★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ ・・・・・・・・・・・・・・・・クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇アイザック・スターンのラロ:スペイン交響曲/ヴィオッティ:ヴァイオリン協奏曲第22番

2018-08-16 09:34:53 | 協奏曲(ヴァイオリン)

ラロ:スペイン交響曲
ヴィオッティ:ヴァイオリン協奏曲第22番

ヴァイオリン:アイザック・スターン

指揮:ユージン・オーマンディ

管弦楽:フィラデルフィア管弦楽団

LP:CBS/SONY 18AC 768

 アイザック・スターン(1920年―2001年)はウクライナに生まれ。生後間もなくアメリカに渡る。サンフランシスコ音楽院でヴァイオリンを学び、1936年サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を、モントゥ指揮のサンフランシスコ交響楽団と共演して、デビューを果たす。初演後演奏されることのなかったバルトークのヴァイオリン協奏曲第1番を初演者の依頼によって再演奏し、その存在を世界に知らしめた。また、新進演奏家の擁護者でもあり、パールマン、ズーカーマン、ミンツ、ヨーヨー・マ、ジャン・ワンはスターンの秘蔵っ子たちだ。アイザック・スターンは、日本とも縁が深い。宮崎国際音楽祭では、初代音楽監督を務め、2002年には宮崎県より県民栄誉賞を贈られる。宮崎国際音楽祭での功労を称えて、宮崎県立芸術劇場コンサートホールは、宮崎県立芸術劇場アイザックスターンホールと改称された。2000年には80歳で来日し、日本で来日記念アルバムも発売された。 さらに日本国から「勲三等旭日中綬章」を授与されている。私にとってアイザック・スターンを印象強いものにしているのが、映画「ミュージック・オブ・ハート」である。この映画は、実話を基にしており、主人公(メリル・ストリープ)が荒れた小学校の臨時教師となり、音楽による子供たちとの交流によりお互いに成長していく姿を描いた作品。この映画の最後のカーネギーホールの場面でアイザック・スターンが登場し、主役のメリル・ストリープと会話を交わし、合奏の一員としてヴァイオリンを弾く。その醸し出す雰囲気は如何にも好々爺ふうで親しみやすい。1960年に、カーネギー・ホールが解体の危機に見舞われた際には、救済活動に立ち上がった。そのため現在、カーネギー・ホールのメイン・オーディトリアムはスターンの名がつけられている。このLPレコードは、その巨匠アイザック・スターンが、ユージン・オーマンディ指揮フィラデルフィア管弦楽団とラロ:スペイン交響曲、それにヴィオッティ:ヴァイオリン協奏曲第22番を演奏した貴重な録音。ヴァイオリンの音色は輝かしく、活き活きとしていて、しかも力強く、骨太で男性的だ。そして、アイザック・スターンのヴァイオリンは、歌うときは思いっきり歌う。この2曲はいずれも、そんなアイザック・スターンのヴァイオリン演奏の優れた点を思いっきり発揮できる作品だ。今聴いても、この2曲の決定盤と言ってもいいほど、完成度の高い録音になっている。録音状態も頗るいい。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フランスの名ピアニスト ペルルミュテールの“ショパン名曲集”

2018-08-13 09:22:02 | 器楽曲(ピアノ)

ショパン:幻想曲
      タランテラ
      スケルッツォ第2番
      舟唱
      子守唄
      エチュード第12番「革命」
      バラード第2番

