★クラシック音楽LPレコードファン倶楽部(LPC)★ クラシック音楽研究者 蔵 志津久

嘗てのクラシック音楽の名演奏家達の貴重な演奏がぎっしりと収録されたLPレコードから私の愛聴盤を紹介します。

◇クラシック音楽LP◇リパッティの後継者 カッツのベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」/ピアノソナタ第14番「月光」

2021-02-25 09:57:09 | 協奏曲(ピアノ)

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」
        ピアノソナタ第14番「月光」

ピアノ:ミンドゥル・カッツ

指揮:ジョン・バルビローリ

管弦楽:ハルレ管弦楽団

録音:1959年4月(「皇帝」)

LP:テイチク・レコード

 このLPレコードは、ルーマニア出身で、同郷のクララ・ハスキル(1895年―1960年)やディヌ・リパッティ(1917年―1950年)の後継者と目されれていたが、52歳でこの世を去ってしまったミンドゥル・カッツ(1925年-1978年)の貴重な録音が収められている。クララ・ハスキルやディヌ・リパッティは、現在でもその名がしばしば登場するが、ミンドゥル・カッツは既に忘れつつあるピアニストと言ってもいいかもしれない。しかし、このLPレコードで聴く限り、カッツの演奏は、巨匠を目前にした名ピアニストと言ってもおかしくないくらいの出来映えを見せる。澄み渡った音色は、師リパッティを髣髴とさせるし、何よりも繊細な抒情的表現力は、師をも上回るとも思われる程の演奏を聴かせる。カッツは、ルーマニアの首都ブカレストに生まれる。ブカレスト音楽院で学んだ後、スイスにおいて同郷の名ピアニストのディヌ・リパッティに師事。第2次世界大戦後は、祖国に戻り、演奏会活動のほかにブカレスト音楽院の教授として後進の指導にも当たった。1957年にロンドン・フィルの定期演奏会のソリストとしてデビューし、好評を博し、以後、ハスキル、リパッティの後を継ぐ“ルーマニアの星”としてヨーロッパにおける評価が確立されるに至る。このLPレコードでのカッツの演奏は、ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」では、「この曲のもつ気宇壮大さが出されていない」という評価はある一方、少し見方を変えれば、「皇帝」が持つ新しい魅力をカッツが引き出しているとも言える。第1楽章と第3楽章での師リパッティに似た端正な曲の構成力に加え、第2楽章では抒情味たっぷりな「皇帝」が演奏される。「皇帝」は如何にも皇帝らしく堂々と男性的に演奏すべきだ、という考え方もあろうが、「皇帝」のネーミング自体が作曲後に第三者により名づけられてものであり、この曲の本質が皇帝であるということとは別の話。その意味で、このLPレコードでのカッツの「皇帝」の演奏は、この曲に新しい解釈をもたらすものと考えてもいいであろう。そのくらい説得力ある個性豊かな演奏をカッツはここで聴かせる。 ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番「月光」の演奏において、カッツは、さらに抒情味豊かな表現力を駆使し、この曲の魅力を余すところなく表現する。ドイツの詩人レルシュタープが「月光」と名付け一躍有名となった曲だが、ベートーヴェンが愛した伯爵令嬢ジュリエッタ・グイチャルディに捧げられていることを考えると、余計カッツの端正な抒情味が光る。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇フォーレ:ピアノと管弦楽のためのバラード/組曲「ペレアスとメリザンド」/ピアノと管弦楽のための幻想曲

