本の迷宮

漫画感想ブログです。「漫画ゆめばなし」(YAHOO!ブログ)の中の本の感想部分だけを一部ピックアップしています。

ますむら・ひろし (アタゴオルは猫の森  12巻)

2008-09-29 21:30:47 | 漫画家(ま行)
(2008年1月31日発行)

アタゴオルの世界に入って生活してみたい。
そういう風に思った読者はきっと多いはず。

葉っぱの傘をさしたり、火山草の車に乗って空を飛んだり、巨大葉っぱの上で昼寝したり、腰掛けて魚を釣ったり・・・。

こんな世界で個性的な仲間と毎日不思議な体験が出来たらステキだろうなあって思う。

この作品は設定が独創的ですばらしいのだが、キャラももちろん非常に個性的。
特にヒデヨシのめちゃくちゃな性格には脱帽するしかない。

フト思ったんだけど、ヒデヨシと「ゲゲゲの鬼太郎」に出て来るねずみ男ってちょっと似てるよね。

自分の欲望に忠実で、周りの人が困っても全く気にしない。
ただ・・・ねずみ男は大人のずるさって言うものがあるけれど、
ヒデヨシは子供のままの天真爛漫さがあるってことかな?

えっ?それって大きな違いだろって?
あ、そうかもしれない。(笑)

この巻に収録されている「モワモワ」で、
ヒデヨシの身体に世界中の悲しみが流れ込む。
なんでもかんでも悲しくなって涙が出て来るヒデヨシ。
ヒデヨシに悲しみなんて似合わない、どうなるんだろうと思ってたら、
やっぱりヒデヨシだ。

「オレはよォ
悲しみなんかと
遊んでるヒマ ありませーん」

そうなんだ。そうやって悲しみなんかぶっとばしてしまえばいいのだ。

作者は後書きでこう書いている。
「さあ、みなさん、ご一緒にご唱和を。
せーのっ。
『悲しみなんか、ぶちのめすのよおおお』。」


悲しくなった時はこの言葉をつぶやいてみよう。
そう思った私です。

星野之宣 (宗像教授異考録 第八集)

2008-09-27 08:23:15 | 漫画家(は行)
(2008年9月3日発行)

「九呂古志家の崩壊」
縄文時代以来数千年続く家系といわれている九呂古志家の謎に挑む宗像教授。
今回もステキです♪
何故かハゲの大男が好きな私です。(笑)

匂いが気になって料理がまずい・・・なんて言いながら、もぐもぐといっぱい食べている姿なんて惚れ惚れしてしまいます。・・・おっさんが食べている姿のどこがいいんだ?って言われそうだけど、宗像教授だから何をしてもいいんです。(笑)

この「九呂古志家の崩壊」のイメージは横溝正史的な世界っていう感じでしょうか?
建て増し、改築を繰り返したのか階段ばかりの不思議な構造の家。
どこからか聞こえてくる謎の雄たけび。
縄文時代から黒入道に生贄を捧げていたという九呂古志家。
過去の忌まわしい出来事が明らかになって・・・。

これは実写版の映画にすれば、かなり面白いものが出来そうな感じの作品です。


「失われた島」
別府湾の沖に海に沈んでしまったという伝説の島「瓜生島」。
その瓜生島の沈む以前の話と現在の話を交互に描きつつ話を進めるという手法。
過去ではセリフが一切ないけれども、何が起こったか手に取るようにわかる。
読者は島の過去を見ながら同時に今、その島を探索している教授たちの言動を見ている。
内容に非常に厚みがあり、たった96ページの作品だけどその何倍もの長さの作品を読んだような読後感。
こういうテクニックは流石というしかないですね。

黄十浪 (雲漢遥かに 1巻)

2008-09-24 01:01:26 | 漫画家(か行)
(2008年8月31日発行)

日本人って、「三国志」とか「水滸伝」とか「西遊記」とか・・・中国古典を好きな人が多いようですね。
いろんな人が小説や漫画に描き、ゲームもあったりします。
私も三国志が好きになったのは「三國無双」からなんですよね。

