カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (ゼンペン 9)

2021-08-23 | アリシマ タケオ
 18

 その ヨ フネ は ビクトリヤ に ついた。 ソウコ の たちならんだ ながい サンバシ に “Car to the Town. Fare 15¢” と おおきな しろい カンバン に かいて ある の が ヨメ にも しるく ヨウコ の メマド から みやられた。 ベイコク への ジョウリク が きんぜられて いる シナ の クリー が ここ から ジョウリク する の と、 ソウトウ の ニヤク と で、 フネ の ナイガイ は キュウ に そうぞうしく なった。 ジムチョウ は いそがしい と みえて その ヨ は ついに ヨウコ の ヘヤ に カオ を みせなかった。 そこいら が そうぞうしく なれば なる ほど ヨウコ は タトエヨウ の ない ヘイワ を かんじた。 うまれて イライ、 ヨウコ は セイ に コチャク した フアン から これほど まで きれい に とおざかりうる もの とは おもい も もうけて いなかった。 しかも それ が クウソ な ヘイワ では ない。 とびたって おどりたい ほど の エクスタシー を ク も なく おさえうる つよい チカラ の ひそんだ ヘイワ だった。 スベテ の こと に あきたった ヒト の よう に、 また 25 ネン に わたる ながい くるしい タタカイ に はじめて かって カブト を ぬいだ ヒト の よう に、 ココロ にも ニク にも こころよい ヒロウ を おぼえて、 いわば その ツカレ を ユメ の よう に あじわいながら、 なよなよ と ソファ に ミ を よせて アカリ を みつめて いた。 クラチ が そこ に いない の が あさい ココロノコリ だった。 けれども なんと いって も こころやすかった。 ともすれば ビショウ が クチビル の ウエ を サザナミ の よう に ひらめきすぎた。
 けれども その ヨクジツ から イットウ センキャク の ヨウコ に たいする タイド は テノヒラ を かえした よう に かわって しまった。 イチヤ の アイダ に これほど の ヘンカ を ひきおこす こと の できる チカラ を、 ヨウコ は タガワ フジン の ホカ に ソウゾウ しえなかった。 タガワ フジン が ヨ に ときめく オット を もって、 ヒト の メ に たつ コウサイ を して、 オンナザカリ と イイジョウ、 もう いくらか クダリザカ で ある の に ひきかえて、 どんな ヒト の ハイグウ に して みて も はずかしく ない サイノウ と ヨウボウ と を もった わかわかしい ヨウコ の たよりなげ な ミノウエ と が、 フタリ に ちかづく オトコ たち に ドウジョウ の ケイジュウ を おこさせる の は もちろん だった。 しかし ドウトク は いつでも タガワ フジン の よう な タチバ に ある ヒト の リキ で、 フジン は また それ を ユウリ に つかう こと を わすれない シュルイ の ヒト で あった。 そして センキャク たち の ヨウコ に たいする ドウジョウ の ソコ に ひそむ ヤシン―― はかない、 ヤシン とも いえない ほど の ヤシン―― もう ヒトツ いいかゆれば、 ヨウコ の キオク に シンセツ な オトコ と して、 ユウカン な オトコ と して、 ビボウ な オトコ と して のこりたい と いう ほど な ヤシン―― に ゼツボウ の ダンテイ を あたえる こと に よって、 その ドウジョウ を ひっこめさせる こと の できる の も フジン は こころえて いた。 ジムチョウ が ジコ の セイリョク ハンイ から はなれて しまった こと も フカイ の ヒトツ だった。 こんな こと から ジムチョウ と ヨウコ との カンケイ は コウミョウ な シュダン で いちはやく センチュウ に つたえられた に ちがいない。 その ケッカ と して ヨウコ は たちまち センチュウ の シャコウ から ほうむられて しまった。 すくなくとも タガワ フジン の マエ では、 センキャク の ダイブブン は ヨウコ に たいして よそよそしい タイド を して みせる よう に なった。 なかにも いちばん あわれ なの は オカ だった。 ダレ が なんと ツゲグチ した の か しらない が、 ヨウコ が アサ おそく メ を さまして カンパン に でて みる と、 イツモ の よう に テスリ に よりかかって、 もう ウチウミ に なった ナミ の イロ を ながめて いた カレ は、 ヨウコ の スガタ を みとめる や いなや、 ふいと その バ を はずして、 どこ へ か カゲ を かくして しまった。 それから と いう もの、 オカ は まるで ユウレイ の よう だった。 フネ の ナカ に いる こと だけ は たしか だ が、 ヨウコ が どうか して その スガタ を みつけた と おもう と、 ツギ の シュンカン には もう みえなく なって いた。 そのくせ ヨウコ は おもわぬ とき に、 オカ が どこ か で ジブン を みまもって いる の を たしか に かんずる こと が たびたび だった。 ヨウコ は その オカ を あわれむ こと すら もう わすれて いた。
 けっく フネ の ナカ の ヒトタチ から ドガイシ される の を きやすい こと と まで は おもわない でも、 ヨウコ は かかる ケッカ には いっこう ムトンジャク だった。 もう フネ は キョウ シヤトル に つく の だ。 タガワ フジン や その ホカ の センキャク たち の いわゆる 「カンシ」 の モト に にがにがしい オモイ を する の も キョウ カギリ だ。 そう ヨウコ は ヘイキ で かんがえて いた。
 しかし フネ が シヤトル に つく と いう こと は、 ヨウコ に ホカ の フアン を もちきたさず には おかなかった。 シカゴ に いって ハントシ か 1 ネン キムラ と つれそう ホカ は あるまい とも おもった。 しかし キベ の とき でも 2 カゲツ とは ドウセイ して いなかった とも おもった。 クラチ と はなれて は 1 ニチ でも いられそう には なかった。 しかし こんな こと を かんがえる には フネ が シヤトル に ついて から でも ミッカ や ヨッカ の ヨユウ は ある。 クラチ は その こと は ダイイチ に かんがえて くれて いる に ちがいない。 ヨウコ は イマ の ヘイワ を しいて こんな モンダイ で かきみだす こと を ほっしなかった ばかり で なく とても できなかった。
 ヨウコ は そのくせ、 センキャク と カオ を あわせる の が フカイ で ならなかった ので、 ジムチョウ に たのんで センキョウ に あげて もらった。 フネ は イマ セトウチ の よう な せまい ウチウミ を ドウヨウ も なく すすんで いた。 センチョウ は ビクトリヤ で やといいれた ミズサキ アンナイ と フタリ ならんで たって いた が、 ヨウコ を みる と イツモ の とおり カオ を マッカ に しながら ボウシ を とって アイサツ した。 ビスマーク の よう な カオ を して、 センチョウ より ヒトガケ も フタガケ も おおきい ハクハツ の ミズサキ アンナイ は ふと ふりかえって じっと ヨウコ を みた が、 そのまま むきなおって、
「Charmin' little lassie! wha' is that?」
と スコットランド-フウ な つよい ハツオン で センチョウ に たずねた。 ヨウコ には わからない つもり で いった の だ。 センチョウ が あわてて ナニ か ささやく と、 ロウジン は からから と わらって ちょっと クビ を ひっこませながら、 もう イチド ふりかえって ヨウコ を みた。
