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「柳生十兵衛死す」山田風太郎

2020-08-26 19:56:42 | 読書
画像を並べて気づいたが、表紙は二つで一枚だったのか。左(上巻)は左目に眼帯されているので慶安の柳生十兵衛三厳だろう。
その刀の鞘が右の室町の柳生十兵衛満厳の方に少しだけかかっているのが愛嬌。
(ネタバレ)つまりクライマックスのシーンだ。
 
毎日新聞に19910401から19920325まで連載されていた。単行本は19920915に上下巻で発売された。連載も知っていたし、単行本の発売も知っていたがなぜか1年たってから19930810にユーゴー書店で購入している。大学3年の頃だから金がなかったのか、そんなところだろう。今だったら1年もたっていたら絶版になってそうで危なかった。いやもしかしたら文庫になるのを待っていたのかもしれない。いずれにせよ、買ったものの読まず今に至る。実家に置いたままなのでますます読みがたくなる。文庫が売っていればそちらを買って読もうと思っていたが、そのときに限って売っていないのだ。そもそも室町ものはすべて絶版という状況だった。しかしこの度20200806に河出文庫から出版されるということでやっと読めることになった。因みに続刊としてこの後、婆沙羅、室町少年倶楽部、室町お伽草紙も刊行されるというので、いよいよ室町ものをまとめて読むことができるようになった。
上巻
風景描写が細かい。異次元の雰囲気を出すためか。なぜかつぶれた目が左右逆の柳生十兵衛の仰向けに倒された死体が河原で見つかる場面。これが結末だそうで、そこから遡って話が始まる。冒頭著者お馴染みの由比正雪が柳生屋敷を訪ねる。そして少し軽薄な人物で、やはり軽くあしらわれる役だ。正雪に従うものが二人。丸橋忠弥と金井半兵衛だ。丸橋忠弥とは名前は聞いたことのあるような気はするがよく調べると、後に由比小説と共に幕府転覆の乱を起こしたとのこと。そして長曾我部盛親と側室の子という説があるらしい。宝蔵院流の槍術を使う。
十兵衛が話をしていた相手は金春竹阿弥という能楽師。世阿弥の娘の嫁ぎ先。息子の七郎は十兵衛に弟子入りする。が、じきに友人の成瀬陣左衛門の依頼で京都の上皇のお付きとして送られる。
大徳寺から十兵衛の弟子金春七郎と彼が護衛する月ノ輪院(明正天皇)が出てくる。月ノ輪院は女性だとは知らなかった。伏線なのかわからないが利休の事件で有名な大徳寺。
由井正雪の慶安の変は2年後に起きるが、十兵衛はその時には既にこの世にいなかった。
上皇の舎人となった七郎は人が変わったようになる。なかなか京から帰ってこない七郎を心配した妹のりんどうは京へ迎えにいく。しかし帰ろうとしない。相国寺へお詣りしたりんどうは、幽夢堂という易者から剣難の相が出ていると指摘される。
能の研究に手が離せない父、竹阿弥の代わりに七郎の様子を見にやって来た十兵衛。丁度七郎が5人の刺客に襲われる場面に出くわす。七郎自身で2人を倒し、3人目首領株の示現流の使い手にはピンチを迎えるが、十兵衛の放った陣笠によって救われる。侍がやって来たということで2人の死体を担いで逃げる3人だが、その中の丸橋忠弥がいた。十兵衛が説得するも七郎は帰ろうとしない。上皇に思いがあるのではという推測と、独学で身に付けた剣法。相手から自身を見えなくするその技は、愛洲移香斉が編み出した陰流ではないか?自らを滅するという難解さから、上泉伊勢の守によって改良され新陰流となり、陰流自体は消滅してしまった。七郎が陰流を身に付けたのは能の才能があるからではないかという推理。
りんどうと共に易占いの所へいこうとしたところ服部半蔵が現れる。由井正雪一派を追って来たという。服部半蔵は3代目で断絶したが、この半蔵はずっと後の半蔵だ。
