kosukeのきまぐれWORLD

アイドルやら音楽やらスポーツやらを好き勝手に語ります。

八神純子「LOVE IS GOLD」

2007-03-18 23:41:15 | 八神純子


八神純子「LOVE IS GOLD」(1989)

今、最近ネットオークションで手に入れた「LOVE IS GOLD」を聴きながら書いているのだが、全体的に、音の雰囲気がなんとも“西海岸”である。パーカッションやサックを効果的に使っているからであろうか、R&B風にも聞こえたりする。
ヴォーカルはやや抑え目であるが、歌に艶があるように思えるのは、当時彼女が30代になっていたのと、関係はあるのかもしれない。
聴いていると、心が穏やかになる感じがする。歌詞の中身は案外シリアスだったりするのであるが、歌い方に優しさを感じるというか、包みこまれる感じがする。
まあ、純子さんの歌にはそういう感じを抱くことは多いのだが、このアルバムを聴いていると、とてもリラックスした気分になるのである。
80年代の終わりというと、私にとってはそれまでしばらく狂っていたおニャン子クラブも解散し、その間に好きになったニューウェイブ系ポピュラー音楽にはまっていった時期であった。したがって、純子さんの曲を聴くことはなかったのだが、あのころ純子さんの音楽に再会していれば・・・。と後悔しても始まらないのだが、今、当時の曲をこうして聴けるだけでも十分幸せである。
ちょうど今、「ANOTHER PAGE」が流れているのだが、
♪外国で暮らすことも 今は少し慣れた
♪新しいメロディーを口ずさみながら 開く次のページ
なるほど、この心境から生まれたアルバムだから、こんなにも優しく聴こえるのかな。
今夜も、純子さんに感謝!そして「LOVE IS GOLD」に乾杯!

音楽雑記帳 THE SMITH 「The Queen Is Dead」

2007-03-18 00:21:32 | ポピュラーミュージック


THE SMITH 「The Queen Is Dead」(1986)

今まで、さんざんアイドルをネタに書いてきた男が、いきなり80年代ポストパンク・ニューウェイブのロックバンドに飛ぶんだ?という感じである、自分でもそう思うのだが。
しかし、私とTHE SMITH(以下、スミスと呼ぶ)のつきあいは長い。私は、大学に入るまで、英米のポップミュージックとはほとんど無縁であったのだが、大学に入り、おニャン子つながりで知り合った同級生が、この手の音楽のマニアで、彼の部屋に入り浸っているうちに、試しに聴いてみたのがスミスであった。
そんな前置きはどうでもいいのだが、初めてスミスのこの「The Queen Is Dead」を聴いたとき、はっきり言って「なんじゃ、こりゃ?」と思った。それは、「新鮮」という意味での「なんじゃ、こりゃ」であったのだが。
当時の私にとっての英米ポップミュージックの印象は、調子のいいメロディを景気のいい音で鳴らす曲とか、きれいな旋律に乗せたお決まりのバラード、といったものであったのだが、スミスの音楽は、音の面では美しいアコースティック・ギターが響いているものの、なにやら時には不協和音的な精神をかきまわすようなメロディが流れると思えば、異様にさわやかなメロディが流れたりする。で、ヴォーカルは、歌っているというよりは、言葉が魂からすり抜けてくるというような感じであった。
後に、詞を書き、歌っているのがモリッシーというオスカーワイルドを崇める文学青年であり、作曲をし、アコースティック・ギターを弾いているのがジョニー・マーだと知るのであるが。
今から思えば、このアルバムを出した後にレーベル移籍問題とかモリッシー-マーの不仲説などの問題が発生したことを思うと、バンドとして最も油の乗った時期に発表したのが、この「The Queen Is Dead」であったのかもしれない。しかも、イギリスのバンドにしてこのタイトルは、パロディかと思ってしまうくらい、刺激的である。
初めて聴いてから、もう20年が経つのだが、まったく飽きない。モリッシーの妙ちくりんな歌もなぜかスーっと入ってくる。おそらく、彼らと私の相性がよかったということにつきるのであろうが。
この、スミスとの出会いをきっかけに、その後しばらくの間、私はいわゆるニューウェイブと呼ばれた(今では死語だと思っているが)ミュージシャンたちの音楽をおっかけることになる。最近の英米ポップミュージックの傾向などには詳しくないが、当時のニューウェイブ系ミュージシャンたちには、ポップミュージックの可能性を広げようとする、可能性への挑戦のようなものを感じたし、いま聴いてもそう思う。
そんな時代の音楽についても、こんな小さい場ではあるが、できるだけ紹介していって、少しでも聴いてみようと思ってくれる方に出会えれば、光栄である。
今回は、きっかけとして、このアルバムを紹介したが、スミスについては、またじっくり語ってみたいと思う。私にとっての「80年代最重要バンド」であるわけだし。

