★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇クララ・ハスキルのモーツァルト:ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」/ピアノソナタ第10番

2021-05-31 09:47:44 | 協奏曲(ピアノ)


モーツァルト:ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」K.271
         ピアノソナタ第10番K.330

ピアノ:クララ・ハスキル

指揮:パウル・ザッヒャー

管弦楽:ウィーン交響楽団

録音:1954年10月8日~10日(K.271)/1954年5月5日~6日(K.330)

発売:1975年

LP:日本フォノグラム(フィリップスレコード) PC‐1527

 このLPレコードでモーツァルトのピアノ協奏曲とピアノソナタを演奏しているのはモーツァルと弾きとして一世を風靡したクララ・ハスキル(1895年―1960年)である。ハスキルは、ルーマニアの首都ブカレスト出身。1906年パリ音楽院に入学し、翌年からアルフレッド・コルトーのマスタークラスで学ぶ。15歳の時、同音楽院を一等で卒業した後、ヨーロッパ各国での演奏活動を行うようになる。第1次世界大戦後は、イザイ、エネスコ、カザルスなど名演奏家たちと共演し、その音楽性を磨き上げて行った。そして1936年にスイスの市民権を得て、レマン湖畔のヴヴィエに定住する。しかし、この時、大脳にできた腫瘍が原因で激しい頭痛に悩まされることになる。早速、脳手術が行われ、ハスキルは奇跡の再起を果たす。第2次世界大戦後は、ヨーロッパ各国で演奏活動を行うと同時に、現在われわれが聴くことのできる数々の名盤を数多く録音する。1953年からは、名ヴァイオリニストのアルテュール・グリュミオーとのソナタ演奏を毎年行うようになる。しかし、グリュミオーとのジョイントリサイタルのため、パリからブリュッセルに到着したハスキルは、列車から降りたプラットホームで倒れ、心臓麻痺で急逝してしまう。ハスキルは、何と言ってもモーツァルトの演奏にかけては、彼女の右に出る者はいなかった。その演奏は、デリカシーに富み、人間味あふれるもので、さらに内面的な深さを兼ね備えたもので、美しさに溢れていた。決して技巧に走ることなく、憂いのある魅惑的な音づくりに専念した演奏内容であった。このLPレコードにおいてのピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」第1楽章のハスキルの演奏は、そのピアノタッチから流れ出る音が、あたかも粒のそろった宝石を思わせるように、限りなく美しいものに仕上がっている。フランスからやって来た女流ピアニストのジュノームの演奏姿をモーツァルトが見て、その印象をこの曲に仕上げたという経緯が、その曲調からはっきりと掴み取ることができる。あたかもハスキル自身ががジュノームになり切っているかのような演奏内容でもある。そして第2楽章での憂いを含んだ表現は、ハスキルでなくては到底なし得ない奥深さを持っている。モーツアルトの翳りのある曲想の表現力にかけては、現在に至るまでハスキルを超えるピアニストは一人もいない、そんなことが実感できる演奏内容である。一方、ピアノソナタ第10番のハスキル演奏は、純粋であり、それに加え豊かな情感が溢れこぼれるようであり、聴き終わった時には十分な満足感に浸れる、そんな内容であった。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇カール・ベーム指揮ベルリン・フィルのモーツアルト:協奏交響曲K.364/K.297b

2021-05-27 09:45:00 | 協奏曲

モーツァルト:ヴァイオリン、ヴィオラと管弦楽のための協奏交響曲K.364
       オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットと管弦楽のための
       協奏交響曲K.297b

指揮:カール・ベーム

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
       
         トマス・ブランディス(ヴァイオリン)
         ジェスト・カッポーネ(ヴィオラ)
         カール・シュタインヌ(オーボエ)
         カール・ライスター(クラリネット)
         ゲルト・ザイフェルト(ホルン)
         ギュンター・ピースク(ファゴット)

録音:1964年12月、1966年2月、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール SE8009

