カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 8)

2021-04-04 | アリシマ タケオ
 35

 ヨウコ と クラチ とは タケシバ-カン イライ たびたび イエ を あけて ちいさな コイ の ボウケン を たのしみあう よう に なった。 そういう とき に クラチ の イエ に デイリ する ガイコクジン や マサイ など が ドウハン する こと も あった。 ガイコクジン は おもに ベイコク の ヒト だった が、 ヨウコ は クラチ が そういう ヒトタチ を ドウザ させる イミ を しって、 その なめらか な エイゴ と、 ダレ でも ――ことに カオ や テ の ヒョウジョウ に ホンノウテキ な キョウミ を もつ ガイコクジン を―― コワク しない では おかない はなやか な オウセツブリ と で、 カレラ を トリコ に する こと に セイコウ した。 それ は クラチ の シゴト を すくなからず たすけた に ちがいなかった。 クラチ の カネマワリ は ますます ジュンタク に なって ゆく らしかった。 ヨウコ イッカ は クラチ と キムラ と から みつがれる カネ で チュウリュウ カイキュウ には ありえない ほど ヨユウ の ある セイカツ が できた のみ ならず、 ヨウコ は ジュウブン の シオクリ を サダコ に して、 なお あまる カネ を おんならしく マイゲツ ギンコウ に あずけいれる まで に なった。
 しかし それ と ともに クラチ は ますます すさんで いった。 メ の ヒカリ に さえ モト の よう に タイカイ に のみ みる カンカツ な ムトンジャク な そして おそろしく ちからづよい ヒョウジョウ は なくなって、 いらいら と アテ も なく もえさかる セキタン の ヒ の よう な ネツ と フアン と が みられる よう に なった。 ややともすると クラチ は とつぜん ワケ も ない こと に きびしく ハラ を たてた。 マサイ など は コッパ ミジン に しかりとばされたり した。 そういう とき の クラチ は アラシ の よう な キョウボウ な イリョク を しめした。
 ヨウコ も ジブン の ケンコウ が だんだん わるい ほう に むいて ゆく の を イシキ しない では いられなく なった。 クラチ の ココロ が すさめば すさむ ほど ヨウコ に たいして ヨウキュウ する もの は もえただれる ジョウネツ の ニクタイ だった が、 ヨウコ も また しらずしらず ジブン を それ に テキオウ させ、 かつは ジブン が クラチ から ドウヨウ な キョウボウ な アイブ を うけたい ヨクネン から、 サキ の こと も アト の こと も かんがえず に、 ゲンザイ の カノウ の スベテ を つくして クラチ の ヨウキュウ に おうじて いった。 ノウ も シンゾウ も ふりまわして、 ゆすぶって、 たたきつけて、 イッキ に モウカ で あぶりたてる よう な ゲキジョウ、 タマシイ ばかり に なった よう な、 ニク ばかり に なった よう な キョクタン な シンケイ の コンラン、 そして その アト に つづく シメツ と ドウゼン の ケンタイ ヒロウ。 ニンゲン が ゆうする セイメイリョク を ドンゾコ から ためし こころみる そういう ギャクタイ が ヒ に 2 ド も 3 ド も くりかえされた。 そうして その アト では クラチ の ココロ は きっと ヤジュウ の よう に さらに すさんで いた。 ヨウコ は フカイ きわまる ビョウリテキ の ユウウツ に おそわれた。 しずか に にぶく セイメイ を おびやかす ヨウブ の イタミ、 2 ヒキ の ショウマ が ニク と ホネ との アイダ に はいりこんで、 ニク を カタ に あてて ホネ を ふんばって、 うんと チカラマカセ に そりあがる か と おもわれる ほど の カタ の コリ、 だんだん コドウ を ひくめて いって、 コキュウ を くるしく して、 イマ ハタラキ を とめる か と あやぶむ と、 イチジ に ミミ に まで オト が きこえる くらい はげしく うごきだす フキソク な シンゾウ の ドウサ、 もやもや と ヒ の キリ で つつまれたり、 トウメイ な コオリ の ミズ で みたされる よう な ズノウ の クルイ、 ……こういう ゲンショウ は ヒイチニチ と セイメイ に たいする、 そして ジンセイ に たいする ヨウコ の サイギ を はげしく した。
 ウチョウテン の デキラク の アト に おそって くる さびしい とも、 かなしい とも、 はかない とも ケイヨウ の できない その クウキョサ は ナニ より も ヨウコ に つらかった。 たとい その バ で イノチ を たって も その クウキョサ は エイエン に ヨウコ を おそう もの の よう にも おもわれた。 ただ これ から のがれる ただ ヒトツ の ミチ は ステバチ に なって、 イチジテキ の もの だ とは しりぬきながら、 そして その アト には さらに くるしい クウキョサ が マチブセ して いる とは カクゴ しながら、 ツギ の デキラク を おう ホカ は なかった。 キブン の すさんだ クラチ も おなじ ヨウコ と おなじ ココロ で おなじ こと を もとめて いた。 こうして フタリ は テイシ する ところ の ない いずこ か へ テ を つないで まよいこんで いった。
 ある アサ ヨウコ は アサユ を つかって から、 レイ の 6 ジョウ で キョウダイ に むかった が イチニチ イチニチ に かわって ゆく よう な ジブン の カオ には ただ おどろく ばかり だった。 すこし タテ に ながく みえる カガミ では ある けれども、 そこ に うつる スガタ は あまり に ほそって いた。 そのかわり メ は マエ にも まして おおきく スズ を はって、 ケショウヤケ とも おもわれぬ うすい ムラサキイロ の シキソ が その マワリ に あらわれて きて いた。 それ が ヨウコ の メ に たとえば シンリン に かこまれた すんだ ミズウミ の よう な フカミ と シンピ と を そえる よう にも みえた。 ハナスジ は やせほそって セイシンテキ な ビンカンサ を きわだたして いた。 ホオ の いたいたしく こけた ため に、 ヨウコ の カオ に いう べからざる アタタカミ を あたえる エクボ を うしなおう と して は いた が、 その カワリ に そこ には なやましく ものおもわしい ハリ を くわえて いた。 ただ ヨウコ が どうしても ベンゴ の できない の は ますます めだって きた かたい シタアゴ の リンカク だった。 しかし とにも かくにも ニクジョウ の コウフン の ケッカ が カオ に ヨウセイ な セイシンビ を つけくわえて いる の は フシギ だった。 ヨウコ は これまで の ケショウホウ を ぜんぜん あらためる ヒツヨウ を その アサ に なって しみじみ と かんじた。 そして イマ まで きて いた イルイ まで が のこらず キ に くわなく なった。 そう なる と ヨウコ は ヤ も タテ も たまらなかった。
