★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇デムス&スコダのモーツァルト:4手のためのピアノ作品集(ソナタ K.186c(358)/アンダンテと5つの変奏曲 K.501/幻想曲 K.608/ソナタ K.19d)

2021-03-29 10:08:08 | 器楽曲(ピアノ)

<モーツァルト:4手のためのピアノ作品集‐3>

モーツァルト:ソナタ 変ロ長調 K.186c(358)
               アンダンテと5つの変奏曲 ト長調 K.501
       幻想曲 ヘ短調 K.608
       ソナタ ハ長調 K.19d

ピアノ:イェルク・デムス
    パウル・バドゥラ=スコダ

 これは、全4巻からなるイェルク・デムスとパウル・バドゥラ=スコダによる、モーツァルト:4手のためのピアノ作品集の第3巻目のLPレコード。1曲目の「ソナタ 変ロ長調 K.186c(358)」は、1774年4月から5月にかけてザルツブルクで作曲した4手用ソナタの第3番目の作品。第1楽章と第3楽章は、生き生きと颯爽としたテンポで弾かれるのに対し、第2楽章は、平静さを込めた流れが美しい。この作品を、モーツァルトは、義理の妹のアロイジア・ウェーバーや妻のコンスタンツェと一緒に弾き楽しんだようだ。第2曲目の「アンダンテと5つの変奏曲 ト長調 K.501」は、1786年11月4日にウィーンで書かれ、当初は2台のピアノ(チェンバロ)のために書かれた。第3曲目の「幻想曲 ヘ短調 K.608」は、最初は自動オルガンのための作品として書かれた。自動オルガンは、音楽家が演奏するのではなく、自動で音楽を演奏するオルガン。注文主は、蝋人形館を開いて機械仕掛けの楽器のコレクションを展示し、楽器の自動演奏を聴かせていたヨーゼフ・ダイム伯爵。1791年の3月3日にウィーンで作曲され、モーツァルトの生涯で最後の作品となる3つの中の一つ。第4曲目の「ソナタ ハ長調 K.19d」は、モーツァルトの4手のためのピアノ作品としては、最初の曲と考えられており、1765年5月初旬にロンドンで作曲されたとされる。このLPレコードでピアノを弾いているは、いずれも日本のファンには馴染み深かったイェルク・デムス(1928年―2019年)とパウル・バドゥラ=スコダ(1927年―2019年)である。イェルク・デムスは、オーストリア出身のピアニストで、11歳の時にウィーン音楽アカデミーに入学、1945年に卒業した後はパリでイヴ・ナットに師事。その後ザルツブルク音楽院でギーゼキングに教えを請うなどして研鑽を積んだ。1956年の「ブゾーニ国際コンクール」で優勝し、世界的にその名が知られるようになる。一方のパウル・バドゥラ=スコダも、オーストリア出身のピアニスト。ウィーン音楽院で学び、1947年に「オーストリア音楽コンクール」で優勝。名ピアニストのエトヴィン・フィッシャーに師事。自筆譜や歴史的楽器の蒐集家としても有名で、「新モーツァルト全集」においては校訂者も務めた。このLPレコードでの2人は、息がピタリと合い、その自然なリズム感が聴いていて誠に心地良い。単にムードにおぼれることなく、陰影感を程よく含ませ、メリハリが利いたその豊かな演奏内容は、ウィーンで育った二人であるからこそ実現可能だと言っても過言ではないだろう。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇ヘンリック・シェリングのバッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番/第1番/2つのヴァイオリンのための協奏曲

2021-03-25 09:43:04 | 協奏曲(ヴァイオリン)

バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番/第1番
    2つのヴァイオリンのための協奏曲

ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング(指揮・第1ヴァイオリ)
       ペーター・リバール(第2ヴァイオリ)

