アジアの手仕事~生活と祈り~

アジア手工藝品店を営む店主が諸国で出逢った、愛すべき”ヒト・モノ・コト”を写真を中心に綴らせていただきます

江戸期 上布(奈良晒) 鶴松竹梅模様帷子

2015-10-31 00:30:00 | 染織





製作地 日本 ※地域不詳  
製作年代(推定) 19世紀 江戸時代
素材/技法 苧麻平糸(経緯とも)、天然染料、天然顔料 / 平地、筒描き、友禅染め

本品は麻の単衣としての着物(=帷子)で、経・緯に苧麻平糸が配された平織の布地が、薄い色味ながらも華やぎと暖かみのある”淡黄色(たんこうしょく)”で染められ、身頃・袖の全面に散りばめられるように様々な形姿の”鶴”と”松竹梅”模様が筒描きと友禅染めの技法により多彩に瑞々しく染め描かれたもの、振袖型の着物形状及び吉祥感溢れる色柄構成から、婚礼をひかえた若年女性の祝着として手掛けられたことが推察されます。

特筆すべきは、織り染めの元となる苧麻に極めて白く・透明感のある晒し糸(繊維)が用いられている点で、経・緯平糸の均質感及び織りの端整さ、布地の柔らかみ、さらには色染まりの美しさを併せ、特別上質な部類の”上布(じょうふ)”で仕立てられた祝着帷子となります。

組織の拡大画像で確認できる単繊維・経緯平糸の表情及び織り密度具合等から、江戸期に”麻の最上といふは南都なり...”とうたわれた「奈良晒」が使用されている可能性を指摘できます。

華美に堕さずひそやかな洗練・気品が感じられる筒描き&友禅染めで、ウコン染めと思われる”淡黄色”をはじめ、藍・ベンガラ等の天然染料・天然顔料を駆使して染め描いた”鶴松竹梅模様”の完成美が見事、合成(化学)染料・顔料の用いられない天然染色の時代の麻地・友禅として、織り・染めの意匠は調和が乱れず、着物全体から気品と格調の高さが薫ってまいります。

澄んだ空気感と清楚な色香を薫らせる作品の世界に深く惹き込まれる古の染織衣裳です。
































●参考画像 奈良晒 顕微鏡写真


※上画像は平凡社刊「別冊太陽 日本の自然布」より転載いたしております

クメール・スリンの天然染色”ミー・ホール”

2015-10-27 07:14:00 | 染織






製作地 タイ・イサーン地方南部 スリン  
製作年代(推定) 20世紀前期
民族名 クメール系タイ人
素材/技法 絹(カンボウジュ種)、天然染料 / 綾地・緯絣

縦方向(実際には緯)に縞状の区画がなされ、その内部に細密な点描を交えた絣文様 が多色で繊細に表現された絹絣、手の込んだボーダー文様をあわせ全体及び細部に美の宿る一枚です。

クラン(ラック)の赤と黄・藍の天然染料による巧みな色彩表現、目の詰んだタイトな綾地の織り、イサーン南部に生活するクメール系の人々が手掛けたマットミー古手作品の特徴を兼ね備えたもので、上質なカンボウジュ種の絹糸と天然染料の地の素材を用いていた時代の貴重な残存作例となります。

タイにおいて”絣”は一般的に”マットミー”と呼ばれますが、このスリンの地では、本品のような縞状にデザインされた古典様式のものは”ミー・ホール(mii hol)”の別称が付されており、作品からは長きの伝統に培われた染織作品としての落ち着きと格調の高さが感じられます。






















●参考画像 カンボジアで織られた同種デザインの絹絣(サンポット・ホール)



製作年代 20世紀初め  素材/技法 絹(カンボウジュ種)、天然染料/綾地・緯絣

※上画像はRIVER BOOKS刊「Traditional Textiles of Cambodia」より転載いたしております

クメール王朝期 黒褐釉陶器・刻線瓶

2015-10-25 00:30:00 | 古陶磁



製作地 クメール王朝 現タイ東北部 ブリラム周辺  
製作年代(推定) 12-13世紀
サイズ 胴径:約10.5cm、高さ:約15cm、口径:約4cm

本品は胎土と釉の質感・色調、刻線装飾の表情から現タイ東北部ブリラム(Buriram)周辺で製作されたと推察できるもので、クメール王朝後期・褐釉系陶器の典型作例のひとつとなります。

ふっくらとした胴部・端整なつくりの盤状の口・肩部に廻らされた力強い箆刻線のバランスは秀逸で、素朴な中にも洗練と格調、引き締まった自律美を薫らせるものとなります。

形姿の優美さと釉の枯れ表情が最大の見所ですが、この視覚的な愉しみとともに、両掌で包み持った際の”たなごころ 感”が何とも味わい豊かで、手にしていると、心は数百・千年の時空を旅しつつ、和みと癒しが染み入ってくるような一品でもあります。