★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇イーヴ・ナットのベートーヴェン:ピアノソナタ「月光」/「田園」/第16番

2020-12-28 09:35:32 | 器楽曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番「月光」
        ピアノソナタ第15番「田園」
        ピアノソナタ第16番

ピアノ:イーヴ・ナット

LP:東芝EMI EAC‐30221

 このLPレコードには、フランスの名ピアニストであったイーヴ・ナット(1890年―1956年)が、フランス人として初めて完成させたベートーヴェン:ピアノソナタ全集から第5集に収められた3曲のピアノソナタが収録されている。ピアノソナタ第14番は、「月光」の愛称で親しまれている曲。ピアノソナタ第15番「田園」は、ピアノソナタの初期から中期にかけての過渡的要素と中期の作品の要素を併せ持った作品。ベートーヴェンは、1802年、自身の耳の障害が深刻な状況な状態であること含め“ハイリゲンシュタットの遺書”を書いたが、ちょうどその頃書かれたのが作品31の3曲のピアノソナタで、3曲の最初の作品となったのがピアノソナタ第16番であり、3楽章からなる簡潔で明快な作品となっている。これら3曲のピアノソナタを演奏しているのがイーヴ・ナットである。 パリ音楽院を首席を卒業後、英国などでドビュッシーとともに演奏会を開催したという。これは、ドビュッシーが講演し、その後イーヴ・ナットが曲を演奏したようだ。つまり、イーヴ・ナットはドビュッシーのお気に入りのピアニストであったのだ。イーヴ・ナットはフランス人では珍しく、しばしばベートーヴェンの曲を演奏した。さらにシューマンなどドイツ・ロマン派音楽を得意としてたようであり、単なるフラン人ピアニストの範疇を越えたピアニストと言えよう。晩年は、パリ音楽院で後進の指導に情熱を傾け、その頃井口基成や江戸京子なども教え子だったという。1950年代に入ると、ピアノの演奏活動を再開し、そして1951年から1955年にかけて、このLPレコードを含むベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲録音を完成させている。さらに作曲家としても、ピアノ曲や室内楽のほか、合唱と管弦楽のための作品やピアノ協奏曲作品を残している。そんな、イーヴ・ナットのベートーヴェン:ピアノソナタ集を早速聴いてみよう。イーヴ・ナットの録音の音質は芳しいものが少ないが、このLPレコードも微妙なニュアンスを聴き取るのは難しい。しかし、演奏全体の特徴は聴き取れる。決して、派手な演奏でなく、それどころか内面的で哲学的ですらある。しかし、やはりフランスのピアニストらしく、バックハウスなどのようなドツ系ピアニストの厳めしさはほとんど感じさせないので、聴きやすい。そこには、玉手箱の中からピアノの音が次々に飛び出して来るような、楽しさが常について回っている。純粋に音楽を聴き取りたいリスナーに取っては、イーヴ・ナットの録音は、今でも貴重な存在と言って間違いなかろう。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇若き日のアシュケナージのたラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番/練習曲集「音の絵」Op.39より第1、2、5番

2020-12-24 09:40:59 | 協奏曲(ピアノ)

ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
       練習曲集「音の絵」Op.39より第1、2、5番