八神純子熱再び

2007-03-16 23:18:32 | 八神純子


八神純子「JUNKO YAGAMI 2CD BEST 1978-1983」

転勤で名古屋へ来て、ぶらっと寄ったCDショップで、このCDを見つけたことが、私にとっての新たな八神純子シーンの始まりであった。私は就職後、長崎→東京→名古屋と会社の独身寮を転々としたこともあり、持っていたレコードのコレクションのうちの多くは、福岡の実家に置いたままであったのだが、長年実家を離れていたことから、私の私物の行方はわからなくなったものも多く、八神純子さんの初期のレコードも、その中に含まれていた。
デビュー15年記念のシングルコレクション(1993発売)は持っていたのだが、これはシングル曲中心であり、これはこれでよいのだが、私が純子さんに熱かった時代のもっと多くの曲のが聴けないものかなあ、と常々思っていたところに、このCDを見つけたのである。
このCDは、「思い出は美しすぎて」から7曲、「素顔の私」から7曲、「Mr.メトロポリス」から6曲が選ばれており、初期八神純子さんのかなりの曲が含まれている、なんともありがたいCDである。特に、アルバム収録曲の中でも好きだった「夜間飛行」、「明日に向かって行け」、「バースデイソング」、「Deja Vu」といった曲が聴けて、感動ものであった。
しかし、そんな中、ひょんなことから自分でブログを始めてみて、他の純子さんファンの方のブログやHPを見ていたら、実は私が聴いていなかった時代の純子さんの作品の中にも素晴らしいものたくさんあると知り、このところ、オークションやらアマゾンやら中古盤屋やらを駆使して、集めて聴いているところである。そんな日々を送りながら、今になってあらためて純子さんの音楽の奥の深さを感じているところである。
で、今でも純子さんに熱い方がたくさんいるということを知り、私も、純子さんを応援する一人として、純子さんの素晴らしさを広めて行きたいと思っているところである。
そしていつの日か、純子さんが再びステージに立ってくれる日を夢見ていたいと思う。

アイドル雑記帳 わらべ「もしも明日が・・・。」

2007-03-13 22:41:57 | アイドル


わらべ「もしも明日が・・・。」(1983)

わらべ・・・1983年当時、ものごころついていた人には言うまでもなかろうが、萩本欽一のバラエティ番組「欽ちゃんのどこまでやるの(通称「欽どこ」)」で、欽ちゃんの娘役であった倉沢淳美(=かなえ)と高橋真美(=たまえ)の2人組である。
わらべ結成時のもう一人のメンバーであった高部知子(=のぞみ)が、不適切な写真が公表されたことで謹慎処分となり、2人組となってから発表された最初の曲である。
しかし、この曲にそんな前置きは不要だろう。青春演歌として、文句ない曲であると断言する。作詞は荒木とよひさ、作曲が三木たかし。いずれも演歌系の作家人であり、歌っているのが思春期の少女であり、アレンジがポップス風であるものの、メロディも、詩の雰囲気も、まさに演歌なのである。
そんな曲を、高校生くらいの少女二人が歌う「もしも明日が・・・。」であるが、♪もしも 明日が・・・と歌うときの、足を交差しながら両腕を上から下へ下ろすあの振り付けは、多くの人の目に焼きついていることと思う。なにせ、この曲は84年のオリコン年間第1位の曲なのであり、数多くの歌番組でも披露されていたのだから。
とにかく、癒される曲である。もちろん、歌は拙い。しかし、心に沁み込むメロディと、雨、季節、手紙、涙といった、日本人の心に訴えるアイテムを織り込んだ詩が、見事にマッチしているし、拙い二人の歌唱と、欽どこ出演者によるこれも拙いコーラスが、かえって切なさを描いている感じすらするのである。
♪もしも あしたが晴れならば 愛する人よ あの場所で
♪もしも あしたが雨ならば 愛する人よ そばにいて
♪もしも 季節が変わったら 愛する人よ あの歌を
♪もしも 手紙を書いたなら 愛する人よ 逢いにきて
クールに聴けば、ベタな曲である。しかし、何がしか、さびしさや不安といったもの抱えた心で聴けば、間違いなく沁み込んでくる。そんな曲である。

私は、欽どこの中で、高部知子謹慎処分に関する萩本欽一のおわびコメントと、それに引き続いて歌われたこの「もしも明日が・・・。」を見たことがある。あの、なんともいえない寂しい雰囲気と、悲しさをこらえきれないながらも一生懸命歌う二人の姿が、今でも忘れられない。
♪もしも明日が・・・とは、もう一人の「わらべ」を待つ歌であったのではないかと思うのは、感傷的過ぎるだろうか?だって、かなえとたまえにとっては、日本を代表する若手女優と言ってもいいのぞみの存在は、芸能界という世界の中では、間違いなく頼もしい存在であったはずだから。 

親が子に暴力をふるい死に至らしめたり、またその逆があったり、あるいは、たわいのない理由から他人の命を奪う事件が連日発生している今、この曲が日本中に流れるようなことがあれば、人の心はもっと穏やかになりはしないだろうか?そんなことを感じさせてくれる1曲である。

音楽雑記帳 大塚博堂「旅でもしようか」

2007-03-12 20:01:03 | 音楽雑記帳


大塚博堂「旅でもしようか」(1977)

誰しも、なぜか心に刻まれて、いつまでも忘れられない曲やメロディというものがあるだろう。しかも、それが特に好きなアーチストの曲というわけでなく、なんとなく耳にしたのがきっかけで、場合によっては歌っているアーチストのことすら知らずにいたりする・・・そんな体験をしたことがある人は少なくないのではないか?
私にとって、この「旅でもしようか」は、そんな曲である。歌っている大塚博堂のことは、これを聴いた当時(1979年頃)には、この曲が流れたNHKのスポット広告(後に知ったのだが、NHK-FMのスポット広告だったらしい)の画面に記された名前しか知らなかった。その時は、誰が歌っているかということはどうでもよく、なんていい曲なんだ!という思いしか抱かなかった、中学生の私がそこにいた。
博堂のことは、それから数年後、ふと思い出してレコード店でレコードを探してみて、初めて実体として認識した。パーマ頭に口ひげにサングラスという、パッとしない風貌。ジャンルとしてはフォークシンガーのカテゴリーだった。
これも後に知ったことなのだが、NHKのスポット広告に使われたこの曲は、「季節の中に埋もれて」というシングルのB面であった。
そんな、周辺事情はどうでもいい。この「旅でもしようか」は、私の中では最高にすばらしい曲なのである。
曲は、フォークっぽくなく、軽快な弦楽とコーラスとともに始まり、続いて博堂の透きとおった声が流れてくる。音大で声楽を学んでいた(中退したようだが)博堂の清らかなヴォーカルで、
♪少しだけ心がすりきれて来たから ひとりでこの街飛び出す
♪ぼくだけの時間を 無駄づかいしながら 時計を忘れた 旅でもしようか
♪道づれなんかいらない 歌がひとつあればいいさ あしたは あしたは いずこの空の下
という、こんな旅をしてみたいと思わないではいられないフレーズが歌われるのである。
作曲は博堂本人だが、作詞の藤公之介という人を私は知らない。おそらく、フォーク系の作詞家なのであろう。彼の詩にも大きな拍手を贈りたい。
しかし、このシングルB面の曲が、彼のベスト盤(「FOREVER」(1981))に入っていることからして、博堂ファンにおけるこの曲の人気は高いのであろう。
博堂は、この曲を出してから4年後の1981年に37歳でこの世を去っている。私はそのことすら、かなり後で知ったのであるが、現実に彼が存在しなくても、彼の歌声だけはいつも私の中で流れていたし、今も流れている。
この曲は、私自身を過去への旅に誘い、かつ未来への旅を想像させてくれる。
そんな曲を世に出してくれた博堂に、Have a nice trip!

