【掲載日:平成22年12月17日】
かからむと かねて知りせば
越の海の 荒磯の波も 見せましものを
家持は 今は廃都となった 恭仁の宮
泉川の岸辺を 思っていた
〔あの日 書持の面持 悲痛であったな
佐保邸を出た 見送りは
皆々 奈良山の麓で別れしに
ひとり 泉川まで 同道
あぁ あの時の 書持の言葉〕
《いつも 兄上は 私を独りにさせる
父上が 筑紫へ下られた折
帰任後の 女通い
聖武帝の 関東行幸
ここ恭仁宮での ご任務
あの折 お送りした 霍公鳥の歌
覚えておいででしょうか
そして 今度は 遥かな越・・・》
〔思えば 独りの鬱々が 嵩じたか〕
天離る 鄙治めにと 大君の 任けのまにまに 出でて来し 吾を送ると
青丹よし 奈良山過ぎて 泉川 清き川原に 馬留め 別れし時に
《都から 離れた越を 治めよと 天皇の 命受けて 都出て来た このわしを
送るて言うて 付いてきて 奈良山越えて 泉川 清い川原に 馬留めて》
真幸くて 吾帰り来む 平けく 斎ひて待てと 語らひて 来し日の極み
《わし無事帰る それまでは お前達者で 居れよとて 言葉交わして 別れたが》
玉桙の 道をた遠み 山川の 隔りてあれば 恋しけく 日長きものを
見まく欲り 思ふ間に 玉梓の 使の来れば
《道は遠うて 山川は 遥か隔てて 日ィ経った
恋しゅうなって 逢いたいと 思てた時に 使い来た》
嬉しみと 吾が待ち問ふに
逆言の 狂言とかも 愛しきよし 汝弟の命 何しかも 時しはあらむを
《ああ嬉しいと 用聞くと
嘘やそんなん 阿呆言いな 愛し弟に 何事や 時期云うもんが あるやろに》
はだ薄 穂に出づる秋の 萩の花 にほへる屋戸を
朝庭に 出で立ちならし 夕庭に 踏み平げず
《薄穂揺れる 秋の日に 萩花咲いた 朝庭に
出て来もせんと 夕庭も 姿見せんで そのままや》
佐保の内の 里を行き過ぎ あしひきの 山の木末に 白雲に 立ちたなびくと 吾に告げつる
《佐保の屋敷の 里過ぎて 山の梢の 白雲に なって仕舞たと 知らせが言うた》
―大伴家持―〔巻十七・三九五七〕
真幸くと 言ひてしものを 白雲に 立ちたなびくと 聞けば悲しも
《達者でと 言うて来たのに 白雲に 成った言うんか 悲しいことに》
―大伴家持―〔巻十七・三九五八〕
かからむと かねて知りせば 越の海の 荒磯の波も 見せましものを
《こんなこと 成るんやったら 越海の 荒磯の波を 見せたったのに》
―大伴家持―〔巻十七・三九五九〕
花好きの 心優しい 書持
縁薄き弟を思う 家持の歌
涙咽ぶか ぎこちない
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