2021-02-22 11:17:45 | 管弦楽曲

フォーレ:ピアノと管弦楽のためのバラード
     組曲「ペレアスとメリザンド」
     ピアノと管弦楽のための幻想曲

指揮:ルイ・ド・フロマン

管弦楽:ルクセンブルク放送管弦楽団

ピアノ:グラント・ヨハネセン

録音:1974年11月

LP:ワーナー・パイオニア H-5001V

 「ペレアスとメリザンド」は、ベルギーの劇作家メーテルリンクが書いた戯曲。フランス語で書かれ、1893年にパリで初演された。舞台設定は、中世ヨーロッパのアルモンド王国(ドイツを意味する仏語「アルマーニュ」+世界を意味する仏語「モンド」の合成語)。それにフォーレが劇付随音楽を作曲したが(1898年)、その中から5曲(第3曲だけ声楽が入るので、このLPレコードなどのように、この曲を除いた4曲で演奏されることがある)を抜粋したのが、このLPレコードに収録されている組曲「ペレアスとメリザンド」(1900年)である。物語は、王太子(王位継承の第一順位の王子)ゴローの妻(后)であるメリザンドと、ゴローの異父弟であるペレアスとの“道ならぬ恋”の物語であり、最終的には両者とも兄ゴローに殺されてしまうという悲劇的な結末となっている。第1曲:前奏曲、第2曲:糸を紡ぐ女、第3曲:メリザンドの歌、第4曲:シシリアーノ、第5曲メリザンドの死、からなっている。曲は、フォーレ独特な繊細な表現でつくられており、その旋律と和声の美しさは、筆舌に尽くせないほどの高みに達した管弦楽作品。このほかに、このLPレコードには、フォーレの青年期と晩年に書かれたピアノと管弦楽のための作品「ピアノと管弦楽のためのバラード」(op.19、1881年)と「ピアノと管弦楽のための幻想曲」(op.111、1919年)が収録されている。前者は、憧れに満ちて優しくのびやかな青春の詩とも言える作品。一方、後者は、ときにきびしく、激しい内面の表情をかざらずに表現する作品となっている。このLPレコードで指揮をしているルイ・ド・フロマン(1921年―1994年)は、フランス・トゥールーズ出身。パリ音楽院では、アンドレ・クリュイタンスなどに師事。1958年からルクセンブルク放送交響楽団の首席指揮者に就任。このLPレコードの組曲「ペレアスとメリザンド」でのフロマンの指揮ぶりは、繊細を極め、微妙なニュアンスを巧みに表現ており、フォーレの作品に誠に似つかわしい演奏を聴かせる。ピアノのグラント・ヨハネセンは、アメリカ・ソルトレイクシティ出身。ニューヨークでロベール・カザドジュに師事したことがあり、フランス音楽の演奏では定評がある。フォーレの2曲のピアノと管弦楽のための作品でのヨハネセンのピアノ演奏は、ビロードのように柔らかく、フォーレの作品にとても馴染んでいる。なお、このフォーレの2曲のピアノと管弦楽のための作品は、共に佳品であり、もっと演奏されてしかるべき曲と思う。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇ゼーダーシュトレーム&アシュケナージのラフマニノフ:歌曲集

2021-02-18 09:37:16 | 歌曲(女声)

~ラフマニノフ歌曲集~

ラフマニノフ:歌わないで、美しい人よ op.4-4
           おお、私の畑よ op.4-5
       ここは素晴らしい op.21-7
       夜、私の庭で op.38-1
       彼女のもとに op.38-2
       ひなぎく op.38-3
       笛吹き op.38-4
       夢 op.38-5
       おーい! op.38-6
       ミューズ op.34-1
       嵐 op.34-3
       きみは彼を知っていた(詩人) op.34-9
       その日を私は忘れない op.34-10
       なんという幸せよ op.34-12
       不協和音 op.34-13
       ヴォカリーズ op.34-14

