玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

統計と人権と政治

2007年02月03日 | 日々思うことなど
自民党の中川秀直幹事長という人、過去にいろいろと芳しくない噂がありどうも人間的に好きにはなれないタイプだが、こういう文章を読むと「やっぱり頭がいいんだな、だからスキャンダルがあっても生き延びて顕職に付けるのか」と納得せざるを得ない。

中川秀直公式Webサイト - トゥデイズアイ : (厚労相辞任論)不義の野党には絶対に譲歩しない
柳沢大臣の発言問題について、冷静に、事実に即して問題点を整理しよう。

まず、1月27日松江市の講演で、柳沢大臣はどんなふうにおっしゃったのか。正確に再現しよう。

「特に、今度我々が考えている2030年ということになりますと、2030年に例えばまあ20歳になる人を考えると、今いくつ、もう7、8歳になってなくてはいけないんですよ。もう生まれちゃってるんですよ。(20)30年のときに20歳で頑張っている人とか、やってくれる人はですね。

そういうようなことで、後は、産む機械って言ってはなんだけども、装置の数がもう決っちゃったということになると、機械って言っちゃ何だけど、機械って言ってごめんなさいね。その産む役目の人が1人あたまで頑張ってもらうしかないんですよ。みなさん、もうね、役人の人からいわれるんですが、2030年には大臣、勝負は決っているんです。こう言われちゃうんです」

「で、今どれくらい1人あたまで産んでくれるかというと、それが合計特殊出生率というこむずかしい名前で呼ばれる事実なんですね。今は日本は1.26、去年は1.29だったんです」

朝日社説冒頭の引用をはじめ、柳沢大臣の言葉の引用に「女性は」をつける報道が多いが、大臣はそうはいっていない。

柳沢大臣は人口統計と合計特殊出生率の説明をしようとしていた。合計特殊出産率は、15歳から49歳までの女子の年齢別出生率を合計したもので、1人の女子が仮にその年次の年齢別出生率で一生の間に産むとしたときの子どもの数に相当する。柳沢大臣は、この合計特殊出生率を分かりやすく言おうとして、そして、2030年までの20歳人口はもう決っていること、だから、子供をつくりたいと希望するならばその希望をかなえられるようにしなければならないということを、言いたかったのだと思う。


大変わかりやすい説明だ。
柳沢大臣は「人口統計と合計特殊出生率の説明」をしようとしていたのであって、言うまでもなく統計には「人格」「人権」の概念は含まれず一人一人の存在と行動は単なるデータとして扱われる。データ処理や統計学とはそういうものだろう。
柳沢大臣の失言が多くの国民の不興をかったという意味で政治家として不適切なのは間違いない。だが、民主党・小沢代表のように「政治家である以前に、人間として許されない」とまで言うのはおかしい。
人権や人格の尊重は大変結構なことだ。しかし、統計や科学は人権論とは別の次元で考える必要がある。
私とて柳沢失言に怒り「人として許せない」と言いたくなる人たちの気持がわからなくはない。だが、そういう考え方が絶対の正義となり常識になることを恐れる。政治家が統計や科学の考え方を口にするのも許されないようなら、それは現代のラッダイト運動ではないか。