日本と中国は国と国としてはイマイチ仲が良くないのかもしれないけれど、こういった民間レベルで相手の文化を知るってことはいいのではないかと思うんですけどね。

三国志を題材にしている漫画作品を専門に掲載している
『コミック三国志マガジン』などという三国志ファンにはたまらないものがあるのです。
http://comics.yahoo.co.jp/magazine/sangokushi_0001.html

・・・で、今回取り上げた「雲漢遥かに」も実はここ↑で無料で読めちゃったりする。

若き日の趙雲を主役にした作品で、誠実で強くて頼りになる趙雲をイメージ通り丁寧に描き出している。
趙雲って、私の頭の中ではアクの強い関羽とか張飛に比べると真面目すぎてイマイチ影の薄い存在(趙雲ファンの方ごめんなさい!)なんだけど、
この作品を読んで、苦悩しつつも前に進もうと努力する趙雲の姿を見て、以前よりも私の中での趙雲の好感度がかなりアップしたのです。(笑)

表紙カバーをはずすと、ペン入れ前の下書き状態の趙雲を見ることが出来る。
躍動感があり生き生きとしている趙雲がステキだ。
一番いいなあって思った趙雲は第三話の前のページ(70P)かなあ。
趙雲って、人間的に実に魅力がある人物なんですよね。
こういう表情で周りの人々を味方につけていったのかもしれない。
そういう趙雲の魅力を上手く表現しているカットだと思うのです。

三国志好き、特に趙雲ファン必読の書です。
これから、趙雲がどう成長していくのかとっても楽しみです。

ジョージ秋山 (銭ゲバ)

2008-09-21 21:00:47 | 漫画家(さ行)
この記事は2008年9月に書いたものです。
私のブログは原則として漫画感想ブログです。
ドラマ感想ブログではありません。
銭ゲバのドラマは全然観ていません。
この記事を書いた時に2009年にドラマ化されるということも全く知りませんでした。

ドラマを観てここに来て下さる方がたくさんいらっしゃいますが、これは純粋に漫画のみの感想でして、漫画のラストも少し書いてます。(ドラマのラストが漫画と同じかどうかは知りません。)
ネタバレが嫌いな方はどうぞ読まないで下さいませ。
                       (2009年2月19日)






(週刊少年サンデー 1970~1971年掲載)

これね、たぶんリアルタイムで読んでいた筈なんです。
問題作だってことで注目されてたことも知ってるんです。
・・・が、内容はほとんど覚えてなかったんです。
たぶん、当時はあんまり好きじゃなかったんでしょう。

これって、少年漫画というよりは青年漫画ですよ。
小学生ぐらいの子供がこれ読んでどこまで深く理解出来るか・・・難しいですよね。

掲載されたのは1970年。
1970年というと、そうです、「大阪万博」の年なんです。
大阪万博は<明るく希望に満ちた未来世界>っていうイメージだけど、これは正反対。
暗くて絶望的な世界です。

あの時代って、明るい部分と暗い部分が絶妙にブレンドされた世界だったような気がします。
光が強ければ強いほど闇は濃くなるっていう感じでしょうか。

「20世紀少年」(浦沢直樹)でケンヂたちが憧れた<大阪万博>。
だけど・・・
その頃高度成長期で浮かれていた人々の谷間で喘いでいた人々もいた。

ま、そんなことはたぶん1970年当時のほとんどの小学生は考えずに万博に憧れ、行けない子供も雑誌などでその情報を眼を輝かせて読み漁っていたんじゃないかな。
あの不思議な暗さはある年齢以上にならなければちょっとわからないかもしれない。
少なくとも、当時の私はわかってなかったような気がする。

・・・で、「銭ゲバ」なんだけど、
大人になって読み返すと、異様なまでの迫力に打ちのめされてしまいました。
「アシュラ」もそうなんだけど、
ジョージ秋山の絵は美しいとかデッサン力が特別スゴイってわけでもないのだけど、
とにかく、読者にぐいぐいと迫ってくる迫力がスゴイ。