 ヨウコ は ベニ の まじった オシロイ を ほとんど つかわず に ケショウ を した。 アゴ の リョウガワ と メ の マワリ との オシロイ を わざと うすく ふきとった。 マクラ を いれず に マエガミ を とって、 ソクハツ の マゲ を おもいきり さげて ゆって みた。 ビン だけ を すこし ふくらました ので アゴ の はった の も めだたず、 カオ の ほそく なった の も いくらか チョウセツ されて、 そこ には ヨウコ ジシン が キタイ も しなかった よう な ハイタイテキ な ドウジ に シンケイシツテキ な すごく も うつくしい ヒトツ の ガンメン が ソウゾウ されて いた。 アリアワセ の もの の ナカ から できる だけ ジミ な ヒトソロイ を えらんで それ を きる と ヨウコ は すぐ エチゴヤ に クルマ を はしらせた。
 ヒルスギ まで ヨウコ は エチゴヤ に いて チュウモン や カイモノ に トキ を すごした。 イフク や ミノマワリ の もの の ミタテ に ついて は ヨウコ は テンサイ と いって よかった。 ジブン でも その サイノウ には ジシン を もって いた。 したがって おもいぞんぶん の カネ を フトコロ に いれて いて カイモノ を する くらい キョウ の おおい もの は ヨウコ に とって は タ に なかった。 エチゴヤ を でる とき には、 カンキョウ と コウフン と に ジブン を いためちぎった ゲイジュツカ の よう に へとへと に つかれきって いた。
 かえりついた ゲンカン の クツヌギイシ の ウエ には オカ の ほそながい きゃしゃ な ハングツ が ぬぎすてられて いた。 ヨウコ は ジブン の ヘヤ に いって カイチュウモノ など を しまって、 ユノミ で なみなみ と 1 パイ の サユ を のむ と、 すぐ 2 カイ に あがって いった。 ジブン の あたらしい ケショウホウ が どんな ふう に オカ の メ を シゲキ する か、 ヨウコ は こどもらしく それ を こころみて みたかった の だ。 カノジョ は フイ に オカ の マエ に あらわれよう ため に ウラバシゴ から そっと のぼって いった。 そして フスマ を あける と そこ に オカ と アイコ だけ が いた。 サダヨ は タイコウエン に でも いって あそんで いる の か そこ には スガタ を みせなかった。
 オカ は シシュウ らしい もの を ひらいて みて いた。 そこ には なお 2~3 サツ の ショモツ が ちらばって いた。 アイコ は エンガワ に でて テスリ から ニワ を みおろして いた。 しかし ヨウコ は フシギ な ホンノウ から、 ハシゴダン に アシ を かけた コロ には、 フタリ は けっして イマ の よう な イチ に、 イマ の よう な タイド で いた の では ない と いう こと を チョッカク して いた。 フタリ が ヒトリ は ホン を よみ、 ヒトリ が エン に でて いる の は、 いかにも シゼン で ありながら ヒジョウ に フシゼン だった。
 とつぜん―― それ は ホントウ に とつぜん どこ から とびこんで きた の か しれない フカイ の ネン の ため に ヨウコ の ムネ は かきむしられた。 オカ は ヨウコ の スガタ を みる と、 わざっと くつろがせて いた よう な シセイ を キュウ に ただして、 よみふけって いた らしく みせた シシュウ を あまり に オシゲ も なく とじて しまった。 そして イツモ より すこし なれなれしく アイサツ した。 アイコ は エンガワ から しずか に こっち を ふりむいて フダン と すこしも かわらない タイド で、 ジュウジュン に ムヒョウジョウ に エンイタ の ウエ に ちょっと ヒザ を ついて アイサツ した。 しかし その チンチャク にも かかわらず、 ヨウコ は アイコ が イマ まで ナミダ を メ に ためて いた の を つきとめた。 オカ も アイコ も あきらか に ヨウコ の カオ や カミ の ヨウス の かわった の に きづいて いない くらい ココロ に ヨユウ の ない の が あきらか だった。
「サア ちゃん は」
と ヨウコ は たった まま で たずねて みた。 フタリ は おもわず あわてて こたえよう と した が、 オカ は アイコ を ぬすみみる よう に して ひかえた。
「トナリ の ニワ に ハナ を かい に いって もらいました の」
 そう アイコ が すこし シタ を むいて マゲ だけ を ヨウコ に みえる よう に して すなお に こたえた。 「ふふん」 と ヨウコ は ハラ の ナカ で せせらわらった。 そして はじめて そこ に すわって、 じっと オカ の メ を みつめながら、
「ナニ? よんで いらしった の は」
と いって、 そこ に ある シロク ホソガタ の うつくしい ヒョウソウ の ショモツ を とりあげて みた。 クロカミ を みだした ヨウエン な オンナ の アタマ、 ヤ で つらぬかれた シンゾウ、 その シンゾウ から ぽたぽた おちる チ の シタタリ が おのずから ジ に なった よう に ズアン された 「ミダレガミ」 と いう ヒョウダイ―― モジ に したしむ こと の だいきらい な ヨウコ も ウワサ で きいて いた ユウメイ な ホウ アキコ の シシュウ だった。 そこ には 「ミョウジョウ」 と いう ブンゲイ ザッシ だの、 シュンウ の 「イチジク」 だの、 チョウミン コジ の 「イチネン ユウハン」 だの と いう シンカン の ショモツ も ちらばって いた。
「まあ オカ さん も なかなか の ロマンティスト ね、 こんな もの を アイドク なさる の」
と ヨウコ は すこし ヒニク な もの を クチジリ に みせながら たずねて みた。 オカ は しずか な チョウシ で テイセイ する よう に、
「それ は アイコ さん の です。 ワタシ イマ ちょっと ハイケン した だけ です」
「これ は」
と いって ヨウコ は コンド は 「イチネン ユウハン」 を とりあげた。
「それ は オカ さん が キョウ かして くださいました の。 ワタシ わかりそう も ありません わ」
 アイコ は アネ の ドクゼツ を あらかじめ ふせごう と する よう に。
「へえ、 それじゃ オカ さん、 アナタ は また たいした リアリスト ね」
 ヨウコ は アイコ を ガンチュウ にも おかない ふう で こう いった。 キョネン の シモハンキ の シソウカイ を シンカン した よう な この ショモツ と ゾクヘン とは クラチ の まずしい ショカ の ナカ にも あった の だ。 そして ヨウコ は おもしろく おもいながら その ナカ を ときどき ヒロイヨミ して いた の だった。
「なんだか ワタシ とは すっかり ちがった セカイ を みる よう で いながら、 ジブン の ココロモチ が のこらず いって ある よう でも ある んで…… ワタシ それ が すき なん です。 リアリスト と いう わけ では ありません けれども……」
「でも この ホン の ヒニク は すこし ヤセガマン ね。 アナタ の よう な カタ には ちょっと フニアイ です わ」
「そう でしょう か」
 オカ は なんとはなく いまに でも ハレモノ に さわられる か の よう に そわそわ して いた。 カイワ は すこしも イツモ の よう には はずまなかった。 ヨウコ は いらいら しながら も それ を カオ には みせない で コンド は アイコ の ほう に ヤリサキ を むけた。
