アジアの手仕事~生活と祈り~

アジア手工藝品店を営む店主が諸国で出逢った、愛すべき”ヒト・モノ・コト”を写真を中心に綴らせていただきます

インド中西部 20c前 バンジャーラ族 刺繍サッシュ

2022-03-14 08:16:00 | 刺繍




製作地 インド中西部
製作年代(推定) 20世紀前期
民族名 バンジャーラ族 Banjara
素材/技法 木綿、絹 天然染料主体、一部化学染料 / クロスステッチ、ハーフクロスステッチ
サイズ 幅8cm、長さ79cm

バンジャーラ族はラージャスタンのタール砂漠を出自とし、牛車により塩や小麦を始めとする交易品を、広大なインド亜大陸(西部乾燥地帯)を移動しながらネットワークにより土地土地へと運び届ける陸路運送の役割を担ってきました。

ムガル帝国後期(オーランガゼブ治世)には牛車運搬役に編成され、部族によっては宮廷に仕える仕事も行ないましたが、帝国の没落と英国植民地下の鉄道の敷設等により徐々に職域を失い、現在ではインド中西部~南西部の各地に散らばりその多くは定住生活を行なっています。

本作品に見られる高度かつ洗練された染織・刺繍技術は、古い時代の移動生活の中で、他民族・他文化との交流のうちに培っていったものと考察されます。

天然の茜染めと藍染めの木綿織物、手引きの絹糸と手紡ぎの木綿糸... 素材遣いからも土地と時代に由来する濃密な色香が感じられる、バンジャーラ・アンティーク刺繍の逸品です。





























(光学顕微鏡による画像)




インダス・コーヒスタン ”生命樹文”刺繍サッシュ

2017-02-26 12:59:00 | 刺繍






製作地 パキスタン・カイバルパクトゥンクワ州 インダス・コーヒスタン地方 Indus Kohistan
製作年代(推定) 20世紀前期
民族名 コーヒスタン族(Kohistan)
サイズ 横幅:23cm、全長:127cm(フリンジ部分除く)
素材 木綿地、絹刺繍、ロシア製銅版更紗(裏地)

パキスタン北西部のカイバル・パクトゥンクワ州“インダス・コーヒスタン地方(Indus Kohistan)”に生活する「コーヒスタン族(Kohistan)」の手による、祝祭用の刺繍サッシュ。

“コーヒスタン族”は古来よりこの地方に生活する先住民族であり、パシュトゥーン系民族の流入により生活エリアを辺境の極小地域に狭められながらも、独自の生活文化を守り続けてきた少数民族となります。コーヒスタン族は、チトラル渓谷に生活する“カラッシュ族(Kalash)”と同様、その多くが近年までイスラーム化を拒みカフィール(異教徒)として生活をしてきた人々であり、彼らの手掛ける衣装や装身具は、他に類するモノの無い独自の様式美が薫るモノとなっております。

本刺繍サッシュは1m20数cmの長い布上に一本の“生命樹”が流麗な枝ぶりとともに伸び伸びと力強く描き込まれた作品、その生命感溢れる刺繍モチーフに目と心を奪われます。

外界と隔たった辺境山岳地帯で、土着の信仰のもとに生きてきた民のもとに伝え継がれてきたモノならではの、どこか神秘的かつ新鮮味溢れる意匠に魅力を感じる一品です。





























●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

ラダック ウール綾地絹刺繍・肩掛け

2016-07-01 04:50:00 | 刺繍








製作地 インド ジャンムー・カシュミール州 ラダック地方
製作年代(推定) 20世紀前期
素材/技法 ウール地、絹刺繍、染料、木綿裏地、絹フリンジ、絹×金属糸(モール)織物 / 綾地、刺繍(タンブルワーク)
サイズ 布本体:横幅66cm、縦48cm、フリンジ:約22cm

本品は緑の染められたウール(羊毛)を素材に綾組織で織られた布をベースに、多色に染められた絹によるタンブルワークの刺繍で装飾がなされたもの、ラダック地方に生活するチベット系民族が肩掛け”ボコ(boko)”として用いたものとなります。

ラダック地方において肩掛け”ボコ”は主に冬季の防寒用として用いられますが、本品はその華やぎ溢れる意匠から、婚礼・祝祭或いは宗教儀礼の特別な機会に手掛けられ・使用されたものと推察されます。

またタンブルワークにより描かれる立花(花束)モチーフは中央アジア(トルキスタン)的な薫りのするものであり、この種の刺繍作品の意匠・技巧がシルクロードの支流としてのカシュミール交易街道を通じて古い時代に伝わったであろうことを指摘することができます。

大らかかつ瑞々しい生命感に溢れる刺繍表情に魅了されるとともに、実使用の肩掛けとしての可憐な表情にも格別の魅力が感じられる一品です。
























19c初 カシミヤ綾地・刺繍”アームリカル”(3)

2016-06-28 00:38:00 | 刺繍
















製作地 インド ジャンムー・カシュミール州 シュリーナガル  
製作年代(推定) 19世紀初め アフガン期
素材/技法 カシミヤ山羊の内毛(うぶ毛)、天然染料 / 2/2綾組織、刺繍、アームリカル
サイズ 横幅67cm、縦42cm

ムガル治世下に”綾地綴織”の織物として技術の完成をみたカシミール・ショールですが、織物一枚の製作にあまりに労力・時間が掛かりすぎ、国内外からの需要が高まる中、綴織一枚織物(カニカル)に比べ製作時間の短縮が望める刺繍物(アームリカル)がアフガン期に登場します。

しかしながら、目にした際に明らかに刺繍と判別できるようなものは、貴族・富裕層のための高級衣料”カシミール・ショール”として受け入れられるものではなく、代用品及び汎用品のレベルを遥かに上回る高度な刺繍技術による細密刺繍ショールが生み出されることとなります。

本品は2/2綾組織によるオフホワイトの織り地が極めて高品質で、高級パシュミナたる織り密度の高さと柔らか味を兼ね備えており、それ故に織り地と刺繍の糸目とが見事に馴染んでおり、肉眼で一見したのみでは織りか刺繍かを判別するのは困難と言える秀逸な作品です。

刺繍の細密ぶり・色彩の美しさ・デザインの精巧さが際立つ”初期アームリカル”の名品裂です。



●本記事内容に関する参考(推奨)文献