クリスよ、男を上げるチャンスだ!

2007-03-12 00:29:33 | WRC
ラリー・メキシコもついに最終日に突入。出だしから安定していたローブが安全圏内に。追うグロンホルムは、レグ1でのトラブルなんかもありながら、きっちり2位へ浮上、さすがです。
で、3位~5位が接戦!ヒルボネンがレグ3の最初のSSでソルドをかわし3位ですが、ソルドとの差は約6秒。ポディウムがかかるだけに、この二人の争いは激しくなりそう。二人に続くのがアトキンソンですが、ソルドとは18秒差。レグ3はSSが4つしかなく、この差は厳しいですが、3,4位の二人が激しく争っているんだから、後ろからさらにプッシュすることで、前の二人にプレッシャーは与えられるはず。結果はともかく、5位キープなどと言わず、どっちかひとり食ってやる、くらいの走りを見せてほしい。クリスよ、男を上げるチャンスだ!
しかし、冷静に考えてみると、上位二人は置いといて、ソルド、ヒルボネン、アトキンソンとこの3人(3台)がいい勝負をしているということは、少なくともインプ2007の戦闘能力は、ポディウムを狙えるものになったと見ていいのではないでしょうか。
正直、ニューマシンと言っても、あまり期待はしてなかったのですが、期待以上の出来のようで、うれしいですね。SWRTの皆さん、みくびってました、ごめんなさい。

ともかく、まずは、クリスの活躍に期待しましょう、今晩は。

ラリー・メキシコ開幕!

2007-03-10 21:41:00 | WRC
実質上ターマックだったモンテ、スノーステージのスウェディッシュとノルウェーに続く、今回のグラベルステージのメキシコ。いろんな意味で今シーズンの今後を占う戦いとなると見てました。
まず、注目のスバルのニューマシン。これは、はっきり言って、今後の期待ギザ大(すみません、ギザ=超と読み替えてください。しょこたん語です(汗))です。ペターのトラブルは、アクシデントでしょう。でも、スタートからそれまでのラップは、完全復調を思わせるものでした。あれだけベストラップを続けるスバルなんて、昨年来見たことない!ペター得意のサーフェスということもあったでしょうが、マシンの能力は間違いなくアップしたと見ていいでしょう。
代わりに、と言っては失礼ですが、クリスが2位でローブ追走の1番手です。クリスも雪にはじゃっかん手間取った感はありますが、グラベルでは能力発揮してます。彼の成長が本物かどうか、ここでのパフォーマンスがカギになる感じがします。またしても、ペターのいないラリーを戦うわけですから。
で、もうひとつの見どころであった、C4のグラベルでのパフォーマンス。こちらは、ローブはともかく、ここ2戦見せ場のなかったソルドがいいところにつけているところを見ると、まずまずトップ争いはできるマシンであることは確認できたでしょう。そう考えると、ローブの牙城は堅いと言えるかもしれません。
ローブ追走の1番手であるはずのグロンホルム。今期初グラベルでもあり、かつスタート順のめぐり合わせで道の掃除役になったこともあり、やや慎重なスタートの感がありますが、まだまだポディウムは狙える位置。フォーカスのグラベルでのパフォーマンスは、昨年も見せつけられてますから、ずるずる後退ということはないでしょう。
グラベルとなると、スノーみたいなスペシャリストがいないだけに、実力者が上位を占めてますね。久々にストールがいい走りを見せてるのと、PWRCのヒギンズが10位と検討、新井もPWRCでは3位(ヒギンズには約1分半遅れ)と健闘してるあたりが、今後の見どころでしょうか。
ペターのリタイアは寂しいですが、スバルの上昇気流をクリスが作れるかどうか、王者ローブと堂々と渡りあう姿を期待しましょう。

アイドル雑記帳 宮崎美子「NO RETURN]

2007-03-08 21:40:53 | アイドル


宮崎美子「NO RETURN」(1981)

宮崎美子さんのデビュー曲である。30代より若い人には印象は薄いかもしれないが、30代後半~40代以上の方は、あの、ミノルタのCMで、Tシャツとジーンズを脱ぐシーンにドキドキしたはずである。が思い出されるはずである。当時、美子さんはまちがいなく、日本一有名な女子大生であった。いや、日本一健康的な女子大生と言った方が、マッチするか?
美子さんがレコードデビューしていたとは知らなかったのだが、中古レコード店で偶然みつけたこの曲、よく見ると作詞・作曲が我が永遠の歌姫、八神純子さんなのである。これはまた、なんという偶然か。そう言われれば、確かに高音域に特徴のある曲である。そんな純子さんの作品を歌う美子さん、素直な透明感のある声が印象的である。さすがに高音域は辛そうであるが。曲調も夏っぽいものだし、ジャケットの美子さんも健康的に日焼けしていて、美子さんらしい写真である。素直にかわいいと思うし、単にかわいいだけでない、育ちの良さのようなものを感じるのは、私だけではあるまい。

さきほど出てきたミノルタのCMだが、BGMを歌っていたのが、シンガーソングライターの斉藤哲夫であったのだが、このCMが好評だったことから、もともと30秒のCMソングだったものが、このCMのコピー「いまのキミはピカピカに光って」を作った糸井重里の作詞によりコンプリートな曲となったものが「いまのキミはピカピカに光って」(1980)である。ちなみに、斉藤哲夫自身は元々政治色の強い歌詞を作詞し歌うといった、硬派のフォークシンガーでもあったようだが、まあ、なんとも毛色の違う曲が大ヒットしたものである。
で、これまた偶然に、「いまのキミはピカピカに光って」のレコードを発見!しかもジャケットは濡れたTシャツの胸の部分を隠す宮崎美子さんなのである(ゴックン)。



この、ちょっと恥ずかしがってる表情がまたいい。
当時の美子さんは、やや健康優良児的な体型であり、スタイル的にはやや?の感もあったが、それを補ってあまりあるピュアさが、彼女を国民的アイドルに押し上げたといっていいだろう。

私は、当時はともかくとして、最近の美子さんにすごく魅力を感じている一人である。確か、そろそろ40台の終わりになろうかという年齢のはずだが、若々しいし、トークなど聞いていると、いまだにピュアなのである(未婚だから、ということもあるだろうが)。かと思えば、映画ではしっかりした、味のある演技を魅せてくれるし、大人の魅力ももっている、素敵なレディである。宮崎美子さんは、女性には、あんな風に歳を重ねてもらいたいという、すばらしい手本だと断言したい。。

アイドル雑記帳 本田美奈子

2007-03-08 00:05:52 | アイドル


本田美奈子(1967-2005)(写真は、2005年発表の「CD&DVD THE BEST」)

2005年11月、美奈子は白血病との闘病の末、この世を去った。あれからもう1年半近く経つ。今頃は天国でも、好きな歌を歌っているだろうか?

晩年は、クラシック曲中心のライブ活動などで活躍していた美奈子であるが、ここではアイドル時代に限って語ってみたい。私の中の美奈子は、アイドル時代の美奈子だから・・・。

