四国遍路の旅記録 二巡目 第2回 その6

平成19年4月7日     四十寺への道を断念


行程:
 24番最御崎寺、25番津照寺お参りの後、24番奥の院四十寺にアプローチする。26番金剛頂寺まで。

歩行距離: 地図上の距離21.5k、歩数:37200歩

宿泊: 金剛頂寺宿坊

 青年大師像

御蔵洞

 御蔵洞

宿を出てすぐ右手に、白い大きな青年大師像が見えてきます。高さ21mのセラミック仕上げで、昭和59年に建てられたもの。

御蔵洞、これは、空海が、「三教指帰」のなかで「土佐室戸崎に勤念す。谷響きを惜しまず、明星来影す。」と書かれた修行の場といわれるところ。洞窟内に愛満五社権現を勧請、愛染明王を祀ったのは空海という。当時の仏教と神との関係が知られます。
洞窟の中から外を見ると、道路を隔てて青い海と空が見えます。

急坂の道0.7kを登り、24番最御崎寺に到着。

 最御崎寺境内

 最御崎寺本堂

最御崎寺の遍路 

最御崎寺を下る

今日は、朝から曇り、今にも雨が降りそうな天候。最御崎寺の先、大きなU字カーブを繰り返す車道を下り、25番への道を歩きながら考えていました。
この辺の海岸、あの日和佐付近の海岸と比べ、美しさが際立つことがない。天候の所為だろうか、それとも、海岸の美しさはその凹凸の変化から生ずるものなのだろうか。きっと、そそり立つ崖の下の岩場に騒ぐ白い波頭や、岬や島影の間の数え切れぬほどの煌きの小片が、何ともやり切れぬ、そして幸せな時を与えてくれているのだと気付かされるのです。

 津照寺門前

津照寺

25番津照寺(当地では津寺と呼ばれる)の門前は狭い。参拝者で大混雑なのです。昨夜同宿のIさん、Cさんの姿も見える。
ここの納経所では、前回聞かされたあの独特の1番札所批判講釈があるかと予想していましが、女性の方お一人、無言でした。

津照寺より県道202号を東に向い、四十寺に向います。
四十寺は、四十寺山の頂上にあります。

道しるべ 「四十寺への道」(未完)

ついに雨が降ってきました。県道202号の消防署の前を左折、右手に高等学校の広いグランドを見ながら進むと、右手に山に向って伸びる舗装道が見えます。先にゲートが見える。近くの畑にいる人に確認したが、「知らない」という。でも、25000分の1地形図から判断して、きっとこれが登山道でしょう。(へんろ地図にある町田建設の看板はどこにも発見できません。ただ、その位置に大きな家があります。)
舗装道はすぐに山道となります。少し広くなった所で、道が無くなったと思わせるが、倒れた竹の向こうに山道は続いています。しばらく、倒れかかる竹とすごい棘の茨と格闘しながら進む。
急坂となり、足1個分の道が上に続いていると確認できますが、雨も強くなってきたし、下りの危険を予測して、ここで断念することとしました。
おそらく、頂上313mのなかば、200mぐらいの地点でしょう。(道の悪さ、昨日の自転車遍路さんの言と照らして、ひょっとしたら別の道があるのかもしれません。)
もし、機会があれば、天候、体調ともに良いとき、荷物を置いて再挑戦したい。

 四十寺山を望む

四十寺への登山道、倒木(竹)を潜って

 この辺までで断念

今回、初めてカッパを着て歩くことになりました。
室津の街で、おばあさんに声をかけられる。「雨の中、たいへんねー」、
「四十寺、途中であきらめました・・」、「あらー、いまはそんなになってんのー。ワシら子供のときは、遠足でよう行ったもんだがー」。

 室津の蓮華畑

金剛頂寺への山道を登る頃には、雨も止んできました。
あたりの田圃の蓮華がきれいだ。蓮華畑を見ると、いつも小さい頃の記憶に導かれます。あの頃は、家の周り、一面の蓮華でした・・。