例えば、幻冬舎文庫版の下巻191ページからの
蒲郡風太郎と大学伸一郎の会話中に風太郎を殺しに来る男の描写。
12ページも使って動と静の緊迫のシーンを見事に表現している。

222ページからの風太郎が窮地に追い込まれ、波の荒い岸壁に立って考え込むシーンも
波の「ドドドドドドドド」
という擬音の描写が見事に風太郎の心の不安を表し、読者にまで風太郎の心臓の鼓動を体感させるようなタッチだ。

貧乏ゆえに母を亡くした少年が、<金=幸せ>だと思い込み、金のためなら手段を選ばない人間になる。
だが金を手に入れ、権力も手に入れ、若く美しい女も手に入れたが、結局は自殺という道を選ぶ風太郎。

幸せは金では買えない・・・というのがテーマといえばテーマなんだろうけど、
ラストがね、なんとなくもやもやしてしまう。



新聞社から「人間の幸福について」というテーマで原稿を依頼され、
いろんなことが頭に浮かび、挙句に自殺してしまう風太郎。
いつも私だけが正しかった
この世に真実があったとしたら
それは私だ
私が死ぬのは悪しき者どもから私の心を守るためだ
私は死ぬ
私の勝ちだ
私は人生に勝った



風太郎が最期に書き残した言葉・・・これは小学生ぐらいには理解出来ないと思うんだけどね、
当時は大学生が漫画を読むって話題になってた頃だから、大学生向けのメッセージだったのかなあ?
いずれにせよ、この言葉・・・さてどう解釈すればよいのやら。。。

当時、作者は27歳。
いろんな想いを抱えてこれを描いてたのではないかと思う。
同じ時期に「アシュラ」も描いてるしね。

今、作者はかつて自分が描いた「銭ゲバ」をどう思っているだろうか?

これらの作品を生み出したからこそ「浮浪雲」が出来たのではないか・・・そんなことをふと思った私です。

武良布枝 (ゲゲゲの女房)

2008-09-19 09:05:12 | エッセイ
内容(「MARC」データベースより)
巨人・水木しげると連れ添って半世紀。赤貧の時代、人気マンガ家の時代、妖怪研究者の時代、そして幸福とは何かを語る現在…。常に誰よりも身近に寄り添っていた妻が明かす、生きる伝説「水木サン」の真実


<ゲゲゲの女房>すなわち水木しげるの奥さんの半生です。

今まで水木しげるの自伝は読んでいるが妻の視線から見た水木しげる像っていうのも結構いい。
本人は飄々としていて半分<妖怪>みたいな人っていうイメージ(笑)だけど、妻から見るとちゃんと普通の人間ってところが非常に興味深い。

見合いして五日後に結婚して、すぐ赤貧生活。
必死に作品を描いてるのに売れず、靴や着物を質に入れる生活。
それでいて夫婦で連合艦隊の模型作りに励んだり・・・そういう心のゆとりがあるところがいかにも水木サン。

漫画が売れ始め、アニメにもなると今度は寝る暇もないぐらい仕事に追われる日々。
「オレも眠りたい。
ノンキな暮らしがしたい。
でも、また貧乏をするかと思うと、怖くて、仕事を断ったりすることは、とてもできない。
締め切りに追われる生活も苦しいが、貧乏に追われる生活はもっと苦しい。
それに、いまが人生の実りの時期なのかもしれない。
だから、後にひいてはだめなんだ」

その後、武良一族と一緒に暮らすことになるのだが、
水木は仕事で忙しく夫婦の会話はなくなり、
水木は妻子より武良一族の方を優先するなど妻としては辛い日々が続くわけだけど、
紫綬褒章を受章したり、
境港に妖怪ブロンズ像が出来るなど、今までの苦労が徐々に報われるという感じになってくる。

