チャチャヤン気分

《ヘリコニア談話室》後継ブログ

黒い海岸の女王

2006年11月05日 20時29分10秒 | 読書
ロバート・E・ハワード『黒い海岸の女王 新訂版コナン全集1宇野利泰・中村融訳(創元文庫、06)

  ――剣と戦斧の轟きが死滅し、殺戮の叫喚が途絶え、血に染まった雪原を沈黙が支配した――(17p)
 という印象的な描写で新訂版コナン全集は幕を開ける。宇野利泰のこの美文調の訳文がいかにも開幕にふさわしい雰囲気を盛り上げる。
 いや、久しぶりに再読したけど、面白いねえ。先年火星シリーズを読み返したときにも感じたことだが、E・R・バローズにしろR・E・ハワードにしろ、力まかせに書いているようで実はすごい筆力の持ち主なんだよね。あらためてそれがよく分かった。
 近頃のファンタジー作家が100枚書くところを50枚で書いてしまう。省略するところは徹底的に省略しメリハリが付けられているので、飽きないというかダレ場が殆どない。それとナラティブの距離がずれないという点も特記しておきたい。とりわけナラティブの主体をコナンにせず、その場の別人の視点で描写するテクニックを用いることが多いのだが、これが効果をあげている(たとえば「館のうちの凶漢たち」では殆どムリロ公子の視点で語られ、そのことによってコナンが神話化される)。
 ニュースペースオペラの連中はすべからくハワードを読んで勉強すべしであろう。いや読んだことないけど、まあだいたい想像が付きますわな(^^;

 さてこの『黒い海岸の女王』、単なる創元旧版コナンシリーズの復刊ではない。新訂版の編者である中村融氏の刊行の言葉にあるとおり、これらは後代の手がいっさい加わっていないハワード・オリジナル・コナンなのだ。
 しかも、第一話の「氷神の女神」は従来物語時間的には「館のうちの凶漢たち」と「黒い海岸の女王」の間に比定されていたものだそうだが、本書<資料編>収録のミラーへの手紙を根拠に第1話に持ってきた新解釈も中村氏の主体性がよく出ていて、まさにその意気やよしである。
 解説に過去6種類のコナンシリーズ刊本が記載されているが、この新創元版はそのアイデアの独創性において、上記刊本に勝るとも劣らないどころか、そのコンパクト性も加味して最良の刊行シリーズといえるように思う。近い将来本国アメリカにおいてかかる中村編オリジナルコナンシリーズが刊行されるということも強ち夢ではないのではないか。

 作品的には、「象の塔」、「石棺のなかの神」、「館のうちの凶漢たち」、「消えうせた女たちの谷」が甲乙つけがたい。「黒い海岸の女王」はやや冗長だったかも。「氷神の娘」は殆ど散文詩。
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