★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇フルトヴェングラー指揮ウィーン・フィルのベートーヴェン:「コリオラン」序曲/シューマン:交響曲第1番「春」(ライヴ録音盤)

2024-05-06 09:40:16 | 交響曲(シューマン)


ベートーヴェン:「コリオラン」序曲
シューマン:交響曲第1番「春」

指揮:ウィルヘルム・フルトヴェングラー

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1951年10月29日、ミュンヘン、コングレス・ホール(ライヴ録音)

発売:1978年

LP:キングレコード(LONDON) MX 9011

 このLPレコードは、フルトヴェングラー(1886年―1954年)が遺したライヴ録音盤といういうことで大変貴重な録音であり、また、発売された当時は、新たに発掘されたフルトヴェングラーの録音であるということで、フルトヴェングラー・ファンが小躍りして喜んだLPレコードでもあったのだ。LPレコード化に際しては、バイエルン放送局のテープが使われたという。録音時の1951年は、まだ第二次世界大戦の惨禍が癒えていない時期であり、フルトヴェングラー自身、戦時中のナチとの協力関係をいろいろと疑われ、演奏禁止処分を受け、1947年にようやく無罪判決を受け、自由な身となったばかりである。そして1951年7月29日、今でも語り草となっているバイロイト音楽祭再開記念演奏会でベートーヴェンの交響曲第9番の指揮を行い、その後、10月29日に、このLPレコードに遺されている演奏会が開催されている。ベートーヴェン:「コリオラン」序曲の最初の出だしから、その異様な力強さに圧倒される。幾重にも重なって押し寄せてくる大波のようでもあり、コンサート会場全体が唸りを挙げているようにも感じられる。名指揮者と凡庸な指揮者とに違いは、そのオーケストラに如何にして統一した響きを出させるか、ということに尽きるように思われるが、このベートーヴェン:「コリオラン」序曲を演奏するウィーン・フィルから、フルトヴェングラーの棒は、一糸乱れず、しかも腹の底から湧き出すような重厚な響きを、適切なリズムを伴って引き出していることに改めて気づかされる。シューマン:交響曲第1番「春」は、もともとは、シューマン独特のロマン的情緒を伴った交響曲なのではあるが、フルトヴェングラーはそんなことには一向にお構いなしに、この交響曲に対し、ベートーヴェン的な構成力の逞しさを求める。フルトヴェングラーは、シューマンの第4交響曲の名録音も遺しているが、交響曲第1番の演奏もこれと同じく、アポロ的なものよりデモーニッシュ的な感覚が先行している演奏内容なのだ。特に、第1楽章から第4楽章にかけて徐々に深みと力強さを増していく指揮ぶりは、フルトヴェングラー以外に求めるのは、今もって不可能だ。このライヴ録音は、フルトヴェングラーの独特な視点に立ったシューマン:交響曲第1番「春」の超名演盤といっても間違いなかろう。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィルハーモニックのシューマン:交響曲第3番「ライン」

2023-10-23 10:12:31 | 交響曲(シューマン)


シューマン:交響曲第3番「ライン」

指揮:ブルーノ・ワルター

管弦楽:ニューヨーク・フィルハーモニック

LP:CBS・ソニーレコード SONC 15016

 シューマンは、生涯で4つの交響曲を作曲している。ただ、作曲時期は番号とは異なり、第1番、第4番、第2番、それに今回のLPレコードである第3番の順に作曲された。つまり、第3番は、シューマンの最後の交響曲である。この交響曲は、ケルンにある寺院から受けた印象から楽想を得て作曲されたようで、「ライン」の愛称も、ライン河沿いの街であるケルンから付けられたという。この曲は、1850年12月に、作曲者自身の指揮で初演されている。シューマンの自身の話では「ケルンの大司教が枢機卿に昇進した祝典の光景を思い描いて作曲した」という。なるほど、それなら、この曲が他の3つの交響曲とは異なり、何か華やかで、大らかで、希望に満ちていることが、自ずと理解できよう。ここでのワルターの指揮は、この交響曲の性格を、ものの見事にオーケストラ豊かな響きとして我々リスナーの前に提示してくれており、数ある「ライン」交響曲の録音の中でも、未だにその存在価値を失っていない。ワルターは人間として性格が暖かく、多くの人から好かれていたようであるが、この演奏は、そんな暖かみのあるワルターの人間性が演奏の隅々に沁みわたっており、聴いていて、ほのぼのとした気分に浸ることができる。しかし、一方では、そのスケールの大きい指揮ぶりが聴き進むうちにじわじわと伝わってきて、聴き終わる頃には、この「ライン」交響曲が、雄大なスケールで書かれた交響曲であることを改めて思い知らされる。よく、シューマンの交響曲は演奏するのが難しいとも言われる。ただ漠然と演奏しては効果が出ないし、逆に、いじり過ぎるとシューマンらしさ無くなってしまう。その点、ここでのワルター指揮ニューヨーク・フィルの演奏は、「シューマンの交響曲は、こう演奏すると最も効果的だよ」とでも言っているように私には聴こえる。音質は、現在の録音水準と比べものにならないが、ワルターの心のこもった指揮ぶりがLPレコードの盤面から直接伝わってくる、今となっては貴重な録音ではある。指揮のブルーノ・ワルター(1876年―1962年)は、ドイツ、ベルリン出身。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後、ピアニストとしてデビューしたが、後に指揮者として活躍。モーツァルトやマーラーを得意とし、20世紀を代表する指揮者の一人。バイエルン国立歌劇場音楽総監督、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団楽長、ニューヨーク・フィルハーモニック音楽監督などを歴任した。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のシューマン:交響曲第1番「春」/第2番

