旧臼田町(現佐久市)に雨宮病院という病院がある。ヨメ一族はこれをあまみや病院と呼んでいる。雨宮という苗字は山梨県に多いんだけど俺の知り合いは皆あめみやだった。でも佐久ではあまみやと読むんだと思っていた。
病院サイトを見ると病院を開設したのは雨宮久雄で今は理事長になっている。理事長は山梨県出身だった。何故山梨出身の人が佐久に来たのかというとどうやら昭和大学の人事に関係があった。雨宮病院から少し離れた所にある町立千曲病院は元々は昭和大学の付属病院だと初めて知った。そして理事長は昭和大学出身でこの病院の院長だったのだ。
診察券にはあめみやと仮名が振ってあった。何度言ってもあまみやと言う人が後を絶たないからだろう。ヨメ父もヨメ兄もよくこの病院を使ってるのにあめみやと言う。勿論そう言ってるのはヨメ一族だけではない。困ったもんだ。
ただあまみやという読み方も実際にあるようだ。またあめのみやなんてのも。山梨県内にもそんな読み方をしてる人が居て、佐久の人はそういう読み方の方しか知らないのかもしれない。ということは長野県の県境付近ではあめのみやなのかな。それとも方言かな。田舎育ちのヨメは江戸っ子みたいにヒをシと発音するのだ。
病院サイトを見ると病院を開設したのは雨宮久雄で今は理事長になっている。理事長は山梨県出身だった。何故山梨出身の人が佐久に来たのかというとどうやら昭和大学の人事に関係があった。雨宮病院から少し離れた所にある町立千曲病院は元々は昭和大学の付属病院だと初めて知った。そして理事長は昭和大学出身でこの病院の院長だったのだ。
診察券にはあめみやと仮名が振ってあった。何度言ってもあまみやと言う人が後を絶たないからだろう。ヨメ父もヨメ兄もよくこの病院を使ってるのにあめみやと言う。勿論そう言ってるのはヨメ一族だけではない。困ったもんだ。
ただあまみやという読み方も実際にあるようだ。またあめのみやなんてのも。山梨県内にもそんな読み方をしてる人が居て、佐久の人はそういう読み方の方しか知らないのかもしれない。ということは長野県の県境付近ではあめのみやなのかな。それとも方言かな。田舎育ちのヨメは江戸っ子みたいにヒをシと発音するのだ。