 その ドクケ なく からから と わらう コエ が、 おそろしく キ に いった ばかり で なく、 かわいて はれわたった アキ の アサ の ソラ と なんとも いえない チョウワ を して いる と おもいながら ヨウコ は きいた。 そして その ロウジン の セナカ でも なでて やりたい よう な キ に なった。 フネ は コユルギ も せず に アメリカ マツ の はえしげった オオシマ コシマ の アイダ を ぬって、 ゲンソク に きて ぶつかる サザナミ の オト も のどか だった。 そして ヒル ちかく に なって ちょっと した ミサキ を くるり と フネ が かわす と、 やがて ポート タウンセンド に ついた。 そこ では ベイコク カンケン の ケンサ が カタバカリ ある の だ。 くずした ガケ の ツチ で ウメタテ を して つくった、 サンバシ まで ちいさな ギョソン で、 シカク な ハコ に マド を あけた よう な、 なまなましい 1 ショク の ペンキ で ぬりたてた 2~3 ガイ-ダテ の ヤナミ が、 けわしい シャメン に そうて、 たかく ひくく たちつらなって、 オカ の ウエ には ミズアゲ の フウシャ が、 アオゾラ に しろい ハネ を ゆるゆる うごかしながら、 かったん こっとん と ノンキ-らしく オト を たてて まわって いた。 カモメ が ムレ を なして ネコ に にた コエ で なきながら、 フネ の マワリ を ミズ に ちかく のどか に とびまわる の を みる の も、 ヨウコ には たえて ひさしい モノメズラシサ だった。 アメヤ の ヨビウリ の よう な コエ さえ マチ の ほう から きこえて きた。 ヨウコ は チャート ルーム の カベ に もたれかかって、 ぽかぽか と さす アキ の ヒ の ヒカリ を アタマ から あびながら、 しずか な めぐみぶかい ココロ で、 この ちいさな マチ の ちいさな セイカツ の スガタ を ながめやった。 そして 14 ニチ の コウカイ の アイダ に、 いつのまにか ウミ の ココロ を ココロ と して いた の に キ が ついた。 ホウラツ な、 ウツリギ な、 ソウゾウ も およばぬ パッション に のたうちまわって うめきなやむ あの オオウナバラ―― ヨウコ は うしなわれた ラクエン を したいのぞむ イブ の よう に、 しずか に ちいさく うねる ミズ の シワ を みやりながら、 はるか な ウミ の ウエ の タビジ を おもいやった。
「サツキ さん、 ちょっと そこ から で いい、 カオ を かして ください」
 すぐ シタ で ジムチョウ の こう いう コエ が きこえた。 ヨウコ は ハハ に よびたてられた ショウジョ の よう に、 ウレシサ に ココロ を ときめかせながら、 センキョウ の テスリ から シタ を みおろした。 そこ に ジムチョウ が たって いた。
「One more over there, look!」
 こう いいながら、 ベイコク の ゼイカンリ らしい ヒト に ヨウコ を ゆびさして みせた。 カンリ は うなずきながら テチョウ に ナニ か かきいれた。
 フネ は まもなく この ギョソン を シュッパツ した が、 シュッパツ する と まもなく ジムチョウ は センキョウ に のぼって きた。
「Here we are! Seattle is as good as reached now.」
 センチョウ に とも なく ヨウコ に とも なく いって おいて、 ミズサキ アンナイ と アクシュ しながら、
「Thanks to you.」
と つけたした。 そして 3 ニン で しばらく カイカツ に ヨモヤマ の ハナシ を して いた が、 ふと おもいだした よう に ヨウコ を かえりみて、
「これから また トウブン は メ が まわる ほど せわしく なる で、 その マエ に ちょっと ゴソウダン が ある ん だ が、 シタ に きて くれません か」
と いった。 ヨウコ は センチョウ に ちょっと アイサツ を のこして、 すぐ ジムチョウ の アト に つづいた。 ハシゴダン を おりる とき でも、 メノサキ に みえる ガンジョウ な ひろい カタ から イッシュ の フアン が ぬけでて きて ヨウコ に せまる こと は もう なかった。 ジブン の ヘヤ の マエ まで くる と、 ジムチョウ は ヨウコ の カタ に テ を かけて ト を あけた。 ヘヤ の ナカ には 3~4 ニン の オトコ が こく たちこめた タバコ の ケムリ の ナカ に ところせまく たったり こしかけたり して いた。 そこ には コウロク の カオ も みえた。 ジムチョウ は ヘイキ で ヨウコ の カタ に テ を かけた まま はいって いった。
 それ は しじゅう ジムチョウ や センイ と ヒトカタマリ の グループ を つくって、 サルン の ちいさな テーブル を かこんで ウイスキー を かたむけながら、 ときどき タ の センキャク の カイワ に ブエンリョ な ヒニク や チャチャ を いれたり する レンチュウ だった。 ニホンジン が きる と いかにも イヤミ に みえる アメリカ-フウ の セビロ も、 さして とって つけた よう には みえない ほど、 タイヘイヨウ を イクド も オウライ した らしい ヒトタチ で、 どんな ショクギョウ に ジュウジ して いる の か、 そういう ミワケ には ヒトイチバイ エイビン な カンサツリョク を もって いる ヨウコ に すら ケントウ が つかなかった。 ヨウコ が はいって いって も、 カレラ は かくべつ ジブン たち の ナマエ を なのる でも なく、 いちばん アンラク な イス に こしかけて いた オトコ が、 それ を ヨウコ に ゆずって、 ジブン は フタツ に おれる よう に ちいさく なって、 すでに ヒトリ こしかけて いる シンダイ に まがりこむ と、 イチドウ は その ヨウス に コエ を たてて わらった が、 すぐ また マエドオリ ヘイキ な カオ を して カッテ な クチ を ききはじめた。 それでも イチザ は ジムチョウ には イチモク おいて いる らしく、 また ジムチョウ と ヨウコ との カンケイ も、 ジムチョウ から のこらず きかされて いる ヨウス だった。 ヨウコ は そういう ヒトタチ の アイダ に ある の を けっく きやすく おもった。 カレラ は ヨウコ を カキュウ センイン の いわゆる 「アネゴ」 アツカイ に して いた。
「ムコウ に ついたら これ で モンチャク もの だぜ。 タガワ の カカア め、 アイツ、 ヒトミソ すらず には おくまい て」
「インゴウ な ウマレ だなあ」
「なんでも ショウメン から ぶっつかって、 いさくさ いわず きめて しまう ホカ は ない よ」
など と カレラ は ジョウダン-ぶった クチョウ で シンミ な ココロモチ を いいあらわした。 ジムチョウ は マユ も うごかさず に、 ツクエ に よりかかって だまって いた。 ヨウコ は これら の コトバ から そこ に いあわす ヒトビト の セイシツ や ケイコウ を よみとろう と して いた。 コウロク の ホカ に 3 ニン いた。 その ウチ の ヒトリ は カイキ の ドテラ を きて いた。
「このまま この フネ で おかえり なさる が いい ね」
と その ドテラ を きた チュウネン の ヨワタリ-ゴウシャ らしい の が ヨウコ の カオ を うかがい うかがい いう と、 ジムチョウ は すこし クッタク-らしい カオ を して ものうげ に ヨウコ を みやりながら、
「ワタシ も そう おもう ん だ が どう だ」
と たずねた。 ヨウコ は、
「さあ……」