管弦楽:ヴィンタートゥール音楽院合奏団

録音:1965年3月27日~28日、スイス、ヴィンタートゥール

発売:1977年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) PL‐1028

 ヘンリク・シェリング(1918年ー1988年)は、ポーランド出身で、その後メキシコに帰化した世界的な名ヴァイオリニスト。パリ音楽院に入学し、ジャック・ティボーなどに師事。1937年、同校を首席で卒業する。第二次世界大戦中は、ポーランド亡命政府のために通訳を行う一方で、連合国軍のために慰問演奏も行った。この時、メキシコシティにおける慰問演奏がきっかけで同地の大学に職を得る。さらに、1946年にはメキシコ市民権も取得。暫くは教育活動に専念していたが、メキシコ・シティで大ピアニストのアルテュール・ルービンシュタインと出会い、ルービンシュタインの勧めで再びヴァイオリニストとしての活動の道を歩み始めることになる。このLPレコードでシェリングは、バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番/第1番と2つのヴァイオリンのための協奏曲を演奏し、同時に指揮も行っている。バッハ:ヴァイオリン協奏曲第2番は、バッハの死後、一時バッハの作品が忘れ去られた時でも、この曲だけは演奏されたという根強い人気を誇るヴァイオリン協奏曲である。作風が近代的感覚であり、独奏楽器の個性が生かされ、メロディーも豊かなところが好かれたようである。バッハ:ヴァイオリン協奏曲第1番は、第2番に次いで今でも人気のある作品。バッハ:2つのヴァイオリンのための協奏曲は、それまでの合奏協奏曲の流れをくむ作品であるが、さらに発展させ、独奏部と合奏部が互いに絡み合い、合奏部が独奏部の伴奏をするという合奏協奏曲を一歩進めた様式が特徴。特に、その第2楽章は“美しい姉妹の仲睦まじい語らい”とも称され、その美しい調べが印象に残る作品。この3つのバッハのヴァイオリン協奏曲でのシェリングの演奏は、内面を重視した演奏に終始する。それによりバッハの精神性の深さを、リスナーは思う存分聴くことができる。全体がゆっくりと安定したテンポで演奏されるので、一つ一つの音が実に明瞭に聴き取れるのだ。これら3つの曲は、通常、速いテンポで、歯切れよく演奏されることがほとんど。このため、バッハの音楽が持つ本来の美しさを聴き取ることがなかなか難しい。それらに比べると、このLPレコードでのシェリングの演奏は、一つ一つのフレーズを、じっくり吟味しながら弾き進めるので、その全体像がリスナーの目の前にくっきりと浮かび上る。このLPレコードは、ヘンリク・シェリングが単に技巧だけで演奏するヴァイオリニストでなく、深い精神性を持った“魂のヴァイオリニスト”であったことを如実に物語っている。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇マルグリット・ロンなど名手たちによるフォーレ:ピアノ四重奏曲第2番他

2021-03-22 09:33:25 | 室内楽曲

フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番

     即興曲第5番
     夜想曲第4番/第6番
     舟歌第6番

ピアノ:マルグリット・ロン

ヴァイオリン:ジャック・ティボー

ヴィオラ:モーリス・ビュー

チェロ:ピエール・フルニエ

録音:ピアノ四重奏曲第2番(1940年5月)
   即興曲第5番(1933年)/夜想曲第4番(1937年5月)/
   第6番(1936年7月)/舟歌第6番(1937年)