ピアノ:ウラジーミル・アシュケナージ

指揮:キリル・コンドラシン

管弦楽:モスクワ・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1975年

LP:GT 9048

LP:キングレコード

 ラフマニノフの父母は、ともに裕福なロシア貴族の家系の出身であったようだが、ラフマニノフが生まれた頃には、一家はかなり没落していたようだ。ところが、9歳の時、ついに一家は破産してしまう。しかし、ラフマニノフだけは音楽の才能を認められ、奨学金を得てペテルブルク音楽院で学ぶことができた。その後、モスクワ音楽院に転入しピアノを学び、1891年にスクリャービンとともに金メダルを分け合って卒業したほどその才能を発揮した。同年ピアノ協奏曲第1番が完成している。1895年に交響曲第1番を完成させたが、この曲の初演時の不評がもとで神経衰弱となり、以後作曲を中止せざるを得ない状況にまで陥ってしまった。しかし、精神科医ニコライ・ダーリの治療を受けることで、再び創作への意欲を回復させ、1901年に完成したのが、今回のLPレコードのピアノ協奏曲第2番である。ところがその後十月革命が起こったロシアを嫌い、1917年12月、ラフマニノフは家族とともにロシアを後にし、スカンディナヴィア諸国への演奏旅行に出かけてしまう。この時には、日本に立ち寄り、演奏会も開いている。その後、ラフマニノフそのままニ度とロシアには戻ることはなかった。このLPレコードは、ピアノ協奏曲の名曲中の名曲であるラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番を、わが国でもお馴染みのウラジーミル・アシュケナージ(1937年生まれ)がピアノ独奏、そして旧ソ連の名指揮者キリル・コンドラシン(1914年―1981年)指揮モスクワ・フィルが伴奏をするという、ロシアを代表する演奏家たちによるこの録音であることが、他の録音とは一線を画している。この録音のアシュケナージのピアノ演奏は、肩の力を抜いて、何処か故郷ロシアを思い描くように、ゆっくりとしたテンポで弾き進む。過剰な演出は、少しもないのに何か物悲しく、切々とした演奏内容がリスナーの胸を強く打つ。ここでの演奏は、他の演奏家によるラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番の次元とは、全く違って聴こえる。劇的な要素を極力排除し、繊細さと静寂さが前面に顔を覗かせる。極論すると、我々がいつも聴いているこの曲とは別の曲ようにも聴こえるのだ。ここまで聴いてきて、ようやくこの演奏の真意が伝わって来た。「この曲は、一般に考えられているような、きらびやかな外向的な曲ではなく、精神性の高い内向的な曲なのだ」と主張しているようでもある。特に第2楽章などを聴くと、この思いを強く感じる。練習曲集「音の絵」からの3曲の演奏は、ラフマニノフに対するアシュケナージの思いがこもった名演。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇イヴリン・クロシェのフォーレ:前奏曲集/主題と変奏/無言歌

2020-12-21 09:40:45 | 器楽曲(ピアノ)

フォーレ:前奏曲集(第1番~第9番)
     主題と変奏
     無言歌(第1番~第3番)

ピアノ:イヴリン・クロシェ

LP:ワーナー‐パイオニア(VOX) H‐4517V

 フォーレは、生涯にわたってピアノ曲独奏曲を書き続けた。それらは、13曲の夜想曲、13曲の舟歌、6曲の即興曲、4曲のヴァルス・カプリス、3曲の無言歌、9曲の前奏曲集などであり、さらに「8つの小品集」「ロマン」「マズルカ」「主題と変奏」があり、現在では管弦楽を伴って演奏される「バラード」も、もともとはピアノ独奏曲。このほかピアノ連弾用の愛らしい「ドリー」などもある。絵も言われぬような優美なメロディーと、生き生きしたリズム感は、フォーレのピアノ曲の特徴であり、今でも多くのリスナーに愛好されている。このLPレコードは、フランスの女性ピアニストであるイヴリン・クロシェ(1934年生まれ)による「フォーレ ピアノ曲全集」の第4集で、前奏曲集(第1番~第9番)と「主題と変奏」、それに無言歌(第1番~第3番)が収められている。前奏曲集(第1番~第9番)は、1910年に3曲がまず作曲され、残り6曲を翌1911年に作曲された。これら9曲のうち、第2番と第8番は練習曲用に近く、第3番から第5番は舟歌風の曲となっている。しかし、9曲全部を聴き終えると、一つのまとまりのある曲となっていることが理解できよう。次の「主題と変奏」は、フォーレ50歳の1895年に作曲された作品。最後の無言歌(第1番~第3番)は、フォーレがまだ18歳の頃の1863年に作曲された作品。このLPレコードでのイヴリン・クロシェは、ぬくもりのある、暖かさに満ち満ちたピアノ演奏を繰り広げる。前奏曲集(第1番~第9番)では、一曲一曲に思いを込め、豊かなファンタジーを込めて弾き進める。練習曲風な曲は、見事なテクニックを披露すが、これ見よがしさが少しもないところが好印象を受ける。舟歌風の曲では、その持ち味が最大限に発揮され、リスナーは自然の中で音楽を聴くような、優美さに酔いしれることができる。聴き進めるうちにこの前奏曲集は、バラードにも似て物語的要素がたっぷりと塗り込められていることに気付かされる。来日経験のあるイヴリン・クロシェは、このフォーレ:前奏曲集の演奏の録音は、彼女の特性が如何なく発揮されているようだ。次の「主題と変奏」は、前奏曲集の時とは少々面持ちを変え、厳格であり、しかも構成美をかなり意識した演奏内容となっている。このため、この曲の持つ深淵で、しかも変化に富んだ曲想を、流れるようなピアノタッチで、見事に描き出すことに成功している。最後の3曲の無言歌は、フォーレの若い頃の作品だけに、浮き浮きと弾んだ様子が、イヴリン・クロシェのピアノ演奏から聴こえてきて、思わず微笑みたくなるほど。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ステファンスカのグリーグ:ピアノ協奏曲/スメンジャンカのショパン:ピアノ協奏曲第2番

