小梅日記

主として幕末紀州藩の学問所塾頭の妻、川合小梅が明治十八年まで綴った日記を紐解く
できれば旅日記も。

十月七日 

2011-10-22 | 嘉永二年

とてもあたたかい。
主人は学校の当番で出かけた。その後三浦に行くとのこと。
九右衛門どのがくる。酒を取りにやり「魚九」で一匁五分ほどの取り口とイナ(ボラ)を二匹取って出した。
その時、淺之助が来て一緒に呑んだ。
たけなわになった頃に主人が帰宅。
粥を炊いて出そうとしたときに九右衛門どのは帰って行った。
粥は淺之助どのに出した。
「山形屋」で白紬を一反買う。代金五十五匁のところ一匁引いてくれた。
すぐに染めに出す。これは「仁達」で誂える予定。袴の色見本を種々持ってきた。
酒切手二枚を「仁達」分として仁井田へ持って行く。

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十月六日

2011-10-20 | 嘉永二年
  
少々曇る。夕方暖かくなってきて雨が降る様子。
喜多村の子が来た。小梅に今日来るようにとの言付けだが断る。
美人画の続きを描く。
主人は橋本へ行き断ってきた。
夜、才一郎が寿司を一重持ってきた。

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十月五日

2011-10-03 | 嘉永二年

会(学習会)に富永、栗山、札川、田沼、善一郎らが来る。
省太郎どのは欠席。
善一郎が後に残ったので酒を出す。8時過ぎに帰った。
母君は北村才一郎が病気らしいと聞こえてきた故見舞いに行かれた。
具合がよくて遊んでいたという。
市川斉がこの間の礼にくる。
菓子と柿を持参して直ぐに帰った。
今日は美人画を描いた。
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