★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇リヒテルのバッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻/第2巻

2021-08-30 09:56:47 | 器楽曲(ピアノ)


バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第1巻 BWV846~869
                第2巻 BWV870~893

ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル

録音:第1巻:1970年夏、第2巻:1973年2月、8月、9月/ザルツブルク、クレスハイム宮殿

LP:ビクター音楽産業 VIC‐4072~6

 バッハの平均律クラヴィーア曲集は、「平均律」と「クラヴィーア」という2つの言葉を理解して聴くと、より理解が深まる。古代ギリシャ時代に、振動数比2対3という純正5度によって全音階をつくるピュタゴラス音律がつくられた。その原理が中世に受け継がれ、エオリア、イオニアなどという12旋法が生まれた。しかしもともと、ピュタゴラス音律は、オクターブの振動数比1対2に重なり合う音が得られず、厳密な意味での純正律とはなっていない。やがて、16世紀のポリフォニー全盛時代を迎え、全音音階が揺らぎ、半音が使用されることが多くなっていく。17世紀~18世紀になると12音階のそれぞれを基音として調がつくりだされる。ここで、調性の発達のための新しい調律法をつくり出す必要性が生まれることになった。そこで考えだされたのが平均律である。平均律とは、1オクターヴの12の半音の音程を一定にするという形で、自然な和音の音程に調整を加える調律法のことをいう。これによって、鍵盤楽器でも12の長調と12の短調の使用が可能となった。バッハは、この新発明の調律法である平均律をいち早く取り取り入れ、書いたのが平均律クラヴィーア曲集というわけである。当時のバッハは、最先端を行く音楽技法を駆使する新し物好きの作曲家であったわけである。それでは「クラヴィーア」とは、いったい何を指すのであろうか。当時、バッハは、クラヴィーアを特定の楽器に限定しないで、オルガン、クラヴィコード、クラヴィチェンバロなど、鍵盤楽器のすべてに使っていたという。そのため、この平均律クラヴィーア曲集は、特定の鍵盤楽器のために書かれた作品ではなさそうだ。このため題名にバッハ自身が印した「よく調律されたクラーヴィーア」とは、現代のピアノでも一向にかまわないことになる。このLPレコードで演奏しているのは、ロシアの名ピアニストのスビャトスラフ・リヒテル(1915年―1997年)である。リヒテルは、男性的で芯のある力強い演奏によって、曲の核心をずばりとつき、圧倒的な印象をリスナーに与える。ところが、このバッハ:平均律クラヴィーア曲集の演奏では、むしろ叙情的な感情を存分に込めたような演奏を披露している。芯がピーンと張った演奏ではあるのだが、何か、バッハへの敬愛がこもった、人間臭さを存分に発揮した、リヒテルとしては比較的珍しい演奏のように思う。テンポは安定しており、リヒテルの演奏を通して、バッハのフーガの世界にどっぷりと身を浸すことができる、限りなく内容の濃い演奏となっている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇パブロ・カザルスのバッハ:無伴奏チェロ組曲全曲(第1番~第6番)

2021-08-26 09:48:35 | 器楽曲(チェロ)


バッハ:無伴奏チェロ組曲 第1番(録音:1938年6月)
             第2番(録音:1936年11月)
             第3番(録音:1936年11月)
             第4番(録音:1939年6月)
             第5番(録音:1939年6月)
             第6番(録音:1938年6月)

チェロ:パブロ・カザルス

LP:東芝EMI GR‐2317~19

 バッハの無伴奏チェロ組曲(第1番~第6番)は、アンハルト・ケーテン公レオポルドに奉職していた時代、いわゆるケーテン時代に書かれた作品である。このケーテン時代には、多くの世俗的器楽作品の傑作が生まれた。何故、教会音楽でなく世俗的作品が書かれたのであろうか?その理由は、ケーテンの宮廷はカルヴァン派であったため、教会音楽は必要としなかったためである。バッハは、1708年、23歳の時にワイマールのウィルヘルム・エルンスト公の宮廷に宮廷付きオルガニスト兼楽師として奉職した。1716年、楽師長が亡くなって、バッハは楽師長の職にありつけると考えたが、実際にはほかのものが楽師を引き継いだ。自分の能力を無視されたバッハは、ワイマールを去ることを決意する。辞表を書いて提出したが、正当な理由ではないとして受理されなかった。それでも辞表を出し続けたため、裁判所に拘束される羽目となってしまい、最後は、免職扱いとなってしまった。そんなトラブルを経て、自分の能力を認めてくれるレオポルド公の下で、バッハは伸び伸びと世俗曲の作曲と室内オーケストラの指揮者としての役職に励んだわけだ。ただ、この間、愛妻のマリア・バルバラを亡くすという不幸もあったが、翌年、マリア・マグダレーナと再婚する。ところで、このLPレコードは、チェロの神様のパブロ・カザルスがSPレコードに録音したものを、LPレコード化したものであり、バッハの無伴奏チェロ組曲の演奏の基準となる録音として、多くのファンを魅了し続けている名盤だ。それもそのはず、カザルスこそ、それまで埋もれていたバッハ:無伴奏チェロ組曲を“発見”し、その真価を蘇らせたチェリストであったのだ。“発見”の経緯とは、次のようなことであったようだ。カザルスが13歳の時、父と連れ立って、バルセロナの楽器店を歩き回って、チェロの良い作品はないだろうかと探していた時、偶然にバッハの「6つの無伴奏チェロ組曲」を見つけたという。要するに、当時楽譜として残ってはいたが、誰もが単なる練習曲のようなものと、見向きもしなかった中で、カザルスは、この楽譜を見た途端、一瞬でその芸術性の高さを看破してしまったのだ。カザルスがさらに凄いのは、その後12年間、この曲を徹底的に研究してから世に問うたことだ。以降、バッハの無伴奏チェロ組曲は、古今のチェロ曲の名曲として君臨することになる。演奏内容は、実に奥深く、チェロという楽器の魅力を最大限に発揮している。これほどバッハを愛し、チェロを愛し、包容力豊かな演奏は、ほかでは到底味わうことはできない。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ヘンリック・シェリングのバッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1001~1006