2020-12-17 09:35:42 | 協奏曲(ピアノ)

 

①グリーグ:ピアノ協奏曲

 ピアノ:ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ

 指揮:ヤン・クレンツ
 管弦楽:ポーランド放送交響楽団

②ショパン:ピアノ協奏曲第2番

 ピアノ:レギーナ・スメンジャンカ

 指揮:ヴィトールド・ロヴィッキ
 管弦楽:ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

発売:1980年2月

LP:日本コロムビア OC‐7268‐PM

 このLPレコードの特徴は、かつて一世を風靡したハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(1922年―2001年)とレギーナ・スメンジャンカ(1924年―2011年)の2人の女性ピアニストが、グリーグ:ピアノ協奏曲とショパン:ピアノ協奏曲第2番の2曲のピアノ協奏曲の名曲を録音してあるところにある。ここでは男性ピアニストには求められない、繊細さと温かみの両面を備えたピアノ演奏を聴くことができる。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカは、ポーランド出身の女性ピアニスト。1949年に開催された第4回「ショパン国際ピアノコンクール」で第1位および最優秀マズルカ演奏賞を受賞。1957年、1963年、1967年の3回来日している。グリーグ:ピアノ協奏曲は、グリーグ唯一の協奏曲。1868年、デンマークを訪問している間に作曲された初期の傑作で、北欧の自然の情景を思い描かせることから、今でも人気のあるピアノ協奏曲として知られている。ここのLPレコードでのステファンスカのグリーグ:ピアノ協奏曲の演奏は、彼女のピアノ演奏の特徴である繊細で明快なピアノタッチ、正確無比のリズム感が発揮されているのが充分に聴き取れる。ステファンスカのピアノの音色は、限りなく透明で、明るく開放的だが、このことがこの録音でも如何なく発揮され、リスナーは聴き終わると十分な満足感に浸ることができる。ヤン・クレンツ指揮ポーランド放送交響楽団の伴奏もステファンスカのピアノ演奏を十分に盛り立てている。一方、レギーナ・スメンジャンカの弾くショパン:ピアノ協奏曲第2番は、ステファンスカの演奏が開放的なのに対し、内省的で精神性の高い演奏を聴くことができる。ショパン:ピアノ協奏曲第2番は、第1番よりも先の1830年に完成した。第1番同様オーケストラの弱さが指摘されるが、ピアノ演奏部分は第1番同様、ショパン特有の華やかさと憂いに満ちた優れた作品に仕上がっている。レギーナ・スメンジャンカは、ステファンスカ同様、ポーランド出身の女性ピアニストで、これまでしばしば来日している。このLPレコードでのスメンジャンカは、ステファンスカに劣らず繊細さに溢れ、それでいて何か温もりが感じ取れる演奏を披露する。ゆったりとしたテンポを維持し、その演奏内容は詩情あふれるものとなっている。ヴィトールド・ロヴィッキ指揮ワルシャワ国立フィルの伴奏も、スメンジャンカの演奏にぴたりと寄り添い、曲の効果を一掃盛り挙げている。ヴィトールド・ロヴィッキ(1914年―1989年)は、ポーランド放送交響楽団の創立と育成に尽力した指揮者。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇ジネット・ドワイアンのメンデルスゾーン:無言歌集(第1巻~第4巻)