と ナマヘンジ を する ほか なかった。 はじめて クチ を きく イクニン も の オトコ の マエ で、 とつかわ モノ を いう の が さすが に オックウ だった。 コウロク は ジムチョウ の イコウ を よんで とる と、 フンベツ-ぶった カオ を さしだして、
「それ に かぎります よ。 アナタ ひとつ ビョウキ に おなり なさりゃ セワナシ です さ。 ジョウリク した ところ が キュウ に うごく よう には なれない。 また そういう カラダ では ケンエキ が とやかく やかましい に ちがいない し、 コノアイダ の よう に ケンエキジョ で マッパダカ に される よう な こと でも おこれば、 コクサイ モンダイ だの ナン だの って シマツ に おえなく なる。 それ より は シュッパン まで フネ に ねて いらっしゃる ほう が いい と、 そこ は ワタシ が だいじょうぶ やります よ。 そして おいて フネ の デギワ に なって やはり どうしても いけない と いえば それっきり の もん でさあ」
「なに、 タガワ の オクサン が、 キムラ って いう の に、 ミソ さえ しこたま すって くれれば いちばん ええ の だ が」
と ジムチョウ は センイ の コトバ を ムシ した ヨウス で、 ジブン の おもう とおり を ブッキラボウ に いって のけた。
 キムラ は その くらい な こと で ヨウコ から テ を ひく よう な はきはき した キショウ の オトコ では ない。 これまで も ずいぶん イロイロ な ウワサ が ミミ に はいった はず なのに 「ボク は あの オンナ の ケッカン も ジャクテン も みんな ショウチ して いる。 シセイジ の ある の も もとより しって いる。 ただ ボク は クリスチャン で ある イジョウ、 なんと でも して ヨウコ を すくいあげる。 すくわれた ヨウコ を ソウゾウ して みたまえ。 ボク は その とき いちばん リソウテキ な ベター ハーフ を もちうる と しんじて いる」 と いった こと を きいて いる。 トウホクジン の ねんじり むっつり した その キショウ が、 ヨウコ には だいいち ガマン の しきれない ケンオ の タネ だった の だ。
 ヨウコ は だまって ミンナ の いう こと を きいて いる うち に、 コウロク の グンリャク が いちばん ジッサイテキ だ と かんがえた。 そして なれなれしい チョウシ で コウロク を みやりながら、
「コウロク さん、 そう おっしゃれば ワタシ ケビョウ じゃ ない ん です の。 コノアイダジュウ から みて いただこう かしら と イクド か おもった ん です けれども、 あんまり おおげさ-らしい んで ガマン して いた ん です が、 どういう もん でしょう…… すこし は フネ に のる マエ から でした けれども…… オナカ の ここ が ミョウ に ときどき いたむ ん です のよ」
と いう と、 シンダイ に まがりこんだ オトコ は それ を ききながら にやり にやり わらいはじめた。 ヨウコ は ちょっと その オトコ を にらむ よう に して イッショ に わらった。
「まあ シオ の わるい とき に こんな こと を いう もん です から、 いたい ハラ まで さぐられます わね…… じゃ コウロク さん のちほど みて いただけて?」
 ジムチョウ の ソウダン と いう の は こんな タワイ も ない こと で すんで しまった。
 フタリ きり に なって から、
「では ワタシ これから ホントウ の ビョウニン に なります から ね」
 ヨウコ は ちょっと クラチ の カオ を つついて、 その クチビル に ふれた。 そして シヤトル の シガイ から おこる バイエン が トオク に ぼんやり のぞまれる よう に なった ので、 ヨウコ は ジブン の ヘヤ に かえった。 そして ヨウフウ の しろい ネマキ に きかえて、 カミ を ながい アミサゲ に して ネドコ に はいった。 ジョウダン の よう に して コウロク に ビョウキ の ハナシ を した ものの、 ヨウコ は じっさい かなり ながい イゼン から シキュウ を がいして いる らしかった。 コシ を ひやしたり、 カンジョウ が ゲッコウ したり した アト では、 きっと シュウシュク する よう な イタミ を カフクブ に かんじて いた。 フネ に のった トウザ は、 しばらく の アイダ は わすれる よう に この フカイ な イタミ から とおざかる こと が できて、 イクネン-ぶり か で モウシドコロ の ない ケンコウ の ヨロコビ を あじわった の だった が、 チカゴロ は また だんだん イタミ が はげしく なる よう に なって きて いた。 ハンシン が マヒ したり、 アタマ が キュウ に ぼーっと とおく なる こと も めずらしく なかった。 ヨウコ は シンダイ に はいって から、 かるい イタミ の ある ところ を そっと ヒラテ で さすりながら、 フネ が シヤトル の ハトバ に つく とき の アリサマ を ソウゾウ して みた。 して おかなければ ならない こと が カズ かぎりなく ある らしかった けれども、 ナニ を して おく と いう こと も なかった。 ただ なんでも いい せっせと てあたりしだい シタク を して おかなければ、 それ だけ の ココロヅクシ を みせて おかなければ、 モクロミドオリ シュビ が はこばない よう に おもった ので、 イッペン ヨコ に なった もの を また むくむく と おきあがった。
 まず キノウ きた ハデ な イルイ が そのまま ちらかって いる の を たたんで トランク の ナカ に しまいこんだ。 ねる とき まで きて いた キモノ は、 わざと はなやか な ナガジュバン や ウラジ が みえる よう に エモンダケ に とおして カベ に かけた。 ジムチョウ の おきわすれて いった パイプ や チョウボ の よう な もの は テイネイ に ヒキダシ に かくした。 コトウ が キムラ と ジブン と に あてて かいた 2 ツウ の テガミ を とりだして、 コトウ が して おいた よう に マクラ の シタ に さしこんだ。 カガミ の マエ には フタリ の イモウト と キムラ との シャシン を かざった。 それから ダイジ な こと を わすれて いた の に キ が ついて、 ロウカ-ゴシ に コウロク を よびだして クスリビン や ビョウショウ ニッキ を ととのえる よう に たのんだ。 コウロク の もって きた クスリビン から クスリ を ハンブン-ガタ タンツボ に すてた。 ニホン から キムラ に もって ゆく よう に たくされた シナジナ を トランク から とりわけた。 その ナカ から は フルサト を おもいださせる よう な イロイロ な もの が でて きた。 ニオイ まで が ニホン と いう もの を ほのか に ココロ に ふれさせた。
 ヨウコ は せわしく はたらかして いた テ を やすめて、 ヘヤ の マンナカ に たって アタリ を みまわして みた。 しぼんだ ハナタバ が とりのけられて なくなって いる ばかり で、 アト は ヨコハマ を でた とき の とおり の ヘヤ の スガタ に なって いた。 ふるい キオク が コウ の よう に しみこんだ それら の もの を みる と、 ヨウコ の ココロ は ワレ にも なく ふと ぐらつきかけた が、 ナミダ も さそわず に あわく きえて いった。
 フォクスル で キジュウキ の オト が かすか に ひびいて くる だけ で、 ヨウコ の ヘヤ は ミョウ に しずか だった。 ヨウコ の ココロ は カゼ の ない イケ か ヌマ の オモテ の よう に ただ どんより と よどんで いた。 カラダ は なんの ワケ も なく だるく ものうかった。
