★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇名指揮者フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン・フィルのベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

2021-02-08 09:36:50 | 交響曲(ベートーヴェン)

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」

指揮:フェレンツ・フリッチャイ

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1958年10月7日、13日

LP:ポリドール KI 7310

 ベートーヴェンの交響曲第3番「英雄」には、次のような逸話が常に付きまとう。ベートーヴェンは、第3番の交響曲を作曲するのに当たり、ナポレオンを想定していたという。完成の暁にはウィーン駐在のフランス公使館を通じてナポレオンに献呈されることになっていた。ところが完成直後の1804年5月にナポレオンは皇帝の地位に就いてしまう。これを聞いたベートーヴェンは「あの男もありふれた人間にすぎなかった。自己の野心を満たすために皇帝に地位に就いたのだ」と怒りに体を震わせ、机の上の楽譜を取り上げると、引き裂いて床に叩きつけたと言われている。そして、第3交響曲の表題を「エロイカ―ある偉人の思い出のために」と書き改め、ナポレオンにではなく、ロブコヴィッツ公に献呈してしまった、というのがその内容。しかし、この逸話に関して疑問を差し挟む意見もしばしば聞かれる。その一つ、古山和男著「秘密諜報員ベートーヴェン」(新潮新書)によると、この逸話はまったくでたらめで、ベートーヴェンがナポレオンを嫌ったという証拠はなにもないとする。ロブコヴィッツ公に献呈することは最初から決まっていたこと。当時、オーストリアとナポレオンは対決が不可避の状態に置かれており、そんな時にナポレオンを待望するような献呈を行うことは、「ウィーンを攻めてください」と言わんばかりで、当時の状況からあり得ぬこと。表紙の文字がペンで荒々しく消され、表紙に穴が開いているのは、ベートーヴェン自身が行った証拠はなく、後になって誰かが行った行為であるという。このLPレコードは、このような逸話を持つベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」を、名指揮者フェレンツ・フリッチャイ(1914年―1963年)が、ベルリン・フィルを指揮した録音だ。フリッチャイは、ブタペスト・オペラの指揮者として世界的名声を得る。1949年RIAS交響楽団の常任指揮者となり、さらにベルリン国立オペラの音楽監督を務め、LPレコードへの録音を通じてわが国にも徐々にその名が知られるようになった。このLPレコードでのフリッチャイの指揮は、一点の隙のない、きりりと引き締まった集中力を極限まで高めた筋肉質の「英雄」を聴かせる。ベルリン・フィルの弦も、一糸乱れぬ響きを聴かせ見事。フリッチャイの棒は、豊かな音楽性に基づいたものだけに、そのスケールの大きさは他の追随を全く許さない。このためリスナーの集中力も途中で途切れることはない。こんな凄い「英雄」を聴かせるフリッチャイには、もっともっと長生きしてほしかった。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇バルトーク弦楽四重奏団のバルトーク弦楽四重奏曲第3番/第4番

2021-02-04 09:40:29 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)

バルトーク:弦楽四重奏曲第3番/第4番

弦楽四重奏:バルトーク弦楽四重奏団

         ペーター・コムローシュ(第1ヴァイオリン)
         シャーンドル・デヴィッチ(第2ヴァイオリン)
         ゲーザ・ネーメット(ヴィオラ)
         カーロイ・ボートバイ(チェロ)

LP:RVC(ΣRATO) ERX‐2055(STU-70397)

