★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇リヒテルのベートーヴェン:ピアノソナタ第9番/第10番

2020-09-28 10:01:30 | 器楽曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノソナタ第9番/第10番

ピアノ:スヴャトスラフ・リヒテル

録音:1963年

発売:1979年

LP:日本フォノグラフ(フィリップスレコード) 13PC‐87

 ベートーヴェンは、ピアノソナタの第5番から第10番までを並行して作曲したようである。それらの中でも第7番と第8番「悲愴」において、初期のピアノソナタの頂点を築く。そしてそれらに続くのが、今回のスヴャトスラフ・リヒテルが録音した、第9番と第10番の作品14の2つのピアノソナタである。これらの2曲では、ベートーヴェンの作品の特徴である、激しい葛藤と闘争の情熱といったものは姿を消し、ほのぼのとした精神性に包まれた安らぎの世界を垣間見せるのである。第10番は、時折、“夫婦の会話”といった副題で紹介されることがある。ピアノソナタ第9番と第10番について、シントラーは自著「ベートーヴェンの生涯」で次のように書き遺している。「2曲とも夫妻の会話、あるいは恋人同士の会話をその主題としている。第2ソナタ(第10番)では、その意味とともに、すこぶる力強く表現されている。この夫婦の対立は、第1ソナタ(第9番)よりいっそうはっきりと表れている。ベートーヴェンは、この夫婦間での懇願と拒絶という2つの要素を代表させようとした」(横原千史著「ベートーヴェン ピアノソナタ全作品解説」アルテスパブリッシング刊)。ピアノソナタ第9番は、1798年に作曲されたと考えられており、簡潔で、抒情さに溢れた愛すべき作品だ。何か聴いていてホッとするような作品ではある。ここでのリヒテルの演奏は、日頃見せる激しく鍵盤を叩きつける姿から遠く離れ、一人静かに鍵盤に向かうリヒテルの姿を髣髴とさせる。柔らかく歌うように演奏する、そのピアノの音を聴いていると、リヒテルという天才ピアニストの芸域の広さを見せつけられる思いがする。このような平穏でほのぼのとする表現でも、リヒテルは誰にも負けないような優美さを見せてくれる。聴き進むうちに何か安心して身を任せてもいい感じにもなってくる。これが別のピアニストならいざ知らず、リヒテルの演奏からこのような雰囲気が生まれるというのは、何か不思議なようにも感じられるほどだ。一方、ピアノソナタ第10番は、1798年から1799年にかけて作曲されたと言われている。第1楽章の心地よく、滑らかな曲の進行を聴いていると、やはりこれは夫婦の会話のやり取りを描写しているようにも聴き取れる。ここでのリヒテルの演奏は、第9番の平穏さから一転して、饒舌なものに変わる。静かなやり取りの後には、賑やかに会話が盛り上がるといった雰囲気が、リスナーに直に伝わってくるかのようでもある。第2楽章、第3楽章は、ご機嫌なベートーヴェン横顔が浮かび上がるようだ。リヒテルは軽快に一気に弾き進む。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇シャルル:ミュンシュ指揮ボストン響のサン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」

2020-09-24 09:35:45 | 交響曲

サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」

指揮:シャルル:ミュンシュ

管弦楽:ボストン交響楽団

オルガン:ベルイ・ザムコヒアン

LP:RVC RGC‐1065

 サン=サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」は、ベルリオーズ:幻想交響曲やフランク:交響曲などと並び、フランス系の作曲者の手による交響曲としてし、わが国でも人気が高い作品である。全部で2楽章という交響曲としては特異な形式によっているが、それぞれの楽章が2つの部分に分かれているので、全部で4つの楽章の通常の交響曲と変わらないのでは、と誰もが考えるが、サン=サーンスがリストとの交友を深め、この曲もリストに献呈したことなどを考えると、ドイツ・オーストリア系の交響曲へ対する対抗心を感ぜざるを得ない。この曲には、サン=サーンスの特徴が全て盛り込まれている言ってもいいだろう。循環形式による輝かしい管弦楽技法、すこしの曖昧さのない曲の展開、親しみやすいメロディー、どれをとっても一流の仕上がりを見せている。そして、この曲の楽器編成に特徴があり、パイプオルガン、ピアノ、トライアングル、シンバル、大太鼓などが、通常の管弦楽の中で一際活躍し、大きな効果を発揮する。このLPレコードでは、フランス出身の巨匠シャルル:ミュンシュ(1891年ー1968年)がボストン交響楽団を指揮しており、現在でも高い評価が寄せられている名盤である。シャルル・ミュンシュは、当初ヴァイオリンを学び、1926年にライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の奏者となり、コンサートマスターを務めた後、1929年にパリで指揮者としてデビュー。1937年にパリ音楽院管弦楽団の指揮者となった後、1949年にボストン交響楽団の常任指揮者に就任、1962年までその座にあった。このLPレコードでのシャルル・ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の演奏は、細部まで目の行き届いたきめの細かさに加え(第1楽章第2部)、一方ではダイナミックな表現力が冴えわたり(第2楽章第1部)、このコンビの最良の成果をリスナーに届けてくれる。全体に躍動感が漲り、今そこに音楽が出来上がったような新鮮さが何とも言えずに心地よい。ミュンシュの指揮は、オーケストラを一方的に引っ張るのではなく、楽団員の自発的な力を最大限に発揮させることに力点を置いた演奏だ。それだけ、オーケストラが本来持つ緊張感がホール全体を覆い尽くしているような印象を強く受ける。ミュンシュがその昔、ゲヴァントハウス管弦楽団でコンサートマスターを務めていた時の指揮者は、フルトヴェングラーやワルターであったそうであるから、これらの巨匠から指揮の真髄を直接肌で吸収した成果が、この録音で存分に発揮されていると言ってもいいのかもしれない。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇オイストラフ三重奏団によるハイドン、グリンカ、スメタナのピアノ三重奏曲

