カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ 3

2018-10-23 | タニザキ ジュンイチロウ
キョウ は いそがし おます さかい に、 もう あがらん と かえります わ と、 ゲンカンサキ に バスケット を おいて、 ツカモト が でて いって しまって から、 シナコ は それ を さげた まま せまい キュウ な ダンバシゴ を あがって、 ジブン の ヘヤ に あてられた 2 カイ の 4 ジョウ ハン に はいって いった。 そして、 デイリグチ の フスマ だの ガラス ショウジ だの を すっかり しめきって しまって から、 バスケット を ヘヤ の マンナカ に すえて、 フタ を あけた。
キミョウ な こと に、 リリー は キュウクツ な カゴ の ナカ から すぐに は ソト へ でよう と せず に、 フシギ そう に クビ だけ のばして しばらく シツナイ を みまわして いた。 それから ようやく、 ゆるゆる と した アシドリ で でて きて、 こういう バアイ に オオク の ネコ が する よう に、 ハナ を ひくつかせながら ヘヤジュウ の ニオイ を かぎはじめた。 シナコ は 2~3 ド、
「リリー」
と よんで みた けれども、 カノジョ の ほう へは ちらり と そっけない ナガシメ を あたえた きり で、 まず デイリグチ と オシイレ の シキイギワ へ いって ニオイ を かいで み、 ツギ には マド の ところ へ いって ガラス ショウジ を 1 マイ ずつ かいで み、 ハリバコ、 ザブトン、 モノサシ、 ヌイカケ の イルイ など、 その ヘン に ある もの を いちいち タンネン に かいで まわった。 シナコ は さっき、 トリニク の シンブンヅツミ を あずかった こと を おもいだして、 その ツツミ の まま トオリミチ へ おいて みた けれども、 それ には キョウミ を かんじない らしく、 ちょっと かいた だけ で、 ふりむき も しない。 そして、 ばさり、 ばさり、 ………と、 タタミ の ウエ に ブキミ な アシオト を させながら、 ひととおり シツナイ ソウサク を して しまう と、 もう イッペン デイリグチ の フスマ の マエ へ もどって きて、 マエアシ を かけて あけよう と する ので、
「リリー や、 オマエ キョウ から ワテ の ネコ に なった ん やで。 もう どこ へも いったら あかん ねん で」
と、 そう いって そこ に たちふさがる と、 また しかたなく ばさり、 ばさり と あるきまわって、 コンド は キタガワ の マドギワ へ ゆき、 カッコウ な ところ に おいて あった コギレバコ の ウエ に あがって、 セノビ を しながら ガラス ショウジ の ソト を ながめた。
9 ガツ も キノウ で オシマイ に なって、 もう ホントウ の アキ-らしく はれた アサ で あった が、 すこし さむい くらい の カゼ が たって、 ウラ の アキチ に そびえて いる 5~6 ポン の ポプラー の ハ が しろく ちらちら ふるえて いる ムコウ に、 マヤサン と ロッコウ の イタダキ が みえる。 ジンカ が もっと たてこんで いる アシヤ の 2 カイ の ケシキ とは、 だいぶ ヨウス が ちがう の だ けれども、 リリー は いったい どんな キモチ で みて いる の だろう か。 シナコ は はからずも、 よく この ネコ と フタリ きり で オキザリ に された こと が あった の を おもいだした。 ショウゾウ も、 ハハオヤ も、 イマヅ へ でかけた きり かえらない ので、 ヒトリボッチ で オチャヅケ を かっこんで いる と、 その オト を きいて リリー が よって くる。 ああ、 そう だった、 ゴハン を やる の を わすれて いた が、 オナカ が へって いる の だろう と、 さすが に かわいそう に なって、 ザンパン の ウエ に ダシジャコ を のせて やる と、 ゼイタク な ショクジ に なれて いる せい か うれしそう な カオ も しない で、 ほんの モウシワケ ぐらい しか たべない もの だ から、 つい ハラ が たって、 せっかく の アイジョウ も けしとんで しまう。 ヨル は オット の ネドコ を しいて、 かえる か どう か わからない ヒト を まちわびて いる と、 その ネドコ の ウエ へ エンリョ エシャク も なく のって きて、 のうのう と アシ を のばす ニクラシサ に、 ねかけた ところ を たたきおこして おいたてて やる。 そんな グアイ に、 ずいぶん この ネコ には あたりちらした もの だ けれども、 ふたたび こうして イッショ に くらす よう に なった の は、 やっぱり インネン と いう の で あろう。 シナコ は ジブン が アシヤ の イエ を おいだされて きて、 はじめて この 2 カイ に おちついた とき にも、 あの キタガワ の マド から ヤマ の ほう を ながめながら、 オット コイシサ の オモイ に かられた こと が ある ので、 イマ の リリー が ああして ソト を みて いる ココロモチ も ぼんやり わかる よう な キ が して、 ふと メガシラ が あつく なって くる の で あった。
「リリー や、 さ、 こっち へ きて、 これ たべなさい。―――」
やがて カノジョ は、 オシイレ の フスマ を あけて、 かねて ヨウイ を して おいた もの を とりだしながら いう の で あった。 カノジョ は キノウ ツカモト の ハガキ を うけとった ので、 いよいよ ここ へ つれて こられる チンキャク を カンタイ する ため に、 ケサ は イツモ より ハヤオキ を して、 ボクジョウ から ギュウニュウ を かって くる やら、 サラ や オワン を そろえて おく やら、 ―――この チンキャク には フンシ が ヒツヨウ だ と キ が ついて、 サクヤ あわてて ホウラク を かい に いった の は いい が、 スナ が ない の には こまって しまって、 5~6 チョウ サキ の フシンバ から、 コンクリート に つかう スナ を ヤミ に まぎれて ぬすんで くる やら して、 そんな もの まで オシイレ の ナカ に こっそり しのばせて おいた の で ある。 で、 その ギュウニュウ と、 ハナガツオ を ふりかけた ゴハン の オサラ と、 ハゲチョロケ の、 フチ の かけた オワン を とりだす と、 ビン の ギュウニュウ を オワン へ うつして、 ヘヤ の マンナカ へ シンブンガミ を ひろげた。 それから オミヤゲ の ツツミ を ひらいて、 ミズダキ に して ある カシワ の ニク を、 タケ の カワ-グルミ それら の ゴチソウ と イッショ に ならべた。 そして 「リリー や、 リリー や」 と ツヅケサマ に よびながら、 サラ と ビン と を かちゃかちゃ うちつけて みたり した けれども、 リリー は てんで きこえない フリ を して、 まだ マドガラス に しがみついて いる の で あった。
「リリー や」
と、 カノジョ は ヤッキ に なって よんだ。
「オマエ、 なんで そない オモテ ばかり みてん のん? オナカ すいてえ へん のん か?」
サッキ の ツカモト の ハナシ では、 ノリモノ に よう と いけない と いう ショウゾウ の ココロヅカイ から、 ケサ は アサメシ を あたえて いない の だ そう で ある から、 よほど クウフク を うったえなければ ならない はず で、 ホンライ ならば サラコバチ の なる オト を きいたら たちまち とんで くる ところ だ のに、 イマ は その オト も ミミ に はいらず、 ひもじい こと も かんじない くらい、 ここ を のがれたい イチネン に かられて いる の で あろう か。 カノジョ は かつて この ネコ が アマガサキ から もどって きた イッケン を きかされて いる ので、 トウブン の アイダ は メ が はなされない こと で あろう と、 カクゴ して いた ものの、 でも タベモノ を たべて くれて、 フンシ へ ショウベン を たれる よう に なって くれたら だいじょうぶ だ と、 それ を タノミ に して いた の だ が、 くる そうそう から こんな チョウシ では、 すぐに も にげられて しまいそう に おもえた。 そして ドウブツ を てなずける には、 ジブン の よう に セッカチ に して は いけない の だ と しりながら、 なんとか して たべる ところ を ミトドケタサ に、 ムリ に マドギワ から ひきはなして、 ヘヤ の マンナカ へ だいて きて、 タベモノ の ウエ へ じゅんじゅん に ハナ を おしつけて やる と、 リリー は アシ を ばたばた やらして、 ツメ を たてたり ひっかいたり する ので、 シカタ が なし に はなして しまう と、 また マドギワ へ もどって いって、 コギレバコ の ウエ へ のぼる。
「リリー や、 これ、 これ を みて ごらん。 ここ に オマエ の いっち すき な もん ある のんに、 これ が わからん かいな」
と、 こちら も エコジ に おいかけて いって、 トリ の ニク だの ギュウニュウ だの を しつっこく もちまわりながら、 ハナ の サキ へ こすりつける よう に して やって も、 キョウ ばかり は その コウブツ の ニオイ にも つられなかった。
これ が まったく み も しらぬ ヒト に あずけられた と いう の では なし、 ともかくも アシカケ 4 ネン の アイダ おなじ ヤネ の シタ に すみ、 おなじ カマド の ゴハン を たべて、 ときには たった フタリ ぎり で ミッカ も ヨッカ も ルスバン を させられた ナカ で ある のに、 あんまり ブアイソウ-すぎる では ない か。 それとも ワタシ に いじめられた こと を イマ も ネ に もって いる の だ と すれば、 チクショウ の くせ に ナマイキ な と、 つい ハラ も たって くる の で あった が、 ここ で この ネコ に にげられて しまったら、 せっかく の ケイカク が ミズ の アワ に なった うえ、 アシヤ の ほう で それ みた こと か と テ を たたいて わらう で あろう、 もう コノウエ は コンクラベ を して、 キ が おれて くる の を まつ より ホカ に シカタ が ない、 なあに、 ああして クイモノ と フンシ と を メノマエ に あてがって おき さえ すれば、 いくら ゴウジョウ を はったって、 シマイ には オナカ が へって くる から くわず に いられない で あろう し、 ショウベン だって たれる で あろう、 そんな こと より キョウ は ワタシ は いそがしい の だ、 ぜひ バン まで に と うけあった シゴト が あった のに、 アサ から なにひとつ テ を つけて いない の だった と、 ようよう カノジョ は おもいかえして、 ハリバコ の ソバ に すわった。 そして オトコモノ の メイセン の ワタイレ を、 それから せっせと ぬい に かかった が、 ものの 1 ジカン も そうして いる うち に、 すぐ また シンパイ に なって くる ので、 ときどき ヨウス に キ を つけて いる と、 やがて リリー は ヘヤ の スミッコ の ほう へ いって、 カベ に ぴったり よりそうて うずくまった まま、 ミウゴキ ヒトツ しない よう に なって しまった。 それ は まったく、 チクショウ ながら も のがれる ミチ の ない こと を さとって、 カンネン の メ を とじた と でも いう の で あろう か。 ニンゲン だったら、 おおきな カナシミ に とざされた あまり、 あらゆる キボウ を なげうって、 シ を カクゴ した と いう ところ でも あろう か。 シナコ は うすきみわるく なって、 いきて いる か どう か を たしかめる ため に、 そうっと ソバ へ よって いって、 だきおこして み、 コキュウ を しらべて み、 つきうごかして みる と、 ナニ を されて も テイコウ も しない カワリ に、 まるで アワビ の ミ の よう に カラダジュウ を ひきしめて、 かたく なって いる サマ が ユビサキ に かんじられる。 まあ、 ホントウ に、 なんと いう ゴウジョウ な ネコ で あろう。 こんな グアイ で、 いつ に なったら なつく とき が ある で あろう。 だが コト に よる と、 わざと ああいう フウ を して、 こちら の ユダン を みすまして いる の では ない か。 イマ は ああして、 あきらめた よう に して いる けれども、 おもい イタド を さえ あける ネコ で ある から、 うっかり ヘヤ を ルス に したら、 その アイダ に いなく なって しまう の では ない か。 そう おもう と カノジョ は、 タニン の こと より も ジブン ジシン が、 ゴハン を たべ に ゆく こと も カワヤ へ たつ こと も できない の で あった。
オヒル に なって、 イモウト の ハツコ が、
「ネエサン、 ゴハン」
と、 ダンバシゴ の シタ から コエ を かける と、
「はい」
と シナコ は たちあがりながら、 しばらく ヘヤ の ナカ を うろうろ した。 そして けっきょく、 メリンス の コシヒモ を 3 ボン つないで、 リリー の カタ から ワキノシタ へ、 ジュウモンジ に タスキ を かけて、 つよく しめすぎない よう に、 そう か と いって すっぽり ぬけられない よう に、 ナンド も ネン を いれて しめなおして、 セナカ で しっかり ムスビタマ を つくった。 それから その ヒモ の もう イッポウ の ハシ を もって、 また ひとしきり うろうろ して いた が、 とうとう テンジョウ から さがって いる デントウ の コード に くくりつける と、 やっと アンシン して シタ へ おりた。 が、 ショクジ の アイダ も キ に かかる ので、 そこそこ に して あがって きて みる と、 しばられた まま やはり スミッコ の ほう へ いって、 マエ より も なお カラダ を ちぢめて いる では ない か。 カノジョ は いっそ、 ジブン が いない ほう が いい の かも しれない、 しばらく ヒトリ に して おいたら、 その アイダ に たべる もの は たべ、 たれる もの は たれる かも しれない と、 そう も キタイ して いた の で あった が、 もちろん そんな ケイセキ も ない。 カノジョ は 「ちょっ」 と シタウチ を して、 イマ も ヘヤ の マンナカ に むなしく おかれて ある ゴチソウ の オサラ と、 スナ が すこしも ぬれて いない きれい な フンシ と を うらめしそう に にらみながら、 ハリバコ の ソバ に すわる。 か と おもう と、 ああ、 そう だった、 あんまり ながく しばって おいて は かわいそう だ と、 また たちあがって、 ほどき に いって、 ついでに なでて みたり、 だいて みたり、 ダメ と しりながら も タベモノ を すすめて みたり、 フンシ の イチ を かえて みたり、 それ を イクド か くりかえす うち に ヒ が くれて きて、 ユウガタ の 6 ジ-ゴロ に なる と、 シタ から ハツコ が バン の ゴハン を しらせる ので、 また ヒモ を もって たちあがる。 そんな ふう に して、 その ヒ は イチニチ ネコ の こと に かまけて、 うけあった シゴト も できない まま に アキ の ヨナガ が ふけて しまった。
11 ジ が なる と、 シナコ は ヘヤ を かたづけて から、 もう イチド リリー を しばって、 ザブトン を 2 マイ も しいた ウエ へ ねかして、 ゴハン と ベンキ と を ミヂカ な ところ へ ならべて やった。 それから ジブン の ネドコ を のべ、 アカリ を けして ネムリ に ついた が、 せめて アサ に なる まで には、 ギュウニュウ でも カシワ でも なんでも いい から、 どれ か ヒトツ ぐらい たべて いて くれない だろう か、 アス の アサ メ を ひらいた とき あの オサラ が カラ に なって いて くれたら、 そうして フンシ が ぬれて いて くれたら、 どんな に うれしい で あろう など と おもう と、 メ が さえて きて ねられない まま に、 リリー の ネイキ が きこえる かしらん と ヤミ の ナカ で ミミ を すます と、 しーん と ミズ を うった よう で、 かすか な オト も して いない。 あまり しずかすぎる の が キ に なって、 マクラ から クビ を もたげる と、 マド の ほう は うすぼんやり と あかるい けれども、 リリー が いる はず の スミッコ の ほう は あいにく マックラ で なにも みえない。 ふと おもいついて、 アタマ の ウエ を テサグリ して、 テンジョウ から ハスッカイ に ひっぱられて いる ヒモ を つかんで、 たぐりよせる と、 だいじょうぶ テゴタエ が ある。 でも ネン の ため に デントウ を つけて みる と、 なるほど いる こと は いる けれども、 あの、 すねた よう に ちぢこまって、 まるく なって いる シセイ が、 ヒルマ と すこしも かわって いない し、 タベモノ も フンシ も そっくり そのまま ならんで いる ので、 また がっかり して アカリ を けす。 その うち に ようやく とろとろ と しかけて、 しばらく して から メ を さます と、 もう いつのまにか ヨ が あけて いて、 みれば フンシ の スナ の ウエ に おおきな カタマリ が おとして あり、 ギュウニュウ の オサラ と ゴハン の オサラ が すっかり たいらげられて いる ので、 しめた と おもう と それ が ユメ だったり する の で ある。
だが、 1 ピキ の ネコ を てなずける の は、 こんな に ホネ の おれる こと なの だろう か。 それとも リリー と いう ネコ が トクベツ に ゴウジョウ なの だろう か。 もっとも これ が まだ がんぜない コネコ で あったら、 わけなく なつく の で あろう けれども、 こういう ロウビョウ に なって くる と、 ニンゲン と おなじ で、 シュウカン や カンキョウ の ちがった バショ へ つれて こられる と いう こと が、 ヒジョウ な ダゲキ なの かも しれない。 そして ついには、 それ が ゲンイン で しぬ よう な こと に なる の かも しれない。 シナコ は もともと、 ハラ に ヒトツ の モクサン が あって すき でも ない ネコ を ひきとった ので、 こんな に テカズ が かかる もの とは しらなかった が、 いわば イゼン は カタキドウシ で あった ケモノ の おかげ で、 ヨル も おちおち ねられない ほど クロウ を させられる インネン を おもいあわせる と、 フシギ にも ハラ が たたない で、 ネコ も かわいそう なら ジブン も かわいそう だ と いう キモチ が わいて くる の で あった。 かんがえて みれば、 ジブン だって アシヤ の イエ を でて きた トウザ は、 ここ の 2 カイ に ヒトリ で しょんぼり して いる こと が コノウエ も なく かなしくって、 イモウト フウフ が みて いない とき は、 マイニチ マイバン ないて ばかり いた では ない か。 ジブン だって、 フツカ ミッカ は ナニ を する ゲンキ も なく、 ろくろく モノ も たべなかった では ない か。 そうして みれば、 リリー に したって アシヤ が こいしい の は アタリマエ だ。 ショウゾウ さん に あんな に かわいがられて いた の だ もの を、 その くらい な ジョウ が なければ オンシラズ だ。 まして こんな に トシ を とって、 すみなれた イエ を おわれ、 きらい な ヒト の ところ へ なんか つれて こられて、 どんな に やるせない で あろう。 もし ホントウ に リリー を てなずけよう と いう なら、 その ココロモチ を さっして やり、 ナニ より も アンシン と シンライ を もたせる よう に しむけなければ ならない。 かなしい カンジョウ で ムネ が いっぱい に なって いる とき に、 ムリ に ゴチソウ を すすめたら、 ダレ だって ハラ が たつ では ない か。 だのに ジブン は、 「たべる の が いや なら ショウベン を しろ」 と、 フンシ まで も つきつけた。 あまり と いえば テマエ-ガッテ な、 ココロナシ の ヤリカタ だった。 いや、 その くらい は まだ いい と して、 しばった の が いちばん よく なかった。 アイテ に シンライ されたかったら、 まず こちら から シンライ して かからなければ ならない のに、 あれ では ますます キョウフシン を おこさせる。 いくら ネコ でも、 しばられて いて は ショクヨク も でない で あろう し、 ショウベン も つまって しまう で あろう。
あくる ヒ に なる と、 シナコ は しばる こと を ヤメ に して、 にげられたら にげられた で シカタ が ない と、 ドキョウ を きめた。 そして ときどき、 5 フン か 10 プン ぐらい の アイダ、 ためしに ヒトリ ほうって おいて、 ヘヤ を ルス に して みる と、 まだ ゴウジョウ に ちぢこまって は いる けれども、 いい アンバイ に にげだしそう な フウ も みえない。 それで にわか に キ を ゆるした こと が わるかった の だ が、 オヒル の ゴハン に、 キョウ は ゆっくり たべよう と おもって、 30 プン ほど シタ へ おりて いる とき だった、 2 カイ で ナニ か、 がさっ と いう オト が した よう なので、 いそいで あがって きて みる と、 フスマ が 5 スン ほど あいて いる。 たぶん リリー は、 そこ から ロウカ へ でて、 ミナミガワ の、 6 ジョウ の マ を とおりぬけて、 おりあしく アケハナシ に なって いた そこ の マド から ヤネ へ とびだした の で あろう、 もう その ヘン には カゲ も カタチ も みえなかった。
「リリー や、………」
カノジョ は さすが に おおきな コエ で わめこう と して、 つい その コエ が でず に しまった。 あんな に シンク した カイ も なく、 やっぱり にげられた か と おもう と、 もう おいかける キリョク も なく、 なんだか ほっと して、 ニ が おりた よう な グアイ で あった。 どうせ ジブン は ドウブツ を ならす の が ヘタ なの だ から、 おそかれ はやかれ にげられる に きまって いる もの なら、 はやく カタ が ついた ほう が いい かも しれない。 これ で かえって さばさば して、 キョウ から は シゴト も はかどる で あろう し、 ヨル も のんびり ねられる で あろう。 それでも カノジョ は、 ウラ の アキチ へ でて いって、 ザッソウ の ナカ を あっちこっち かきわけながら、
「リリー や、 リリー や」
と、 しばらく よんで みた けれども、 イマゴロ こんな ところ に ぐずぐず して いる はず が ない こと は、 わかりきって いた の で あった。

リリー が にげて いって から、 トウジツ の バン も、 その あくる バン も、 また その あくる バン も、 シナコ は アンシン して ねられる どころ か、 さっぱり ねむれない よう に なって しまった。 いったい カノジョ は カンショウ の せい か、 26 と いう トシ の わり には めざとい ほう で、 ゲジョ-ボウコウ を して いた ジダイ から、 どうか する と ねられない クセ が あった もの だ が、 コンド も この 2 カイ に ひきうつって から、 たぶん ネドコ の かわった の が ゲンイン で あろう、 ほとんど ショウミ 3~4 ジカン しか ねない バン が ながい アイダ つづいて いて、 ようよう トオカ ばかり マエ から すこし ねられる よう に なりかけた ところ だった の で ある。 それ が あの バン から、 また ねむれなく なった の は どうして かしらん? カノジョ は つめて シゴト を する と、 じきに カタ が こって きたり コウフン したり する の で ある が、 コノアイダ から リリー の ため に おくれて いた の を とりかえそう と して、 あまり ヌイモノ に ネッチュウ しすぎた せい かしらん? それに ガンライ が ヒエショウ なので、 まだ 10 ガツ の ハジメ だ と いう のに そろそろ アシ が ひえて きて、 フトン へ はいって も ヨウイ に ぬくもらない の で ある。 カノジョ は オット に うとんぜられた その ソモソモ の キッカケ を、 ふと おもいだして くる の で ある が、 それ も イマ から かんがえれば、 まったく ジブン の ヒエショウ から おこった こと なの で あった。 ひどく ネツキ の いい ショウゾウ は、 フトン へ はいって 5 フン も すれば ねむって しまう のに、 そこ へ とつぜん コオリ の よう な アシ に さわられて、 おこされて しまう の が たまらない から、 オマエ は そっち で ねて くれろ と いう。 そんな こと から つい ベツベツ に ねる よう に なった が、 さむい ジブン には ユタンポ の こと で よく ケンカ を した。 なぜか と いって、 ショウゾウ は カノジョ と ハンタイ に、 ヒトイチバイ ノボセショウ なの で ある。 わけても アシ が あつい と いって、 フユ でも すこし フトン の スソ へ ツマサキ を だす くらい に しない と、 ねられない オトコ なの で ある。 だから ユタンポ で あたためて ある フトン へ はいる こと を きらって、 5 フン と シンボウ して いなかった。 もちろん それ が フワ を かもした コンポン の リユウ では ない けれども、 しかし そういう タイシツ の ソウイ が よい コウジツ に つかわれて、 だんだん ヒトリネ の シュウカン を つけられて しまった の で あった。
カノジョ は ミギ の クビスジ から カタ の ほう へ シコリ が できて おそろしく はって いる よう なので、 ときどき そこ を もんで みたり、 ネガエリ を うって マクラ の あたる ところ を かえて みたり した。 マイトシ ナツ から アキ へ かけて、 ヨウキ の カワリメ に ミギ の シタアゴ の ムシバ が いたんで こまる の で ある が、 サクヤ アタリ から すこし ずきずき しだした よう で ある。 そう いえば、 この ロッコウ と いう ところ は、 これから フユ に なって くる と、 マイトシ ロッコウ オロシ が ふいて、 アシヤ など より ずっと サムサ が きびしい の で ある と きいて いた けれども、 もう コノゴロ でも ヨル は ソウトウ に ひえこむ ので、 おなじ ハンシン の アイダ で ありながら、 なんだか とおい ヤマグニ へ でも きた よう な キ が する。 カノジョ は カラダ を エビ の よう に ちぢこめて、 ムカンカク に なりかけた リョウホウ の アシ を すりあわした。 アシヤ ジダイ には、 もう 10 ガツ の スエ に なる と、 オット と ケンカ しながら も ユタンポ を いれて ねた の で あった が、 こんな グアイ だ と、 コトシ は それまで まてない かも しれない。………