美奈子の代表曲とは?と聞けば、おそらく最も多い答えは、あの、へそを出して腰を振りながら歌っていた姿が忘れられない「1986年のマリリン」であろう。時まさにおニャン子台風真っ只中の頃、ある意味、「アンチおニャン子」的アプローチで攻めていたと思ってしまう感がある。(皮肉にも、「マリリン」の作詞は秋元康である。)この曲は、個人的にも、大学時代のサークルの同級生(女性)が、カラオケで完璧に踊り歌ったことがあり、記憶には強く残っている曲である。
が、アイドルフリークとして、一番印象的だったのは、「好きと言いなさい」である。
おそらく、美奈子の曲の中で、最も「歌唱力」をアピールしていない曲であり、美奈子自身もそういう意味で、好きではないかもしれない。一説によると、これがデビュー曲の予定であったのだが、本人の希望で、より歌唱力をアピールできる「殺意のバカンス」に変わったという話もある。
しかし、デビュー曲がどちらかというと渋くてカッコイイ雰囲気の「殺意のバカンス」だったこともあり、「好きと言いなさい」のコケティッシュさが、美奈子の童顔とマッチして、アイドルポップスとしては、すばらしい出来であったと思うのである。
これは作詞:売野雅勇、作曲:筒美京平。筒美ワールド全開というところか。
しかし、どのような曲を歌わせようと、美奈子の歌唱力は、アイドル離れしていたことだけは間違いない。今聴いても、すばらしい歌唱である。知らない曲でも、引き込まれるような感じがするのは、私だけではあるまい。
実は私、1度だけ美奈子が生で歌う姿に出会ったことがある。場所は福岡、秋に行われていた何かの祭りの特設ステージで「Temptation(誘惑)」を歌う美奈子を見た。顔が小さく、スラっとしたスタイルのかわいいコだった。その顔に似合わない、伸びのある声ときっちりした歌唱。そういうところが、かえって美奈子の人気にブレーキをかけていたと思うのは勘ぐり過ぎだろうか。しかも、当時はおニャン子クラブがもてはやされていた時期なのであるから・・・。

そんな美奈子は38歳という若さでこの世を去ってしまった。間違いなくアイドル史に大きな足跡を残したアイドルであった。美奈子の冥福を祈るとともに、美奈子と同時代を過ごした私が、彼女の思い出をこうして語ることができる幸せに感謝したい。ありがとう。

アイドル雑記帳 裕木奈江「拗ねてごめん」

2007-03-05 22:12:25 | アイドル


裕木奈江「拗ねてごめん」(1993)「森の時間」(1993)

裕木奈江、ドラマ「ポケベルが鳴らなくて」の後しばらくして、彼女はいつの間にか芸能界の表舞台から葬り去られてしまった。私にはそう感じて仕方がない。原因はおそらく「嫉妬」であろう。確かに彼女には、演技も含め、男をひきつける魔力のようなものを持っていた。もっとも、それは意図されたものではなく、奈江の持って生まれた本性だったと思う。しかし、不幸にしてそれは世間には好意的には受け入れられなかった。あまりに強烈な個性-しかもそれがアイドル的な個性ではなく、男を惹き付ける女としての個性だとすれば-同姓のみならず、異性でさえもその個性に強さに比例した拒絶反応を起こすものなのかもしれない。そんなことを思ってならない。

と言っても始まらないので、裕木奈江の「拗ねてごめん」について語ってみたい。
「拗ねてごめん」は、彼女にとって3作目のシングルであった。秋元康=筒美京平の黄金コンビによる曲で、春をイメージさせる軽快なリズムとメロディに、奈江のささやくような、優しい声がマッチした名曲である。
奈江の歌は、詩を朗読しているような歌である。この曲はアレンジもおとなしめで、声を強調した曲づくりがなされている。なんか、耳もとでささやかれているような歌である。
また、奈江本人は、音楽にも興味は持っていたようで、短期間に多数のCDをリリースしているし、中には、はっぴいえんどや、坂本九、イルカをカバーしたアルバムもある。
で、ここではセカンドアルバム「森の時間」を併せて紹介しているが、この中には「拗ねてごめん」のフランス語バージョンが入っており、これがまた、フランス語の歌詞にぴったり合うのである。聴いていて思わず微笑んでしまうような曲である。
この曲のみならず、「森の時間」は、全体としてさわやかさを醸し出したトータルアルバムの雰囲気があり、中には村下孝蔵や山崎ハコの作詞作曲の曲などもあって、アイドルポップスというよりはアイドルフォークとでもいうべき出来となっている。

「拗ねてごめん」を聴くと、バリバリのアイドルだった頃の奈江を思い出す。好みはあろうが、愛らしい少女、というのが彼女にぴったりの形容詞であろう。
当時、私は奈江のファンであったので、CDやコンサートのビデオなども持っている。このブログのために、久しぶりに彼女の歌を聴いたが、初春の夜にさわやかな風が吹いたような、そんなひとときであった。