LP:東芝音楽工業 GR‐81

 このLPレコードは、EMIが20世紀前半に活躍した名演奏家の決定盤と言われているSPレコードを、LPレコード化した“世紀の巨匠たち(Great Recordings of the Century=GRシリーズ)”の中の1枚で、ピアノ:マルグリット・ロン(1874年―1966年)、ヴァイオリン:ジャック・ティボー(1880年―1953年)、ヴィオラ:モーリス・ビュー、チェロ:ピエール・フルニエ(1906年―1986年)という豪華メンバーを揃えたもの。フォーレ:ピアノ四重奏曲第2番においては、以下に書く録音時の状況を知っておかねばならないであろう。フォーレの室内楽曲としては、ヴァイオリンソナタ第1番が一番有名であるが、それに次いで、ピアノ四重奏曲第1番と第2番がよく知られている。ピアノ四重奏曲第2番が作曲されたのは、1866年、フォーレ41歳のときである。第1番から7年が経っており、有名なレクイエムの作曲の前年に当たる。全部で4つの楽章からなるこの曲は、第1番より個性的で、精緻な完成度を誇っている。しかし、全体に地味な印象があるためか、人気では第1番に一歩譲ることになる。このLPレコードでの演奏内容は、幻想的で、しかもどこか息詰まるような、切迫感に包まれた演奏内容である。この理由は、次のマルグリット・ロンの手記を読めば直ちに氷解する。「フォーレのピアノ四重奏曲第2番は、1940年6月10日の午後録音された。ちょうどその日は、ドイツ軍がオランダに侵入した日だったので、悲痛な気分がスタジオを支配していた。私には、ティボーの胸を締め付ける、世にも切ない苦しみがよくわかった。なぜなら、彼の長男のロジェがその方面の最前線に出陣しているのを知っていたからである。私たちは、感動のあまり、根限りの情熱と誠実さで演奏した。その翌日、―ロジェは名誉の戦死を遂げた・・・」。つまり、このフォーレ:ピアノ四重奏曲第2番の演奏は、通常の状態とは異なり、安定感欠けたところはあるが、逆に、言い知れない不安感とか、研ぎ澄まされた感覚が全体を覆い、通常のフォーレの音楽とは異なる、異次元の深みに立ち入った境地が感じられるのである。そんな時でもマルグリット・ロンのピアノ演奏は、冷静さを失うことなく、深く、静かに、時には激しくフォーレ特有の世界を描き切り、演奏の中心的役割を見事に果たしている。ピアノ四重奏曲第2番の後には、フォーレのピアノ独奏曲4曲が、マルグリット・ロンの演奏で録音されている。ここでのロンの演奏は、これらすべての曲において、フォーレの世界のむせぶような味わいが聴き取れる名演と言える。(LPC)。 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇クララ・ハスキルのモーツァルト:ピアノ協奏曲第20番/第23番

2021-03-18 10:51:02 | 協奏曲(ピアノ)

モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番/第23番

ピアノ:クララ・ハスキル

指揮:ベルンハルト・パウムガルトナー(第20番)
         パウル・ザッヒャー(第23番)

管弦楽:ウィーン交響楽団

録音:1954年10月11日(第20番)/1954年10月8~10日(第23番)

LP:日本フォノグラム(フォンタナ・レコード) FG-211

 モーツァルトは、生涯で27曲のピアノ協奏曲を作曲した。ただし、第7番は3台のピアノ、第10番は2台のピアノのための協奏曲である。このLPレコードには、この中から第20番と第23番の2曲が、往年の名ピアニストのクララ・ハスキル(1895年―1960年)によって収録されている。第20番が作曲されたのは1785年、モーツァルト29歳の年である。第19番までのピアノ協奏曲は、モーツァルトの独自性は、あまり濃く反映されていないが、この第20番以降は、モーツァルトの個性が存分に盛り込まれた傑作群のピアノ協奏曲が書かれることになる。第20番はこれらの最初の曲といえる。この間の秘密は、作曲した年に起こったことに関連がありそうである。この年、モーツァルトは自宅にハイドンを招き、完成した弦楽四重奏曲集「ハイドン・セット」の演奏会を催した。つまり、これによってハイドンから高度な弦楽四重奏曲の技法の吸収を完全に終え、モーツァルト独自の世界を切り開く素地が完成したのである。この年、ピアノ協奏曲第20番と共に完成した曲には、ピアノ四重奏曲第1番や歌曲「すみれ」などがある。ピアノ協奏曲第23番は、第20番が完成した翌年、1786年、モーツァルト30歳の時の作品だ。この年には、歌劇「フィガロの結婚」が完成し、初演も行われている。ピアノ協奏曲第23番は、第20番に比べ、明るく伸び伸びとした曲想を持っており、どちらかというと、私的な演奏会を想定して作曲したようである。そこには、以前のモーツァルトの作品を一回り大きく飛翔させたようなスケール感が感じられる。このLPレコードでピアノ演奏しているのはルーマニア出身の名ピアニストのクララ・ハスキル。15歳で最優秀賞を得てパリ音楽院を卒業し、ヨーロッパ各地で演奏活動を行う。第二次世界大戦後になって、聴衆から熱狂的に支持され世界的名声を得る。録音を数多く残したため、今でも愛好者は少なくない。現在、その遺功を偲んで世界的音楽コンクール「クララ・ハスキル国際ピアノ・コンクール」がスイスで開かれている。クララ・ハスキルのピアノタッチから紡ぎだされる音は輝きに満ち、純粋で天国的な美しさに覆われている。このLPレコードでの第20番の演奏内容は、ハスキルのほの暗い憂いの表現が、この曲の持つ曲想に、程良くマッチしたものに仕上がっている。第2楽章の憂いを含んだ表現が印象的。一方、第23番の演奏内容は、ハスキルの持つ純粋さが如何なく発揮されており、特に第3楽章の華やかさは秀逸。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇コンタルスキー兄弟によるモーツァルト:2台と4手のためのピアノ作品集(K.448(375a)/K.426/K.521)

