小梅日記

主として幕末紀州藩の学問所塾頭の妻、川合小梅が明治十八年まで綴った日記を紐解く
できれば旅日記も。

十月十日

2011-12-16 | 嘉永二年
  晴
今日、主人は湊御殿での講義の当番也。権七を連れて行く。
山本省太郎どのから銀十枚を頂戴した。
岸恪助二十石には銀五枚、村井定二郎は十両を頂く。
その他富永の若旦那、金井などはかなり有りそうな様子也。

さて、主人は一昨日の風呂上がりに風邪気味で頭痛するので、もし出勤できない時の為、突然申しては迷惑をかけるので昨日、岸宅へ良蔵に代理を頼みに行かせた。
ところが帰りが遅くどうしたのかと案じていたら岸と連れだって帰ってきた。
頭痛で寝ていたのできしは主人の部屋まできて召状が到来したので誰か他の人にお頼みくださいと告げた。
主人は頭痛のために鉢巻きをしたまま会った。岸はすぐに帰った。
また、岩橋楠松殿も一昨日から病気だということで藤助どのが看病しているそうだ。
良蔵を見舞いに行かせたところ、まず、今日は少々いいらしいとのこと。
主人は昼頃帰ってきてしばらく休んだ後夕方から山本に行く。
すぐに帰宅したが村井へ榎本を連れて行った。十二時前に帰る。
少々みやげがあったのでみなで分け合った。

母君は松下へ寄り金比羅に参った。
岸と大橋が礼に来た。
今日は味噌を仕込む。
夜に小出が来たので菊の絵を貸した。

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十月九日

2011-12-14 | 嘉永二年

暖くておだやかな日。
主人は風邪気味なので稽古(塾)を休む。
しかし、山中殿に送る肴を買いに行った。
十匁で中くらいの鯛と小鯛一斗、鴫を三羽、とのこと。
昨日は風邪薬の貴妃湯を二包み飲んでいた。
昼過ぎに野呂が来た。山本の会だという。酒少し出し二時頃まで居た。
明日は学校の当番だが風邪らしいので具合が悪くなるといけないので代わって欲しい旨を頼みに住吉町の岸へ良蔵をやったのだが一向に帰ってこない。
不審に思っていたところへ四時頃岸と連れだって帰ってきた。
岸は明日はお召しを受けているので代りは勤められないと言って直ぐに帰った。
大橋鉄助も山本省太郎殿も同様。夜分になって村井定二郎も召状がきたと言いに来た。

「米与」で百目借用。岩一郎が行く。
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