢に、一目散に駆け込んで、
 そこで私たちのたわむれこそ、燃えつきた太陽に等しかれ』
処女の憤りよ、おお、裸身で聖らな重荷の野性の歓喜よ、
おまえはたまらない。この重荷は稲妻が震えるように
肉のひそかな恐怖を呑みつつ、火と燃える私の唇を
逃れようと、身をくねらせてすべってゆく。
非情(つめた)い女の足許から、怯えた女の心まで、
純潔を一挙に見限るがいい、狂気の涙か、それとも
さほどに悲しくもない水液(しずく)に湿りを帯びて。
『私の罪は、裏切者のこの恐怖を征服しようと勇みたち
 神々のおかげで、縺れからんだ毛の群を
 唇によって掻き分けたことなのだ。
 ひとりきりの処女の幸多い襞の下に
 燃える痴笑いをかくそうと、思ったはずみに、
 (高ぶる妹の興奮に、羽毛の純白を染めようと
  純らな、顔赫(あか)らめ娘を
  指一本にかき抱くと、)
 ただ当てもない死の境地、とけた腕からすりぬけて
 この獲物は、永遠に情けも知らず
 私の陶酔の鳴咽(しのびね)に憐憫も見せもしないのだ。』

仕方がない!他の処女なら、私の額(あたま)の
角に結んだ編毛で、幸福へと連れ去ってもくれもしよう。
私の情念よ、おまえは知る、もう真紅に熟れた
柘榴(ざくろ)はみんなはぜ割れて、蜂の羽音もかしましい。
私たちの血は、それを捉えようとするものに溺れ、
情欲の永遠の群れへと、流れてゆく。
黄金(こがね)と灰色のこの森の黄葉(もみ)ずるとき
色褪せた茂みのなかに、ひとつの饗宴が高揚(たか)まる。
エトナ!おまえの山腹にヴィナスがおとずれて
熔岩の上に、純真な踵(あし)を運ぶとき、
悲しい睡りの轟きか、それとも火焔の終局か。
私は女王をかき抱く!
    おお、たしかな罰・・・・・・
空虚な言葉の霊と、ぐったりしたこの肉体、
真昼の誇らしい沈黙に、いずれは打負かされるのだ。
ただそれっきり、冒険はうち忘れ
ひとおもいに、渇いた砂に横になり、睡るとしよう。
葡萄酒に有利な太陽に、口を開くたのしさよ!

二人の処女よ、さようなら、おまえたちのうつろう姿を眺めよう。
(111-119頁)
*半獣神=ローマ神話の古い、森の神。彼は森のささやきを聞いて予言することができたといわれる。上半身は人間で、下半身は山羊の姿を持つ。ギリシア神話のサテュロスパンの神と同一視されることが多い。        
**ニンフ=ギリシア神話の中の山川草木などの精で、擬人化された女神でもあった。
***薔薇は、恋愛という所作のモチーフ
****ラの音求める者=調和を求める者
*****シュリンクス=ギリシア神話で、パン神の愛の追及を受けたとき、逃れてラドン河岸で一本の芦に姿を変えた女神。


語句解説と共に丹念に読んでいただければ、わからなくはない範囲で何とかわかるとは思うのだが、ニンフというのがマラルメ(彼を半獣神に見立てている)が現実界で格闘する女性のモチーフでその存在がマラルメの詩に対する創作意欲を奪っていく。男性であれば感じるであろう射精の後の空白を最後の部分で示しているといえる。対比して、途中で出てくるヴィナスというのが、芸術であり、マラルメの場合においては、詩の創作というものを象徴するという具合にだ。

(以降②に・・・)
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