十兵衛、成瀬、服部、りんどうで幽夢堂に来る。すると易者の鋭い眼光を見て十兵衛は昨日七郎を襲った5人衆の頭目と思われる薩摩示現流の使い手と見破る。丸橋忠弥は長曾我部盛親の側室が生んだ子だが、もう1人男子がいて、こちらは薩摩へ逃げたと言われている。もしや示現流の男は丸橋忠弥の兄ではないかと推理する十兵衛。
月ノ輪院に呼ばれる十兵衛。七郎の能の才能を買い取り立てただけであるが、過度な噂をされ、さらには七郎の命まで危険をさらすことになった。そこで十兵衛に七郎の護衛を頼んだのだった。期限は翌年の1月7日。院は七郎に刺客を向けるのが父である後水尾法皇だと気づいていて、1月の清水寺での法要の際に父に七郎の能を見せればきっとわかってくれると思っているのだ。
清水寺で能を舞う七郎だが、後水尾法皇ははなから見ようとせず、この場で刺客に七郎を襲わせた。出てきたのはやはり示現流の頭領だ。そして推察通り、長曾我部盛親の正室の子、乗親であった。言ってみれば豊臣の残党である。果たして何の目的があるのか?幕府転覆を狙う由比正雪も下で待機している。幕府に反感を抱く法皇。目的は推察できよう。刺客たちに、自らを消す七郎と、分身を現出させる十兵衛が技を発揮し、攻撃をかわす。しかし剣を折られた十兵衛は乗親に追い詰められる。その時どこからか能の声が。紛れもなく竹阿弥の声だ。その時清水寺の谷から七重の塔が現れる。十兵衛はその屋根に飛び移る。
ここで、現代と過去は同時に存在する。それを証拠に100光年離れた星は100年前の姿を見せている。という解説と共に、時代は室町時代に移る。
足利義満の息子の義円がこわもての僧と巨大な犬たちを連れて見回りをしている。そこで母の容態を見に行く一休とそれを伝えに来た世阿弥を見かけ、それより自分のところに立ち寄れと強要する。無理に連行しようとする僧。僧が犬をけしかける。それを救ったのが柳生十兵衛満厳(室町時代の十兵衛、十兵衛三厳の先祖に当たる)。この時、一休は14歳、義円も同じく14歳。何かありそうだ。
義満は世阿弥に南北朝を題材にした能を作るよう再三命ずるが、自分の認める幽玄の能にそぐわないとかたくなに拒否。遂にライバルの犬王道阿弥のほうを展覧に供すると駆け引きをするが、それでも拒否し、二度と会わないと言われる。その時3人の琵琶法師をつれて義円がやってくる。これらは南朝に残党だといい、斬るよう命じられる十兵衛。それが信じられない十兵衛。実際は義円の言うとおり南朝の生き残りだった。襲ってくる南朝の者に義円を守ったものの膝に傷を負う十兵衛。そこに十兵衛の師である愛洲移香斎が立ち塞がる。琵琶法師と睨み合うが太刀は交えない。やがて敵は諦めて逃げていく。にらみ合いの間に何が起きたのか?世阿弥から一休は貴い身分のかたに繋がることを知らされ、義円も義満もこの場は不問に伏す。なお義円は気性が激しく、義満も跡継ぎにするのを躊躇していたが、のちにくじ引きにより6代将軍義教となり恐怖政治を行うのだった。
琵琶法師たちは実は南朝の残党。一休は現在の帝である北朝の後小松天皇の皇子ということを聞き、人質に取ろうと考えていた。ところが一休自身は母親が南朝系という事で南朝びいきであることを知るにおよび、逆に利用しようとした。南朝の残党法眼は本名坊城具教といい、南朝の吉野時代に三種の神器を守る役目をおっていた。今は北朝に移ってしまった訳だが、三種の神器をまたみたいという思いだけであった。それを一休が北朝に頼んでくれないかと言うのが望みだった。だがさすがにそれは一休と言えど無理だろう。しかし一休は誰も見たことのない三種の神器というものを見てみたいという気持ちが起きる。