 このLPレコードにはモーツァルトの2曲の協奏交響曲が収められている。イタリアで生まれドイツでも流行った合奏協奏曲に、当時出現した交響曲の様式とを融合させたものが協奏交響曲。この協奏交響曲は、協奏曲のように独奏者を置くが、協奏曲ほど独奏を誇示せず、全体としては交響曲に近い構成をとっている。このLPレコードのA面に収められているヴァイオリン、ヴィオラと管弦楽のための協奏交響曲K.364は、1779年にザルツブルクで作曲された作品。この少し前にモーツァルトは、マンハイムとパリの旅行を行っている。この時母を亡くし、悲嘆にくれたモーツァルトであったが、両都市から受けた音楽的刺激は大きなものがあった。ザルツブルクに戻り、作曲したのが協奏交響曲K.364である。一方、このLPレコードのB面に収められているオーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットと管弦楽のための協奏交響曲K.297bは、協奏交響曲K.364よりも前、パリに到着した1778年4月に作曲された。2週間ほどで作曲された作品だが、初演の折、指揮者が楽譜を紛失したようで、演奏されなかった。モーツァルトは、思い出しながら新たに曲を書き上げたようだ。その後、この楽譜の写本が見つかり、復活したわけだか、何故か、初版のフルートがクラリネットに置き換えられていた。このため、この写本を巡りその真偽を巡り、論争が巻き起こってしまった。現在までのところ、作品自体はモーツァルトのものにまず間違いなかろうということで、一件落着しているようだが、写本の出所が不明確など、疑問の余地が残されているのも事実。これら2曲でのカール・ベーム(1894年―1981年)の指揮は、真正面から曲に取り組み、鮮やかな指揮の冴えを見せる。このためリスナーに少しの古めかしさも感じさせない。時を超えて今曲がつくられたかのような錯覚を持つほどである。全体に軽快なテンポで終始し、さすがにカール・ベームだけのことはあると納得させられる演奏内容だ。それに加え、独奏者たちとオーケストラの結び付きが誠に濃厚なもので、一部の隙もない。全体としては、少しも堅苦しいところはなく、特に、モーツァルトがパリ旅行で身に着けた滑らかな旋律の動きが心地良い。K.364では第2楽章の憂いを含んだ表現が絶妙で、思わず引き寄せられるほど。一方、K.297bについては、真偽問題を含む作品であるが、聴いていると、やはりこれはモーツァルトの作品以外には、ちょっと考えにくいというのが正直な感想。モーツァルト特有の軽快さに溢れた曲だ。ここでもベームの巧みな手綱さばきが一際光る。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇名ピアニスト ギオマール・ノヴァエスのシューマン:交響的練習曲/幻想小曲集

2021-05-24 09:39:20 | 器楽曲(ピアノ)