2023-05-08 09:38:44 | 交響曲(シューマン)


シューマン:交響曲第1番「春」/第2番

指揮:フランツ・コンヴィチュニー

管弦楽:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

発売:1975年

LP:日本フォノグラム(フォンタナ・レコード)FG‐291

 このシューマンの交響曲第1番「春」/第2番で演奏しているのが、フランツ・コンヴィチュニー指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の往年の名コンビである。ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の設立は、1737年で世界最古のオーケストラとして伝統を誇っている。1835年にメンデルスゾーンが指揮者という名称で初めて率い、一大飛躍期を迎えることになる。そして1895年にアルトゥール・ニキシュが指揮者に就任し、ヨーロッパ屈指のオーケストラとして黄金時代を迎える。その後、フルトヴェングラー、ワルター、アーベントロートと引き継がれ、1949年に指揮者に就任したのがフランツ・コンヴィチュニーである。フランツ・コンヴィチュニーの指揮ぶりは、無骨にまで伝統的なスタイルに拘るものであり、現在ではこのようなスタイルをとる指揮者はいない。それだけにベートーヴェンやブルックナー、さらにシューマンの交響曲を指揮させたら、その曲の本質を前面に出した名演を聴かせてくれる。このLPレコードでもその特徴は遺憾なく発揮されており、実に堂々として、一つの曖昧な表現がないと同時に、ロマンの香りが馥郁と香り出すようでもある。そして一時、リスナーは、古きよき時代にタイムスリップしたような雰囲気に包まれることになる。シューマンの交響曲は、4曲中3曲までライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が初演した深い繋がりを持つ。フランツ・コンヴィチュニー(1901年―1962年)は、オーストリア=ハンガリー帝国支配下のモラヴィア北部のフルネク出身で、冷戦開始後は東ドイツを中心に東側諸国で活動した指揮者。チェコスロバキア共和国時代にブルノの楽友協会音楽院でヴァイオリンのレッスンを受けた後、ライプツィヒ音楽院で学んだ。その後、フルトヴェングラー時代のライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団でヴィオラ奏者として活動を開始したが、自ら指揮者になることを決意し、1927年にシュトゥットガルト歌劇場の練習指揮者からスタートし、3年後には首席指揮者となる。第二次世界大戦後は、1949年から亡くなるまで、ゲヴァントハウス管弦楽団の首席指揮者を務めた。また、1953年から1955年までシュターツカペレ・ドレスデンの首席指揮者も兼務し、1955年以降はベルリン国立歌劇場の首席指揮者も務めた。なお、このLPレコードジャケットの写真は、ボンにあるシューマンの墓である。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィルのシューマン:交響曲第1番「春」/第4番

2020-08-27 10:11:33 | 交響曲(シューマン)

シューマン:交響曲第1番「春」/第4番

指揮:ラファエル・クーベリック

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1963年2月18日~21日、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール SE 7905(ドイツグラモフォン 2544 099)

 シューマンは、1841年、31歳の時、交響曲第1番を作曲した。1841年3月31日、ライプツィヒのゲヴァントハウスでメンデルスゾーンの指揮により初演が行われ、好評を得たという。シューマンは、ベットガーの詩に「谷に春は目ざめたり」という文を見て、第1番の交響曲の作曲を思い立った。もともとシューマンは、文芸作品への造詣が深く、それが作曲の動機づけになったケースが少なくない。つまり、第1番の交響曲に「春」とつけたのは、シューマン自身で、最初、各楽章には、「たそがれ」「ゆうべ」「楽しい遊び」「春たけなわ」という表題が付けられていた。一方、現在シューマン最高の交響曲とされる第4番の交響曲は、第1番のずっと後に作曲されたわけではなく、交響曲第1番を作曲した同じ年に並行して作曲された作品である。このため、第2交響曲として初演されたが、こちらは、評判が良くなく、出版を取り止めたという。そして、1851年になって改作され、出版された。初演は、1853年5月3日に作曲者自身の指揮で行われた。第4番の作品の内容は、第1番と打って変わって、ベートーヴェンの「運命交響曲」のような激情を込めた力強さに満ちた作品に仕上がっている。フルトヴェングラーが指揮したシューマン:交響曲第4番の名盤があるが、如何にもフルトヴェングラーが好みそうな作品である。このLPレコードでベルリン・フィルを指揮しているのがチェコ出身の名指揮者ラファエル・クーベリック(1914年ー1996年)である。1942年、チェコ・フィルの首席指揮者に就任したが、第2次世界大戦後のチェコの共産化に反対し、1948年に渡英、そのままイギリスへと亡命した。シカゴ交響楽団の音楽監督、コヴェント・ガーデン王立歌劇場の音楽監督を務め後、1961年にバイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任し、同楽団を世界レベルにまで押し上げた。1989年にチェコで民主化革命が起きたのを契機にイギリスから帰国し、チェコ・フィルより終身名誉指揮者の称号を受けた。このLPレコードでのラファエル・クーベリックは、至極正統的なもので、何の誇張もなく真正面からシューマンの交響曲を指揮する。しかし、ただ淡々と指揮をするだけではなく、内面からのシューマンへの敬愛が込められたかのような指揮なので、その一音一音が生き生きとした息遣いが込められているようでもあり、最後まで聴き終えたときとき初めて、「さすがラファエル・クーベリックに指揮だけのことはある」と納得させられるようなLPレコードである。(LPC)

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