ソプラノ:エリーザベト・ゼーダーシュトレーム

ピアノ:ウラディーミル・アシュケナージ

発売:1976年

LP:キングレコード SLA 6121

 あまり日本では知られてはいないが、ラフマニノフは80曲以上もの歌曲を書いている。それらの中で一番有名な曲が「ヴォカリーズ」(op.34-14)であろう。ヴォカリーズは、1912年に書かれた「14の歌曲」の14曲目に当たる曲だ。当初はピアノ伴奏だったが、後に管弦楽編曲され、初演時はこの管弦楽版だったようだ。初演者のソプラノ歌手であるアントニーナ・ネジダーノヴァに献呈されている。これは、ネジダーノヴァにアドバイスを受けて、この歌曲を完成させたことによるもの。このヴォカリーズには歌詞がなく、歌手は「アー」といった母音だけで愁いを含んだ調べを歌い上げ、ピアノ伴奏が和音と対旋律を奏でていく。このヴォカリーズは、ラフマニノフが存命中から高い人気があり、現在ではピアノ伴奏の歌曲のほか、管弦楽伴奏版、ピアノ独奏版、チェロやヴァイオリンなどの独奏楽器とピアノ伴奏によるデュエット版など、さまざまな演奏形態が取られている。このLPレコードには最後の曲目として、このヴォカリーズが収録されている。ラフマニノフが作曲した歌曲集としては、1894年~96年の「12の歌」(op.14)、1900~02年の「12の歌」(op.21)、1912年の「14の歌曲」(op.34)などがある。これらの歌曲は、主にロシアの詩人の詩を歌詞とし、ロシア古典派として名高いグリンカやチャイコフスキーの影響を強く受けた曲想の歌がその内容となっている。このLPレコードで歌っているエリザベート・ゼーダーシュトレーム(1927年―2009年)は、スウェーデン出身の名ソプラノ。スウェーデン王立音楽院で学ぶ。1948年、ストックホルム王立歌劇場にデビュー。1950年代から80年代という長い期間第一線で歌い続け、本国のほか英米独など世界各国の歌劇場で広く活躍した。ピアノ伴奏は、わが国でもお馴染みのウラディーミル・アシュケナージ(1937年生まれ)。1955年「ショパン国際ピアノコンクール」第2位、1956年「エリザベート女王コンクール」優勝、1962年「チャイコフスキー国際コンクール」優勝というピアニストとして輝かしい実績を持つ。その後、指揮者に転向。このLPレコードでのゼーダーシュトレームの歌声は、よく通る美しい響きを持っており、さらに加え落ち着いた雰囲気は、ラフマニノフの歌曲の世界を表現するには打って付けのソプラノである。聴くたびに広く荒涼と広がるロシアの大地が目の前に広がる想いがする。アシュケナージのピアノ伴奏は、ラフマニノフと同邦人であることもあってか、深いところで共感しているような趣が強く感じられる。(LPC)

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◇クラシック音楽LP◇カラヤン指揮ウィーン・フィルのブラームス:交響曲第3番/ 悲劇的序曲

2021-02-15 12:21:28 | 交響曲(ブラームス)

ブラームス:交響曲第3番
      悲劇的序曲

指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン

管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1977年

LP:キングレコード GT 9129

 ブラームスは、1877年に第2交響曲を作曲した後、その翌年からヴァイオリン協奏曲、大学祝典序曲、悲劇的序曲、ピアノ協奏曲第2番といった協奏曲、管弦楽作品を書き上げる。そして第2交響曲から6年後の1883年に、温泉地として知られるヴィースバーデンに滞在し、第3交響曲を作曲した。ブラームスの交響曲の中では演奏時間が最も短いものの、ロマン的な叙情に加えて、憂愁の要素をも加わわった優れた作品に仕上がった。初演で指揮をしたハンス・リヒターは「この曲は、ブラームスの“英雄”だ」と言ったと伝えられており、このことから、この曲は現在まで「英雄」の愛称で親しまれている。しかし、ベートーヴェンの「英雄」のように、ナポレオンをイメージさせるような闘争性をブラームス:交響曲第3番に求めるのは少々無理があろう。より抒情味やロマンが多分に加味された交響曲だと言える。このLPレコードのもう一つの曲目は、同じくブラームスの悲劇的序曲である。この曲は、1880年に大学祝典序曲と一対になって作曲された作品。大学祝典序曲は、若々しくユーモアに満ちた曲想を持つのに対し、この悲劇的序曲は、曲名の通り悲劇的要素が目いっぱい盛り込まれているのが特徴だ。これはどの題材から取ってきたのかは不明だが、多分ブラームスが日頃から関心を寄せていたギリシャ悲劇ではなかろうかと言われている。「この曲を聴くと我々は鋼鉄のように仮借のない運命と闘争する偉大な英雄を思い浮かべる」(ディータース)とも表現されているとおり、交響曲第3番より、この悲劇的序曲の方が「英雄」の名に相応しいとも感じられるほど、力強く雄大な曲である。このLPレコードでこれら2曲を演奏しているのが、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルである。7度目のカラヤンの来日を記念して発売された全部で20枚のLPレコードの中の1枚で、全て同じコンビで録音されている。このLPレコードでのカラヤンの指揮は、手兵ベルリン・フィルを指揮した時とは大きく異なり、何かウィーン・フィルに対し遠慮がちに指揮しているといった内容なのが耳につく。カラヤン独特の雄大に曲を盛り上げるところは同じなのだが、完全にオケをリードして、自分のペースに持って行けるまでには至っていないように聴こえる。このため、このLPレコードでリスナーは、少々燃焼不足に陥るかもしれない。ただ、ブラームス:交響曲第3番の第4楽章や悲劇的序曲の前半部分の力強い表現力などは、カラヤン指揮ウィーン・フィルならではの迫力があり、聴き応え充分である。(LPC) 

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◇クラシック音楽LP◇チェコの名指揮者ターリッヒ指揮チェコ・フィルのスーク:弦楽セレナード/組曲「お伽話」

2021-02-11 10:07:35 | 管弦楽曲

スーク:弦楽セレナードOp.6
    組曲「お伽話」Op.16

指揮:ヴァーツラフ・ターリッヒ

管弦楽:チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

発売:1979年9月

LP:日本コロムビア(SUPRAPHON) OW-7810-S

 これは、チェコの作曲家ヨセフ・スーク(1874年―1935年)の弦楽セレナードOp.6と組曲「お伽話」Op.16を、チェコの名指揮者であったヴァーツラフ・ターリッヒ(1883年―1961年)が名門チェコ・フィルを指揮した記念碑的なLPレコードである。録音状態は比較的良く、充分に鑑賞に耐え得るレベル。我々はヨゼフ・スークという名前を聞くと、チェコの名ヴァイオリニストのヨゼフ・スーク(1929年―2011年)を思い浮かべるが、このLPレコードの同姓同名の作曲家ヨセフ・スークは祖父にあたる。作曲家ヨセフ・スークは、プラハ音楽院でドヴォルザークに学び、ドヴォルザークの娘オチリエと結婚した。弦楽セレナードは、後に結婚するオチリエへの想いが込められた作品だけに、甘く夢見るような優雅な雰囲気を持つ、ドヴォルザークの弦楽セレナードに似た佳品。スークは、新ロマン派の詩人のユリウス・ゼイエル(1841年―1901年)と親交を結んでいたが、ゼイエルが書いた2つの戯曲のための付随音楽を作曲した。その一つのお伽話劇「ラデゥースとマフレナのためのもの」Op.13から4つの部分を抜粋して管弦楽用に編曲したのが組曲「お伽話」である。このLPレコードでこれら2曲を指揮しているのがチェコの名指揮者ヴァーツラフ・ターリヒ(1883年ー1961年)。ターリッヒは、プラハ音楽院を卒業し、アルトゥール・ニキシュの推薦を得てベルリン・フィルのヴァイオリニストとなり、コンサート・マスターに就任。しかし、その後ターリッヒは指揮者を目指した。1908年には初めてチェコ・フィルを指揮することになる。それまでヨーロッパの地方オーケストラの一つにすぎなかったチェコ・フィルを現在あるような国際的なオーケストラにまで高めたのはターリヒの功績であると言われている。このLPレコードにおける弦楽セレナードのターリッヒの指揮ぶりは、実に明快であり、しかも正統的な優美さに溢れた演奏を聴かせてくれる。スークの弦楽セレナード自体が郷土色満点なこともあって、懐かしさが込み上げ、ロマンの香りが一面に降り注ぐような演奏内容である。弦の響きがこれほどまでに色彩感を持って演奏される録音は滅多に聴くことはできない。一方、組曲「お伽話」は、如何にも劇付随音楽らしく、物語性を強く含んだ性格を有した曲。メンデルスゾーンの「真夏の世の夢」を思い起こさせる。ターリッヒの指揮は、そんな幻想的なお伽話の世界を、巧みに描き切る。チェコ・フィルの演奏もメリハリが利いて耳に心地良い。(LPC)

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