 ショクドウ の トケイ が ひきしまった オト で 3 ジ を うった。 それ を アイズ の よう に キテキ が すさまじく なりひびいた。 ミナト に はいった アイズ を して いる の だな と おもった。 と おもう と イマ まで にぶく みゃくうつ よう に みえて いた ムネ が キュウ に はげしく さわぎ うごきだした。 それ が ヨウコ の おもい も もうけぬ ホウコウ に うごきだした。 もう この ながい フナタビ も おわった の だ。 14~15 の とき から シンブン キシャ に なる シュギョウ の ため に きたい きたい と おもって いた ベイコク に ついた の だ。 きたい とは おもいながら ホントウ に こよう とは ゆめにも おもわなかった ベイコク に ついた の だ。 それ だけ の こと で ヨウコ の ココロ は もう しみじみ と した もの に なって いた。 キムラ は くるう よう な ココロ を しいて おししずめながら、 フネ の つく の を フトウ に たって なみだぐみつつ まって いる だろう。 そう おもいながら ヨウコ の メ は キムラ や フタリ の イモウト の シャシン の ほう に さまよって いった。 それ と ならべて シャシン を かざって おく こと も できない サダコ の こと まで が、 あわれぶかく おもいやられた。 セイカツ の ホショウ を して くれる チチオヤ も なく、 ヒザ に だきあげて アイブ して やる ハハオヤ にも はぐれた あの コ は イマ あの イケノハタ の さびしい コイエ で ナニ を して いる の だろう。 わらって いる か と ソウゾウ して みる の も かなしかった。 ないて いる か と ソウゾウ して みる の も あわれ だった。 そして ムネ の ウチ が キュウ に わくわく と ふさがって きて、 せきとめる イトマ も なく ナミダ が はらはら と ながれでた。 ヨウコ は オオイソギ で シンダイ の ソバ に かけよって、 マクラモト に おいといた ハンケチ を ひろいあげて メガシラ に おしあてた。 すなお な カンショウテキ な ナミダ が ただ ワケ も なく アト から アト から ながれた。 この フイ の カンジョウ の ウラギリ には しかし ひきいれられる よう な ユウワク が あった。 だんだん そこぶかく しずんで かなしく なって ゆく その オモイ、 なんの オモイ とも さだめかねた ふかい、 わびしい、 かなしい オモイ。 ウラミ や イカリ を きれい に ぬぐいさって、 あきらめきった よう に スベテ の もの を ただ しみじみ と なつかしく みせる その オモイ。 いとしい サダコ、 いとしい イモウト、 いとしい チチハハ、 ……なぜ こんな なつかしい ヨ に ジブン の ココロ だけ が こう かなしく ヒトリボッチ なの だろう。 なぜ ヨノナカ は ジブン の よう な モノ を あわれむ シカタ を しらない の だろう。 そんな カンジ の レイサイ な ダンペン が つぎつぎ に ナミダ に ぬれて ムネ を ひきしめながら とおりすぎた。 ヨウコ は しらずしらず それら の カンジ に しっかり すがりつこう と した けれども ムエキ だった。 カンジ と カンジ との アイダ には、 ホシ の ない ヨル の よう な、 ナミ の ない ウミ の よう な、 くらい ふかい ハテシ の ない ヒアイ が、 アイゾウ の スベテ を ただ 1 ショク に そめなして、 どんより と ひろがって いた。 セイ を のろう より も シ が ねがわれる よう な オモイ が、 せまる でも なく はなれる でも なく、 ヨウコ の ココロ に まつわりついた。 ヨウコ は ハテ は マクラ に カオ を ふせて、 ホントウ に ジブン の ため に さめざめ と なきつづけた。
 こうして コハントキ も たった とき、 フネ は サンバシ に つながれた と みえて、 2 ド-メ の キテキ が なりはためいた。 ヨウコ は ものうげ に アタマ を もたげて みた。 ハンケチ は ナミダ の ため に しぼる ほど ぬれて まるまって いた。 スイフ ら が ツナギヅナ を うけたり やったり する オト と、 ビョウクギ を うちつけた クツ で カンパン を あるきまわる オト と が いりみだれて、 アタマ の ウエ は さながら カジバ の よう な サワギ だった。 ないて ないて なきつくした コドモ の よう な ぼんやり した トリトメ の ない ココロモチ で、 ヨウコ は ナニ を おもう とも なく それ を きいて いた。
 と とつぜん ソト で ジムチョウ の、
「ここ が オヘヤ です」
と いう コエ が した。 それ が まるで カミナリ か ナニ か の よう に おそろしく きこえた。 ヨウコ は おもわず ぎょっと なった。 ジュンビ を して おく つもり で いながら なんの ジュンビ も できて いない こと も おもった。 イマ の ココロモチ は ヘイキ で キムラ に あえる ココロモチ では なかった。 おろおろ しながら たち は あがった が、 たちあがって も どう する こと も できない の だ と おもう と、 おいつめられた ザイニン の よう に、 アタマ の ケ を リョウテ で おさえて、 カミノケ を むしりながら、 シンダイ の ウエ に がばと ふさって しまった。
 ト が あいた。
「ト が あいた」、 ヨウコ は ジブン ジシン に スクイ を もとめる よう に、 こう ココロ の ウチ で うめいた。 そして イキ も とまる ほど ミウチ が しゃちこばって しまって いた。
「サツキ さん、 キムラ さん が みえました よ」
 ジムチョウ の コエ だ。 ああ ジムチョウ の コエ だ。 ジムチョウ の コエ だ。 ヨウコ は ミ を ふるわせて カベ の ほう に カオ を むけた。 ……ジムチョウ の コエ だ……。
「ヨウコ さん」
 キムラ の コエ だ。 コンド は カンジョウ に ふるえた キムラ の コエ が きこえて きた。 ヨウコ は キ が くるいそう だった。 とにかく フタリ の カオ を みる こと は どうしても できない。 ヨウコ は フタリ に ウシロ を むけ ますます カベ の ほう に もがきよりながら、 ナミダ の ヒマ から キョウジン の よう に さけんだ。 たちまち たかく たちまち ひくい その フルエゴエ は わらって いる よう に さえ きこえた。
「でて…… オフタリ とも どうか でて…… この ヘヤ を…… ゴショウ です から イマ この ヘヤ を…… でて くださいまし……」
 キムラ は ひどく フアンゲ に ヨウコ に よりそって その カタ に テ を かけた。 キムラ の テ を かんずる と キョウフ と ケンオ との ため に ミ を ちぢめて カベ に しがみついた。
「いたい…… いけません…… オナカ が…… はやく でて…… はやく……」
 ジムチョウ は キムラ を よびよせて ナニ か しばらく ひそひそ はなしあって いる よう だった が、 フタリ ながら アシオト を ぬすんで そっと ヘヤ を でて いった。 ヨウコ は なおも イキ も たえだえ に、
「どうぞ でて…… あっち に いって……」
と いいながら、 いつまでも なきつづけた。

 19

 しばらく の アイダ ショクドウ で ジムチョウ と トオリイッペン の ハナシ でも して いる らしい キムラ が、 コロ を みはからって サイド ヨウコ の ヘヤ の ト を たたいた とき にも、 ヨウコ は まだ マクラ に カオ を ふせて、 フシギ な カンジョウ の ウズマキ の ナカ に ココロ を ひたして いた が、 キムラ が ヒトリ で はいって きた の に きづく と、 はじめて よわよわしく ヨコムキ に ねなおって、 ニノウデ まで ソデグチ の まくれた マッシロ な テ を さしのべて、 だまった まま キムラ と アクシュ した。 キムラ は ヨウコ の はげしく ないた の を みて から、 こらえ こらえて いた カンジョウ が さらに こうじた もの か、 ナミダ を あふれん ばかり メガシラ に ためて、 あつぼったい クチビル を ふるわせながら、 いたいたしげ に ヨウコ の カオツキ を みいって つったった。
 ヨウコ は、 イマ まで つづけて いた チンモク の ダセイ で だいいち クチ を きく の が ものうかった し、 キムラ は なんと いいだした もの か まよう ヨウス で、 フタリ の アイダ には アクシュ の まま イミ-ぶかげ な チンモク が とりかわされた。 その チンモク は しかし カンショウテキ と いう テイド で ある には あまり に ながく つづきすぎた ので、 ガイカイ の シゲキ に おうじて カビン な まで に ミチヒ の できる ヨウコ の カンジョウ は イマ まで ひたって いた ツウレツ な ドウラン から ヒトカワ ヒトカワ ヘイチョウ に かえって、 ハテ は その ソコ に、 こう こうじて は いとわしい と ジブン で すら が おもう よう な ひややか な ヒニク が、 そろそろ アタマ を もちあげて くる の を かんじた。 にぎりあわせた むずかゆい よう な テ を ひっこめて、 メモト まで フトン を かぶって、 そこ から ジブン の マエ に たつ わかい オトコ の ココロ の ミダレ を あざわらって みたい よう な ココロ に すら なって いた。 ながく つづく チンモク が とうぜん ひきおこす イッシュ の アッパク を キムラ も かんじて うろたえた らしく、 なんとか して フタリ の アイダ の キマズサ を ひきさく よう な、 ココロ の セツナサ を あらわす テキトウ の コトバ を あんじもとめて いる らしかった が、 とうとう ナミダ に うるおった ひくい コエ で、 もう イチド、
「ヨウコ さん」
と あいする モノ の ナ を よんだ。 それ は さきほど よばれた とき の それ に くらべる と、 ききちがえる ほど うつくしい コエ だった。 ヨウコ は、 イマ まで、 これほど せつ な ジョウ を こめて ジブン の ナ を よばれた こと は ない よう に さえ おもった。 「ヨウコ」 と いう ナ に きわだって デンキテキ な シキサイ が そえられた よう にも きこえた。 で、 ヨウコ は わざと キムラ と にぎりあわせた テ に チカラ を こめて、 さらに なんとか コトバ を つがせて みたく なった。 その メ も キムラ の クチビル に ハゲマシ を あたえて いた。 キムラ は キュウ に ベンリョク を カイフク して、
「イチニチ センシュウ の オモイ とは この こと です」
と すらすら と なめらか に いって のけた。 それ を きく と ヨウコ は みごと キタイ に ショイナゲ を くわされて、 その バ の コッケイ に おもわず ふきだそう と した が、 いかに ジムチョウ に たいする コイ に おぼれきった オンナゴコロ の ザンギャクサ から も、 さすが に キムラ の タイ ない セイジツ を わらいきる こと は え しない で、 ヨウコ は ただ ココロ の ウチ で シツボウ した よう に 「あれ だ から いや に なっちまう」 と くさくさ しながら かこった。
 しかし この バアイ、 キムラ と ドウヨウ、 ヨウコ も カッコウ な クウキ を ヘヤ の ナカ に つくる こと に トウワク せず には いられなかった。 ジムチョウ と わかれて ジブン の ヘヤ に とじこもって から、 こころしずか に かんがえて おこう と した キムラ に たいする ゼンゴサク も、 おもいよらぬ カンジョウ の クルイ から ソノママ に なって しまって、 イマ に なって みる と、 ヨウコ は どう キムラ を もてあつかって いい の か、 はっきり した モクロミ は できて いなかった。 しかし かんがえて みる と、 キベ コキョウ と わかれた とき でも、 ヨウコ には かくべつ これ と いう ボウリャク が あった わけ では なく、 ただ その トキドキ に ワガママ を ふるまった に すぎなかった の だ けれども、 その ケッカ は ヨウコ が ナニ か おそろしく ふかい タクラミ と テクダ を しめした か の よう に ヒト に とられて いた こと も おもった。 なんとか して こぎぬけられない こと は あるまい。 そう おもって、 まず おちつきはらって キムラ に イス を すすめた。 キムラ が テヂカ に ある タタミイス を とりあげて シンダイ の ソバ に きて すわる と、 ヨウコ は また しなやか な テ を キムラ の ヒザ の ウエ に おいて、 オトコ の カオ を しげしげ と みやりながら、
「ホントウ に しばらく でした わね。 すこし おやつれ に なった よう です わ」
と いって みた。 キムラ は ジブン の カンジョウ に うちまかされて ミ を ふるわして いた。 そして わくわく と ながれでる ナミダ が みるみる メ から あふれて、 カオ を つたって イクスジ と なく ながれおちた。 ヨウコ は、 その ナミダ の ヒトシズク が キマグレ にも、 うつむいた オトコ の ハナ の サキ に やどって、 おちそう で おちない の を みやって いた。
「ずいぶん いろいろ と クロウ なすったろう と おもって、 キ が キ では なかった ん です けれども、 ワタシ の ほう も ゴショウチ の とおり でしょう。 コンド こっち に くる に つけて も、 それ は こまって、 アリッタケ の もの を はらったり して、 ようやく まにあわせた くらい だった もん です から……」
 なお いおう と する の を キムラ は せわしく うちけす よう に さえぎって、
「それ は じゅうぶん わかって います」
と カオ を あげた ヒョウシ に ナミダ の シズク が ぽたり と ハナ の サキ から ズボン の ウエ に おちた の を みた。 ヨウコ は、 ないた ため に ミョウ に はれぼったく あかく なって、 てらてら と ひかる キムラ の ハナ の サキ が キュウ に キ に なりだして、 わるい とは しりながら も、 ともすると そこ へ ばかり メ が いった。
 キムラ は ナニ から どう はなしだして いい か わからない ヨウス だった。
「ワタシ の デンポウ を ビクトリヤ で うけとった でしょう ね」
など とも テレカクシ の よう に いった。 ヨウコ は うけとった オボエ も ない くせ に イイカゲン に、
「ええ、 ありがとう ございました」
と こたえて おいた。 そして イットキ も はやく こんな いきづまる よう に アッパク して くる フタリ の アイダ の ココロ の モツレ から のがれる スベ は ない か と シアン して いた。
「イマ はじめて ジムチョウ から きいた ん です が、 アナタ が ビョウキ だった と いって ました が、 いったい どこ が わるかった ん です。 さぞ こまった でしょう ね。 そんな こと とは ちっとも しらず に、 イマ が イマ まで、 シュクフク された、 かがやく よう な アナタ を むかえられる と ばかり おもって いた ん です。 アナタ は ホントウ に シレン の ウケツヅケ と いう もん です ね。 どこ でした わるい の は」
 ヨウコ は、 フヨウイ にも オンナ を とらえて ジカヅケ に ビョウキ の シュルイ を ききただす オトコ の ココロ の ソザツサ を いみながら、 あたらず さわらず、 マエ から あった イビョウ が、 フネ の ナカ で ショクモツ と キコウ との かわった ため に、 だんだん こうじて きて おきられなく なった よう に いいつくろった。 キムラ は いたましそう に マユ を よせながら きいて いた。
