【掲載日:平成21年6月23日】
玉くしげ 覆ふを安み 開けていなば
君が名はあれど わが名し惜しも


鏡王女は 仕え女に 髪を梳らせていた
開けた櫛笥(化粧箱)に 大和の黄楊小櫛が見える
(鎌足さまが 来られる
中大兄皇子さまの 許しを得はしたが
まだ公ではないときの お訪ね
よほどの ご執心なのだわ)
「鏡王女 まいったぞ」
(まぁ まだ 化粧も済まぬに はやばやと)
仕え女を 下がらせた鏡王女 そっと 櫛笥に蓋をする
「おお 立派な櫛笥ではないか 誰からの 下されものじゃ
そうか そうか 中大兄皇子さまか
では 同じじゃ
もっとも わしは もっと いいものを 賜ったが」
鏡王女は ニッコリと 面を上げる
帳帷に うっすらと 明けあかり
鏡王女は そっと 呟く
玉くしげ 覆ふを安み 開けていなば 君が名はあれど わが名し惜しも
(蓋あって 隠してたのに 明け(開け)て出る あんた好うても うち恥ずかしい)
《内緒やと 気ィ許したら 遅朝帰る あんた好うても うち困るんや》
―鏡王女―(巻二・九三)
※妻問いは夜が明ける前に帰るのがルール
寝床の鎌足 鏡王女の手を引く
玉くしげ 御室の山の さなかづら さ寝ずはつひに ありかつましじ
(櫛笥開け 中身見たのに 蔓みたい 腕絡まして 寝ないでおくか)
《気ィ許す お前傍置き そのまんま 手をこまねいて 寝ん手があるか》
―藤原鎌足―(巻二・九四)


「天下の鎌足 もの言う者の あろうか」
高笑いに 朝もや ゆれる