ピアノ:ヴラド・ペルルミュテール

録音:1960年9月、ジュネーヴ

発売:1981年

LP:日本コロムビア OW‐7875‐PK

 ヴラド・ペルルミュテール(1904年―2002年)は、ラヴェルに直接指導を受けたこともあるというフランスの名ピアニストである。ロシア帝国(現リトニア)に生まれ。10歳でフランスに渡り、15歳でパリ音楽院に入った。21歳の時フランス国籍を取得している。ペルルミュテールは、ラヴェルから直接教えを受けたことにより当時“ラヴェル弾き”とよく言われていた。2度にわたり、ラヴェルの全ピアノ曲をレコーディングもしている。ラヴェルのほかショパンさらにはフォーレやドビュッシーなども得意とした。1950年にはローザンヌ音楽院、1951年にはパリ音楽院の教授に就任するなど、当時フランス楽壇の重鎮として大いに活躍していた。1966年には初来日している。このLPレコードは、ペルルミュテールがショパンの名曲を録音したものであり、発売当時、フランスで1962年度の「ACCディスク大賞」に輝いた名盤。「幻想曲」は、ショパン自身が名付けた作品。創作力の頂点に達していた頃の曲だけに「ショパンの最高傑作」と評価する向きもあり、魅惑的な楽想と深い情感を湛えた傑作。「タランテラ」は、早い調子のナポリの民族舞踊で、ショパンはこの1曲だけ作曲した。「スケルッツォ第2番」は、1837年に作曲された。4曲あるスケルッツォの中でも最もよく弾かれる。「舟唱」は、ヴェネツィアのゴンドラの船頭が歌う歌に由来するが、特定の形式によるものではない。「子守唄」は、1843年から44年にかけてつくられた曲で、しみじみと心に訴えかけてくる名作。「エチュード第12番『革命』」は、作品10の最後を飾る曲で、激烈な力強い作品で知られる。「バラード第2番」は、4曲あるバラードの1曲。1836年から39年にかけてつくられた作品で、シューマンに献呈された。内容は、ミツキエヴィッチの詩「ヴィリス湖」を題材にしたと考えられており、ロシアの流民から逃れるために、水底に沈んで水草に化身した若い娘の物語。これらのショパンの名曲を弾くペルルミュテールは、“鍵盤の詩人”とも評されていた通り、今聴いてみても「こんなにもショパンを美しく演奏できるピアニストは後にも先にもペルルミュテールのほかいない」と思えるほどで、ピアノタッチが宝石の如く美しく、詩的でロマンの香りが馥郁と漂う名演奏の内容となっている。これは一見(一聴)すると情緒的演奏なのではあるが、聴き終わった後の感じは、スケールの大きい構成力のはっきりした、歯切れの良い演奏に聴こえてくるから不思議ではある。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ジョン・バルビローリのチャイコフスキー:弦楽セレナーデ/マルコム・サージェントのドヴォルザーク:弦楽セレナーデ

2018-08-09 09:38:43 | 管弦楽曲

チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
ドヴォルザーク:弦楽セレナーデ

<チャイコフスキー:弦楽セレナーデ>

指揮:ジョン・バルビローリ
管弦楽:ロンドン交響楽団

<ドヴォルザーク:弦楽セレナーデ>

指揮:マルコム・サージェント
管弦楽:ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団

LP:東芝EMI(SERAPHIM) EAC‐30198

 この2つのセレナードは、よく1枚のLPレコードにカップリングされることが多い。ちょうど2曲ともLPレコードの片面にピタリと収まるし、互いの相性もいい。チャイコフスキー:弦楽セレナーデは、1880年(40歳)から翌年にかけて作曲された。チャイコフスキーの創作意欲が次第に燃え始めてきた第2期(1878年~85年)の作品だ。初演は成功だったようで、毒舌家で知られるニコライ・ルービンシュタインも、このセレナーデを高く評価したという。曲は、全部で4つの楽章からなっており、ロシア音楽独特の郷土色に溢れた演奏が行われることが少なくない。一方、ドヴォルザークは、生涯で2曲のセレナーデを作曲した。一つは、このLPレコードに収録されている弦楽合奏のためのセレナード(弦楽セレナード)作品22、もう一つは、木管楽器とチェロ、ダブルベースのためのセレナード(管楽セレナード)作品44である。ドヴォルザークの弦楽セレナーデもチャイコフスキーと同様民俗色を濃厚含んだ演奏、つまりボヘミアの郷土色いっぱいの演奏に接するケースが多い。このように、この2曲には常に民族色の衣がついて回る。ところが、このLPレコードでのジョン・バルビローリ指揮ロンドン交響楽団、マルコム・サージェント指揮ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の演奏ともに、都会的に洗練された演奏内容を披露している。ロンドン生まれのジョン・バルビローリ(1899年―1970年)は、チェリストとして音楽活動を開始。1936年ニューヨーク・フィルの首席指揮者に30歳の若さで抜擢され、以後ハレ管弦楽団、ヒューストン交響楽団の音楽監督を務めた。指揮内容は、如何にもイギリス出身の指揮者らしく温厚で堅実であり、都会的で洗練された持ち味で人気があった。一方、マルコム・サージェント(1895年―1967年)もイギリス出身の指揮者。オルガニストからスタートし、1928年からロイヤル・コーラル・ソサエティの合唱指揮者に就任し、死ぬまでその職にあった。リヴァプール・フィル(現ロイヤル・リヴァプール・フィル)やBBC交響楽団の常任指揮者としても活躍した。指揮ぶりもバルビローリと同様、温厚で堅実、都会的な洗練さが持ち味。このように、このLPレコードは民族色を強く求めるリスナーにとっては少々物足りない感じがしないでもないが、その分伸びやかで、しかも都会的に洗練された味が、他の録音にない魅力となっている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇スーク・トリオのベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第3番/ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番

2018-08-06 09:34:45 | 室内楽曲

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第3番
ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番

ピアノ三重奏:スーク・トリオ

                      ヴァイオリン:ヨセフ・スーク
           チェロ:ヨセフ・フッフロ
            ピアノ:ヤン・パネンカ

発売:1987年6月

LP:日本コロムビア(スープラフォン) OC‐7182‐S

 このLPレコードは、往年の名トリオのスーク・トリオ(ヨセフ・スーク:ヴァイオリン/ヨセフ・フッフロ:チェロ/ヤン・パネンカ:ピアノ)の名演を偲ぶ一枚である。録音状態も良く、若きベートーヴェンの意欲作と円熟期に入ったブラームスの作品の2曲のピアノ三重奏曲を聴くのには、これ以上の演奏条件で聴くことはなかなか難しい。この2つの曲は、名作が多いベートーヴェンとブラームスの作品群の中では、そう目立つ存在ではないが、ともに内容が充実した作品であり、聴き応えは十分である。チェコ出身のヨセフ・スーク(1929年―2011年)は、亡くなるまで、その美しいヴァイオリンの音色で聴衆を魅了してきたボヘミア・ヴァイオリン楽派を代表するヴァイオリニスト。チェロのヨセフ・フッフロ(1931年生まれ)は、1959年のカザルス国際チェロ・コンクールの優勝者であり、抜群の安定感のある演奏には定評がある。ヤン・パネンカ(1922年―1999年)は、チェコ出身のピアニストで、溌剌とした演奏振りはスーク・トリオに躍動感を与え、このLPレコードでの活き活きとした演奏が特に印象的。ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第3番は、作品1の3曲のピアノ三重奏曲の3番目に書かれた作品。ハイドンが列席してリヒノフスキー公の前でこれらの3曲が演奏され、ハイドンはベートーヴェンの素質を高く評価したと言われるが、ハイドンはこの第3番だけは、評価しなかったという。これは当時あまりに革新的な曲でハイドンには馴染めなかったためと言われている。ベートーヴェン自身は3曲のうちでは一番の自信作であった曲。ハイドンやモーツァルトなどの先輩たち影響を受けているものの、既に後のベートーヴェンの作風を想わせるものを多く持つ作品である。一方、ブラームスのブラームスは、ピアノ、ヴァイオリン、チェロという編成の三重奏曲を4曲残している。そのうちの3曲は作品番号のついた曲(第1番op.8、第2番op.87、第3番op.101)で、あと1曲は、1924年に発見されたイ長調の曲である。ピアノ三重奏曲第3番は、ブラームス53歳の時の作品で、スイスの雄大な風景に囲まれたトウンの町で書いた。ブラームス特有の晦渋さに覆われているものの、円熟の境地にあった作品だけに、雄大で内容の濃い作品に仕上がっている。スーク・トリオは、この2曲のピアノ三重奏曲を、一本筋の入った強靭さに加え、優雅な美しさも加味した名演を披露している。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ピエール・フルニエのドヴォルザーク:チェロ協奏曲

2018-08-03 14:29:22 | 協奏曲(チェロ)

ドヴォルザーク:チェロ協奏曲

チェロ:ピエール・フルニエ

指揮:ジョージ・セル

管弦楽:ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

録音:1962年6月1日―3日、ベルリン、イエス・キリスト教会

LP:ポリドール(ドイツ・グラモフォン 2544 057) SE 7810

 ドヴォルザークのチェロ協奏曲は、「新世界」交響曲、弦楽四重奏曲「アメリカ」と並びアメリカに滞在中に作曲された曲だ。1892年、51歳の時、ドヴォルザークがアメリカのニューヨークに新たに設立された国民音楽学校の校長として招かれた時である。ふるさとのボヘミアの自然を思い出しながら作曲したと言われているだけに、曲全体が豊かな自然の中から生まれでたような安らぎを覚える。特に旋律が限りなく美しく、それらを聴いているだけでうっとりとしてしまうほど。それも、ただ美しい旋律と言うだけでなく、アメリカでの生活の孤独感がそこはかとなく滲み出ており、その上に故郷のボヘミアへの郷愁が加わり、聴くものの心に、ひしひしと伝わってくる。よく考えてみると、同じことは「新世界」交響曲、弦楽四重奏曲「アメリカ」にも言えることであり、いずれも名曲として現在でも聴衆から絶大な人気を得ていることは、ドヴォルザークの作曲家としての力量が並外れたものであったことが裏付けられる。ブラームスは、このドヴォルザーク:チェロ協奏曲を聴いた感想として「こんなすばらしいチェロ協奏曲が書けるのなら、わたしもとっくに書いているであろう」と語ったという。このLPレコードでチェロを弾いているのがフランスの“チェロの貴公子”の愛称で知られたピエール・フルニエ(1906年―1986年)である。ピエール・フルニエは、フランス、パリ出身。1923年パリ音楽院を一等賞で卒業した翌年、パリでデビューを果たす。独奏者として優れていただけでなく、世界的な名手たちとの室内楽を多く手がけた。1942年ヨゼフ・シゲティ(ヴァイオリン)、アルトゥール・シュナーベル(ピアノ)との三重奏、さらにウィリアム・プリムローズ(ヴィオラ)を加えた四重奏で活動。また、1945年、カザルス三重奏団からパブロ・カザルスが抜けた後、ジャック・ティボー(ヴァイオリン)、アルフレッド・コルトー(ピアノ)とトリオを組む。1954年初来日し、ピアノのヴィルヘルム・ケンプとジョイントリサイタルは、当時の多くのファンを湧かせた。ピエール・フルニエは、このLPレコードでも実に気品のある演奏を聴かせており、あたかもドヴォルザークが、故郷のボヘミアを偲んで弾いているかのようなしみじみとした感覚がよく出ている演奏内容。ジョージ・セル指揮ベルリン・フィルの演奏は、伴奏というより独立した管弦楽曲聴くように堂々としているが、同時にピエール・フルニエの演奏も充分に引き立てている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ハリーナ・チェルニー=ステファンスカのショパン:24の前奏曲

2018-07-30 09:35:38 | 器楽曲(ピアノ)

~ハリーナ・チェルニー=ステファンスカのショパン:24の前奏曲~

ショパン:24の前奏曲op.28
      前奏曲変イ長調遺作
      前奏曲嬰ハ短調op.45

ピアノ:ハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(24の前奏曲op.28)    
     バルバラ・ヘッセ=ブコウスカ(前奏曲変イ長調遺作)
     ボレスワフ・ヴォイトヴィッチ(前奏曲嬰ハ短調op.45)

発売:1975年8月

LP:日本コロムビア OW‐7556‐PM

  ショパンは、全部で26曲の前奏曲を作曲した。通常、ショパンの前奏曲と言ったらop.28の1~24の「24の前奏曲」を指すわけだが、ショパンはこの前後に1曲ずつの前奏曲を作曲している。その一つが、ショパンの最初の前奏曲である変イ長調遺作、もう一つが24の前奏曲の後に作曲した嬰ハ短調op.45である。変イ長調遺作の自筆原稿は20世紀になって発見され、1918に出版され翌年初演されている。一方、嬰ハ短調op.45は、24の前奏曲の後の1841年に作曲されたショパンの最後の前奏曲。このLPレコードには、以上の26曲の前奏曲が収録されている。使用されている楽譜は、ポーランドのクラカウで1949年に出版された「ショパン全集第1巻(第9版)」(通称:パデレフスキ版)で、このLPレコードは、これに基づいて演奏されている。ショパンの24の前奏曲は、1836年から1839年の4年間をかけ作曲された。数あるショパンの作品の中において一貫した内容を持った作品で、変化に富むと同時に、深い曲想を持っているのが特徴。中でも第15番の「雨だれの前奏曲」は、特に名高く、この1曲だけが演奏されることも多いが、24曲を全て弾くことにより24の前奏曲の真の姿が浮かび上がる。この24の前奏曲を演奏しているのがポーランドの女性ピアニストとして一世を風靡したハリーナ・チェルニー=ステファンスカ(1922年―2001年)である。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカは、ポーランド出身。1949年第4回「ショパン国際ピアノコンクール」で第1位および最優秀マズルカ演奏賞を受賞。その後、パリに留学し、エコールノルマル音楽院でコルトーに師事。ショパン・コンクールでの成功を機に、全世界でショパンを中心とした演奏活動を展開し、ポーランドを代表するショパン弾きとして一世を風靡した。レパートリーはショパン以外にバロック、古典から現代曲まで多岐にわたる。ハリーナ・チェルニー=ステファンスカの演奏内容は、繊細を極めたもので、あたかも宝石をちりばめたような美しさが身上。このLPレコードでも、その特徴が最大限に発揮されており、ショパンの24の前奏曲の持ち味を存分に味わうことができる。変イ長調遺作で演奏するのは、ポーランドの女性ピアニストのバルバラ・ヘッセ=ブコウスカ(1930年―2013年)で、1949年ポーランドから戦後初の「ショパン国際ピアノコンクール」に出場し第2位を受賞した。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ダヴィッド・オイストラフのモーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番/第7番

2018-07-26 09:36:32 | 協奏曲(ヴァイオリン)

モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第3番/第7番

ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ

指揮:ルドルフ・バルシャイ(第3番)
    キリル・コンドラシン(第7番)

管弦楽:モスクワ室内管弦楽団(第3番)
     モスクワ放送交響楽団(第7番)

発売:1974年

LP:ビクター音楽産業 MK‐1060

 モーツァルトは、生涯に8曲のヴァイオリン協奏曲を作曲している。そのうちこのレコードには、第3番と第7番の2曲が収められている。ヴァイオリン演奏は、旧ソ連最大のヴァイオリニストであるダヴィッド・オイストラフ(1908年―1974年)、指揮者は、これも旧ソ連を代表する名指揮者であるルドルフ・バルシャイ(1924年―2010年)およびキリル・コンドラシン(1914年―1981年)である。もうこれだけの役者が揃えば名録音は間違いない、と思って聴くと予想通り、愛らしくも、機知に富んだモーツァルトのヴァイオリン協奏曲の名品が、極上の演奏となって耳に飛び込んでくる。“ザルツブルグ協奏曲”と呼ばれる第1番から第5番のモーツァルトのヴァイオリン協奏曲は、1775年の4月から12月と短期間に作曲されている。第3番は、如何にもモーツァルトらしい作風である、軽快さ、明るさ、優美さとが織り交ぜられており、美しいメロディーが曲全体に散りばめられ、ヴァイオリンの魅力が余す所なく発揮される。一方、第7番は、第6番とともに自筆原稿が失われているものの、第7番は、草稿の写しが残されており、それには1777年7月16日に作曲されたことが記されている。しかし、ソロ・パートの重音技法や管弦楽法、各楽章の形式など、当時のモーツァルトの様式にそぐわない点が指摘されるなど、現在ではモーツァルト作ではないか、少なくとも他人による加筆があることは間違いない作品とされている。この第7番以後、モーツァルトは、ヴァイオリン協奏曲を作曲していない。今考えると不思議と言えば不思議なことではあるが、当時、ヴァイオリン協奏曲の位置づけは現在考えるほど高いものではなく、このためモーツァルトはヴァイオリン協奏曲に拘らなかったようだ。第7番の完成は、“ザルツブルグ協奏曲”から2年しか経ってないが、内容は一層充実感が増しているように聴こえる。“ザルツブルグ協奏曲”が貴族的な優美さに徹した内容とするなら、第7番は偽作の疑いがある曲とは言いながら、より自由な新しい音楽空間を探り当てたような爽快感を聴いていて感じ取ることができる。曲としてのスケールも一回り大きくなったように感じられる。ダヴィッド・オイストラフは、この2曲を集中力の限りを尽くして弾いている。メリハリの利いたダイナミックな演奏を聴き終えた後は、清々しさだけが残り、改めて名人芸の凄さを感じさせられる演奏となっている。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇オボーリン、オイストラフ、クヌシェヴィッキーのドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲「ドゥムキー」/スーク:ヴァイオリンとピアノのための小品集

2018-07-23 09:45:40 | 室内楽曲

ドヴォルザーク:ピアノ三重奏曲「ドゥムキー」
スーク:ヴァイオリンとピアノのための小品集
                「愛の歌」「バラード」「メランコリー・メロディー」「ブルレスク」

ピアノ:レフ・オボーリン

ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ

チェロ:スビャトスラフ・クヌシェヴィッキー

録音:旧ソ連 MK

LP:ビクター音楽産業 SH‐7770

 ドヴォルザークは、ボヘミアのプラハに近い村で生まれた作曲家である。このことがドヴォルザークの作曲家人生の原点にあり、民族音楽の泰斗として今日までその名を広く知らしめているのである。同じ境遇の作曲家としてスメタナがいるが、スメタナが交響詩などで民族意識を強く前面に立てたのに対し、ドヴォルザークは、交響曲や室内楽曲など、所謂絶対音楽においてその才能を発揮した。このため同じ土俵に立つブラームスと親交が厚かったようである。そんなドヴォルザークが作曲した室内楽曲の名曲が、今回のLPレコードのピアノ三重奏曲「ドゥムキー」である。ドヴォルザークは、全部で4曲のピアノ三重奏曲を作曲しているが、「ドゥムキー」は最後に作曲された曲であり、古今のピアノ三重奏曲の中でも傑作として知られている。ドゥムキーとは、ウクライナ地方を起源とするスラブ民族の哀歌「ドゥムカ」の複数形のことで、ゆっくりとした悲しげな部分と速く楽しげな部分とが交互に現れるのが特徴。全体は5つの楽章からなっているが、第1楽章が大きな2部形式で書かれているため、各部を1つの楽章と見た6楽章説もある。ここで演奏しているのが、ピアノ:レフ・オボーリン(1907年―1974年)、ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ(1908年―1974年)、チェロ:スビャトスラフ・クヌシェヴィッキー(1908年―1963年)という、当時のソ連が誇る最強の演奏者3人によるもの。今考えると同世代でよくこれほどの名人を当時のソ連が輩出できたもんだと感心するほど。三重奏曲の演奏は、名人が3人揃ったからといって必ずしも名演が聴かれるわけではないが、この録音での3人の息はピタリと合い、名曲「ドゥムキー」を、きりりと引き締まった名演奏で聴くことができる。このLPレコードのB面にはヨゼフ・スーク(1874年―1935年)のヴァイオリンの小品が4曲収録されている。スークはヴァイオリンを学んだ後、作曲をドヴォルザークに学んだ。スークのヴァイオリンの作品で最も有名なのは作品17の4曲であるが、このLPレコードには、第2曲の「情熱的に」が欠けており、代わりに作品7の1「愛の歌」が入っている。このスークの4曲のヴァイオリン小品も、ヴァイオリン:ダヴィッド・オイストラフ、ピアノ:レフ・オボーリンによる、しみじみと心に沁みる名演となっている。ただ、このLPレコードは惜しいことに録音の質が今一つ冴えない。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ホロヴィッツ&トスカニーニ指揮NBC交響楽団のチャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番(ライブ録音盤)

2018-07-19 09:35:00 | 協奏曲(ピアノ)

チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番

ピアノ:ウラディミール・ホロヴィッツ

指揮:アルトゥーロ・トスカニーニ

管弦楽:NBC交響楽団

録音:1943年4月25日、米国ニューヨーク、カーネギー・ホール(ライヴ録音)

発売:1977年

LP:RVC(RCAコーポレーション)

 チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番は、過去から現在まで数えられないほどの多くの録音があるが、このLPレコードほど感情の激しい演奏の録音は、現在に至るまで私はあまり聴いたことがない。これは1943年4月25日、米国ニューヨークのカーネギー・ホールでのライヴ録音であるから、スタジオ録音と比べ迫力の点で自ずと違う。ホロヴィッツ(1903年―1989年)は数多くの録音を残しているがライヴ録音は少ない。しかし、チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番はもう1枚、1941年のライヴ録音盤が遺されている。トスカニーニ指揮NBC交響楽団が伴奏をしているが、トスカニーニが伴奏の指揮を執ることは現役時代ほとんどなかったようで、この意味からもこのLPレコードは貴重な録音なのである。ホロヴィッツはトスカニーニの娘婿なので特別なケースだったのであろう。このLPレコードでは全曲にわたって緊張感が持続する。ホロヴィッツのこのピアノ演奏は、第1楽章を弾く時などは、何かものに憑かれたように、力の限りを尽くして極限にまでその曲想を押し広げ、「チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番ってこんなにも激しい曲だったのだ」と聴くものに強く印象付ける。第2楽章は、さすがに少し大人しさを演出するが、その技巧の並外れた才能には脱帽せざるを得ない。鍵盤を上を指が流れるように行き来する様が髣髴としてくる。第3楽章は、また第1楽章の激情が戻ってくるが、そこにはもう力だけの世界から脱却して、もう一段高いところから見下ろすような余裕も一部感じられ、結果として第1楽章~第3楽章を通して、巧みな演出効果が生かされているのだ。ホロヴィッツはただ単に力だけで弾き通すピアニストではなく、エンターテインメントの才能にも恵まれたピアニストであることがこの録音から聴き取れる。指揮をしているのが、ホロヴィッツからすると義理の父に当るトスカニーニ(1867年―1957年)である。現役時代あまり協奏曲の伴奏をしなかったトスカニーニは、ホロヴィッツだけは例外だったようである。ある意味ではトスカニーニとホロヴィッツの音楽性には共通点があったとも言えるのかもしれない。このLPレコードでトスカニーニは、いつもの輪郭のはっきりした力強い指揮ぶりを発揮し、ホロヴィッツのピアノ演奏のきらびやかさを数倍高めることに成功している。これほどの名コンビはあまりいない、という思いを深くする録音ではある。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ブタペスト弦楽四重奏団のブラームス:弦楽四重奏曲全曲/ゼルキンとブタペスト弦楽四重奏団のシューマン:ピアノ五重奏曲

