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何気ない風景とひとり言

寺社&石仏巡り、小さな旅、散策...ふと目に留まった何気ない風景...切り取って大切な想い出に!

秋谷・子安の石仏めぐり-(2)

2016年08月09日 | 石仏巡り

【神奈川・横須賀市】3ヵ所目の石仏に向かって里山の道を進むが、方向が分からず三叉路付近でウロウロ....。 ちょうど三叉路近くの道脇で畑仕事をするおばさんがいたので地図を見せながら尋ねると、なんと、『その場所を知っているから…』とわざわざ道案内してくれた。 歩いて1分程の距離だったが、嬉しかった。 3ヵ所目の石仏は、家並みが切れた山道への三叉路の土手にあり、相模湾を遠望するように9基の庚申塔と草陰に悲しい姿の六地蔵尊像が鎮座している。 9基のうちの1基は2段構造の駒型の青面金剛庚申塔で、下段には三猿と仏法を守護する鬼神の四人の夜叉が彫られていて珍しい。 また3基の青面金剛は、左手で人の髪の毛を掴んでぶら下げている姿だ。 悲しい姿の六地蔵尊像とは、丸彫りの6体の地蔵尊像の頭部が失われていることだ。
来た道を戻って次の「谷戸の庚申塔」に向かうが、三叉路の路傍に立つ「奉納大乗妙典六十六部供養塔」と刻まれた石柱を撮影していたら、突然、先ほど石仏の場所を案内してくれたおばさんから『うまく撮れたかい』と声を掛けられ、吃驚した。
里山を暫く下っていると山手の道脇に小さな門柱があり、小さな石段が続く....石段を上ると木立の繁みの中に「谷戸の庚申塔」と呼ばれる5基の庚申塔がひっそりと鎮座している。 駒型の1基は三猿の上部に与願印と施無畏印を結ぶ仏像が浮き彫りれており、薬師庚申塔と思う。 「谷戸の庚申塔」を拝観後、さらに下って国道134号線にでた。

9基の庚申塔と左手の草陰には頭部を失った6体の地蔵尊像がある

7基の笠付型と1基の駒型の青面金剛庚申塔、一番右は板碑型文字庚申塔

左から宝暦三年(1753)銘、文化十年(1813)銘、宝暦十三年(1763)銘、寛保三年(1743)銘、寛政七年(1787)銘

左から享保十年(1725)銘、文政七年(1824)銘、残り2基は造立年不明
 
左は邪鬼を踏み一猿と鶏そして左手で人の髪の毛を掴んでぶら下げている、右は一猿/左は脇侍と三猿と夜叉、右は邪鬼を踏み三猿
 
左は三猿、右は一猿/両方とも邪鬼を踏み三猿そして左手で人の髪の毛を掴んでぶら下げている
 
左から3基目の駒型庚申塔は脇持に2童/駒型庚申塔の下段には三猿と仏法を守護する鬼神の四夜叉
 
庚申塔の左横に草陰に小さな6地蔵尊像がある..残念なことに頭部が欠落している
 
「奉納大乗妙典六十六部供養塔」と刻まれた石柱..天明六年(1786)造立/六十六部供養塔の向かいの小さな墓所に佇む舟形光背の如意輪観音菩薩像..造立年不明

左の舟形光背石仏は享保二十年(1735)造立、右は如意輪観音菩薩像(造立年不明)

5基の「谷戸の庚申塔」..中央は安永六年(1777)銘、右から2基目は明治五年(1872)銘、右の板碑型文字庚申塔は大正九年(1920)銘、他は造立年不明

中と右は邪鬼を踏み三猿、左の駒形庚申塔は如来像に三猿
 
駒型庚申塔は与願印と施無畏印の印相から薬師如来と思う/駒型上部から太陽と月がはみ出し、4臂で左手で人の髪の毛を掴んでぶら下げている
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