 ヨウコ は もう こんな ホドホド な カイワ には たえきれなく なって きた。 キムラ の カオ を みる に つけて おもいだされる センダイ ジダイ や、 ハハ の シ と いう よう な こと にも かなり なやまされる の を つらく おもった。 で、 ハナシ の チョウシ を かえる ため に しいて いくらか カイカツ を よそおって、
「それ は そう と こちら の ゴジギョウ は いかが」
と シゴト とか ヨウス とか いう カワリ に、 わざと ジギョウ と いう コトバ を つかって こう たずねた。
 キムラ の カオツキ は みるみる かわった。 そして ムネ の ポッケット に のぞかせて あった おおきな リンネル の ハンケチ を とりだして、 キヨウ に カタテ で それ を ふわり と まるめて おいて、 ちん と ハナ を かんで から、 また キヨウ に それ を ポッケット に もどす と、
「ダメ です」
と いかにも ゼツボウテキ な チョウシ で いった が、 その メ は すでに わらって いた。 サン フランシスコ の リョウジ が ザイリュウ ニホンジン の キギョウ に たいして ぜんぜん レイタン で モウモク で ある と いう こと、 ニホンジン-カン に シッシ が はげしい ので、 サン フランシスコ での ジギョウ の モクロミ は ヨキ イジョウ の コショウ に あって だいたい シッパイ に おわった こと、 おもいきった ハッテン は やはり ソウゾウドオリ ベイコク の セイブ より も チュウオウ、 ことに シカゴ を チュウシン と して ケイカク されなければ ならぬ と いう こと、 サイワイ に、 サン フランシスコ で ジブン の ハナシ に のって くれる ある てがたい ドイツジン に トリツギ を たのんだ と いう こと、 シヤトル でも ソウトウ の ミセ を みいだしかけて いる と いう こと、 シカゴ に いったら、 そこ で ニホン の メイヨ リョウジ を して いる かなり な テツモノショウ の ミセ に まず すみこんで ベイコク に おける トリヒキ の テゴコロ を のみこむ と ドウジ に、 その ヒト の シホン の イチブ を うごかして、 ニホン との ジカトリヒキ を はじめる サンダン で ある と いう こと、 シカゴ の スマイ は もう きまって、 かりる べき フラット の ズメン まで とりよせて ある と いう こと、 フラット は フケイザイ の よう だ けれども ヘヤ の あいた ブブン を マタガシ を すれば、 たいして たかい もの にも つかず、 スマイ ベンリ は ヒジョウ に いい と いう こと…… そういう テン に かけて は、 なかなか メンミツ に ゆきとどいた もの で、 それ を いかにも キギョウカ-らしい セップクテキ な クチョウ で ジュンジョ よく のべて いった。 カイワ の ナガレ が こう かわって くる と、 ヨウコ は はじめて ドロ の ナカ から アシ を ぬきあげた よう な キガル な ココロモチ に なって、 ずっと キムラ を みつめながら、 きく とも なし に その ハナシ に キキミミ を たてて いた。 キムラ の ヨウボウ は しばらく の アイダ に みちがえる ほど リファイン されて、 モト から しろかった その ヒフ は ナニ か トクシュ な センリョウ で ソコビカリ の する ほど ミガキ が かけられて、 ニホンジン とは おもえぬ まで なめらか なのに、 アブラ で きれい に わけた こい クロカミ は、 セイヨウジン の キンパツ には また みられぬ よう な オモムキ の ある タイショウ を その ハクセキ の ヒフ に あたえて、 カラー と ネックタイ の カンケイ にも ヒト に キ の つかぬ コリカタ を みせて いた。
「アイタテ から こんな こと を いう の は はずかしい です けれども、 じっさい コンド と いう コンド は クトウ しました。 ここ まで むかえ に くる にも ろくろく リョヒ が ない サワギ でしょう」
と いって さすが に くるしげ に ワライ に まぎらそう と した。 そのくせ キムラ の ムネ には どっしり と おもそう な キングサリ が かかって、 リョウテ の ユビ には ヨッツ まで ホウセキ-イリ の ユビワ が きらめいて いた。 ヨウコ は キムラ の いう こと を ききながら その ユビ に メ を つけて いた が、 ヨッツ の ユビワ の ウチ に コンヤク の とき とりかわした ジュンキン の ユビワ も まじって いる の に キ が つく と、 ジブン の ユビ には それ を はめて いなかった の を おもいだして、 なに くわぬ ヨウス で キムラ の ヒザ の ウエ から テ を ひっこめて アゴ まで フトン を かぶって しまった。 キムラ は ひっこめられた テ に おいすがる よう に イス を のりだして、 ヨウコ の カオ に ちかく ジブン の カオ を さしだした。
「ヨウコ さん」
「ナニ?」
 また ラブ シーン か。 そう おもって ヨウコ は うんざり した けれども、 すげなく カオ を そむける わけ にも ゆかず、 やや トウワク して いる と、 おりよく ジムチョウ が カタバカリ の ノック を して はいって きた。 ヨウコ は ねた まま、 メ で いそいそ と ジムチョウ を むかえながら、
「まあ ようこそ…… サキホド は シツレイ。 なんだか くだらない こと を かんがえだして いた もん です から、 つい ワガママ を して しまって すみません…… おいそがしい でしょう」
と いう と、 ジムチョウ は カラカイ ハンブン の ジョウダン を キッカケ に、
「キムラ さん の カオ を みる と えらい こと を わすれて いた に キ が ついた で。 キムラ さん から アナタ に デンポウ が きとった の を、 ワタシャ ビクトリヤ での ドサクサ で ころり わすれとった ん だ。 すまん こと でした。 こんな シワ に なりくさった」
と いいながら、 ヒダリ の ポッケット から オリメ に タバコ の コナ が はさまって モミクチャ に なった デンポウシ を とりだした。 キムラ は さっき ヨウコ が それ を みた と たしか に いった その コトバ に たいして、 ケゲン な カオツキ を しながら ヨウコ を みた。 ササイ な こと では ある が、 それ が ジムチョウ にも カンケイ を もつ こと だ と おもう と、 ヨウコ も ちょっと どぎまぎ せず には いられなかった。 しかし それ は ただ イッシュンカン だった。
「クラチ さん、 アナタ は キョウ すこし どうか なすって いらっしゃる わ。 それ は その とき ちゃんと ハイケン した じゃ ありません か」
と いいながら すばやく メクバセ する と、 ジムチョウ は すぐ ナニ か ワケ が ある の を けどった らしく、 たくみ に ヨウコ に バツ を あわせた。
「なに? アナタ みた?…… おお そうそう…… これ は ねぼけかえっとる ぞ、 はははは」
 そして たがいに カオ を みあわせながら フタリ は したたか わらった。 キムラ は しばらく フタリ を カタミガワリ に みくらべて いた が、 これ も やがて コエ を たてて わらいだした。 キムラ の わらいだす の を みた フタリ は むしょうに おかしく なって もう イチド あたらしく わらいこけた。 キムラ と いう おおきな ジャマモノ を メノマエ に すえて おきながら、 タガイ の カンジョウ が ミズ の よう に ク も なく ながれかよう の を フタリ は こどもらしく たのしんだ。
 しかし こんな イタズラ-めいた こと の ため に ハナシ は ちょっと とぎれて しまった。 くだらない こと に フタリ から わきでた すこし ぎょうさん-すぎた ワライ は、 かすか ながら キムラ の カンジョウ を そこねた らしかった。 ヨウコ は、 この バアイ、 なお いのころう と する ジムチョウ を とおざけて、 キムラ と サシムカイ に なる の が トクサク だ と おもった ので、 ホド も なく キマジメ な カオツキ に かえって、 マクラ の シタ を さぐって、 そこ に いれて おいた コトウ の テガミ を とりだして キムラ に わたしながら、
「これ を アナタ に コトウ さん から。 コトウ さん には ずいぶん オセワ に なりまして よ。 でも あの カタ の ブマサ カゲン ったら、 それ は じれったい ほど ね。 アイ や サダ の ガッコウ の こと も おたのみ して きた ん です けれども こころもとない もん よ。 きっと イマゴロ は ケンカゴシ に なって ミンナ と ダンパン でも して いらっしゃる でしょう よ。 みえる よう です わね」
と ミズ を むける と、 キムラ は はじめて ハナシ の リョウブン が ジブン の ほう に うつって きた よう に、 カオイロ を なおしながら、 ジムチョウ を ソッチノケ に した タイド で、 ヨウコ に たいして は ジブン が ダイイチ の ハツゲンケン を もって いる と いわん ばかり に、 いろいろ と はなしだした。 ジムチョウ は しばらく カザムキ を みはからって たって いた が とつぜん ヘヤ を でて いった。 ヨウコ は すばやく その カオイロ を うかがう と ミョウ に けわしく なって いた。
「ちょっと シツレイ」
 キムラ の クセ で、 こんな とき まで ミョウ に よそよそしく ことわって、 コトウ の テガミ の フウ を きった。 セイヨウ ケイシ に ペン で こまかく かいた イクマイ か の かなり あつい もの で、 それ を キムラ が よみおわる まで には ヒマ が かかった。 その アイダ、 ヨウコ は アオムケ に なって、 カンパン で さかん に ニアゲ して いる ニンソク ら の サワギ を ききながら、 やや くらく なりかけた ヒカリ で キムラ の カオ を みやって いた。 すこし マユネ を よせながら、 テガミ に よみふける キムラ の ヒョウジョウ には、 ときどき クツウ や ギワク や の イロ が いったり きたり した。 よみおわって から ほっと した タメイキ と ともに キムラ は テガミ を ヨウコ に わたして、
「こんな こと を いって よこして いる ん です。 アナタ に みせて も かまわない と ある から ごらんなさい」
と いった。 ヨウコ は べつに よみたく も なかった が、 タショウ の コウキシン も てつだう ので とにかく メ を とおして みた。

「ボク は コンド ぐらい フシギ な ケイケン を なめた こと は ない。 ケイ が さって ノチ の ヨウコ さん の イッシン に かんして、 セキニン を もつ こと なんか、 ボク は したい と おもって も でき は しない が、 もし メイハク に いわせて くれる なら、 ケイ は まだ ヨウコ さん の ココロ を ぜんぜん センリョウ した もの とは おもわれない」
「ボク は オンナ の ココロ には まったく ふれた こと が ない と いって いい ほど の ニンゲン だ が、 もし ボク の ジジツ だ と おもう こと が フコウ に して ジジツ だ と する と、 ヨウコ さん の コイ には ――もし そんな の が コイ と いえる なら―― だいぶ ヨユウ が ある と おもう ね」
「これ が オンナ の タクト と いう もの か と おもった よう な こと が あった。 しかし ボク には わからん」
「ボク は わかい オンナ の マエ に ゆく と へんに どぎまぎ して しまって ろくろく モノ も いえなく なる。 ところが ヨウコ さん の マエ では まったく ちがった カンジ で モノ が いえる。 これ は カンガエモノ だ」
「ヨウコ さん と いう ヒト は ケイ が いう とおり に すぐれた テンプ を もった ヒト の よう にも じっさい おもえる。 しかし あの ヒト は どこ か カタワ じゃ ない かい」
「メイハク に いう と ボク は ああいう ヒト は いちばん きらい だ けれども、 ドウジ に また いちばん ひきつけられる、 ボク は この ムジュン を ときほごして みたくって たまらない。 ボク の タンジュン を ゆるして くれたまえ。 ヨウコ さん は イマ まで の どこ か で ミチ を まちがえた の じゃ ない かしらん。 けれども それにしては あまり ヘイキ だね」
「カミ は アクマ に なにひとつ あたえなかった が アトラクション だけ は あたえた の だ。 こんな こと も おもう。 ……ヨウコ さん の アトラクション は どこ から くる ん だろう。 シッケイ シッケイ。 ボク は ランボウ を いいすぎてる よう だ」
「ときどき は にくむ べき ニンゲン だ と おもう が、 ときどき は なんだか かわいそう で かわいそう で たまらなく なる とき が ある。 ヨウコ さん が ここ を よんだら、 おそらく ツバ でも はきかけたく なる だろう。 あの ヒト は かわいそう な ヒト の くせ に、 かわいそう-がられる の が きらい らしい から」
「ボク には けっきょく ヨウコ さん は ナニ が なんだか ちっとも わからない。 ボク は ケイ が カノジョ を えらんだ ジシン に おどろく。 しかし こう なった イジョウ は、 ケイ は ゼンリョク を つくして カノジョ を リカイ して やらなければ いけない と おもう。 どうか ケイラ の セイカツ が サイゴ の エイカン に いたらん こと を カミ に いのる」

 こんな モンク が ダンペンテキ に ヨウコ の ココロ に しみて いった。 ヨウコ は はげしい ブベツ を コバナ に みせて、 テガミ を キムラ に もどした。 キムラ の カオ には その テガミ を よみおえた ヨウコ の ココロ の ウチ を みとおそう と あせる よう な ヒョウジョウ が あらわれて いた。
「こんな こと を かかれて アナタ どう おもいます」
 ヨウコ は こともなげ に せせらわらった。
「どうも おもい は しません わ。 でも コトウ さん も テガミ の ウエ では イチマイ-ガタ オトコ を あげて います わね」
 キムラ の イキゴミ は しかし そんな こと では ごまかされそう には なかった ので、 ヨウコ は めんどうくさく なって すこし けわしい カオ に なった。
「コトウ さん の おっしゃる こと は コトウ さん の おっしゃる こと。 アナタ は ワタシ と ヤクソク なさった とき から ワタシ を しんじ ワタシ を リカイ して くださって いらっしゃる ん でしょう ね」
 キムラ は おそろしい チカラ を こめて、
「それ は そう です とも」
と こたえた。
「そんなら それ で なにも いう こと は ない じゃ ありません か。 コトウ さん など の いう こと―― コトウ さん なんぞ に わかられたら ニンゲン も スエ です わ―― でも アナタ は やっぱり どこ か ワタシ を うたがって いらっしゃる のね」
「そう じゃ ない……」