水木は妻のことを
「『生まれてきたから生きている』ような人間です」
と評しているが、妻自身その通りだと思って思わずわらってしまったそうだ。

なるほどね『生まれてきたから生きている」
それって素晴らしいことなのかもしれない。
ただただ夫のあとを付いて行く・・・夫唱婦随かぁ~。。。



ある日、夫婦で一緒に夕日を眺めながら妻がつぶやいた言葉
「終わりよければすべてよし!」
それを聞いた水木が言う。
「おまえ、たまにはいいこというな」


このシーン、とってもステキです。
口では言い表せないほどの苦労をしつつ、お互いが「信頼関係」を築いていたからこそそれを乗り越えたという想い。
私も、もっと歳をとったときに、
「終わりよければすべてよし!」
って、つぶやけるような人生にしたいな~って思います。

曽祢 まさこ (不思議の国の千一夜)

2008-09-10 09:44:33 | 漫画家(さ行)
出版社/著者からの内容紹介
ランバルド王国の王子・セブランは、男の子として育てられているが、実は女の子。男の子だと信じている王様や王位をねらう大臣・ダロスの目をごまかすこと10数年。ところがふとしたことから、その秘密がバレそうになったセブランは、神馬・ヘンデク=アトラタンをもとめて放浪の旅に出ることに……。
愛と冒険がいっぱいのファンタジー・コミック登場!!


この作品、たぶん小学生ぐらいの女の子対象に描いているんでしょうね。

先日、長女が「懐かしいのを見つけたから買っちゃった♪」
・・・と言って買ってきたのがこれ。
うちの子供たちが小学生の頃通っていたピアノの先生の家に置いてたらしい。

へぇ~、そうなんだ~!
10年以上前に読んで、面白かったと未だに覚えているという作品。
なるほど、読んでみて我家の子供たちがみんな口を揃えて面白かった!
と言うだけのことはあるなっていう感じ。

愛と冒険のファンタジー。
絵は嫌味のない可愛い絵だし、ストーリー展開も早くしかも次はどうなるんだろうっていうドキドキ感満載!

女の子の夢がい~っぱい詰った作品です。

山下和美 (ガールフレンズ)

2008-09-07 07:05:56 | 漫画家(や・ら・わ行)
(1999・2000年発行)

タイトルそのまま”ガールフレンズ”の物語。
七作の短編全て女友達がテーマ。
様々な場所、年齢、性格・・・
ここまでバリエーション豊かにストーリーに出来るのは流石山下和美!!!

ある話では高校生の友情。
またある話では、高校卒業して何年も経ってから同窓会で再会する話。
OLの話もある。
SFさえもある!!!

どの話の登場人物たちもみんな個性豊か。
一見めちゃくちゃな性格の人も実は非常に感受性豊かだったり、
大人しくて平凡そうな人が実は内面に情熱を秘めていたり、

作者は”人間”が好きなんだろうな~って思う。
日頃から、意識して・・・或いは無意識に人間を観察をしてるのかもしれない。
そうでなければ、こんな風にいろんなタイプの人間を魅力的に描けるわけがない。

私は・・・近頃は人と会う機会がほとんどない。
会う必要もない・・・と言うか、専業主婦って家族以外と話をする機会なんてなくても全く困らないんですよね。
子供が小さい頃はPTA活動などで好むと好まざるに関わらず人と出会い、人と話してたんですけどね。
子供たちが大きくなると、自分自身が機会を作らなければ人と出会うことがなくなってしまいました。

ひとりでいるのは苦にならないから問題ないんですけど、
たまに、フト・・・このまま歳をとっていくのかなあ?って思うとちょっと何かにチャレンジするのも変化があって面白いかも?なんて思う時もあります。

ただ・・・やっぱり面倒くさいなあって思ってしまうんですよね。
人間同士のぶつかり合い・・・なんていう煩わしいものから逃げたいのでしょう。
”人間”というものにあんまり興味がないのかな~?