2021-03-15 09:39:48 | 器楽曲(ピアノ)

モーツァルト:2台のピアノのためのソナタK.448(375a)
       2台のピアノのためのフーガK.426
       4手のためのソナタK.521

ピアノ:コンタルスキー兄弟(アロイス・コンタルスキー/アルフォンス・コンタルスキー)

日本コロムビア OW-7535-MC

録音:1963年4月、ハンブルグ市音楽堂小ホール

発売:1975年6月

 第1曲目の「2台のピアノのためのソナタK.448 (375a) 」は、モーツァルトが25歳の時にウィーンで作曲し、1781年11月に完成した曲。この曲は、モーツァルトと女性の弟子であったヨーゼファ・バルバラ・アウエルンハンマーためにつくられた。初演は、1781年11月23日に彼女の家で開かれたコンサート。この曲の内容は、純粋な協奏曲様式を保っており、そしてその特徴は“ガラント”そのものである。フィナーレのロンド(モルト・アレグロ)は、K.331のトルコ行進曲にどこか似ている。また、中間楽章は、抒情的・歌謡的でもあり、ピアノ協奏曲のそれといささかも劣るところはない。。第2曲目の「2台のピアノのためのフーガK.426」は、作曲は1783年12月である。4声で書かれ、119小節の最初から最後まで厳格な様式を持ち、最後だけ緊張が解けるという、「2台のピアノのためのソナタK.448 (375a)」 とは正反対の性格を持つ。対照的な主題の応答はモーツァルトに固有のものであると同時に、モティーフはバッハを連想させ、モーツァルトの対位法的創作の頂点をなすものと言える。第3曲目の「4手のためのソナタK.521」は、モーツァルトが31歳の時にウィーンで作曲したもので、1787年5月29日に完成した。最初は2台のクラヴィーア(ピアノ)のために作曲したらしい。モーツァルトの親友ゴットフリートとピアノの弟子で当時美貌の才媛として知られたフランツィスカのジャカン兄妹に捧げられた。この曲は、有名な「小夜曲」や「ドン・ジョヴァンニ」とも近しい関係があり、 4手のための連弾ピアノ音楽の最高峰に位置づけられており、シューベルトやウェーバーにも影響を与えた。このLPレコードでピアノを弾いているコンタルスキー兄弟は、兄のアロイス(1931年―2017年)と弟のアルフォンス(1932年―2010年)による、ドイツ出身のピアノ・デュオ。古典から現代曲まで、幅広いレパートリーを持っていた。ケルンの国立音楽大学およびハンブルクで教育を受け、1955年9月には、ドイツ連邦共和国放送局連合主催の「第4回国際音楽コンクール」のピアノ二重奏部門で優勝を果たしている。また、1962年からは、ダルムシュタットの「現代音楽のための国際夏期講習」の講師を務めた。1961年には初来日も果たしている。このLPレコードでのコンタルスキー兄弟の演奏は、二人の息がぴたりと合い、技術的にみても完璧で、一部の隙もない。しかも、歌わせるところは存分に歌わせ、少しもぎすぎすしたところはない名演奏を聴かせる。モーツァルトの魅力を再発見できる演奏内容といえる。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする