★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇イヴリン・クロシェによるフォーレ:ヴァルス・カプリス第1番~第4番/即興曲第1番~第5番/マズルカop.32

2022-08-29 09:47:51 | 器楽曲(ピアノ)


フォーレ:ヴァルス・カプリス第1番~第4番
     即興曲第1番~第5番
     マズルカop.32

ピアノ:イヴリン・クロシェ

LP:ワーナーパイオニア H‐4516V

 このLPレコードは、女流ピアニストのイヴリン・クロシェの繊細で優雅な演奏を存分に堪能することができる。イヴリン・クロシェ(1934年生まれ)は、フランス出身。イヴォンヌ・ルフェビュール門下生でパリ音楽院を1等賞で卒業後、スイスで学ぶ。モスクワの「チャイコフスキー国際コンクール」に出演し、優秀賞を受賞。その後、スイスでその演奏を聴いたルドルフ・ゼルキンが彼女を弟子としてアメリカに招き、アメリカでマールボロ音楽フェスティバルなどに出演。ボストン交響楽団をはじめ、世界的なオーケストラと共演するなど活躍。また、来日した折には、その独特のピアノ演奏で日本の聴衆も魅了した。フォーレのピアノ曲というとピアノ組曲「ドリー」などを思い浮かべるが、それ以外でもフォーレは、ピアノ独奏曲で多数の秀作を残しており、その一部がこのLPレコードに収録されている。ヴァルス・カプリスは、ワルツと奇想曲とを合わせたようなピアノ独奏曲であり、ショパンが開拓したピアノによる円舞曲の延長線上に位置づけられる作品。4曲からなるが、全てフォーレの創作活動の早い時期に属している。90年代のフランスでは、「ヴァルス・・・」という名が付けられたサロン風の小品が数多くつくられたが、その中にあってフォーレのヴァルス・カプリスは、内容的にも形式的にも創意工夫に溢れた内容の濃い作品に仕上がっている。フォーレのヴァルス・カプリスは、ショパンのワルツに大きな影響を受けながらも、より形式的に拡大し、しかもこれら4曲は全体としての統一感の整ったものとなっている。即興曲は文字通り、フォーレ独特の感性をピアノの鍵盤に即興的に開陳したような曲。第1番~第3番は第1期(1860年~1885年)に属する作品。残りの2曲は第2期(1885年~1906年)から第3期(1906年~1924年)にかけての作品だ。マズルカop.32は、1875年頃に完成した作品。フォーレのピアノ曲はショパンのピアノ曲の名称と重なるが、マズルカもその一つ。ただ、マズルカのリズム以外には、ショパンのマズルカ作品との類似性は見いだせない。これらのフォーレのピアノ曲は、あたかもフォーレの独白を聞いているような感じがしてならない。あくまでサロン的でつつましく、激情の吐露の世界とはおよそかけ離れたメルヘンの世界が目の前に展開するわけである。そんなもの静かで内省的な雰囲気の曲には、イヴリン・クロシェのピアノ演奏が、ことのほか似合うのである。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団のロッシーニ:スターバト・マーテル(悲しみの聖母)

2022-08-25 09:43:26 | 宗教曲


ロッシーニ:スターバト・マーテル(悲しみの聖母)

指揮:フェレンツ・フリッチャイ

管弦楽:ベルリン放送交響楽団

独唱:マリア・シュターダー(ソプラノ)
   マリアンナ・ラデフ(アルト)
   エルンスト・ヘフリガー(テノール)
   キム・ボイル(バス)

合唱:RIAS室内合唱団/聖ヘトヴィッヒ大聖堂聖歌隊

録音:1954年9月16日~19日、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール SE 7810

 ロッシーニは、当時、ベートーヴェンが嫉妬するくらい圧倒的な大衆的人気が高かった作曲家であった。しかし、歌劇「ウィリアム・テル」を作曲した後、事実上作曲家を引退してしまい、趣味の料理などに没頭したという。ところが、この「スタバート・マーテル」の作曲が舞い込んだときだけは例外で、これは作曲しようとロッシーニは思い立ったのであった。「スターバト・マーテル」とは、13世紀に生まれたカトリック教会の聖歌の1つ。中世の詩の中でも極めて心を打つものの1つであり、わが子イエス・キリストが磔刑となった際、母マリアが受けた悲しみを想う内容となっている。ロッシーニは、結局全曲は作曲することはできずに、友人の助けを借り1832年に完成させた。その後、突如版権の問題が湧き起こり、それならばと、今度は全て自作することになり、最初に作曲してから10年後にようやく完成にこぎつけたという、いわくつきの作品である。ロッシーニが書いたオペラはことごとく聴衆の支持を受けたが、この「スターバト・マーテル」も例外ではなく、当時の聴衆から圧倒的な支持を受けたようだ。それまで、パレストリーナ、ヴィヴァルディ、ペルゴレージ、ハイドン、ドヴォルザーク、シマノフスキ、ペンデレツキなどの著名な作曲家が「スタバート・マーテル」を作曲してきたが、いずれも宗教音楽そのものであったのに対し、ロッシーニが作曲した「スタバート・マーテル」は、歌劇的要素をふんだんに盛り込んでいたことが、当時の聴衆に新鮮に受け止められたようである。全体は、第1曲「悲しみの聖母は佇み」、第2曲「悲しみに沈むその魂を」、第3曲「誰か涙を流さない者があるだろうか」、第4曲「人々の罪のために」、第5曲「愛の泉である聖母よ」、第6曲「おお、聖母よ」、第7曲「キリストの死に思いを巡らし給え」、第8曲「裁きの日に我を守り給え」、第9曲「肉体は死んで朽ち果てるとも」、第10曲「アーメン」の10曲からなる。このLPレコードでは、モーツァルトの大ミサで圧倒的名演の録音を遺した、フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団、それにソプラノのマリア・シュターダーをはじめとした充実した独唱陣並びに合唱陣により演奏されている。フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団は、ここでも中庸を得た演奏の中に、きりりと引き締まったフリッチャイならではの棒捌きが冴え渡り、名演を繰り広げている。また、独唱、合唱ともに高いレベルの歌唱を聴かせ、聴き終えた満足感は高い。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇カスリーン・フェリアー&ワルターによるシューマン:歌曲集「女の愛と生涯」/マーラー:リュッケルトの詩による3つの歌

2022-08-22 09:44:37 | 歌曲(女声)


シューマン:歌曲集「女の愛と生涯」

        1.彼に会って以来  
         2.彼は誰よりも素晴らしい人
         3.分からない、信じられない
         4.わたしの指の指輪よ
         5.手伝って、妹たち
         6.やさしい人、あなたは見つめる
         7.わたしの心に、わたしの胸に
         8.今、あなたは初めてわたしを悲しませる

マーラー:リュッケルトの詩による3つの歌

        1.わたしはこの世に忘れられ 
        2.ほのかなかおりを 
        3.真夜中に

コントラルト:カスリーン・フェリアー

ピアノ&指揮:ブルーノ・ワルター

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1949年9月、エディンバラ音楽祭のBBC放送による

発売:1978年

LP:キングレコード MX 9044

 このLPレコードは、世界のクラシック音楽界の声楽と指揮をそれぞれ代表する2人が歴史的な出会いの後に生まれた貴重な録音である。英国生まれのコントラルト(アルト)歌手のカスリーン・フェリアー(1912年―1953年)は、普通高校において勉学し、卒業後に郵便局に入り、電話交換手の職にありつく。この時、高校で習っていたピアノ演奏で、地方のコンクールに入賞したり、音楽放送に出演するなどの余技的な活動を続けていたが、ある歌手の伴奏をしたことで、歌手としてのレッスンを受けることになる。1940年、ヘンデルの「救世主」の独唱者として公式に歌手としてのデビューを飾る。そして、1947年のエジンバラ音楽祭が2人の運命の出逢いとなる。ワルターはこの時、マーラーの「大地の歌」を指揮することになっており、推薦人を介してカスリーン・フェリアーと出会い、この時ワルターは「幼時の無邪気さと貴婦人の威厳を併せ持ち、そしてこと芸術に関しては、謙虚さと自信と同時に、常に初心者のような感動を忘れない人」とカスリーン・フェリアーを高く評価したのである。しかし、その後カスリーン・フェリアーは、当時はまだ不治の病であった癌に罹り、1953年、41歳の若さでこの世を去ってしまう。このため残された録音は、数こそ多くはないが、その1曲1曲が不朽の名盤揃いなのである。このLPレコードでも、シューマン:歌曲集「女の愛と生涯」とマーラー:リュッケルトの詩による3つの歌において、コントラルトならではの深い情念を持った、類稀な表現が聴くものに感動を与えずにはおかない。歌曲集「女の愛と生涯」は、シューマンが“歌曲の年”といわれる1840年に作曲した連作歌曲で、詩はアーデルベルト・フォン・シャミッソーによる。当時のシューマンは、クララ・ヴィークとの結婚という、自らの経験が作曲の背景にあったのは確かなこと。ピアノの独立性が高く、声楽と対等な立場で音楽表現が特徴で、シューベルトの影響を離れて新しい時代に入ったことを印象付ける作品。一方、マーラーは、フリードリッヒ・リュッケルトの詩により、当時としては画期的なオーケストラ伴奏による歌曲集「亡き子をしのぶ歌」に続き、「最後の七つの歌」を作曲したが、このLPレコードでは、よく歌われる「わたしはこの世に忘れられ」「ほのかなかおりを」「真夜中に」の3曲が取り上げられている。ワルターはピアノと指揮とで、カスリーン・フェリアーの伴奏役に徹し、見事な一体感をつくり出している。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フェレンツ・フリッチャイ指揮ベルリン放送交響楽団のモーツァルト:大ミサ曲 ハ短調 K.427

2022-08-18 09:40:03 | 宗教曲


モーツァルト:大ミサ曲 ハ短調 K.427

         キリエ
         グローリア
         クレード
         サンクトゥス

指揮:フェレンツ・フリッチャイ

管弦楽:ベルリン放送交響楽団

独唱:マリア・シュターダー(ソプラノ)
   ヘルタ・テッパー(アルト)
   エルンスト・ヘフリガー(テノール)
   イヴァン・サルディ(バス)

合唱:聖ヘトヴィッヒ大聖堂聖歌隊

録音:1959年9月30日、10月4日、10月10日

LP:ポリドール MH 5048

 モーツァルトは、カトリックのラテン語の典礼文に付けた教会音楽を生涯に3曲作曲した。一曲は、モテット「アヴェ・ヴェルム・コルプス」、もう一曲は、有名な「レクイエム」、そして今回のLPレコードの「大ミサ曲ハ短調」である。この大ミサ曲は、誰からの依頼ではなく、自発的に作曲した作品で、初演は1783年8月25日。未完成ながら演奏時間は1時間を超え、その充実した内容で聴くものに感動を与えずにおかない。後年作曲したレクイエムも未完成である点では似ているが、レクイエムは鬼気迫るものがあるのに対し、この大ミサ曲は、大らかな神のあたたかい眼差しが溢れているかのように感じられ、聴きごこちという点だけを取るならば、圧倒的にこの大ミサ曲の方に軍配が上がる。モーツァルトは、この曲を作曲するに当たり、バッハやヘンデルのフーガ、対位法などを研究して、その成果を盛り込んだ。要するに、一度忘れ去られたバロック時代の音楽の成果をふんだんに取り入れた曲であることでも注目される作品なのだ。この大ミサ曲はモーツァルトがウィーンに来て初めてのミサ曲であり、同時に唯一のミサ曲ともなった。モーツァルトはザルツブルク時代、コロレド大司教の好みによってできるだけ短いスタイルで作曲したが、ウィーンではこの束縛から解放され、1時間を超えるミサ曲を書くことができた。このLPレコードの演奏は、フェレンツ・フリッチャイ指揮のベルリン放送交響楽団という、当時の最高のコンビによって行われている。フェレンツ・フリッチャイ(1914年―1963年)は、ハンガリー、ブタペスト出身の名指揮者。1945年にブタペスト国立歌劇場の指揮者となり、以後、ベルリン市立歌劇場およびベルリン放送交響楽団(RIAS交響楽団)常任指揮者、ハンガリー国立交響楽団音楽監督、ヒューストン交響楽団音楽監督、ベルリン・ドイツ交響楽団首席指揮者、ベルリン・ドイツ・オペラ音楽監督、バイエルン国立歌劇場音楽総監督などを歴任。しかし、1962年に白血病の症状が悪化し、翌1963年2月20日、48歳の若さで他界した。そのあまりにも早い死を悼んで死後フリッチャイ協会が設立された。フリッチャイは、リズム感に溢れ、メリハリの効いた指揮で定評であったが、このLPレコードでは、ミサ曲らしい宗教的雰囲気を醸しだすことに見事成功している。また、ソプラノのマリア・シュターダーをはじめとして、当時の最高の独唱陣を配し、さらに、聖ヘトヴィッヒ大聖堂聖歌隊もその見事な合唱を聴かせてくれている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ベルリン弦楽四重奏団のモーツァルト:弦楽四重奏曲第18番/第19番「不協和音」

2022-08-15 09:47:24 | 室内楽曲(弦楽四重奏曲)


 モーツァルトは、1782年から2年の歳月を費やして、6曲からなる弦楽四重奏曲「ハイドンセット」を作曲し、ハイドンに献呈した。これは、ハイドンが1781年に、古典主義的ソナタ形式を完成させることになる弦楽四重奏曲「ロシア四重奏曲」を発表したことに触発されたものと言われている。6曲とは、弦楽四重奏曲第14番~第19番のことであり、このLPレコードでは、このうち、第18番と第19番「不協和音」が収録されている。第18番は1785年1月10日に完成し、演奏時間が30分を超す曲で、ベートーヴェンがフーガの勉強をした曲としても知られている。この曲と続く第19番「不協和音」は、ハイドンを自宅に招いて聴かせるために急いで書かれたもののようだ。しかし急いで書かれたとは到底思えず、第18番は地味ながらも内容は実に堂々とした弦楽四重奏曲となっている。第19番は「不協和音」の名で親しまれ、こちらも充実した内容で知られる弦楽四重奏曲。完成したのは第18番の4日後、すなわち1785年1月14日である。「不協和音」と名付けられたのは、当時としては大胆すぎる第1楽章の和音の扱いのためであり、このため「誤りではないか」と言われたり、後代の人によって訂正されたほど。このLPレコードで演奏しているのは、旧東独時代において最も卓越した室内楽団の一つと言われたベルリン弦楽四重奏団。第1ヴァイオリンが名ヴァイオリニストとして知られるカール・ズスケ(1934年生まれ)。カール・ズスケは、ヴァイマル音楽大学とライプツィヒ音楽大学で学び、1954年首席ヴィオリストとしてライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団に入団。1959年に第一コンサートマスターに就任後、1962年ベルリン国立歌劇場管弦楽団のコンサートマスターに移籍し、1965年にはズスケ四重奏団(後のベルリン弦楽四重奏団)を結成した。 その後、1975年ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の第一コンサートマスターに戻り、2001年までその地位にあった。1991年から2000年まではバイロイト祝祭管弦楽団のコンサートマスターを務め、NHK交響楽団の客演コンサートマスターとしてもしばしば来日。このLPレコードでは、第1ヴァイオリンをカール・ズスケとするベルリン弦楽四重奏団の演奏は、細部に気配りが行き届いた、実に完成度の高い、説得力の富んだ演奏を披露しており、当時の名声を偲ばせる名演奏を聴くことができる。特に4人の息がぴたりと合い、自然の流れに添うような、しなやかな演奏には特筆すべきものがある。(LPC)

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