2020-09-21 09:58:03 | 室内楽曲

ハイドン:ピアノ三重奏曲第4番
グリンカ:ピアノ三重奏曲「悲愴」
スメタナ:ピアノ三重奏曲ト短調Op.15

ピアノ三重奏:オイストラフ三重奏団

          ダヴィッド・オイストラフ(ヴァイオリン)
          レフ・オボーリン(ピアノ)
          スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー(チェロ)

発売:1975年

LP:ビクター音楽産業 MK‐1072

 このLPレコードは、ヴァイオリンのダヴィッド・オイストラフ(1908年―1974年)、ピアノ:レフ・オボーリン(1907年ー1974年)、チェロのスヴャトスラフ・クヌシェヴィツキー(1908年ー1963年)という、かつてのロシアの3人の名手による名トリオ「オイストラフ三重奏団」が演奏したハイドン、グリンカ、スメタナのピアノ三重奏曲集である。ダヴィッド・オイストラフは、1937年、ブリュッセルの「ウジェーヌ・イザイ・コンクール」(現:「エリザベート王妃国際音楽コンクール」)で第1位を獲得し、一躍その名を世界に知られ、第二次世界大戦後も世界的に活躍した。レフ・オボーリンは、1927年第1回「ショパン国際ピアノコンクール」で優勝し、一躍脚光を浴びる。教育者としても、ウラディーミル・アシュケナージなど数多くのピアニストを世に送り出した。スヴャトスラフ・クヌシェヴィツキーは、モスクワ音楽院を卒業と同時にボリショイ劇場管弦楽団の首席奏者となる。1933年の「全ソ音楽コンクール」で優勝し、ソリスト及び室内楽奏者としても活躍。この3人による演奏の最初の曲は、ハイドン:ピアノ三重奏曲第4番。ハイドンは、ピアノ三重奏曲を1780年から1800年の20年間に31曲書いている。このLPレコードでのレフ・オボーリンのピアノの音色は、透明で、輝かしく、生気あり、リスナーを充分に楽しませてくれる。次の曲は、グリンカ:ピアノ三重奏曲「悲愴」。原曲は、ピアノとクラリネットとファゴットのために書かれている。ここでの3人の演奏は、ハイドンの曲とは打って変わって、相互に深く結びつきながら、心からの同郷のグリンカへの共感を持って演奏していることが、聴き進むうちにリスナーにじわじわと伝わってくる。3曲目は、スメタナ:ピアノ三重奏曲ト短調Op.15。この曲は、スメタナが31歳の時、わずか4歳半で死んだ長女のベドルジーシカを悼んで作曲された曲。このため、グリンカの曲と同様、この曲も苦悩と悲嘆に満ちた内容になっている。しかし、この曲の位置づけは、芸術的完成度の道へ進み始めた最初の作品として高く評価されており、リストは、この曲を「真の天才だけがつくりうる曲」と激賞したという。ここでのオイストラフ三重奏団の演奏は、グリンカの曲の演奏をさらに発展させ、深みのある曲の真髄をリスナーに十二分に披露して止まない。3人の息はぴたりと合い、精神的な葛藤を力強く表現し尽くす。オイストラフ三重奏団の質の高さを、思い知らされた演奏内容ではある。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇カラヤン指揮ベルリン・フィルのチャイコフスキー:交響曲第5番

2020-09-17 09:40:23 | 交響曲(チャイコフスキー)

チャイコフスキー:交響曲第5番

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1965年9月22日、24日、27日、11月8日、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール(ドイツグラモフォン) SE 7812

 このLPレコードに収録されている交響曲第5番は、チャイコフスキーが1888年に作曲した作品。交響曲第4番と「マンフレッド交響曲」を作曲した後、チャイコフスキーは交響曲の作曲からは遠のいていた。しかし、その後、ヨーロッパに演奏旅行したことを契機として、再び交響曲への作曲に情熱が高まり、1888年5月~8月にかけて作曲されたのが、この交響曲第5番である。初演における評論家の評価は低かったようであるが、徐々に人気が高まり、今では交響曲第6番「悲愴」に次ぐ人気作品となっている。古典的な4楽章形式の交響曲であるが、第3楽章にワルツが取り入れられているのがこの曲を特徴付けている。この交響曲は、如何にもチャイコフスキーらしい、北国を思わせる物悲しい雰囲気の中に、美しいメロディーが散りばめられ、いつ聴いても飽きない、魅力ある作品に仕上がっている。このLPレコードで演奏しているのは、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮のベルリン・フィルである。このコンビは、最後は対立関係に陥るが、カラヤン在任中にベルリン・フィルの力量が格段に向上したことは紛れもない事実。そんな名コンビの演奏が残した録音の中でも、私が好きなのは、このチャイコフスキー:交響曲第5番とヘンデル:合奏協奏曲作品6である。両方ともカラヤンの美学がはっきりと表現され、寸分の曖昧さもない。ヘンデル:合奏協奏曲作品6が「静」の美学とするなら、このチャイコフスキー:交響曲第5番には、カラヤンの「動」の美学が息づいている。チャイコフスキー:交響曲第5番は、一般にロシアの郷土色を前面に押し出したような演奏をする指揮者が多いが、カラヤンの場合は、あくまで曲そのものを対象とし、それ以外の付随的な要素は切り捨てる。ある意味では無国籍的な印象を受けるが、その分交響曲としての壮大な姿が浮き彫りとなり、リスナーに強く訴えるものがあるのだ。リスナーは、聴き終わった後、何か壮大な建築物を下から見上げた爽快さを味わうことになる。畳み掛けるようにベルリン・フィルをリードし、それに対してベルリン・フィルの団員達もこれに応じ、そのやり取りは、録音を通しても伝わってくるのだから凄いの一言に尽きる。もうこうなると、ロシア的雰囲気とかは二の次になって、リスナーは、カラヤンとベルリン・フィルが繰り広げる音の饗宴に身を投げ出すだけとなる。これほど歯切れよく、深みのある演奏は、そう聴かれるものではない。このコンビが繰り広げる、集中力の高さに加えた、奥行きの深い表現力には、誰もが一目を置かざるを得まい。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

◇クラシック音楽LP◇デムス&バリリ四重奏団のシューマン:ピアノ五重奏曲/ピアノ四重奏曲

2020-09-14 09:54:39 | 室内楽曲

シューマン:ピアノ五重奏曲/ピアノ四重奏曲

ピアノ:イエルク・デムス

弦楽四重奏:バリリ四重奏団

発売:1963年

LP:キングレコード MH 5026

 このLPレコードでピアノの演奏をしているイエルク・デムス(1928年―2019年)はオーストリア出身のピアニスト。若かりし頃、日本では、パウル・バドゥラ=スコダ(1927年―2019年)とフリードリヒ・グルダ(1930年―2000年)とともに“ウィーン三羽烏”と呼ばれていた。イエルク・デムスは、11歳でウィーン音楽学校に入学。1942年、在学中に楽友協会で演奏しデビューを果たす。イヴ・ナット、ギーゼキング、ケンプ、ミケランジェリ、エドウィン・フィッシャーなどのピアノの巨匠たちに師事。1956年の「ブゾーニ国際コンクール」で優勝し、一躍世界的な注目を浴びる。独奏者としての活動のほか、シュヴァルツコップやフィッシャー=ディースカウなどのピアノ伴奏、さらには室内楽奏者としても活躍した。特に、バッハやモーツァルト、ベートーヴェンなどドイツ・オーストリア系の作品の演奏には造詣が深かった。しばしば来日し演奏を行ったが、2011年春、東日本大震災後に多くの演奏家が来日を中止する中、中止せずコンサートを行ったことで話題を集めた。バリリ四重奏団は、メンバーの全員がウィーン・フィルの出身者で占められ、コンサートマスターを務めていたワルター・バリリの名から、バリリ四重奏団と呼称していた。当時、ドイツ・オーストリア系の作品の演奏では、右に出るものはないとも言われた著名なカルテットであった。この両者が共演したシューマン:ピアノ五重奏曲/ピアノ四重奏曲のこのLPレコードは、現在でも、これら2曲を代表する名演奏の録音の一つに数えられるほどの名盤となっている。それは、両者がドイツ・オーストリア系の作品を得意としており、とりわけシューマンの作品に関しては、他の追従を許さない境地にあったためである。A面のピアノ五重奏曲の演奏は、両者の間の息がぴたりと合い、軽快なテンポで演奏が進められる。しかし、決して軽薄にはならず、しかもいたずらに重々しくもならず、中庸を得た演奏なのである。その中庸な演奏も、深みのあるもので、背景には確信にも似た力強さが控えているのである。これは、ウィーンで身に着けた音楽を共通のバックボーンとしているからに他ならず、他の追随を許さない何かが秘められた演奏内容だ。B面のピアノ四重奏曲の演奏内容は、ほの暗く幽玄なシューマン特有のロマンの世界を、両者は巧みな表現で演奏する。もうこうなると、ウィーン情緒を前面に掲げ、シューマンの世界を余すところなく披瀝し尽くすといった感じだ。聴き終わって見ると、これら2曲を代表する録音だけはある、ということが強く印象付けられる。(LPC)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする