刑事裁判で無罪が確定した人の指紋やDNA型などのデータを警察が保管し続けることが妥当かどうかが争われた裁判で、2審の名古屋高等裁判所は「無罪となった男性のデータが、本人の意思に反して捜査機関に保管されていることは憲法に違反する」と指摘し、1審に続いて国にデータを抹消するよう命じる判決を言い渡しました。
名古屋市の奥田恭正さん(67)は、マンション建設に反対する住民グループの代表を務めていた2016年、現場監督を突き飛ばしたなどとして暴行の罪に問われましたが、刑事裁判で無罪が確定しました。
奥田さんは警察が捜査の過程で集めた指紋やDNA型、それに顔写真のデータについて「プライバシー権の侵害だ」として国に抹消するよう求める訴えを起こし、1審の名古屋地方裁判所はおととしデータの抹消を命じました。
これに対し国側は、「データは適切に保管されている」と反論して争っていました。
30日の2審の判決で名古屋高等裁判所の長谷川恭弘裁判長は、「無罪が確定した以上、原則としてデータの抹消が認められるべきで、男性のデータが本人の意思に反して捜査機関に保管されていることは憲法に違反する」と指摘し、1審に続いて警察が保管する指紋やDNA型などのデータを抹消するよう国に命じました。
さらに、「DNA型などがデータベース化され、不当に利用されるなどして個人の私生活の平穏が害され、不利益がおよぶ危険性がある。そのようなことを防止するため、国民的理解のもとに、憲法の趣旨に沿った法整備が行われることが強く望まれる」と述べました。
原告の弁護団によりますと、無罪が確定した人について警察が保管するデータの抹消を命じる判決はおととしの1審が初めてで、2審もこの判断を支持した形となりました。
原告の奥田恭正さん「支援してくれた人たちに感謝伝えたい」
判決のあと原告の奥田恭正さんは弁護団とともに名古屋市内で記者会見を開き、「自分は何もしていないから、保管データもなくしてほしいという思いで裁判を起こした。長い間、支援してくれた人たちに感謝を伝えたい」と話していました。
原告弁護団「意義のある判決」
弁護団の中谷雄二弁護士は、「法治主義のもと、DNA型の扱いは捜査機関の内部規則ではなく、法律できちんと定めるべきだという点まで言及した点で、意義のある判決だ」と述べたうえで、法整備について国会などで議論が進むことに期待を示しました。
警察庁「判決内容を精査し対応を検討」
判決について、警察庁は「今後、判決内容を精査し、関係機関とも協議しながら対応を検討して参りたい」とコメントしています。
専門家「社会通念に沿った判決」
判決について、警察大学校の元校長で、警察行政法に詳しい京都産業大学の田村正博教授は、「無罪判決になれば、データも削除することが普通だろうという社会通念に沿った判決だ」と述べました。
そのうえで、判決の中で、DNA型などのデータの取り扱いをめぐり、「法整備が強く望まれる」などと指摘したことについては、「必要なデータを収集することと、保管のあり方を限定することをセットにして立法する必要があると思う。法律があることが望ましいことは言うまでもなく、議論を進めていくことが必要だ」と話しています。
指紋・DNA型保管状況は
警察庁が運用しているデータベースには、去年末の時点で、指紋がおよそ1166万件、DNA型がおよそ175万件、写真がおよそ1259万件登録されています。
指紋やDNAの採取、それに顔写真のデータの保管などについては、国家公安委員会の規則などで運用されていて、規則ではいずれのデータも抹消する要件として、対象者が死亡したとき、または、保管する必要がなくなったときとしています。
この「必要がなくなったとき」について、警察庁は個別具体の事案に即して判断する必要があるとしたうえで、例として「誤認逮捕」などをあげていて、2審の裁判で国側は、おととしにDNA型を143件抹消したことを明らかにしています。
憲法が専門の慶応大学法学部の小山剛教授によりますと、ドイツやスイスなどのヨーロッパ諸国や、韓国、台湾では、DNA型のデータは刑事裁判で無罪になった場合に破棄しなければならないと法律で定められているということです。
小山教授は、「日本にはデータの抹消について定めた法律がなく、データベースの管理や運用をチェックする機関もない。世界基準にあっておらず、法制化を検討すべきだ」と話しています。
2024年8月30日 NHK