路隘庵日剰

中年や暮れ方近くの後方凡走

無沙汰して青空のこる三日かな

2013年01月04日 | Weblog


 三が日というのはあっという間に過ぎてしまうな。
 いつものことである。
 もう何年も。


                   


 鈴木博之『シリーズ 日本の近代 都市へ』(中公文庫)
 正月の読書としてはちょうどいいか。
 かつての『日本の近代』を文庫に焼き直して出して行こうテカ。中公新社、これで中公文庫40周年記念企画というのはどうかと思うぞ。


                    


 ともかく面白かったけどな。
 土地、建物を通して日本近代を検証する。土地や建物の近代だからイコール都市ということで、地方は関係ない。
 かつての江戸の武家地には町名や番地なんぞなかった、という始めのあたりからすでにウンチク仕込むには最適。明治新政府の初期のメチャクチャからとんでもない大地主が生まれたり、幕臣のテクノクラートが琵琶湖疏水につながったりする。関東大震災やら戦災を経て、列島改造あたりまで。

 で、最後にかかり、いまやすべてが東京と化した日本において、土地や建物の近代だからイコール都市、とはならないベクトルが働きだす、ような気がする。
 田中角栄の日本列島改造論の「国民がいまなにより求めているのは、過密と過疎の弊害の同時解消であり、美しく、住みよい国土で将来に不安なく、豊かに暮らしていけることである。そのためには都市集中の本流を大胆に転換して、民族の活力と日本経済のたくましい余力を日本列島の全域に向けて展開することである。」というテーゼは2013年の現在にこそ真実であると思われる。
 その意味で最終章「あらためて都市へ」は「あらためて、地方へ」と読み替えるべきだと思われる。(ような気がした。)






最新の画像もっと見る

コメントを投稿