「そう じゃ ない こと が ある もん です か。 ワタシ は いったん こう と きめたら どこまでも それ で とおす の が すき。 それ は いきてる ニンゲン です もの、 こっち の スミ あっち の スミ と ちいさな こと を とらえて トガメダテ を はじめたら サイゲン は ありません さ。 そんな バカ な こと ったら ありません わ。 ワタシ みたい な キズイ な ワガママモノ は そんな ふう に されたら キュウクツ で キュウクツ で しんで しまう でしょう よ。 ワタシ が こんな に なった の も、 つまり、 ミンナ で よって たかって ワタシ を うたがいぬいた から です。 アナタ だって やっぱり その ヒトリ か と おもう と こころぼそい もん です のね」
 キムラ の メ は かがやいた。
「ヨウコ さん、 それ は ウタガイスギ と いう もん です」
 そして ジブン が ベイコク に きて から なめつくした フントウ セイカツ も つまり は ヨウコ と いう もの が あれば こそ できた ので、 もし ヨウコ が それ に ドウジョウ と コブ と を あたえて くれなかったら、 その シュンカン に セイ も コン も かれはてて しまう に ちがいない と いう こと を くりかえし くりかえし ネッシン に といた。 ヨウコ は うそうそしく きいて いた が、
「うまく おっしゃる わ」
と トドメ を さして おいて、 しばらく して から おもいだした よう に、
「アナタ タガワ の オクサン に おあい なさって」
と たずねた。 キムラ は まだ あわなかった と こたえた。 ヨウコ は ヒニク な ヒョウジョウ を して、
「いまに きっと おあい に なって よ。 イッショ に この フネ で いらしった ん です もの。 そして イソガワ の オバサン が ワタシ の カントク を おたのみ に なった ん です もの。 イチド おあい に なったら アナタ は きっと ワタシ なんぞ ミムキ も なさらなく なります わ」
「どうして です」
「まあ おあい なさって ゴラン なさいまし」
「ナニ か アナタ ヒナン を うける よう な こと でも した ん です か」
「ええ ええ たくさん しました とも」
「タガワ フジン に? あの ケンプジン の ヒナン を うける とは、 いったい どんな こと を した ん です」
 ヨウコ は さも アイソ が つきた と いう ふう に、
「あの ケンプジン!」
と いいながら たかだか と わらった。 フタリ の カンジョウ の イト は またも もつれて しまった。
「そんな に あの オクサン に アナタ の ゴシンヨウ が ある の なら、 ワタシ から もうして おく ほう が ハヤテマワシ です わね」
と ヨウコ は ハンブン ヒニク な ハンブン マジメ な タイド で、 ヨコハマ シュッコウ イライ フジン から ヨウコ が うけた アンアンリ の アッパク に オヒレ を つけて かたって きて、 ジムチョウ と ジブン との アイダ に ナニ か アタリマエ で ない カンケイ でも ある よう な ウタガイ を もって いる らしい と いう こと を、 ヒトゴト でも はなす よう に レイセイ に のべて いった。 その コトバ の ウラ には、 しかし ヨウコ に トクユウ な ヒ の よう な ジョウネツ が ひらめいて、 その メ は するどく かがやいたり なみだぐんだり して いた。 キムラ は デンカ に でも うたれた よう に ハンダンリョク を うしなって、 イチブ シジュウ を ぼんやり と きいて いた。 コトバ だけ にも どこまでも レイセイ な チョウシ を もたせつづけて ヨウコ は スベテ を かたりおわって から、
「おなじ シンセツ にも シンソコ から の と、 トオリイッペン の と フタツ あります わね。 その フタツ が どうか して ぶつかりあう と、 いつでも ホントウ の シンセツ の ほう が ワルモノ アツカイ に されたり、 ジャマモノ に みられる ん だ から おもしろう ござんす わ。 ヨコハマ を でて から ミッカ ばかり フネ に よって しまって、 どう しましょう と おもった とき にも、 ゴシンセツ な オクサン は、 わざと ゴエンリョ なさって でしょう ね、 サンド サンド ショクドウ には おで に なる のに、 イチド も ワタシ の ほう へは いらしって くださらない のに、 ジムチョウ ったら イクド も オイシャ さん を つれて くる ん です もの、 オクサン の オウタガイ も もっとも と いえば もっとも です の。 それに ワタシ が イビョウ で ねこむ よう に なって から は、 センチュウ の オキャクサマ が それ は ドウジョウ して くださって、 いろいろ と して くださる の が、 オクサン には だいの オキ に いらなかった ん です の。 オクサン だけ が ワタシ を シンセツ に して くださって、 ホカ の カタ は ミンナ よって たかって、 オクサン を シンセツ に して あげて くださる ダンドリ に さえ なれば、 なにもかも ブジ だった ん です けれども ね、 なかでも ジムチョウ の シンセツ に して アゲカタ が いちばん たりなかった ん でしょう よ」
と コトバ を むすんだ。 キムラ は クチビル を かむ よう に して きいて いた が、 いまいましげ に、
「わかりました わかりました」
 ガテン しながら つぶやいた。
 ヨウコ は ヒタイ の ハエギワ の みじかい ケ を ひっぱって は ユビ に まいて ウワメ で ながめながら、 ヒニク な ビショウ を クチビル の アタリ に うかばして、
「おわかり に なった? ふん、 どう です かね」
と そらうそぶいた。
 キムラ は ナニ を おもった か ひどく カンショウテキ な タイド に なって いた。
「ワタシ が わるかった。 ワタシ は どこまでも アナタ を しんずる つもり で いながら、 ヒト の コトバ に タショウ とも シンヨウ を かけよう と して いた の が わるかった の です。 ……かんがえて ください、 ワタシ は シンルイ や ユウジン の スベテ の ハンタイ を おかして ここ まで きて いる の です。 もう アナタ なし には ワタシ の ショウガイ は ムイミ です。 ワタシ を しんじて ください。 きっと 10 ネン を きして オトコ に なって みせます から…… もし アナタ の アイ から ワタシ が はなれなければ ならん よう な こと が あったら…… ワタシ は そんな こと を おもう に たえない…… ヨウコ さん」
 キムラ は こう いいながら メ を かがやかして すりよって きた。 ヨウコ は その おもいつめた らしい タイド に イッシュ の キョウフ を かんずる ほど だった。 オトコ の ホコリ も なにも わすれはて、 すてはてて、 ヨウコ の マエ に チカイ を たてて いる キムラ を、 うまうま いつわって いる の だ と おもう と、 ヨウコ は さすが に ハリ で つく よう な イタミ を するどく ふかく リョウシン の イチグウ に かんぜず には いられなかった。 しかし それ より も その シュンカン に ヨウコ の ムネ を おしひしぐ よう に せばめた もの は、 ソコ の ない ものすごい フアン だった。 キムラ とは どうしても つれそう ココロ は ない。 その キムラ に…… ヨウコ は おぼれた ヒト が キシベ を のぞむ よう に ジムチョウ を おもいうかべた。 オトコ と いう もの の オンナ に あたえる チカラ を いまさら に つよく かんじた。 ここ に ジムチョウ が いて くれたら どんな に ジブン の ユウキ は くわわったろう。 しかし…… どう に でも なれ。 どうか して この ダイジ な セト を こぎぬけなければ うかぶ セ は ない。 ヨウコ は だいそれた ムホンニン の ココロ で キムラ の カレス を うく べき ミガマエ ココロガマエ を あんじて いた。
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