黒人編（１）猪名野は見せつ

【掲載日：平成21年8月日】

吾妹子わぎもこに　猪名野ゐなのは見せつ
　　　　　　名次山なすぎやま　角つのの松原　いつか示さむ

【名次神社のある名次山】

将来を約束した　女官がいた　
今日の　行幸みゆきに　同行している
若い　高市黒人たけちのくろひとの心　自ずとの華やぎ

旅好きな　黒人　
風光を求めて　あちこちの名勝を　訪ねてきた　
女官の鶴女たづめにも　
『いづれ　共に愛めでよう』と　約していた
図はからずもの　今日の行幸
猪名野いなのの景勝　
手を携えてのものでは　無かったが　　
見せることができた　

吾妹子わぎもこに　猪名野ゐなのは見せつ　名次山なすぎやま　角つのの松原　いつか示さむ
《あの児には　猪名野いなのは見せた　名次山なすぎやま　角つのの松原　次に見せたろ》　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―高市黒人―（巻三・二七九）

好天に恵まれた　遊覧の行幸　
西摂津　真野までの　足延しが　決まる　
ここ　敏馬みぬめから真野まで
騎馬なら　夕べまでの往還だ　
女官らは　留め置かれ　官人らによる　榛原はりはら遊行

官人ら　思い思い　榛はんの木の林に入り　
衣を摺すりつけ　香かおりと色を　楽しむ
これが　家人いえびと　思い人びとへの　土産となる　

いざ児こども　大和やまとへ早く　白菅しらすげの　真野まのの榛原はりはら　　手折たをりて行かむ
《さあみんな　早よう大和へ　帰ろうや　榛原はりはら菅すげを　土産に採って》　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―高市黒人―（巻三・二八〇）

夕闇せまる　敏馬みぬめの浜
月の出を待つ　男おのこと女おみな
「黒人様　榛原はりはらの眺め　良うございましたか
　わたくしも　ご一緒しとう　ございましたに」　

白菅しらすげの　真野まのの榛原はりはら　住ゆくさ来くさ　君こそ見らめ　真野の榛原　
《行く時と　帰る時とに　あんたはん　見たんやろうな　あの榛原はりはらを》　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　―黒人の妻―（巻三・二八一）

（鶴女たづめと居おると　素直になれる）
肩を　そっと抱き寄せる　黒人　
渚に　月影が　波の端に映えて　揺れている　



＜名次山・角の松原＞へ