「アイ さん オマエ こんな ホン を いつ オカイ だった の」
と いって みる と、 アイコ は すこし ためらって いる ヨウス だった が、 すぐに すなお な オチツキ を みせて、
「かった ん じゃ ない ん です の。 コトウ さん が おくって くださいました の」
と いった。 ヨウコ は さすが に おどろいた。 コトウ は あの カイショク の バン、 チュウザ した っきり、 この イエ には アシブミ も しなかった のに……。 ヨウコ は すこし はげしい コトバ に なった。
「なんだって また こんな ホン を おくって およこし なさった ん だろう。 アナタ オテガミ でも あげた のね」
「ええ、 ……くださいました から」
「どんな オテガミ を」
 アイコ は すこし ウツムキ カゲン に だまって しまった。 こういう タイド を とった とき の アイコ の シブトサ を ヨウコ は よく しって いた。 ヨウコ の シンケイ は びりびり と キンチョウ して きた。
「もって きて おみせ」
 そう ゲンカク に いいながら、 ヨウコ は そこ に オカ の いる こと も イシキ の ウチ に くわえて いた。 アイコ は シツヨウ に だまった まま すわって いた。 しかし ヨウコ が もう イチド サイソク の コトバ を だそう と する と、 その シュンカン に アイコ は つと たちあがって ヘヤ を でて いった。
 ヨウコ は その スキ に オカ の カオ を みた。 それ は まだ ムク ドウテイ の セイネン が フシギ な センリツ を ムネ の ウチ に かんじて、 ハンカン を もよおす か、 ひきつけられ か しない では いられない よう な メ で オカ を みた。 オカ は ショウジョ の よう に カオ を あかめて、 ヨウコ の シセン を うけきれない で ヒトミ を たじろがしつつ メ を ふせて しまった。 ヨウコ は いつまでも その デリケート な ヨコガオ を みつめつづけた。 オカ は ツバ を のみこむ の も はばかる よう な ヨウス を して いた。
「オカ さん」
 そう ヨウコ に よばれて、 オカ は やむ を えず おずおず アタマ を あげた。 ヨウコ は コンド は なじる よう に その わかわかしい ジョウヒン な オカ を みつめて いた。
 そこ に アイコ が しろい セイヨウ フウトウ を もって かえって きた。 ヨウコ は オカ に それ を みせつける よう に とりあげて、 とる にも たらぬ かるい もの でも あつかう よう に とびとび に よんで みた。 それ には ただ アタリマエ な こと だけ が かいて あった。 シバラクメ で みた フタリ の おおきく なって かわった の には おどろいた とか、 せっかく よって つくって くれた ゴチソウ を すっかり ショウミ しない うち に かえった の は ザンネン だ が、 ジブン の ショウブン と して は あの うえ ガマン が できなかった の だ から ゆるして くれ とか、 ニンゲン は タニン の ミヨウ ミマネ で そだって いった の では ダメ だ から、 たとい どんな キョウグウ に いて も ジブン の ケンシキ を うしなって は いけない とか、 フタリ には クラチ と いう ニンゲン だけ は どうか して ちかづけさせたく ない と おもう とか、 そして サイゴ に、 アイコ さん は エイカ が なかなか ジョウズ だった が コノゴロ できる か、 できる なら それ を みせて ほしい、 グンタイ セイカツ の カンソウ ムミ なの には たえられない から と して あった。 そして アテナ は アイコ、 サダヨ の フタリ に なって いた。
「バカ じゃ ない の アイ さん、 アナタ この オテガミ で イイキ に なって、 ヘタクソ な ヌタ でも おみせ もうした ん でしょう…… イイキ な もの ね…… この ゴホン と イッショ にも オテガミ が きた はず ね」
 アイコ は すぐ また たとう と した。 しかし ヨウコ は そう は させなかった。
「1 ポン 1 ポン オテガミ を とり に いったり かえったり した ん じゃ ヒ が くれます わ。 ……ヒ が くれる と いえば もう くらく なった わ。 サア ちゃん は また ナニ を して いる だろう…… アナタ はやく よび に いって イッショ に オユウハン の シタク を して ちょうだい」
 アイコ は そこ に ある ショモツ を ヒトカカエ に ムネ に だいて、 うつむく と あいらしく フタエ に なる アゴ で おさえて ザ を たって いった。 それ が いかにも しおしお と、 こまかい キョドウ の ヒトツヒトツ で オカ に アイソ する よう に みれば みなされた。 「たがいに みかわす よう な こと を して みる が いい」 そう ヨウコ は ココロ の ウチ で フタリ を たしなめながら、 フタリ に キ を くばった。 オカ も アイコ も もうしあわした よう に ベッシ も しあわなかった。 けれども ヨウコ は フタリ が せめては メ だけ でも なぐさめあいたい ネガイ に ムネ を ふるわして いる の を はっきり と かんずる よう に おもった。 ヨウコ の ココロ は おぞましく も にがにがしい サイギ の ため に くるしんだ。 ワカサ と ワカサ と が たがいに きびしく もとめあって、 ヨウコ など を やすやす と ソデ に する まで に その ジョウエン は こうじて いる と おもう と たえられなかった。 ヨウコ は しいて ジブン を おししずめる ため に、 オビ の アイダ から タバコイレ を とりだして ゆっくり ケムリ を ふいた。 キセル の サキ が はしなく ヒバチ に かざした オカ の ユビサキ に ふれる と デンキ の よう な もの が ヨウコ に つたわる の を おぼえた。 ワカサ…… ワカサ……。
 そこ には フタリ の アイダ に しばらく ぎこちない チンモク が つづいた。 オカ が ナニ を いえば アイコ は ないた ん だろう。 アイコ は ナニ を ないて オカ に うったえて いた の だろう。 ヨウコ が かぞえきれぬ ほど ケイケン した イクタ の コイ の バメン の ナカ から、 ゲキジョウテキ な イロイロ の コウケイ が つぎつぎ に アタマ の ナカ に えがかれる の だった。 もう そうした ネンレイ が オカ にも アイコ にも きて いる の だ。 それ に フシギ は ない。 しかし あれほど ヨウコ に あこがれおぼれて、 いわば コイ イジョウ の コイ とも いう べき もの を スウハイテキ に ささげて いた オカ が、 あの ジュンチョク な ジョウヒン な そして きわめて ウチキ な オカ が、 みるみる ヨウコ の ハジ から はなれて、 ヒト も あろう に アイコ―― イモウト の アイコ の ほう に うつって ゆこう と して いる らしい の を みなければ ならない の は なんと いう こと だろう。 アイコ の ナミダ―― それ は さっする こと が できる。 アイコ は きっと なみだながら に ヨウコ と クラチ との アイダ に コノゴロ つのって ゆく ホンポウ な ホウラツ な シュウコウ を うったえた に ちがいない。 ヨウコ の アイコ と サダヨ と に たいする ヘンパ な アイゾウ と、 アイコ の ウエ に くわえられる ゴテン ジョチュウ-フウ な アッパク と を なげいた に ちがいない。 しかも それ を あの オンナ に トクユウ な タコン-らしい、 ひややか な、 さびしい ヒョウゲンホウ で、 そして いきづまる よう な ワカサ と ワカサ との キョウメイ の ウチ に……。
 ぼつぜん と して やく よう な シット が ヨウコ の ムネ の ウチ に かたく こごりついて きた。 ヨウコ は すりよって おどおど して いる オカ の テ を ちからづよく にぎりしめた。 ヨウコ の テ は コオリ の よう に つめたかった。 オカ の テ は ヒバチ に かざして あった せい か、 めずらしく ほてって オクビョウ-らしい アブラアセ が テノヒラ に しとど に しみでて いた。
「アナタ は ワタシ が おこわい の」
 ヨウコ は さりげなく オカ の カオ を のぞきこむ よう に して こう いった。
「そんな こと……」
 オカ は しょうことなし に ハラ を すえた よう に わりあい に しゃんと した コエ で こう いいながら、 ヨウコ の メ を ゆっくり みやって、 にぎられた テ には すこしも チカラ を こめよう とは しなかった。 ヨウコ は うらぎられた と おもう フマン の ため に もう それ イジョウ レイセイ を よそおって は いられなかった。 ムカシ の よう に どこまでも ジブン を うしなわない、 ネバリケ の つよい、 するどい シンケイ は もう ヨウコ には なかった。
「アナタ は アイコ を あいして いて くださる のね。 そう でしょう。 ワタシ が ここ に くる マエ アイコ は あんな に ないて ナニ を もうしあげて いた の?…… おっしゃって ください な。 アイコ が アナタ の よう な カタ に あいして いただける の は もったいない くらい です から、 ワタシ よろこぶ とも トガメダテ など は しません、 きっと。 だから おっしゃって ちょうだい。 ……いいえ、 そんな こと を おっしゃって そりゃ ダメ、 ワタシ の メ は まだ これ でも くろう ござんす から。 ……アナタ そんな みずくさい オシムケ を ワタシ に なさろう と いう の? まさか とは おもいます が アナタ ワタシ に おっしゃった こと を わすれなさっちゃ こまります よ。 ワタシ は これ でも シンケン な こと には シンケン に なる くらい の セイジツ は ある つもり です こと よ。 ワタシ アナタ の オコトバ は わすれて は おりません わ。 アネ だ と イマ でも おもって いて くださる なら ホントウ の こと を おっしゃって ください。 アイコ に たいして は ワタシ は ワタシ だけ の こと を して ゴラン に いれます から…… さ」
 そう かんばしった コエ で いいながら ヨウコ は ときどき にぎって いる オカ の テ を ヒステリック に はげしく ふりうごかした。 ないて は ならぬ と おもえば おもう ほど ヨウコ の メ から は ナミダ が ながれた。 さながら コイビト に フジツ を せめる よう な ネツイ が おもうざま わきたって きた。 シマイ には オカ にも その ココロモチ が うつって いった よう だった。 そして ミギテ を にぎった ヨウコ の テ の ウエ に ヒダリ の テ を そえながら、 ジョウゲ から はさむ よう に おさえて、 オカ は フルエゴエ で しずか に いいだした。
「ゴゾンジ じゃ ありません か、 ワタシ、 コイ の できる よう な ニンゲン では ない の を。 トシ こそ わこう ございます けれども ココロ は ミョウ に いじけて おいて しまって いる ん です。 どうしても コイ の とげられない よう な オンナ の カタ に で なければ ワタシ の コイ は うごきません。 ワタシ を こいして くれる ヒト が ある と したら、 ワタシ、 ココロ が ソクザ に ひえて しまう の です。 イチド ジブン の テ に いれたら、 どれほど とうとい もの でも ダイジ な もの でも、 もう ワタシ には とうとく も ダイジ でも なくなって しまう ん です。 だから ワタシ、 さびしい ん です。 なんにも もって いない、 なんにも むなしい…… そのくせ そう しりぬきながら ワタシ、 ナニ か どこ か に ある よう に おもって つかむ こと の できない もの に あこがれます。 この ココロ さえ なくなれば さびしくって も それ で いい の だ がな と おもう ほど くるしく も あります。 ナン に でも ジブン の リソウ を すぐ あてはめて ねっする よう な、 そんな わかい ココロ が ほしく も あります けれども、 そんな もの は ワタシ には き は しません…… ハル に でも なって くる と よけい ヨノナカ は むなしく みえて たまりません。 それ を さっき ふと アイコ さん に もうしあげた ん です。 そう したら アイコ さん が おなき に なった ん です。 ワタシ、 アト で すぐ わるい と おもいました、 ヒト に いう よう な こと じゃ なかった の を……」
 こういう こと を いう とき の オカ は いう コトバ にも にず レイコク とも おもわれる ほど ただ さびしい カオ に なった。 ヨウコ には オカ の コトバ が わかる よう でも あり、 ミョウ に からんで も きこえた。 そして ちょっと すかされた よう に キセイ を そがれた が、 どんどん わきあがる よう に ナイブ から おそいたてる チカラ は すぐ ヨウコ を リフジン に した。
「アイコ が そんな オコトバ で なきました って? フシギ です わねえ。 ……それなら それ で よう ござんす。…… (ここ で ヨウコ は ジブン にも こらえきれず に さめざめ と なきだした) オカ さん ワタシ も さびしい…… さびしくって、 さびしくって……」
「おさっし もうします」
 オカ は あんがい しんみり した コトバ で そう いった。
「おわかり に なって?」
と ヨウコ は なきながら とりすがる よう に した。
「わかります。 ……アナタ は ダラク した テンシ の よう な カタ です。 ごめん ください。 フネ の ナカ で はじめて オメ に かかって から ワタシ、 ちっとも ココロモチ が かわって は いない ん です。 アナタ が いらっしゃる んで ワタシ、 ようやく サビシサ から のがれます」
「ウソ!…… アナタ は もう ワタシ に アイソ を オツカシ なの よ。 ワタシ の よう に ダラク した モノ は……」
 ヨウコ は オカ の テ を はなして、 とうとう ハンケチ を カオ に あてた。
「そういう イミ で いった わけ じゃ ない ん です けれども……」
 やや しばらく チンモク した ノチ に、 トウワク しきった よう に さびしく オカ は ひとりごちて また だまって しまった。 オカ は どんな に さびしそう な とき でも なかなか なかなかった。 それ が カレ を いっそう さびしく みせた。