シューマン:交響的練習曲 op.13
      幻想小曲集 op.12

ピアノ:ギオマール・ノヴァエス

LP:ワーナーパイオニア H‐4952V

 ギオマール・ノヴァエス(1895年ー1979年)はブラジル出身のピアニスト。パリ音楽院の卒業試験の時、あまりにも妙演に、列席した試験官のドビュッシーやフォーレがアンコールを求めたというエピソードが残されている。ノヴァエスのピアノ演奏の特徴は、如何にも女流ピアニストらしい繊細さに溢れ、抒情的で、しかも艶やかな音色を奏でる。それに加えて貴族的な威厳に満ちた演奏内容が持ち味だった。レパートリーは、あまり広くはなく、ロマン派の音楽が中心となっていた。最も得意としていたのはショパンで、次はシューマンであった。今回のLPレコードには、ノヴァエスが得意としたシューマンの2曲のピアノ独奏曲が収録されている。日本においては、ノヴァエスが現役時代からその実力の割には、一部の熱烈なファンを除いてその評価はそれほど高いとは言えなかった。このことは、何も日本だけのことではなかったようで、海外でも、“好きになれば文句なしに好きになれる”タイプのピアニストであったようで、ファンの数も限られていたようだ。その原因は、自分が好むレパートリーの曲しか演奏しなかったためで、さらに彼女を好む狭い範囲の愛好者のためにしか、コンサートを開かなかったとも言われている。このLPレコードには、ノヴァエスの得意としていたシューマンの曲が収録されており、その意味で貴重な録音と言える。現役時代から、いわゆる通のファンからから高い評価を受けていたのだが、没後30年以上が経過した現在、かつて名ピアニストであったギオマール・ノヴァエスの名前は、忘却の彼方へと忘れ去られようとしていることは、残念至極のことと言わざるを得ない。録音は今聴くと古ぼけてはいるが、鑑賞に差し支えるほどではない。ノヴァエスの残した録音は、何とか今後、永久保存版として後世に伝えていってほしいものだ。このLPレコードを聴くと、つくずくそう思う。このLPレコードのA面には、シューマン:交響的練習曲が収められている。このLPレコードでの演奏は、実にロマンの香りが色濃く反映した内容となっている。一般的にこの曲を男性ピアニストが弾くと、やたらと対位法を意識したようなごつごつした構成になるが、ノヴァエスの演奏は、そんな曲でも何か物語を語るような、文学的表現が前面に押し出される。この曲は、こんな側面を持ち合わせていたのだと改めて思い起こさせる演奏だ。一方、B面の幻想小曲集 op.12おけるノヴァエスの演奏は、ノヴァエスの持ち味が全開したように、優雅さに満ち溢れた世界を聴かせてくれる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇若き日のピリスのモーツァルト:ピアノソナタ第17番/ロンドK.485/ピアノソナタ第18番

2021-05-20 09:40:34 | 器楽曲(ピアノ)

モーツァルト:ピアノソナタ第17番
       ロンド K.485
       ピアノソナタ第18番

ピアノ:マリア・ジョアオ・ピリス(マリア・ジョアン・ピレシュ)

録音:1974年1~2月、イイノホール

発売:1976年11月

LP:日本コロムビア OX‐7058‐ND

 このLPレコードは、若き日のピリスが来日し、東京のイイノホールで録音したもので、日本で制作されたLPレコードとして、初めて海外での賞である1977/1976年度の「ADFディスク大賞」を受賞した記念すべきものである。ピリス(1944年生まれ)は、ポルトガル出身のピアニスト。16歳の時、リスボンのリスト・コンクールで第1位。リスボン音楽院を首席で卒業。その後、ハノーヴァーでカール・エンゲルに師事。1970年、ブリュッセルのベートーヴェン生誕200周年記念コンクールで第1位。1986年にロンドン、さらに1989年にニューヨークでそれぞれデビューを果たす。1990年モーツァルトのピアノ・ソナタ集の録音により、国際ディスク・グランプリ大賞CD部門を受賞している。2017年、ピリスは現役は引退し、以降は後進の育成に努めることを表明した。最初の曲、ピアノソナタ第17番は、1789年2月に書かれた。その頃は、三大交響曲に取り組んだ後であることもあり、モーツァルトの作品が少ない時期に当たる。このソナタは、モーツァルト晩年の簡素で、澄明で、しかも骨組みのがっちりしたスタイルを予示した作品となっている。次の曲、ロンド K.485は、1786年のはじめにウィーンで作曲された、明るい曲調の作品。一つの主題を中心としているため、一種の変奏曲風の作品と考えられ、正規のロンド形式に基づいているものではない。最後の曲、ピアノソナタ第18番は、モーツァルトが1789年4月から6月にかけて、北ドイツの旅へ出たあとに書かれた作品で、古風な対位法作法と新しい和声の融合の試みがなされているのが特徴だ。ピアノソナタ第17番でのピリスの演奏は、透明感のある躍動美が印象に残る。モーツァルトが晩年になって到達した、清明な音楽の世界が余すところなく披露され、リスナーは、若々しく、その余りにも純粋な美しいピアノタッチに、知らず知らずのうちにピリスの下へと引き寄せられてしまうようだ。ロンド K.485は、変奏曲風の明るい曲調の作品で、ここでのピリスの演奏は、屈託のない子供のように素直に曲に向かう。如何にモーツァルトらしい無邪気さが前面に立った演奏内容で好感が持てる。最後のピアノソナタ第18番のピリスの演奏は、がっちりとした構成美に貫かれた曲想を、力強く弾きこなす。しかし、そこには如何にもピリスらしい美感が存分に盛り込められており、ピリスでしか表せない限りなく透明で美しい世界が広がる。特に第2楽章の愁いを帯びたその演奏には、晩年のモーツァルトが到達した枯淡の心境がしっかりと刻まれている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇リリー・クラウスのシューベルト:即興曲op.90&op.142

