「遍路」を振り返る・・

(今年の春は、ある事情により四国を歩くことができそうにありません。気の重い日々の時間の隙間で、蛇足記事を一つ書いておきます。)

遍路の道を歩いている人に、あなたは何のために・・、何をもとめて・・などと問うてはならない。
と、私は思っています。そのことは人夫々。いろいろな立場、思いの人がおられることでしょうから。

特定の宗教、宗派に身を置く人。(先達と呼ばれる方もそれに近いかな・・) 近親者の供養のため。自分探しや癒しをもとめて。山登りやハイキングの延長。風土観察の旅の一環。それに「何となく・・」など、など。
敢えて、私の場合を言えば、最初はこの「何となく」に近かったような。
そうか・・札所を廻って納経帳を埋めることだけが目的という人は別でしょうが、多くの人は四国の地を歩き始めてから次第に自らが何をもとめていたのかということに気が付く・・そんなものかもしれませんね。

他人の目から隠れた自分だけの記録ならともかく、限られた範囲とはいえ、こういった公開の形の日記のなかで自らの気持ちをあからさまにすることは気が進まぬことです。私は、これまでの日記のなかで、時々の気紛れはありますけれど、その殆どは遍路道の紹介に徹してきたつもりです。
しかし、もう私の遍路の期間も残り少なくなってきたように思います。そこで、そんなことも少々書き残しておいても・・と思ってきたところです。

私の生まれた家は、すぐ近くにあった寺の檀家で、葬祭の度にご院家さんの上げるお経を聞いていたものです。
しかし、自分が仏教徒であると思ったことはないし、宗派の教えを知ることもありませんでした。
長年勤めた会社を辞めて、ふと思い立った四国遍路・・そう、どちらかと言えば「何となく・・」 それは決して宗教的な思いからではありません。 それから、年月は経って、遍路も四巡目ともなれば「南無大師遍照金剛」のご宝号と「般若心経」を唱えながら巡ることに心の充実感と、その根拠はよくわからぬながら幸せのようなものを感じているのです。「お大師信仰」と言われますが、「お大師さん」とは真言密教の教祖である特定の人を指すのではなく、この自然と風土の奥の方にある、とてつもなく大きな存在の「象徴」のように私には思えるのです。そして、充実感を生む根源、遍路の中で何を見て何を感ずるのか・・それは般若心経の中に示されているのではないか・・これも私が至った勝手な思い込みです。
般若心経の解説書、随分たくさん出版されています。そのいくつかにも目を通しました。
ある解説者が言われるように、この経が言わんとするメッセージは、その最後に示されたマントラこそが般若波羅密としての真実の言葉であるということ・・まさにそうなのでありましょうけれど。 
また、多くの解説者が説くように、その前段、道筋としての「空の思想」により多くの魅力を感じるのです。
すべては、それ自体として存在するものは何一つとしてなく、原因や条件など他に依存して成立する。(これを縁起ともいう)これが空(性)と表現されるもの。
「我れあり、我がものあり」とする我執(がしゅう)、我所執を離れ、我身が「空ぜられる」ことに始まるその考え。現代の世の様々な悩み、課題を解く鍵がここにあるように思えてならないのです。
(遍路が被る笠の上に「・・悟故十方空・・(悟るが故に十方は空)」と書かれています。この言葉もいろいろ読まれています。私はこの「空」も心経に説くものと同じように解したいと思っています。)
このことは、以前の遍路日記の中でも少し書いたことかもしれません。
遍路とは、寺に、寺々を繋ぐ道々の自然に、人々に、風土に、石の仏に・・そういうものにとっぷり漬かりながら、自然のなかに、自然と人間の係わり中に潜む連鎖の様を見、この「空」の認識に近づこうとする行為ではないかと思えるのです。
それは、一つの宗教、宗派の宗教行為に限定されるものではないように思えます。今の言葉で言えば、スピリチュアリティ(霊性と訳されることが多いようですが、そう表現すると、また多くの意味が欠落すると・・)をもとめる行為に近いものかもしれません。スピリチュアリティを「個人の自我を超えた何かとのつながりを模索すること」と定義する人(パーカー・パーマー)もいるそうですから。

以上、春の夜の戯言を書き連ねました。ちょっと誇大妄想じゃないか、もっと気楽に・・の声も聞こえそうです。
でも、本人はけっこう本気でそう思っている・・そうに違いありません。
                                                  (平成25年3月)



                                                                                                  浜の遍路道

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