小梅日記

主として幕末紀州藩の学問所塾頭の妻、川合小梅が明治十八年まで綴った日記を紐解く
できれば旅日記も。

鏡皇女

2014-01-30 | 万葉集

鏡女王
かがみのひめみこ
628~683
藤原鎌足夫人

◆鏡王を父に山背姫王が母という王族の娘と言われています。妹が額田王であることも定説化されてきたようです。皇極天皇(斉明天皇)はお気に入りの遠縁の娘だった鏡王女を長男の嫁にと勧めたらしく嬪の一人として宮中に入りました。でも、当時の天智は、自分が反乱を起こしたとして滅ぼした古人大兄の娘の倭姫王を正妃に迎えていました。初恋の人だからか、子供も産まないのに生涯寄り添ったのだという説もあります。

妹が家も継ぎて見ましを山跡なる 大島の嶺に家もあらましを

秋山の樹の下隠りゆく水の 吾こそまさめ御念よりは


◆天智と鏡王女の相聞歌です。琵琶湖を船で渡り鏡王女の里に出かけた折の歌だとされています。「おまえの家にもついでを作ってたびたび来たいものだがこの湖畔の大島のあたりにもう一つ屋敷があればねえ」「美しく紅葉した樹の下に見えつ隠れしながら流れていく川の水にこと寄せながら思ってくださるあなたより、私の思いの方が強うございます」とでもいう意味なのでしょうが、焦点が食い違っているような感じも受けますね。

◆鏡皇女に子供ができないうちに伊賀宅子が皇子を生みました。後の大友皇子です。また、遠智娘が建皇子を出産しますが、この皇子は聾唖者で姑である斉明の愛情がそちらに集まってしまいました。ほかの妃たちも次々と出産していますし、妹の額田は天武天皇と仲むつまじく十市皇女を生み幸せそのもの。もう、30歳になりかけて鏡王女は孤独でした。
そんな心の空白に入ってきたのが藤原鎌足でした。鎌足は初めて鏡王女に会った時から魅かれていたのですが 天智の嬪の一人である以上、どうにもならなかったのです。ところが、女性関係の多い天智はそれを察してか、鎌足との絆を強めるためか彼に鏡王女を与えたのです。女性からすればずいぶんと失礼な話ですけれど、多くの妃を持っていること自体がおかしいことなのですし、ここでは、鏡王女の身になって考えてみましょう。
愛されることのない夫よりは愛してくれる人との暮らしの方が幸せです。自分が下賜される。しかも臣下の40男に!一時はムッとしたかもしれませんが鎌足の正妃に迎えられて丁重に扱われ、鏡王女はそこに安息を感じました。しかも、すぐに男のが生まれました。その子が歴史に大きな名前を残した藤原不比等です。

◆不比等の生母が額田王の姉だったことを初めて知ったときは、大きな驚きとともに感動さえしました。そして、これだから歴史はおもしろいと思ったものです。さらに、鏡王女が鎌足に下賜されたときには皮肉なことに妊娠していたというではありませんか。天智は多くの妃にたくさんの子供を産ませましたが、男の子は大友皇子と建皇子と少ないのです。もし、鏡皇女を手放さなかったらあの壬申の乱もずいぶん違ったものになっていたのではないのでしょうか。
 鎌足も知謀権謀にたけた頭のいい人ですが成り上がりの腰の低さが感じられます。しかし、不比等のイメージにはそれがありません。怜悧な頭脳の持ち主である天智の子供であるとするならば納得がいきます。
 そんなわけで鎌足と鏡王女は不比等の誕生を一年以上も世間に隠し続けました。43歳の父と31歳の母でした。 かといって、鏡王女にはどちらの子供か、はっきりわからなかったのではないでしょうか。いえ、それは、もう、どっちでもよかったのでしょう。むしろ、鎌足の子供であって欲しいと思っていたのではないでしょうか。それくらい、幸せだったということです。

神奈備の石瀬の杜の呼子鳥いたくな鳴きそ 吾が恋まさる

 呼子鳥(かっこう)よ、そんなに切なく鳴かないで。私のあの人への恋しさが募るばかりじゃありませんか
蝦夷遠征に行って長く帰らない鎌足を思って作った歌なのでしょうか。

◆鎌足はあまり好きなキャラではなかったのですが、鏡王女を幸せにしてくれたのでかなり好感度があがりました。鏡王女はその後、氷上娘と五百重娘を生んだとの説もあります。その鎌足は56歳、669年の10月16日に風邪をこじらせて亡くなりました。不比等はまだ11歳。「私が死んだら戦がおこるだろうが、決してどちらにも加担してはならない。じっと時を待て」そう言い置いて亡くなったのです。幸いなことに不比等は子供だったので三年後に起こった、かの壬申の乱では出番もなくひっそりと勉学に励むことができたようです。
 こうして人生の後半を世の中の不穏さに巻き込まれることなく静かに送ることができた鏡女王は55歳で静かに人生の幕を下ろしました。妹ほどの美貌も才能もなかったゆえに自らを知って堅実に生きてきた人なのでしょう。お墓は奈良県桜井市忍阪にあります。



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