 3 ガツ スエ の ユウガタ の ソラ は なごやか だった。 ニワサキ の ヒトエザクラ の コズエ には ミナミ に むいた ほう に しろい カベン が どこ から か とんで きて くっついた よう に ちらほら みえだして いた。 その サキ には あかく しもがれた スギモリ が ゆるやか に くれそめて、 ヒカリ を ふくんだ アオゾラ が しずか に ながれる よう に ただよって いた。 タイコウエン の ほう から エンテイ が まどお に ハサミ を ならす オト が きこえる ばかり だった。
 ワカサ から おいて ゆかれる…… そうした サビシミ が シット に かわって ひしひし と ヨウコ を おそって きた。 ヨウコ は ふと ハハ の オヤサ を おもった。 ヨウコ が キベ との コイ に フカイリ して いった とき、 それ を みまもって いた とき の オヤサ を おもった。 オヤサ の その ココロ を おもった。 ジブン の バン が きた…… その ココロモチ は たまらない もの だった。 と、 とつぜん サダコ の スガタ が ナニ より も なつかしい もの と なって ムネ に せまって きた。 ヨウコ は ジブン にも その トツゼン の レンソウ の ケイロ は わからなかった。 トツゼン も あまり に トツゼン―― しかし ヨウコ に せまる その ココロモチ は、 さらに ヨウコ を タタミ に つっぷして なかせる ほど つよい もの だった。
 ゲンカン から ヒト の はいって くる ケハイ が した。 ヨウコ は すぐ それ が クラチ で ある こと を かんじた。 ヨウコ は クラチ と おもった だけ で、 フシギ な ゾウオ を かんじながら その ドウセイ に ミミ を すました。 クラチ は ダイドコロ の ほう に いって アイコ を よんだ よう だった。 フタリ の アシオト が ゲンカン の トナリ の 6 ジョウ の ほう に いった。 そして しばらく しずか だった。 と おもう と、
「いや」
と ちいさく のける よう に いう アイコ の コエ が たしか に きこえた。 だきすくめられて、 もがきながら はなたれた コエ らしかった が、 その コエ の ナカ には ゾウオ の カゲ は あきらか に うすかった。
 ヨウコ は カミナリ に うたれた よう に とつぜん なきやんで アタマ を あげた。
 すぐ クラチ が ハシゴダン を のぼって くる オト が きこえた。
「ワタシ ダイドコロ に まいります から ね」
 なにも しらなかった らしい オカ に、 ヨウコ は わずか に それ だけ を いって、 とつぜん ザ を たって ウラバシゴ に いそいだ。 と、 カケチガイ に クラチ は ザシキ に はいって きた。 つよい サケ の カ が すぐ ヘヤ の クウキ を よごした。
「やあ ハル に なりおった。 サクラ が さいた ぜ。 おい ヨウコ」
 いかにも きさく-らしく しおがれた コエ で こう さけんだ クラチ に たいして、 ヨウコ は ヘンジ も できない ほど コウフン して いた。 ヨウコ は テ に もった ハンケチ を クチ に おしこむ よう に くわえて、 ふるえる テ で カベ を こまかく たたく よう に しながら ハシゴダン を おりた。
 ヨウコ は アタマ の ナカ に テンチ の くずれおちる よう な オト を ききながら、 そのまま エン に でて ニワゲタ を はこう と あせった けれども どうしても はけない ので、 ハダシ の まま ニワ に でた。 そして ツギ の シュンカン に ジブン を みいだした とき には いつ ト を あけた とも しらず モノオキゴヤ の ナカ に はいって いた。

 36

 ソコ の ない ユウウツ が ともすると はげしく ヨウコ を おそう よう に なった。 イワレ の ない ゲキド が つまらない こと にも ふと アタマ を もたげて、 ヨウコ は それ を おししずめる こと が できなく なった。 ハル が きて、 キ の メ から タタミ の トコ に いたる まで スベテ の もの が ふくらんで きた。 アイコ も サダヨ も みちがえる よう に うつくしく なった。 その ニクタイ は サイボウ の ヒトツヒトツ まで すばやく ハル を かぎつけ、 キュウシュウ し、 ホウマン する よう に みえた。 アイコ は その アッパク に たえない で ハル の きた の を うらむ よう な ケダルサ と サビシサ と を みせた。 サダヨ は セイメイ ソノモノ だった。 アキ から フユ に かけて にょきにょき と のびあがった ほそぼそ した カラダ には、 ハル の セイ の よう な ホウレイ な シボウ が しめやか に しみわたって ゆく の が メ に みえた。 ヨウコ だけ は ハル が きて も やせた。 くる に つけて やせた。 ゴムマリ の コセン の よう な カタ は ほねばった リンカク を、 ウスギ に なった キモノ の シタ から のぞかせて、 ジュンタク な カミノケ の オモミ に たえない よう に クビスジ も ほそぼそ と なった。 やせて ユウウツ に なった こと から しょうじた ベッシュ の ビ―― そう おもって ヨウコ が タヨリ に して いた ビ も それ は だんだん さえまさって ゆく シュルイ の ビ では ない こと を きづかねば ならなく なった。 その ビ は その ユクテ には ナツ が なかった。 さむい フユ のみ が まちかまえて いた。
 カンラク も もう カンラク ジシン の カンラク は もたなく なった。 カンラク の ノチ には かならず ビョウリテキ な クツウ が ともなう よう に なった。 ある とき には それ を おもう こと すら が シツボウ だった。 それでも ヨウコ は スベテ の フシゼン な ホウホウ に よって、 イマ は ふりかえって みる カコ に ばかり ながめられる カンラク の ゼッチョウ を ゲンエイ と して でも ゲンザイ に えがこう と した。 そして クラチ を ジブン の チカラ の シハイ の モト に つなごう と した。 ケンコウ が おとろえて ゆけば ゆく ほど この ショウソウ の ため に ヨウコ の ココロ は やすまなかった。 ゼンセイキ を すぎた ギゲイ の オンナ に のみ みられる よう な、 いたましく ハイタイ した、 フキン の リンコウ を おもわせる セイサン な コワクリョク を わずか な チカラ と して ヨウコ は どこまでも クラチ を トリコ に しよう と あせり に あせった。
 しかし それ は ヨウコ の いたましい ジカク だった。 ビ と ケンコウ との スベテ を そなえて いた ヨウコ には イマ の ジブン が そう ジカク された の だ けれども、 はじめて ヨウコ を みる ダイサンシャ は、 ものすごい ほど さえきって みえる オンナザカリ の ヨウコ の ワクリョク に、 ニホン には みられない よう な コケット の テンケイ を みいだしたろう。 おまけに ヨウコ は ニクタイ の フソク を キョクタン に ヒトメ を ひく イフク で おぎなう よう に なって いた。 その トウジ は ニチロ の カンケイ も ニチベイ の カンケイ も アラシ の マエ の よう な くらい チョウコウ を あらわしだして、 コクジン ゼンタイ は イッシュ の アッパク を かんじだして いた。 ガシン ショウタン と いう よう な アイコトバ が しきり と ゲンロンカイ には とかれて いた。 しかし それ と ドウジ に ニッシン センソウ を ソウトウ に とおい カコ と して ながめうる まで に、 その センエキ の おもい フタン から キ の ゆるんだ ヒトビト は、 ようやく チョウセイ されはじめた ケイザイ ジョウタイ の モト で、 セイカツ の ビソウ と いう こと に かたむいて いた。 シゼン シュギ は シソウ セイカツ の コンテイ と なり、 トウジ ビョウテンサイ の ナ を ほしいまま に した タカヤマ チョギュウ ら の イチダン は ニーチェ の シソウ を ヒョウボウ して 「ビテキ セイカツ」 とか 「キヨモリ ロン」 と いう よう な ダイタン ホンポウ な ゲンセツ を もって シソウ の イシン を さけんで いた。 フウゾク モンダイ とか ジョシ の フクソウ モンダイ とか いう ギロン が シュキュウハ の ヒトビト の アイダ には かまびすしく もちだされて いる アイダ に、 その ハンタイ の ケイコウ は、 カラ を やぶった ケシ の タネ の よう に シホウ ハッポウ に とびちった。 こうして ナニ か イマ まで の ニホン には なかった よう な もの の シュツゲン を まちもうけ みまもって いた わかい ヒトビト の メ には、 ヨウコ の スガタ は ヒトツ の テンケイ の よう に うつった に ちがいない。 ジョユウ-らしい ジョユウ を もたず、 カフェー-らしい カフェー を もたない トウジ の ロジョウ に ヨウコ の スガタ は まぶしい もの の ヒトツ だ。 ヨウコ を みた ヒト は ダンジョ を とわず メ を そばだてた。
 ある アサ ヨウコ は ヨソオイ を こらして クラチ の ゲシュク に でかけた。 クラチ は ネゴミ を おそわれて メ を さました。 ザシキ の スミ には ヨ を ふかして たのしんだ らしい シュコウ の ノコリ が すえた よう に かためて おいて あった。 レイ の シナ カバン だけ は ちゃんと ジョウ が おりて トコノマ の スミ に かたづけられて いた。 ヨウコ は イツモ の とおり しらん フリ を しながら、 そこら に ちらばって いる テガミ の サシダシニン の ナマエ に するどい カンサツ を あたえる の だった。 クラチ は シュクスイ を フカイ-がって アタマ を たたきながら ネドコ から ハンシン を おこす と、
「なんで ケサ は また そんな に しゃれこんで はやく から やって きおった ん だ」
と ソッポ に むいて、 アクビ でも しながら の よう に いった。 これ が 1 カゲツ マエ だったら、 すくなくとも 3 カゲツ マエ だったら、 イチヤ の アンミン に、 あの たくましい セイリョク の ゼンブ を カイフク した クラチ は、 いきなり ネドコ の ナカ から とびだして きて、 そう は させまい と する ヨウコ を イヤオウ なし に トコ の ウエ に ねじふせて いた に ちがいない の だ。 ヨウコ は ワキメ にも こせこせ と うるさく みえる よう な スバシコサ で その ヘン に ちらばって いる もの を、 テガミ は テガミ、 カイチュウモノ は カイチュウモノ、 チャドウグ は チャドウグ と どんどん かたづけながら、 クラチ の ほう も みず に、
「キノウ の ヤクソク じゃ ありません か」
と ブアイソウ に つぶやいた。 クラチ は その コトバ で はじめて ナニ か いった の を かすか に おもいだした ふう で、
「なにしろ オレ は キョウ は いそがしい で ダメ だよ」
と いって、 ようやく ノビ を しながら たちあがった。 ヨウコ は もう ハラ に すえかねる ほど イカリ を はっして いた。
「おこって しまって は いけない。 これ が クラチ を レイタン に させる の だ」 ――そう ココロ の ウチ には おもいながら も、 ヨウコ の ココロ には どうしても その いう こと を きかぬ イタズラズキ な コアクマ が いる よう だった。 ソクザ に その バ を ヒトリ だけ で とびだして しまいたい ショウドウ と、 もっと たくみ な テクダ で どうしても クラチ を おびきださなければ いけない と いう レイセイ な シリョ と が はげしく たたかいあった。 ヨウコ は しばらく の ノチ に かろうじて その フタツ の ココロモチ を まぜあわせる こと が できた。
「それでは ダメ ね…… また に しましょう か。 でも くやしい わ、 この いい オテンキ に…… いけない、 アナタ の いそがしい は ウソ です わ。 いそがしい いそがしい って いっときながら オサケ ばかり のんで いらっしゃる ん だ もの。 ね、 いきましょう よ。 こら みて ちょうだい」
 そう いいながら ヨウコ は たちあがって、 リョウテ を サユウ に ひろく ひらいて、 タモト が のびた まま リョウウデ から すらり と たれる よう に して、 やや ケン を もった ワライ を わらいながら クラチ の ほう に ちかよって いった。 クラチ も さすが に、 いまさら その ウツクシサ に みとれる よう に ヨウコ を みやった。 テンサイ が もつ と しょうせられる あの アオイロ を さえ おびた ニュウハクショク の ヒフ、 それ が やや あさぐろく なって、 メ の フチ に ウレイ の クモ を かけた よう な ウスムラサキ の カサ、 かすんで みえる だけ に そっと はいた オシロイ、 きわだって あかく いろどられた クチビル、 くろい ホノオ を あげて もえる よう な ヒトミ、 ウシロ に さばいて たばねられた コクシツ の カミ、 おおきな スペイン-フウ の タイマイ の カザリグシ、 くっきり と しろく ほそい ノド を せめる よう に きりっと かさねあわされた フジイロ の エリ、 ムネ の ヘコミ に ちょっと のぞかせた、 もえる よう な ヒ の オビアゲ の ホカ は、 ぬれた か と ばかり カラダ に そぐって ソコビカリ の する シコンイロ の アワセ、 その シタ に つつましく ひそんで きえる ほど うすい ムラサキイロ の タビ (こういう イロタビ は ヨウコ が クフウ しだした あたらしい ココロミ の ヒトツ だった)、 そういう もの が タガイタガイ に とけあって、 のどやか な アサ の クウキ の ナカ に ぽっかり と、 ヨウコ と いう よにも まれ な ほど セイエン な ヒトツ の ソンザイ を うきださして いた。 その ソンザイ の ナカ から くろい ホノオ を あげて もえる よう な フタツ の ヒトミ が いきて うごいて クラチ を じっと みやって いた。
 クラチ が モノ を いう か、 ミ を うごかす か、 とにかく ツギ の ドウサ に うつろう と する その マエ に、 ヨウコ は キミ の わるい ほど なめらか な アシドリ で、 クラチ の メ の サキ に たって その ムネ の ところ に、 リョウテ を かけて いた。
「もう ワタシ に アイソ が つきたら つきた と はっきり いって ください、 ね。 アナタ は たしか に レイタン に オナリ ね。 ワタシ は ジブン が にくう ござんす、 ジブン に アイソ を つかして います。 さあ いって ください、 ……イマ ……この バ で、 はっきり…… でも しね と おっしゃい、 ころす と おっしゃい。 ワタシ は よろこんで…… ワタシ は どんな に うれしい か しれない のに。 ……よう ござんす わ、 なんでも ワタシ ホントウ が しりたい ん です から。 さ、 いって ください。 ワタシ どんな きつい コトバ でも カクゴ して います から。 ワルビレ なんか し は しません から…… アナタ は ホントウ に ひどい……」
 ヨウコ は そのまま クラチ の ムネ に カオ を あてた。 そして ハジメ の うち は しめやか に しめやか に ないて いた が、 キュウ に はげしい ヒステリー-フウ な ススリナキ に かわって、 きたない もの に でも ふれて いた よう に クラチ の ネツケ の つよい ムナモト から とびしざる と、 ネドコ の ウエ に がばと つっぷして はげしく コエ を たてて なきだした。
 この トッサ の はげしい イキョウ に、 チカゴロ そういう ドウサ には なれて いた クラチ だった けれども、 あわてて ヨウコ に ちかづいて その カタ に テ を かけた。 ヨウコ は おびえる よう に その テ から とびのいた。 そこ には ケモノ に みる よう な ヤセイ の まま の トリミダシカタ が うつくしい イショウ に まとわれて えんぜられた。 ヨウコ の ハ も ツメ も とがって みえた。 カラダ は はげしい ケイレン に おそわれた よう に いたましく ふるえおののいて いた。 フンヌ と キョウフ と ケンオ と が もつれあい いがみあって のたうちまわる よう だった。 ヨウコ は ジブン の ゴタイ が アオゾラ とおく かきさらわれて ゆく の を ケンメイ に くいとめる ため に フトン でも タタミ でも ツメ の たち ハ の たつ もの に しがみついた。 クラチ は ナニ より も その はげしい ナキゴエ が トナリキンジョ の ミミ に はいる の を はじる よう に セ に テ を やって なだめよう と して みた けれども、 その たび ごと に ヨウコ は さらに なきつのって のがれよう と ばかり あせった。
「ナニ を オモイチガイ を しとる、 これ」
 クラチ は ノドブエ を あけっぱなした ひくい コエ で ヨウコ の ミミモト に こう いって みた が、 ヨウコ は リフジン にも はげしく アタマ を ふる ばかり だった。 クラチ は ケッシン した よう に チカラマカセ に あらがう ヨウコ を だきすくめて、 その クチ に テ を あてた。
「ええ、 ころす なら ころして ください…… ください とも」
と いう キョウキ-じみた コエ を しっ と せいしながら、 その ミミモト に ささやこう と する と、 ヨウコ は われながら ムチュウ で あてがった クラチ の テ を ホネ も くだけよ と かんだ。
「いたい…… ナニ しやがる」
 クラチ は いきなり イッポウ の テ で ヨウコ の ホソクビ を とって ジブン の ヒザ の ウエ に のせて しめつけた。 ヨウコ は コキュウ が だんだん くるしく なって ゆく の を この キョウラン の ウチ にも イシキ して こころよく おもった。 クラチ の テ で しんで ゆく の だな と おもう と それ が なんとも いえず うつくしく こころやすかった。 ヨウコ の ゴタイ から は ひとりでに チカラ が ぬけて いって、 フルエ を たてて かみあって いた ハ が ゆるんだ。 その シュンカン を すかさず クラチ は かまれて いた テ を ふりほどく と、 いきなり ヨウコ の ホオゲタ を ひしひし と 5~6 ド ツヅケサマ に ヒラテ で うった。 ヨウコ は それ が また こころよかった。 その びりびり と シンケイ の マッショウ に こたえて くる カンカク の ため に カラダジュウ に イッシュ の トウスイ を かんずる よう に さえ おもった。 「もっと おぶちなさい」 と いって やりたかった けれども コエ は でなかった。 そのくせ ヨウコ の テ は ホンノウテキ に ジブン の ホオ を かばう よう に クラチ の テ の くだる の を ささえよう と して いた。 クラチ は リョウヒジ まで つかって、 ばたばた と スソ を けみだして あばれる リョウアシ の ホカ には ヨウコ を ミウゴキ も できない よう に して しまった。 サケ で シンゾウ の コウフン しやすく なった クラチ の コキュウ は アラレ の よう に せわしく ヨウコ の カオ に かかった。
「バカ が…… しずか に モノ を いえば わかる こと だに…… オレ が オマエ を みすてる か みすてない か…… しずか に かんがえて も みろ、 バカ が…… ハジサラシ な マネ を しやがって…… カオ を あらって でなおして こい」
 そう いって クラチ は すてる よう に ヨウコ を ネドコ の ウエ に どんと ほうりなげた。
 ヨウコ の チカラ は つかいつくされて なきつづける キリョク さえ ない よう だった。 そして そのまま こんこん と して ねむる よう に あおむいた まま メ を とじて いた。 クラチ は カタ で はげしく イキ を つきながら いたましく とりみだした ヨウコ の スガタ を まんじり と ながめて いた。
 1 ジカン ほど の ノチ には ヨウコ は しかし たったいま ひきおこされた ランミャク サワギ を けろり と わすれた もの の よう に カイカツ で ムジャキ に なって いた。 そして フタリ は たのしげ に ゲシュク から シンバシ エキ に クルマ を はしらした。 ヨウコ が うすぐらい フジン マチアイシツ の イロ の はげた モロッコ-ガワ の ディバン に こしかけて、 クラチ が キップ を かって くる の を まってる アイダ、 そこ に いあわせた キフジン と いう よう な 4~5 ニン の ヒトタチ は、 すぐ イマ まで の ハナシ を すてて しまって、 こそこそ と ヨウコ に ついて ささやきかわす らしかった。 コウマン と いう の でも なく ケンソン と いう の でも なく、 きわめて シゼン に おちついて マッスグ に こしかけた まま、 エ の ながい シロ の コハク の パラゾル の ニギリ に テ を のせて いながら、 ヨウコ には その キフジン たち の ナカ の ヒトリ が どうも ミシリゴシ の ヒト らしく かんぜられた。 あるいは ジョガッコウ に いた とき に ヨウコ を スウハイ して その フウゾク を すら まねた レンチュウ の ヒトリ で ある か とも おもわれた。 ヨウコ が どんな こと を ウワサ されて いる か は、 その フジン に ミミウチ されて、 みる よう に みない よう に ヨウコ を ぬすみみる タ の フジン たち の メイロ で ソウゾウ された。
「オマエタチ は あきれかえりながら ココロ の ウチ の どこ か で ワタシ を うらやんで いる の だろう。 オマエタチ の、 その モノオジ しながら も カネメ を かけた ハデヅクリ な イショウ や ケショウ は、 シャカイジョウ の イチ に はじない だけ の ツクリ なの か、 オット の メ に こころよく みえよう ため なの か。 それ ばかり なの か。 オマエタチ を みる ロボウ の オトコ たち の メ は カンジョウ に いれて いない の か。 ……オクビョウ ヒキョウ な ギゼンシャ ども め!」