2018-07-16 09:04:51 | 室内楽曲

ブラームス:弦楽四重奏曲全曲(第1~3番)

シューマン:ピアノ五重奏曲

弦楽四重奏:ブタペスト弦楽四重奏団
    
          第1ヴァイオリン:ヨーゼフ・ロイスマン
          第2ヴァイオリン:アレキサンダー・シュナイダー
          ヴィオラ:ボリス・クロイト
          チェロ:ミッシャー・シュナイダー

ピアノ:ルドルフ・ゼルキン

録音:1963年11月(ブラームス)/1963年9月(シューマン)

LP:CBS/SONY SOCL 225~6

 このLPレコードは、在りし日の名クァルテットのブタペスト弦楽四重奏団(1917年―1967年)と、名ピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903年―1991年)の名演に酔いしれる貴重な録音だ。潤いのある音であり、室内楽を聴く条件としては申し分ないものに仕上がっている。ブダペスト弦楽四重奏団は、1917年にブダペスト歌劇場管弦楽団のメンバーによって結成され、1938年からアメリカに定着し、1967年2月まで活動した20世紀を代表する弦楽四重奏団。世界的な名声を得たのはロシア人のヨーゼフ・ロイスマンが第1ヴァイオリンとなってからで、メンバー全員がロシア人に入れ替わり活動した。演奏スタイルは、それ以前の古典的あるいはサロン的演奏スタイルを一新させ、一音一音を明確に弾き分ける、いわゆる新即物主義によるもので、弦楽四重奏曲の演奏の現代化に大きく貢献した。一方、ボヘミヤ出身のピアニストのルドルフ・ゼルキンは、ウィーンで学び、その後1939年、ナチから逃れるため米国に移住し、主にドイツ音楽を得意とするピアニストとして活躍した。演奏スタイルは、あくまで正統的であり、力強さに溢れたものであった。このアルバムは、LPレコード2枚組で、1枚目と2枚目のA面にはブラームスの弦楽四重奏曲が収められている。ブラームスの3つの弦楽四重奏曲は、第1番が厳格さ、第2番がロマン性、第3番が牧歌的な性格とそれぞれ異なる性格を持っている。第1番はの完成は1873年の夏で、ミュンヘンに近いシュタルンベルク・ゼー湖畔のトゥッツィングという村で書かれた。第2番は、第1番と同じく1873年の夏、トゥッツィング滞在中に書き上げられた。第3番は、1875年の春から夏にかけて、ドイツの古都ハイデルベルクに近いツィーゲルハウゼンで書かれた。これらの3つの弦楽四重奏曲は、決して聴きやすい曲ではないが、聴き込むにつれ、ブラームス特有の渋いロマン溢れる世界へと誘われる。ブタペスト弦楽四重奏団の演奏は、一点の曖昧さもなく、しかも一音一音を丁寧に演奏しており、この結果、ブラームスの心の奥底の音楽を聴き取りやすいものにしている。一方、シューマン:ピアノ五重奏曲は、ゼルキンとブタペストの音楽的感性がピタリと合った演奏を繰り広げる。スケールが大きく、がっしりとしたシューマンに仕上がっているが、同時にロマン的な香りも感じられる名演奏となっている。(LPC)

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