2021-08-23 09:34:54 | 器楽曲(ヴァイオリン)


バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ BWV1001~1006

      ソナタ    第1番~第3番
      パルティータ 第1番~第3番

ヴァイオリン:ヘンリック・シェリング

録音:1967年7月8日~20日、スイス、Vevey劇場

発売:1975年8月1日

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) MG 8037~9

 これは、名ヴァイオリニストであったヘンリック・シェリング(1918年―1988年)が遺したバッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータのLPレコードである。同曲の録音のベスト盤のリストの中で、今でも1位か2位を占める名録音盤なのである。そもそもバッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータとは、いかなる曲なのであろうか。当時、バッハは、ワイマール宮廷の楽長に就任することを望んでいたが、残念ながらその願いは受け入れられず、それどころか領主の身内争いに巻き込まれる羽目に陥ってしまった。そこでバッハは新天地を求めてワイマールを去ることを決意する。その新天地とは、ワイマールの北に位置するケーテンである。領主は若いレーオポルト侯で、バッハは、ここで二代目の宮廷楽長の職を得る。レーオポルト侯自ら演奏にも堪能な音楽好きであった。ここでのバッハの仕事は、17人からなるオーケストラの指揮を執ること。そして、このケーテン時代に作曲されたのが、「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」である。それまでバッハの作曲のベースにあったのはオルガンであった。対位法を駆使して多声的に曲想を展開するバッハにとって、オルガンは理想的な楽器であった。ところが、ケーテンでの楽長の主な役割は、ヴァイオリンやチェロなどが主役を演じるオーケストラの指揮者である。ヴァイオリンやチェロは、原則的に一つの音しか出せない楽器なのである。つまり、ヴァイオリンやチェロは、和声的な表現には向かない。この矛盾を解決させるため、バッハは、弦楽器奏者にアルペジオを弾かせ、聴く者の想像力の中で和声的に響かせるということを思いついた。そして作曲されたのが「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」であったのだ。ただし、優れた作曲技法を駆使した、これらの2曲の真価が発揮されるのは、演奏する側の卓越した技術があって初めて可能となる話なのである。そのため、この「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」の演奏者にはヴァイオリンの名手が欠かせない要件となる。その意味で、このLPレコードで演奏しているヘンリック・シェリングほど、この曲の奏者に相応しいヴァイオリニストはいない。このLPレコードでのシェリングの演奏は、極めて求心的であると同時に、ヴァイオリンの持つ美しい音色を全面的に押し出しており、全6曲を一気に弾き抜ける。テンポは中庸を得たもので、リスナーは落ち着いて聴き通すことができる。そのバランスの良い演奏には、誰もが脱帽せざるを得ない。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇オイストラフ&オボーリンのベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ全集(第1番~第10番)

2021-08-19 09:53:51 | 室内楽曲(ヴァイオリン)

 

ベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ全集(第1番~第10番)

ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ

ピアノ:レフ・オボーリン

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) 15PC‐7~10

 このLPコードは、ダヴィッド・オイストラフ(1908年―1974年)のヴァイオリン、レフ・オボーリン(1907年―1974年)のピアノという、旧ソ連時代の名コンビによるベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ全集(4枚組)である。滋味あふれるオイストラフのヴァイオリン独奏と格調高いオボーリンのピアノ伴奏は、ベートーヴェンが切り開いた新しいヴァイオリンソナタの世界を見事に描き切っており、比類のない高みに達した名録音盤である。現在に至るまで、この録音を凌駕するベートーヴェン:ヴァイオリンソナタ全集は出現してないとさえ言っても過言でないほどの出来栄えなのである。ベートーヴェンのヴァイオリンソナタは、大きく4つの時代に分けることができる。第1の時代は、作品12の3曲、第2の時代は、作品23と24の2曲、第3の時代は、作品30の3曲と作品47の1曲、第4の時代は、作品96の1曲である。第1の時代の作品12の3曲は、次に来る作品に比べまだ未熟さは残るが、既にベートーヴェン以前のヴァイオリンソナタに比べ、精神的内容の深い作品となっている点に注目すべきであろう。第2の時代の作品23と24の2曲になると、ベートーヴェンの個性が作品にはっきりと影を落とし、ベートーヴェンはここでヴァイオリンソナタの歴史に新たなページを付け加えたと言える。そして第3の時代の作品30の3曲と作品47の1曲は、中期の頂点とも言えるベートーヴェンにしか書けないような作品で、中でも「クロイツェル」は、古今のヴァイオリンソナタの中でも、その存在感は圧倒的で、交響曲にも劣らない深みとスケールの大きさを備えている。最後の第4の時代の作品96の1曲となると、それまでの作品とは少々位置づけが異なり、肩の力を抜き、一人ロマンの世界に浸るような感覚が濃厚であり、何か懐古調的な気分も付きまとう。それにしてもダヴィッド・オイストラフのヴァイオリンの音色の伸びやかさと温かみには脱帽させられる。全体に柔らかい感覚が覆い尽くすが、決して茫洋としておらず、むしろ歯切れの良い、明確な弓捌きと言える。ヴァイオリン自体の持つの美音は尊重するが、それに埋没することなく、メリハリの良い演奏に終始しているところにダヴィッド・オイストラフの真骨頂が聴いて取れる。一方、レフ・オボーリンのピアノ伴奏も柔らかさと明快さが同居しており、オイストラフのヴァイオリン演奏に相通じるところがある。オボーリンが生まれた翌年にオイストラフが生まれ、そして同じ年に2人はこの世を去っている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇サンソン・フランソワのショパン:マズルカ全集(第1番~第51番)

2021-08-16 09:40:13 | 器楽曲(ピアノ)


ショパン:マズルカ全集(第1番~第51番)

ピアノ:サンソン・フランソワ

LP:東芝EMI EAC-70036~7

 ショパンは生涯で60曲にも及ぶマズルカを作曲したが、現在一般に「マズルカ全集」として演奏される曲は51曲である。ショパンのマズルカは、ポーランド周辺各地方の民俗舞踊であるマズル、オベレク、クヤヴィヤクなどに基づいて作曲され、三拍子の第三拍目にアクセントが置かれるのが特徴である。ポーランドのマゾヴィア地方で生まれたためにマズルカという名前が付けられたともいう。ショパンは、日記を書くようにマズルカを作曲したわけだが、本来、土俗的な色合いが濃い曲を、ショパンは芸術度の高い作品にまとめ上げた。ここでショパンは、祖国ポーランドによせる望郷の念を込めると同時に、ショパンのピアノ曲の作曲法の土台とも思えるものが横たわっている。そのため、ショパンのマズルカは、ショパンのピアノ曲の”奥座敷”とも言える作品。51曲が、同じリズムでも、それぞれ違った表情を見せていることは驚くべきことである。このLPレコードで演奏しているには、フランスの名ピアニストのサンソン・フランソワ(1924年―1970年)である。フランソワは、第二次世界大戦後のフランスにおける代表的なピアニストの一人で、主に、ショパンやドビュッシー、ラヴェルなどフランスものの演奏を得意とした。コルトーに見い出され、1936年エコールノルマル音楽院に入学。さらに1938年にはパリ音楽院に入学、マルグリット・ロンの最後の生徒の一人であった。1940年同音楽院を首席で卒業。そして1943年に第1回「ロン=ティボー国際コンクール」で優勝を果たし、一躍その名が世界に知られることになる。しかし、心臓発作で46歳の若さで亡くなった。フランソワは、自由奔放に演奏するタイプのピアニストであり、一旦曲にうまくはまれば天才的な閃きで曲を弾く。このため、特にショパンをはじめとするフランスもので、優れた録音を遺している。一方、「ベートーヴェンは、生理的に合わない」と言い、ドイツものの録音はほとんどないが、唯一、ベートーヴェンのピアノソナタでは名録音を遺している。このショパン:マズルカ全集のレコードでのフランソワの演奏は、一曲一曲を“自家薬籠中の物”として演奏していることがよく聴き取れる。どちらかというとフランソワにしては地味な演奏内容であるが、それだけに一曲一曲に込められた精神的な高みには比類がない。フランソワの演奏で全51曲を聴き終えると、ショパンのマズルカは、ショパンのピアノ曲の奥座敷であるということがしみじみ分かってくるのである。(LPC)

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