 ヨウコ は そんな ニンゲン から は 1 ダン も 2 ダン も たかい ところ に いる よう な キグライ を かんじた。 ジブン の イデタチ が その ヒトタチ の どれ より も たちまさって いる ジシン を ジュウニブン に もって いた。 ヨウコ は ジョオウ の よう に ホコリ の ヒツヨウ も ない と いう ミズカラ の オウヨウ を みせて すわって いた。
 そこ に ヒトリ の フジン が はいって きた。 タガワ フジン―― ヨウコ は その カゲ を みる か みない か に みてとった。 しかし カオイロ ヒトツ うごかさなかった (クラチ イガイ の ヒト に たいして は ヨウコ は その とき でも かなり すぐれた ジセイリョク の モチヌシ だった)。 タガワ フジン は もとより そこ に ヨウコ が いよう など とは おもい も かけない ので、 ヨウコ の ほう に ちょっと メ を やりながら も いっこう に きづかず に、
「おまたせ いたしまして すみません」
と いいながら キフジン ら の ほう に ちかよって いった。 タガイ の アイサツ が すむ か すまない うち に、 イチドウ は タガワ フジン に よりそって ひそひそ と ささやいた。 ヨウコ は しずか に キカイ を まって いた。 ぎょっと した ふう で、 ヨウコ に ウシロ を むけて いた タガワ フジン は、 カタゴシ に ヨウコ の ほう を ふりかえった。 まちもうけて いた ヨウコ は イマ まで ショウメン に むけて いた カオ を しとやか に むけかえて タガワ フジン と メ を みあわした。 ヨウコ の メ は にくむ よう に わらって いた。 タガワ フジン の メ は わらう よう に にくんで いた。 「ナマイキ な」 ……ヨウコ は タガワ フジン が メ を そらさない うち に、 すっくと たって タガワ フジン の ほう に よって いった。 この フイウチ に ド を うしなった フジン は (あきらか に ヨウコ が マッカ に なって カオ を ふせる と ばかり おもって いた らしく、 いあわせた フジン たち も その サマ を みて、 ヨウボウ でも フクソウ でも ジブン ら を けおとそう と する ヨウコ に たいして リュウイン を おろそう と して いる らしかった) すこし イロ を うしなって、 ソッポ を むこう と した けれども もう おそかった。 ヨウコ は フジン の マエ に かるく アタマ を さげて いた。 フジン も やむ を えず アイサツ の マネ を して、 タカビシャ に でる つもり らしく、
「アナタ は ドナタ?」
 いかにも オウヘイ に さきがけて クチ を きった。
「サツキ ヨウ で ございます」
 ヨウコ は タイトウ の タイド で わるびれ も せず こう うけた。
「エノシママル では いろいろ オセワサマ に なって ありがとう そんじました。 あのう…… ホウセイ シンポウ も ハイケン させて いただきました。 (フジン の カオイロ が ヨウコ の コトバ ヒトツ ごと に かわる の を ヨウコ は めずらしい もの でも みる よう に まじまじ と ながめながら) たいそう おもしろう ございました こと。 よく あんな に くわしく ゴツウシン に なりまして ねえ、 おいそがしく いらっしゃいましたろう に。 ……クラチ さん も おりよく ここ に きあわせて いらっしゃいます から…… イマ ちょっと キップ を かい に…… おつれ もうしましょう か」
 タガワ フジン は みるみる マッサオ に なって しまって いた。 おりかえして いう べき コトバ に きゅうして しまって、 つたなく も、
「ワタシ は こんな ところ で アナタ と おはなし する の は ぞんじがけません。 ゴヨウ でしたら タク へ オイデ を ねがいましょう」
と いいつつ いまにも クラチ が そこ に あらわれて くる か と ひたすら それ を おそれる ふう だった。 ヨウコ は わざと フジン の コトバ を とりちがえた よう に、
「いいえ どう いたしまして ワタシ こそ…… ちょっと おまち ください すぐ クラチ さん を および もうして まいります から」
 そう いって どんどん マチアイジョ を でて しまった。 アト に のこった タガワ フジン が その キフジン たち の マエ で どんな カオ を して トウワク した か、 それ を ヨウコ は メ に みる よう に ソウゾウ しながら イタズラモノ-らしく ほくそえんだ。 ちょうど そこ に クラチ が キップ を かって きかかって いた。
 イットウ の キャクシツ には タ に 2~3 ニン の キャク が いる ばかり だった。 タガワ フジン イカ の ヒトタチ は ダレ か の ミオクリ か デムカエ に でも きた の だ と みえて、 キシャ が でる まで カゲ も みせなかった。 ヨウコ は さっそく クラチ に コト の シジュウ を はなして きかせた。 そして フタリ は おもいぞんぶん ムネ を すかして わらった。
「タガワ の オクサン かわいそう に まだ あすこ で いまにも アナタ が くる か と もじもじ して いる でしょう よ、 ホカ の ヒトタチ の テマエ ああ いわれて こそこそ と にげだす わけ にも いかない し」
「オレ が ひとつ カオ を だして みせれば また おもしろかった に な」
「キョウ は ミョウ な ヒト に あって しまった から また きっと ダレ か に あいます よ。 キミョウ ねえ、 オキャクサマ が きた と なる と フシギ に たてつづく し……」
「フシアワセ なんぞ も きだす と タバ に なって きくさる て」
 クラチ は ナニ か こころありげ に こう いって しぶい カオ を しながら この ワライバナシ を むすんだ。
 ヨウコ は ケサ の ホッサ の ハンドウ の よう に、 タガワ フジン の こと が あって から ただ なんとなく ココロ が うきうき して シヨウ が なかった。 もし そこ に キャク が いなかったら、 ヨウコ は コドモ の よう に タンジュン な アイキョウモノ に なって、 クラチ に しぶい カオ ばかり は させて おかなかったろう。 「どうして ヨノナカ には どこ に でも ヒト の ジャマ に きました と いわん ばかり に こう たくさん ヒト が いる ん だろう」 と おもったり した。 それ すら が ヨウコ には ワライ の タネ と なった。 ジブン たち の ムコウザ に しかつめらしい カオ を して ロウネン の フウフモノ が すわって いる の を、 ヨウコ は しばらく まじまじ と みやって いた が、 その ヒトタチ の しかつめらしい の が むしょうに グロテスク な フシギ な もの に みえだして、 とうとう ガマン が しきれず に、 ハンケチ を クチ に あてて きゅっきゅっ と ふきだして しまった。
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