26番金剛頂寺、広く立派なお寺です。
遍路バスから降りてこられた先達さんから合掌を受ける。遍路さん達に説明しています。「あの方が、歩きへんろさんで・・」、一躍、皆の注目の的。

 金剛頂寺 、厄坂を登る。

 金剛頂寺山門

 金剛頂寺本堂

新しい、立派な宿坊に入ります。
今日は、たくさんの団体が入っており、宿坊世話役の女性はひとりでテンテコマイ。
しばし、玄関で待つ。風呂と洗濯だけ利用の野宿遍路の若い二人とも話しをする。

4、50人の団体遍路に個人十数人を加えた夕食は、壮大です。
大きな食卓の隣は、神戸の29歳の女性、長崎の76歳の船乗りさんと奥様、いろいろな話が弾む。

御勤めは、翌朝6時から、宿坊内の護摩堂で行われました。あまり広くない堂内は、いっぱいです。御勤めの手順を、ご住職の声に和して唱えますが、団体のみなさんは、殆ど諳んじています。たいしたものです。
ここは、今回の区切りで3箇所目の薬師如来をご本尊とするお寺。特に念入りに、近親者の難病平癒を祈念させていただいた。

(追記)四十寺への道
その後、四十寺への道の情報を収集していたところ、どうも私が行きかけた道は、旧参道で、その先は通行困難であるらしいことがわかりました。へんろ地図にも記された道ですが、番外霊場への道については、信用してはいけないということですね。
現在の道は、消防署を左折する道を北西に更に進み、室津川を渡る稲石橋の手前30mを左折して山に入る作業道、これが、参道に繋がっているようです。その先には標識もあるようです。
次回の区切りで、機会があれば、是非、再挑戦してみたいものです。

コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
こんばんは (自転車親父)
2007-04-19 20:35:58
こんばんは。
今日はゆっくりと読ませていただきました。
歩き遍路で注目されましたね。
やはり注目されますよ。
凄いことだと思います。
山道は危険もありますよね。
 
 
 
四十寺への道 (kikuri-n)
2007-04-19 22:39:54
今晩は、枯雑草さん。
四十寺への道は山道でとても歩きづらそうな
道ですね。 天候に左右されて途中で
断念されて残念でしょうが体調万全な時に
再度挑戦の方が良さそうな道ですね。
蓮華畑にホッとします。
団体遍路さんの数にも驚きます。
色々な人との出会いが有りますね。 
 
 
 
自転車親父さん (karekusa_2005)
2007-04-20 05:50:59
こんにちは。
ほんとは、バスの団体遍路さんの方が、ちゃんと
お参りするし、信心深い方が多いんじゃないかと
思うんですがね。大きな荷物しょって、雨の中、
歩いていると、大変そうに見えるんですね。
 
 
 
きくりーん さん (karekusa_2005)
2007-04-20 05:59:36
こんにちは。
番外霊場は、殆ど参る人いないから、道標は無いし、
道を知ってる地元の人も稀なのです。私の入り込んだ
道もほんとの参道か、怪しいものです。雨が降って
きたのは、きっと「行くな」の合図だったのだと
思います。その代わり、いい蓮華畑に会えました。
 
 
 
Unknown (ピンピンシニア)
2007-04-21 07:22:36
四十寺、普通は入り口がわからないお寺というのに興味をそそられます。写真で写っている多くのお遍路さんは荷物を持っていないですね。団体バスなのでしょうか。坊の食事はやはり精進料理なのでしょうか。歩けばおなかが減りますから、おかわりは出来るのかとか、心配になります。
 
 
 
ピンピンシニアさん (karekusa_2005)
2007-04-21 09:30:52
こんにちは。
コメントありがとうございます。
番外霊場には、このような、殆ど遍路が行かない、
道もよくわからないといった所があるんですね。
不思議です。遍路の数は、年間30万人と言われて
ます。その内歩き遍路は3000人ぐらいのよう
ですから、殆どがバスの団体遍路なんですね。
宿坊は、精進料理でないところの方が多くなった
ようです。施設もホテル並みのところもあります。
おかわりは、無理のようですね。
 
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