アジアの手仕事~生活と祈り~

アジア手工藝品店を営む店主が諸国で出逢った、愛すべき”ヒト・モノ・コト”を写真を中心に綴らせていただきます

生命息づく針仕事の嫁入り風呂敷

2012-02-29 05:45:00 | 技巧・意匠・素材




製作地 パキスタン・スィンド州 タッタ  
製作年代(推定) 20世紀半ば
民族名 ジョギ族(農牧及び蛇使いのコミュニティ)

現地でカンビーリ(カンビーラ)と呼ばれる意匠・技巧の刺繍作品。”カンビーラ=鰐・蛇の神”を表わすものであり、これは蛇使いのコミュニティがうろこ状の吉祥モチーフ描くことに由来する刺繍の名称とも考えられております。(カンビーラは金毘羅の語源ともなっている)

通常、この種のデザイン構成の刺繍では、等間隔に升目の区画がなされ、小紋の配置にも規則性が付けられますが、本品は升目の大きさはまちまち、刺し描かれた小紋の大きさと密度は64の升目ごとに全て異なる、つまり完全なるフリーハンドの作品となります。

手紡ぎ手織りの平地白木綿の上に、片方向は黒糸、もう片方向が紅糸、縦横別糸を用い、規則性に囚われない自由な意思のままに、一刺し一刺しに想いと祈りを込めた嫁入り刺繍であり、作品からはフリーハンドの刺繍ならではの躍動感と息づく生命が伝わってまいります。

定規で等間隔の線が引かれ、小紋の配置が予め計算されてしまうと、この生命が立ち現われることはありません。














●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

雲のアジュラック

2012-02-25 06:16:00 | 技巧・意匠・素材










製作地 パキスタン・スィンド州  
製作年代(推定) 20世紀半ば~後半
素材/技法 木綿、藍、茜(アリザリン) / 木版捺染、防染、媒染

スィンドの現地で”カカル(kakkar)”と呼ばれる雲状文様のアジュラック。上画像の作品は、木版により媒染・防染を施し茜と藍で染め上げた、昔ながらの職人手仕事の作例となります。

長丈の木綿地(約4m半)には染め布の半身が連続して染められ、中央(全体画像の藍色部分)でカットして二枚の半身を接ぎ合わせ、一枚の大判アジュラックとして完成させる方法が取られますが、下画像で見られるように、カットせずにターバン(パグリ)として用いる場合があります。

このアジュラックの用い方は、パキスタン南部のスィンド州(印パ分離以前は現在のインド・グジャラート州カッチ地方も含む)のスィンディ・ムスリムの男性に、数百年~千年にわたる長きにわたる期間、継承されてきたものと考えられております。

インダス川流域で製作の伝統が継承されてきたアジュラック、同地域ではインダス文明期には木綿の栽培、茜染めが行なわれていたことが遺跡発掘と分析研究により推定されており、インダス文明の遺物として著名な”神官の石像”(下画像)に見られる纏い布が、文様部分に塗られた顔料の痕跡から、あるいはアジュラックのような茜と藍の染め布を表現したものであったかもしれない、その可能性が指摘されております。

”クラウド(雲)”のアジュラックを目にしていると、千年、二千年、三千年、四千年と時代を遡り、彼の時代に想いを巡らせ、歴史の浪漫に浸ることができます。



※上画像はMerrell Holberton刊「UNCUT CLOTH」より転載いたしております



※上画像はMerrell Holberton刊「COLOURS of the INDUS」より転載いたしております





●本記事内容に関する参考(推奨)文献
 

タジク様式の19cブハラ・スザニ

2012-02-15 05:37:00 | 刺繍



製作地 ウズベキスタン・ブハラ  
製作年代(推定) 19世紀末~20世紀初頭
民族名 タジク族(タジク系ウズベク人)  
素材/技法 木綿、絹、天然染料 / 綾地、タンブルワーク、チェーンステッチ、ブハラコーチング

ソグディアナの古都ブハラは、古代よりペルシャ宮廷様式による手工芸が熟成された土地であり、近世に入ってからはソグド人の末裔とも言われるタジクの人々を担い手の一員として、独自の色香を有する染織・刺繍作品が生み出されてきました。

ブハラのスザニは、ブハラコーチング(ボスマ)系とタンブルワーク及びチェーンステッチ(ユルマ)系に分類できますが、20世紀初頭頃までに手掛けられたユルマ系スザニは、よりタジク(ペルシャ)色の強いものということが言えるように思います。今では失われし表情のスザニです。
















●本記事内容に関する参考(推奨)文献