今何処(今の話の何処が面白いのかというと…)
マンガ、アニメ、特撮の感想ブログです。




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冒頭で「惑星のさみだれ」についての意見交換をしていたりしますが、これについてはちょっと「言葉」のツールとしての恐さを感じていたりします。
…というのは、ここで僕は主人公・夕日の心象を(僕なりに)読むためのツールとして「葉隠」という思想を持ちだしたんだけど、かなり主張の印象としてLDの意見「『さみだれ』=『葉隠』」みたいな印象を持たれてしまっている。これは、他の友人と話していてもそうで、その度に僕は「いや、「葉隠」は夕日を測るためにはデカい物差しだとも思っているんだけどね」と解説をつける事になる。

……と、いいつつ今度は「葉隠」自体で僕が言いたかった事があるもんだから、そこをベラベラ喋ってしまい、議論をあらぬ方向へ持っていってしまっている面もあるんだけど(汗)

要するに僕は、一連の夕日(と、さみだれ)の行動を肯定的にとらえるたい直感を受けたんだけど、それを支持するような……これはこれで誤解を受けそうだけど、そう前振りして言ってしまうと、「破滅する事」を肯定的に語った思想や哲学なんて、そうはないんですよね。…そりゃ、何か適当なものを適当に引用して適当に解釈すれば他の何かが出てくるかもしれないけど、僕の脳内検索ではモロに「破滅」を肯定しているのってこれ(「葉隠」)くらいだったんというのがあります。…で、実際に、夕日は「御意」とか家臣とかそういう関係と心象面での一致がないワケでもなかったんですね。
しかし、ま、この「言葉」はちょっとインパクトが大きくて「惑星のさみだれ」を読むのには、ゆがみやすい「言葉」だったなあと思っています。この場合のゆがみってのは自分の直感(感想)を忠実になぞってくれない「言葉」って意味ですけどね。

…と、こう書くと、あ、LDさん「惑星のさみだれ」から葉隠説を引っ込めたそうだ?とか印象を持たれてしまいそうなんですが(汗)全然、そんなつもりもないんですよね(汗)そこらへんやっぱり、「言葉」は難しいwただ「葉隠」を体現しているのが「惑星のさみだれ」だという観点ではないですよ?というのを念を押す場にしていますね。この紙面を。(自分がブレを認識して繰り返し述べれば補正できる話でもありますね)

とは言え話が脱線してしまうのもまた「愉し」からずやwこれをきっかけにして「葉隠」の話、それに付随する「死狂い」の話なんかをオフ会などで色々したのですが、そこらへん、また機会を見て述べていこうかと思っています。


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