 これは、バルトーク弦楽四重奏団が録音したバルトーク:弦楽四重奏曲全曲集(第1番~第6)の中から第3番と第4番を収録したLPレコードである。バルトークは、ピアノの名手であったことでも分かるように、古典派やロマン派の作品を完全に消化した土台に立って、無調音楽に代表される現代音楽の作曲技法を身に着け、さらに自ら収集したハンガリー民族音楽を駆使して作品を完成させていった。特に6曲からなる弦楽四重奏曲に、このことが見事に結実している。弦楽四重奏曲はベートーヴェンが頂点を極めてしまい、その後、シューベルト、シューマン、ブラームスなどの名だたる作曲家が何度も挑戦しても、ベートーヴェンの域に達することはできなかった。そんな中、バルトークは唯一、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲に拮抗しうる作品を残したのである。バルトークは、古典派とロマン派のクラシック音楽から出発し、民俗音楽それに現代音楽という要素を組み込み、独自の音楽の世界を切り開いて行った。そしてその頂点にあるのが6曲かなる弦楽四重奏曲であるということができよう。第3番は、複雑な対位法とリズムの込み入った組み合わせによって構成されている。技術的に見て高度なものへの挑戦と、抽象的な表現が、往々にしてこの曲を難解にしがちである。しかし、その中にバルトークの新しい音楽の地平線を求める並々ならぬ情熱が隠されており、独自の魅力を持った作品に仕上がっている。一方、第4番は、その構成の緻密さと統一感により、ベートーヴェンの後期の弦楽四重奏曲にも匹敵する内容を持った作品と評価されている。このLPレコードで演奏しているバルトーク弦楽四重奏団は、ハンガリーの首都ブタペストのリスト・フェレンツ音楽院を卒業したメンバーにより1957年に結成された。バルトーク弦楽四重奏団の名称は、その演奏の素晴らしさに対し、バルトーク夫人およびハンガリー政府から贈られたものという。1964年に、ベルギーで開かれた「世界弦楽四重奏団コンクール」で優勝を飾り、一躍その名を世界に知られることとなった。1970年には、ハンガリーで最高の文化功労賞「コシュート・プライズ」を受賞している。最初の来日は1981年で、その後しばしば来日を果たした。このLPレコードでのバルトーク弦楽四重奏団は、実に緻密で、同時に起伏に富んだ深い内容の演奏を披露してくれる。音自体に広がりがあり、弦楽四重奏曲というジャンルを飛び越えたようなスケール感が何とも言えない。優美であると同時に、バルトーク独特の鋭さも合わせ持ったところに、この四重奏団の真骨頂を見て取れる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇スヴェトラーノフ指揮ボリショイ劇場管弦楽団のラフマニノフ:交響曲第2番

2021-02-01 09:43:57 | 交響曲

ラフマニノフ:交響曲第2番

指揮:エフゲニー・スヴェトラーノフ

管弦楽:ボリショイ劇場管弦楽団

録音:1964年、モスクワ

LP:ビクター音楽産業 VIC‐5186

 ラフマニノフは、モスクワ音楽院でピアノと作曲とを学んだが、西欧的で、しかも保守的な傾向が強い、当時のモスクワ音楽院の本流とも言うべき作風であった。このこともありチャイコフスキーからは高い評価を得ていたという。一方、同じ頃モスクワ音楽院で学んだスクリャービンは、常に革新的立場の作風で、両者はモスクワ音楽院を卒業する時には、同音楽院を代表する作曲家として共に将来を嘱望されていたが、その作風はかなり異なっていた。ラフマニノフは、3つの交響曲を残しているが、このLPレコードは、その中で一番有名な第2番が収録されている。第1番の交響曲は、1897年に初演されたが、完全に失敗に終わってしまう。ラフマニノフは、このことがもとで精神障害に罹り、一時は作曲を全くできなくなる事態にまで陥る。ラフマニノフは、それだけ交響曲第1番の成功に期待していたということだったに違いない。病が癒えて新たな作曲に意欲を見せ始めたラフマニノフは、ピアノ協奏曲第2番を書き、1901年に初演された。これが大好評を得たため、ようやくラフマニノフは、本来の作曲意欲を取り戻すことになる。そして、不評であった第1番から10余年経った1906年から翌年にかけて、あらたな交響曲の第2番を書き上げた。このLPレコードで指揮をしているエフゲニー・スヴェトラーノフ(1928年―2002年)は、ロシア出身の指揮者。モスクワ音楽院に学び、1955年からボリショイ劇場で指揮を執る。1962年に同歌劇場の首席指揮者に就任。さらに1965年からソ連国立交響楽団(現ロシア国立交響楽団)首席指揮者に就任した。スヴェトラーノフは、ラフマニノフの交響曲を全てを録音しており、第2番を録音したときにはまだ30代後半の若さにあった。もともとスヴェトラーノフは、ラフマニノフの演奏にかけては定評があった指揮者。それは、ラフマニノフの作品に対する強い共感と、深い洞察力に根差したものであったからである。このLPレコードでのスヴェトラーノフの指揮ぶりは、ロシアの魂が宿ったような、情感あふれる演奏を展開し、他の指揮者を寄せ付けないような集中力の凄さにただただ聴き惚れる。決して表面的な演奏をするのではなく、内面に向かって深淵な世界を構築するような指揮ぶりだ。ロシアの高原にただ一人たたずむラフマニノフの姿が目の前に現れるような演奏内容だ。ボリショイ劇場管弦楽団は、重厚な響きを聴かせるので、余計に深みのある演奏内容となっている。これこそが本場のラフマニノフ:交響曲第2番である、といった説得力のある演奏内容である。(LPC)

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