新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

アメリカ対チャイナの貿易戦争の回顧

2018-07-07 15:11:29 | コラム
オバマ政権下既に始まっていた:

2010年前後だったか、シンガポールに本拠を置く華僑財閥系のシナル・マス(Sinar Mas)グループが、傘下の製紙会社Asia Pulp & Paper(APPでインドネシアに本拠を置き中国にも工場がある世界最大級にして最新鋭の設備を有する)が、アメリカに猛烈な輸出攻勢をかけてその市場占有率を急速に伸ばしていった。しかも、世界最新鋭の抄紙機で製造される塗工及び非塗工の印刷用紙の品質と価格は、20世紀に導入され時代遅れとなっていたアメリカの設備で造られる紙を遙かに凌駕していた。

私も1997年にAPPのインドネシアの2工場を見学する機会があった。正直に言って、長年アメリカの時代遅れの生産設備を見慣れていた私の目には、その素晴らしさに圧倒されて言葉を失ったほどだった。その三菱重工製の最新鋭のマシンの写真撮影の許可を取れたので、帰国して我が国最大のメーカーのOBで研究所の所長だった技術者の方にご覧に入れたところ「悲しいかな、私には最早こういうマシンは理解できない」と言われてしまった辺りに、その凄さがあるのだった。

そのAPPの攻勢に恐れをなしたアメリカのメーカーが、商務省(DOC)にインドネシアや中国等の新興勢力からの輸入紙に関税をかけるよう請願した。DOCは詳細に調査した結果「中国政府が輸出紙には国内の物品税を免除し助成金を交付していると判明し、不当廉売である」との結論に達した。そこでインドネシア、中国、韓国、台湾等までが関税でアメリカ市場から閉め出されることになった。後にEUもこの関税賦課の後を追って新興勢力を占めだした。

私は長年アメリカの紙パルプメーカーに勤務していたので、アメリカの紙パルプ産業界が古物化した設備を抱えて利益も不十分だった為に、合理化乃至は近代化の設備投資が遅れており、品質、コスト、生産の規模で後発なるが故に最新鋭の設備を保有する中国とインドネシア等に敵う訳がないと見ていた。これは誠に残念な事態だった。しかし、私はオバマ政権の保護貿易の姿勢は批判したのだった。

意外に思われるだろうことがある。それは数年前にアメリカを追い越して世界最大の製紙国にのし上がっていた中国は資源小国で、パルプも故紙も輸入に依存せざるを得ない態勢だった。アメリカはその中国に対してパルプ以外にも故紙も供給し最大の故紙のサプライヤーだったのである。即ち、アメリカは自分で供給した原料で生産された紙が低価格で輸出されることに苛まれていたのだった。そして、関税で閉め出して自国の製紙産業を保護したのだった。

しかし、中国も拱手傍観していた訳ではなかった。2~3年ほど前からアメリカが輸出してくる故紙は選別が粗雑で不純物(業界用語で言う禁忌品=prohibitive materialsで、言わば故紙以外のゴミ)が混入されていると指摘し、到着後に港で税関が厳密に検査し、規格外品を受け入れを拒否するようにしたのだった。これは実質的に輸入禁止と同様な措置で、アメリカの故紙輸出業界が大混乱に陥ったのだった。と言うことは、紙パルプ産業界に限定してみれば、貿易戦争は既に開始されていたと言えるのだ。

そういう視点で見れば、トランプ大統領はオバマ大統領の対中国貿易戦争を引き継いだのかも知れない。だが、今回開始された関税の賦課の応酬は規模も違うし、そもそもトランプ大統領が目指しているところは単なる保護貿易政策ではないことは明らかであると思う。私にはトランプ大統領がこの争いが巻き起こすだろう世界全体の経済に与える影響をどれほどの大きさになるか、まで考慮されたか否かなどは窺い知れない。だが、相当な決意で臨まれたようだとは解る気がする。

今日か明日か知らないが、ポンペオ国務長官が平壌からの帰路に我が国を訪れられるようだ。総理以下はDPRKの非核化問題も重要な議題だろうが、この対中国の貿易戦争も我が国に直接・間接に影響してくるのは間違いないところだと思うので、十分にアメリカの目的と意図をご確認願いたいものだと思う。まさか、トランプ大統領は中国さえ今叩いておけば「後は野となれ山となれ」(=After me the deluge.か I don’t care what follows.)とは仰るのではあるまいな。

なお、アメリカ対チャイナの貿易戦争としたのは、私は「米国」という国名の表記はおかしいと思い、常にあめりかとしてきた以上、均衡を取る為に「チャイナ」としたまでである、念の為。