一休の手引きで御所に参内し三種の神器を拝みたいと依頼する。勿論遠くから見るだけだ。ところが法眼たちは納めてある場所を認めるや、奪取した。裏切られたという思いの一休。馬に結びつけ逃げ去ろうとする残党たちを必死で止めようとする一休だが、逆に拉致されそうになる。その時向こうに見えたのは十兵衛と世阿弥だ。十兵衛と法眼の戦い。法眼は油を飲み、それで火炎放射する技を使う。十兵衛は陰流の奥義、存在を消す技を使うが、まだ完成されていないため影までは消せなかった。それを狙う法眼であったが、そこへ愛洲移香斎が登場する。この剣聖は影は残しつつ分身のごとく本体は移動する。これにより幻惑させられた法眼は斬られる。そして残っていた影は跡形もなく消えていた。凄まじい技だ。愛洲移香斎はこの時100歳とあり、常に眠っているし、介護が必要だし、ボケも進んでいる。但し剣を交えるときだけまともになる。しかしこのボケのため糞は漏らすし、それをそこらじゅうの壁に塗りたくる。そこで十兵衛はぼそりと「まさか、それで移香斎と名乗るにようになったのか」と呟く。さりげないジョークが笑わせる。
義円は1人であるいていた一休の母、伊予を騙して拉致する。相国寺の七重の塔の最上階で母をさらし、一休を引き寄せるためだ。同じとき、義満は相国寺で薪能を催す。
下巻
一休と世阿弥は足手纏いとなるので十兵衛が単身、伊予を救うため七重の塔に乗り込んでくるところから始まる。伊予のもとにたどり着くが、塔に雷が落ち、炎上する。ものすごい描写だ。絶体絶命の十兵衛だが、七層目から伊予を抱えて飛び降りる。一方一休と世阿弥のところにも敵の僧兵が襲ってくる。世阿弥は逃亡用に用意しておいた舟に、一休を突き飛ばしかばおうとする。気を失い気づいた一休。その時舟になぜか伊予が乗っていた。
ここでタイムスリップが起きてた。室町の柳生屋敷で目を覚ました十兵衛満厳は実は慶安の三厳で、先に目覚めた世阿弥は実は中身は竹阿弥だった。その代わり室町の世阿弥と満厳は未来の慶安に飛び、竹阿弥と三厳に入れ替わり、柳生屋敷の一画に造られた能舞台で目を覚ます。さて入れ替わっただけで、慶安の月ノ輪院と室町の伊予をどうやって助けることができるのか?どんな仕掛けが用意されているのだろうか?
慶安の話。入れ替わった十兵衛も竹阿弥も室町の時の記憶は薄れつつある。りんどうから清水寺の話を聞き、何としても月ノ輪院と七郎を助けたいと決意する。実は自分の剣を試したいという密かな考えもある。今回の真相は、後水尾法皇、紀州大納言、由比正雪が倒幕を計画しているという噂。それを阻止すべく、服部半蔵の一派は暗躍する。成瀬も事情を知っている。成瀬や服部が、七郎を月ノ輪院から離そうとするのはそういう理由があった。説得するも頑固に了承しない七郎に、ついに真相を話して了承させようとした。十兵衛も隣の部屋で聞いていた。しかし真相を知った上は生かしておくわけにはいかないということで、命を狙われるようになった十兵衛と七郎。まずお庭番の服部の一派が刺客となり十兵衛と七郎を襲う。しかし、敵意を持つ相手からは自分の姿が消えるという陰流の技で一網打尽にする。なんと最後には頭領の服部半蔵も問答無用で唐竹割りにする。この服部半蔵は何代目かの半蔵であり、そもそも実在の人物ではないので史実に矛盾はしない。続いて、法皇、大納言、由比正雪が密会し立てた計画は、御前試合と称して十兵衛を呼び寄せるというものだ。単身乗り込む十兵衛だが、由比正雪の策略により離れ小島に追い詰められ弓矢攻めに会う。なすすべもなくピンチを迎える十兵衛だがその時例の謡曲が聞こえてきて目の前に相国寺の七重の塔が現れる。それに飛び移る。由井正雪、法皇、紀州大納言には七重の塔は見えず、ただ十兵衛が飛んだ姿しか見えなかった。ここで十兵衛を仕留めるつもりだったので紀州大納言は十兵衛に顔をさらしたのだが、こうなった以上今回の計略に参加することを辞退する。そして、十兵衛の行方は知れないまま室町に場面は移る。
