【掲載日:平成21年8月3日】
ぬばたまの 夜さり来れば 巻向の
川音高しも 嵐かも疾き
【弓月が嶽(中央奥)と巻向川 左は穴師の山】
人麻呂は 馬を急がせていた
ここしばらく 吉野行幸の 計らい事で
妻問いが 遠ざかっていた
昨日降った 春の雪
ぬかるみ
馬の足取りが もどかしい
(新妻を待たせてしもうた 巻向郎女
待ち焦がれているじゃろう 急がねば)
三輪山を 右手に見ながら
馬は 三輪の大社を過ぎた
泥道が続く
霧の立ち込める中 檜原の杜が見える
巻向の 檜原に立てる 春霞 おぼにし思はば なづみ来めやも
《霧みたい すぐ消えるよな 思い違う そんな気ィなら 無理して来んわ》
―柿本人麻呂歌集―(巻十・一八一三)
夕闇の 訪れに 湿り気の広がり
穴師川の 橋を渡り 川上に 馬首を回らす
(川に 波 立ってきた)
痛足川 川波立ちぬ 巻目の 由槻が嶽に 雲居立てるらし
《穴師川 波立ってるで ざわざわと 由槻が嶽に 雲出てるがな》
―柿本人麻呂歌集―(巻七・一〇八七)
(おお 瀬が 鳴っている)
あしひきの 山川の瀬の 響るなべに 弓月が嶽に 雲立ち渡る
《山筋の 川瀬鳴ってる やっぱりな 弓月が嶽に 雨雲でてる》
―柿本人麻呂歌集―(巻七・一〇八八)
「今 戻った」
馬を 飛び降り 門前から 呼びかける
まろぶが如き 出迎えの 巻向郎女
「雨には 合わずに済んだぞ」
微笑み 面伏せる 巻向郎女
夕餉を 済ませ
くつろぎの ひと時
山間の静寂に 川音が 高い
ぬばたまの 夜さり来れば 巻向の 川音高しも 嵐かも疾き
《夜更けた 川の水音 高こなった 今に一荒れ じき来るみたい》
―柿本人麻呂歌集―(巻七・一一〇一)
至福の一夜
激しかった雨脚 しだいに 遠のく
<巻向の川音>へ
<弓月が嶽>へ
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