2021-05-17 09:40:06 | 器楽曲(ピアノ)

シューベルト:4つの即興曲(第1番~第4番)op.90(D.899)
       4つの即興曲(第1番~第4番)op.142(D.935)

ピアノ:リリー・クラウス

発売:1976年

LP:キングレコード SOL 2025

 シューベルトのピアノ独奏曲としては、楽興の時やピアノソナタなどが遺されているが、中でも今回のLPレコードに収録されているop.90(D.899)とop.142(D.935)の全部で8曲の即興曲は、その白眉と言っても過言でないほどの完成度の高い作品と言える。限りなく美しい旋律と即興的な感興の高まりをピアノという楽器の美しさを最大限に引き出した天才ならではの作品といえよう。op.90の第1番(アレグロ・モルト・モデラート)は、全曲が寂しい孤独な一つのメロディーが何回も繰り返される。第2番(アレグロ)は、3部形式の曲で、8曲の中で最も美しい曲。第3番(アンダンテ)は、ノクターンのような抒情的な曲。第4番(アレグレット)は、これも3部形式の曲で、単独でも演奏される8曲の即興曲の中でもポピュラーな曲。一方、op.142の第1番(アレグロ・モデラート)は、悲劇的な要素と優しい慰めが交錯する曲。第2番(アレグレット)は、3部形式で書かれた愛と祈りの曲。第3番(アンダンテ)は、自作の音楽劇「ロザムンデ」から主題を取り、それに5つの変奏をつづけた曲。第4番(アレグロ・スケルツァンド)は、3部形式のシューベルト独特の転調の妙に彩られた展開を見せる曲。このLPレコードでこれら8つの即興曲を弾いてるのは、女流ピアニストのリリー・クラウス(1903年―1986年)である。ハンガリー・ブダペスト出身で17歳でブダペスト音楽院に進み、さらに、ウィーン音楽院でアルトゥル・シュナーベルに師事する。モーツァルトの専門家として知名度を上げると同時に、ヴァイオリン奏者のシモン・ゴールドベルクと共演して室内楽でも活躍。第二次世界大戦後は、米国に定住して演奏活動と後輩の指導に当たった。女流ピアニスト特有の優しさに加え、凛とした躍動感に溢れた演奏をすることで、他の追随を許さない存在であった。モーツアルトを最も得意としていたが、バッハ、ハイドン、シューベルトなどの演奏にも定評があった。中でもこの8つのシューベルトの即興曲の演奏内容は、人生の歓びと哀しみをしみじみと聴かせ、独自の演奏スタイル確立させている。このLPレコードの録音は、永遠不滅の演奏として、後世に長く聴かれ続けることになることを疑う者は誰もいないであろうと思われるほど、格調が高く、しかも説得力のあるものとなっている。まるで鍵盤から宝石が零れ落ちるような流麗な演奏内容だ。それも、単に美しいというだけではなく、哀愁をかすかに漂わすところが、これらの曲を何倍にも深みのあるものにしている。(LPC)

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