2020-12-14 09:42:21 | 器楽曲(ピアノ)

メンデルスゾーン:無言歌集 

 第1巻 作品19b 甘い思い出/後悔/狩りの歌/ないしょ話/眠れぬままに
          /ヴェネチアの舟歌
 第2巻 作品30  めい想/安らぎもなく/慰め/道にまよって/小川/ヴェネチアの舟歌
 第3巻 作品38  宵の明星/失われた幸福/詩人のたて琴/望み/情熱/デュエット
 第4巻 作品53  浜辺で/浮き雲/胸さわぎ/心の悲しみ/民謡/飛しょう

ピアノ:ジネット・ドワイアン

発売:1978年10月

LP:日本コロムビア OC‐8028‐AW 

 このLPレコードに収められているのは、ジネット・ドワイアン(1921年―2002年)のピアノ独奏による、メンデルスゾーンの無言歌全集1(第1巻~第4巻)である。無言歌とは何か?と改めて問われると、なかなか正確な答えが出にくいものである。メンデルスゾーンの無言歌集は、ピアノによる歌曲とでも言ったらよいのであろうか。いずれもが小品で、メロディーが流れるようにピアノで演奏され、一曲一曲が独立した抒情歌のような雰囲気を持っている。メンデルスゾーンの場合、1巻ごとに6曲が収められている。メンデルスゾーンは、手紙にも楽譜を書いて旅先の情景を曲にして書き送ったいう。そんなメンデルスゾーンが、ちょっとした感情を一曲一曲の短い曲に託したものが、この無言歌集なのである。すべての曲に名称がつけられているが、メンデルスゾーンが付けたのはごく一部で、ほとんどは、第三者が後から付けたもの。ただ、それらを聴いてみると、名称にぴたりと一致する曲も少なくはなく、あたかも最初から付けられたように感じてしまうほど。このLPレコードで演奏しているジネット・ドワイアンは、1932年にパリ音楽院に入学しピアノを学ぶ。17歳の時にピアノと和声、伴奏の3部門でプルミエ・プリをとって卒業。1939年「ガブリエル・フォーレ国際コンクール」で優勝を果たす。第二次世界大戦後は、夫のヴァイオリニストのジャン・フルニエ(名チェリストのピエール・フルニエの弟)とのデュオおよびソロ活動を展開した。1958年夫婦で来日もしている。ジネット・ドワイアンのピアノ演奏は、常に暖かく、ゆったりとして、優雅な雰囲気がそのが持ち味であるが、このLPレコードでは、その特徴が最大限に発揮され、極上の味のメンデルスゾーン:無言歌集をリスナーに届けてくれている。勿論、このメンデルスゾーン:無言歌集の演奏は、一曲一曲の曲想に合わせて、ドラマチックに演奏する手法もあろう。それはそれで、それぞれの小曲の性格を際立たせるという意味では存在意義があるのであるが、この歌集を、メルヘンの世界のおとぎ話みたいに捉えたいリスナーにとっては、ジネット・ドワイアンほどピタリと合うピアニストは他にはいまい。一曲一曲の自己主張はそれほど強くはないが、クラシック音楽の捨てがたい魅力を内包しているのが、この曲集なのである。その意味では、これからも聴き継がれるべき曲集なのだ。そして、この曲集の最良のピアニストの一人がジネット・ドワイアンなのである。その意味から、これは、後世に残しておかねばならない録音の一つだと私は感じる。(LPC)

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