最近、世の中そういうタイプが増えてきてるのかもしれません。
そんなことでいいのかな?(自分も含めて)
もっと人間同士がぶつかり合ったり、泣いたり、喧嘩したり、仲直りしたり、笑いあったり、・・・
した方が楽しいかもしれませんね。

安斎育郎 (「だまし」の心理学)

2008-09-06 16:28:28 | その他
<出版社/著者からの内容紹介>
世の中には、さまざまな「だまし」があふれています。
最近問題になった、マンション強度偽装、食品の消費期限偽装、振り込め詐欺、
盗作、必修科目履修漏れ、テレビ番組の捏造などなど、どれも広い意味での「だ
まし」です。
また、推理小説や手品、トリックアートなど、人を楽しませるエンタテインメン
トとしての、罪のない「だまし」というものも存在します。
本書では、古今東西、さまざまな事例をとりあげながら、人はなぜだまそうとす
るのか、なぜだまされてしまうのかという疑問を、図説を使いながら解明してい
きます。
自称霊媒師による詐欺行為や、UFOやネッシーのニセ写真などのトリックを暴き
つつ、霊やたたり、超能力は存在するのかを科学的に分析。また、なぜ人々はス
ピリチュアルな世界に惹かれ、カルト宗教に心を奪われるのか、心理的、社会的
な面からもアプローチします。



なぜ、人はだまされるのか?
なぜ、人はだますのか?

手品の「だまし」は楽しい。
詐欺の「だまし」は腹が立つ。
不思議現象(UFOなど)はほどほどに信じてるとちょっぴり楽しい。
心霊写真も、ほどほどに信じてるのは楽しい(怖い?)かもしれない。
超能力もほどほどに信じてると楽しいかもしれない。
占いもほどほどに信じてると楽しいかもしれない。
何もかもウソだ~!って頭から否定してしまうのもつまらないような気がする。

とはいえ、何でもかんでも頭から信じ込んでしまうのは如何なものかと思う。

カルトや詐欺に騙されてしまうと大変なことになるかもしれない。

こういう本を読んで「だまし」のテクニックを知り、
「だまし」の罠にはまらないように心がけるのもいいかもしれない。

ただ・・・この本に書いていることが全部真実だ!と単純に信じてしまう人はやっぱり騙されやすい人なんだろうな~って思う。(笑)

竹熊健太郎 (20世紀少年探偵団)(監修:浦沢直樹)

2008-09-04 19:53:30 | その他
(2008年9月3日発行)

<帯の言葉より>
これを読まずして”20世紀少年”は語れない!!
”大阪万博””超能力””心霊写真””グアムの横井さん””ローラーゲーム”
ライター竹熊健太郎が、
ケンヂと仲間達が生きた時代の裏側を再発掘!!
これを読めば[20世紀少年]が、もっと深く、もっと面白く見えてくる!!


ケンヂとほぼ同じ時代を生きてきた私はあの時代のことはかなりわかる。
今の若い子たちには知らないことばかりかもしれないが・・・。

この本の中で、浦沢氏と竹熊氏の対談がある。
浦沢氏は、
「やはり70年代という奇妙な時代の、あのムードを伝えなければ、後に起きた事件もわからない」
・・・と語るのだが、あの奇妙なムードって私もそう思う。
言葉で説明するのは非常に難しいのだけど、
竹熊氏の言葉を借りれば、
「革命と宗教とオカルトとドラッグと音楽とマンガとアニメが結びつく」
そんな時代。

私のイメージとしては、ちょっと暗くてじめじめしてて、何だかある種しらけてるようで、熱血も少々あったりして・・・とにかく不思議で奇妙な時代でした。


この中で<シーモンキー>が取り上げられてるけど、あれも本当に奇妙なものでしたね。
子供の頃、少年雑誌に載っていたあのイラストを見て、ああいう生物が本当にいるのだろうか?
と不思議でたまらなかったことを覚えています。
しかし・・・どうもイラスト通りの生物ではなさそうだ・・・と思い、そのうち忘れてしまっていた。
今回、この本を見て思い出したのだけど、これはっきり言って詐欺ですね~!(笑)
今だったらかなり問題になると思いますよ。

まあとにかくケンヂたちと同年代の人間には懐かしいものがいっぱい詰っている本です。
今の若い子たちには不思議な世界?・・・かな~??