室町に移った十兵衛はやたらと豪快で陽気だ。慶安に行った十兵衛はやたらと陰鬱。そう言えば昔、本作品のレビューで室町の十兵衛は陰気な十兵衛と言うのがあり印象に残っていたが、実際読んでみると、そこは全く意味のないコメントだとわかった。室町では義満が自作の能を天皇を迎え疲労する計画。しかも題材は後醍醐天皇が足利尊氏に草薙の剣を賜うというもので、しかも実際の舞台で本物の草薙の剣を用いる。これによって天皇になろうと義満は考えているのだった。室町の十兵衛は後南朝の一党と義円、愛洲移香斎を頭とする斯波たちの御供衆から命を狙われる。七重の塔跡で火攻めに会うが、また謡曲が聞こえてきて、川に水が満ち、舟が現れる。それに乗るとまたタイムスリップ。元の十兵衛に戻ったわけだが、今度は両方の記憶が残る。そして陰流の技も体得したようだ。同じ頃の所司代の板倉周防守と成瀬が話し合う成瀬は十兵衛の横暴に処分や無なしと思っているが柳生家断絶は避けたいということで江戸から十兵衛の弟の宗冬を呼び出して始末させようとする。七郎に対してもいよいよ自害を迫る成瀬。覚悟を決めた七郎は最後に一目宮に会い、大和の先祖からの土地に能の本を写本のためおいとまをいただくと告げる。死ぬつもりであることを察知した宮は自分も一緒に大和へ行くと言う。
籠を呼びにやったりんどうが帰ってこない。二人で先に出発しようと歩いていると向こうからりんどうを先頭にして成瀬陣左衛門達が歩いてくる。りんどうが二人の大和行きを阻止するため成瀬に相談したのだった。成瀬は十兵衛の弟の主膳宗冬を連れていた。勿論十兵衛を討つためだ。成瀬は七郎を討とうとするが七郎の剣技で一瞬のうちに斬られる。十兵衛がやって来て今度は師弟対決となるが七郎は一瞬で斬られる。絶望した月ノ輪の宮は十兵衛を殺すか、自分で死のうとする。さらに宗冬たち幕府の手練れにもやいばを向けられ絶体絶命のピンチ。とそこへまたもや七重の塔が現れ、十兵衛は屋根に飛び移る。周囲からは塔は見えず、ただ十兵衛が消えただけだ。
一休、伊予、十兵衛(本来の満厳)を前に世阿弥が大秘事を明かす。義満は後円融上皇の三条の局と通じ、後小松天皇が誕生した。つまり義満は一休の祖父となるのだ。
薪能は開かれる。世阿弥の抵抗、義満作の草薙の剣を題材にした能を、本番では演じず、別の能を演じる。十兵衛は自分の命に代えても単独で能の上演を阻止する。一休は自ら命を賭して後小松天皇を説得しようとした。三者三様の覚悟。十兵衛の凶行を阻止するため、細川、斯波、赤松の3人は剣を抜くが、瞬殺。そして、ボケてから寝ているか十兵衛と立ち会うことしか考えられない愛洲移香斎が出てくる。師弟対決だ。十兵衛の技の未完成を見抜く移香斎。陰流の技によって姿を消す移香斎。十兵衛は無心の境地で(移香斎の糞臭を目印に、というおまけ付き)移香斎を切り捨てた。
ここで、またタイムスリップ。ところが両十兵衛は慶安と室町の途中でニアミスする。両者斬り合い、同時に頭を割る。そしてそれぞれ反対の時代で遺体として発見される。これが冒頭の場面の真相だ。史実で柳生十兵衛の最期がはっきりしていないのを逆手に取った作者の創作。素晴らしい。
柳生十兵衛三部作の締め括り、そして作者の最後の長編作品に相応しい作品だった。忍法帖ではないが、作者の根底にあるミステリーの要素、実在の人物を、それも今回は特に有名かつ数多くの人物を巧みに組み合わせ、奇想天外な話に構成する。最高傑作といってもいい。そして集大成であると感じる。
 
上巻
20200815読み始め
20200820読了
下巻
20200821読み始め
20200825読了

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