佐藤愛子×ピーコ (愛子とピーコの「あの世とこの世」)

2008-09-03 20:55:50 | その他
[出版社商品紹介]
昨今のスピリチュアル・ブームを解剖し、江原ブームを嘆く。問題の根源は依存心にあり。日本人に活を入れて言う「波動を上げよ!」。


佐藤愛子が言う。
「霊能者は教祖になってはだめなのよ」

私もそう思う。
金儲けではいけない。
テレビで見世物のようになるのもどうかと思う。
どうもテレビに出演しているのを見ると・・・何だか胡散臭く見えてくる。

まあ、テレビとかで癒される人もいるだろうからそれでもいいかもしれないって思わなくもないけどね。
でも、依存するだけではいけないと思う。
やっぱり辛い事があっても自分で考えなくちゃね。
アドバイスはあってもいいけど、最後に決断をするのは自分だし、どのアドバイスが自分にとっていいのか選別するのも自分。

最近、何となく自分で考えようとしない人間が増えたような気がする。
悪い事が起こると人のせいにする。
自分は絶対悪くない!・・・と思っている。
挙句の果てに
「あなたとは違うんです」
なんて言ってしまう人もいる。

自分と相手が違うのは当たり前。
同じ方が変だ。

この発言の場合、
客観的に自分を見ることが出来る・・・と言ってるわけだが、
私には上から目線の言い方のように思える。
この言葉の奥底には
<私はあなたと違って生まれもいい、育ちもいい、金もある、権力もある、頭もいい、・・・>
っていう意味合いが潜んでいるように聞こえたのは私だけだろうか?

・・・って、あれ?本の感想のつもりがまた話が逸れてしまったかな?


佐藤愛子 (私の遺言)

2008-09-01 21:55:12 | エッセイ
(新潮社の説明文より)
心霊世界の実相を疲弊した日本人に伝えること、それが私に与えられた使命だった――。

それは昭和五十年、北海道浦河町に山荘を建てた時から始まった。深夜の足音、鋭いラップ音、電燈の明滅、ペットたちの不可解な死……。驚くべき超常現象に見舞われた著者が三十年余の苦闘の果てに見出したものは? 欲望に身をまかせ精神を荒廃させていった日本人に警鐘を鳴らし、“霊の世界”の実相を伝える渾身のメッセージ。

「冥土のお客」にも書いていたが、作者が北海道に建てた別荘に起きる怪奇現象のことを詳しく書いている。
次から次へと超常現象!
私ならこんな別荘に二度と行かない!・・・と思うのだけど、毎年夏になるとやってくる作者。
う~~~ん?
よほどの負けず嫌いか?(笑)

今ではもうこの別荘では超常現象は起こらなくなったらしいが、ちょっぴりなら体験してみたかったな~とも思ったりもする。

何か変わった現象が起こっていたのは事実だろうと思う。
しかし・・・アイヌの怨霊とか佐藤家の怨霊、はたまた狐の霊・・・などなど・・・本当なんだろうか?とも思ってしまうのも事実。

美輪明宏さんや江原啓之さんも出て来る。
そういうあたりは興味深く読ませていただいた・・・がどこまで真実かはわからない。
死後の世界も・・・まだ死んだ事がないのでどれが本当なのかは分からない。

最後の方なると、
日本の国の波動が高く上らなければ、悪霊団の力が強まり国は危うくなる。
国の波動が上るには日本人の波動が高まらなければならない。
今、いったい何人の日本人が、国のことを考えているだろう。

といった話になってくる。

こういう風な話になると超常現象の話はどうなった?
話が変な方向にずれているんじゃない?
・・・と、ちょっと引いてしまうなあって思う読者もいるかもしれない。

が、作者自身、自分の身に起こった現象はどうしてかということを考察する必要があると思うのは当然だから、
考察の結果、国の波動というところまで話を広げても不思議ではない。

私は心霊現象とか波動とかについてはよくわからないので、何とも言えないのだけど、
「人は一人では生きられない。私は生かされている・・・。
そのことを認識し、ありがとうという感謝の気持ちを表現すればいいのです。」
これが真理らしい。
これならわかる。