ねつかれない もの と あきらめて しまって、 デントウ を つけて、 イモウト から かりた センゲツ ゴウ の 「シュフ ノ トモ」 を、 ヨコムキ に ねながら よみだした の が、 ちょうど ヨナカ の 1 ジ で あった が、 それから まもなく、 トオク の ほう から ざあっ と いう オト が ちかよって きて、 じきに ざあっ と とおりすぎて ゆく の が きこえた。 おや、 シグレ かな、 と おもって いる と、 また ざあっと やって きて、 ヤネ の ウエ を とおる ジブン には、 ぱらぱら と まばら な オト を おとして、 シノビアシ に きえて ゆく。 しばらく する と、 また ざあっと やって くる。 それ に つけて も、 リリー は イマゴロ どこ に いる か、 アシヤ へ かえって いる なら いい が、 もし そう でも なく、 ミチ に まよって いる なら、 こんな バン には さぞ アメ に ぬれて いる で あろう。 ジツ を いう と、 まだ ツカモト には にげられた こと を しらせて やらない の で ある が、 あれ から こっち、 ずっと その こと が アタマ に ひっかかって いる の で あった。 カノジョ と して は はやく しらして やった ほう が ゆきとどいて いる こと は わかって いた の だ が、 「はばかりながら、 とうに もどって きて おります から ゴアンシン くだすって ケッコウ です、 いろいろ オテスウ を かけました が、 もう ゴイリヨウ は ありますまい な」 と、 ヒニク マジリ に いわれそう なの が ゴウハラ で、 つい ノビノビ に して いた の で ある。 しかし もどって いる と したら、 こちら の ツウチ を まつ まで も なく、 ムコウ から も アイサツ が ありそう な もの だ のに、 なんとも いって こない の を みる と、 どこ か に まごついて いる の で あろう か。 アマガサキ の とき は、 スガタ が みえなく なって から 1 シュウカン-メ に もどった と いう の だ が、 コンド は そんな に とおい ところ では ない の だし、 つい ミッカ マエ に とおって きた ばかり の ミチ なの だ から、 よもや まよう こと は ない で あろう。 ただ チカゴロ は モウロク して いて、 あの ジブン より は カン も わるく、 ドウサ も にぶく なって いる から、 ミッカ かかる ところ が ヨッカ かかる よう な こと は ある かも しれない。 そう だ と して も、 おそくも アス か アサッテ の うち には ブジ に もどって ゆく で あろう。 すると あの フタリ が どんな ヨロコビヨウ を する か。 そして どんな に リュウイン を さげる か。 きっと ツカモト さん まで が イッショ に なって、 「それ みろ、 あれ は テイシュ に すてられる ばかり か、 ネコ に まで すてられる よう な オンナ だ」 と いう で あろう。 いやいや、 シタ の イモウト フウフ も オナカ の ナカ では そう おもう で あろう し、 セケン の ヒト が ミンナ ワライモノ に する で あろう。
その とき、 シグレ が また ヤネ の ウエ を ぱらぱら と とおって いった アト から、 マド の ガラス ショウジ に、 ナニ か が ばたん と ぶつかる よう な オト が した。 カゼ が でた な、 ああ、 いや な こと だ、 と、 そう おもって いる うち に、 カゼ に して は すこし オモミ の ある よう な もの が、 つづいて 2 ド ばかり、 ばたん、 ばたん と、 ガラス を たたいた よう で あった が、 かすか に、
「にゃあ」
と いう コエ が、 どこ か に きこえた。 まさか イマジブン、 そんな こと が、 ………と、 ぎくっと しながら、 キ の せい かも しれぬ と ミミ を すます と、 やはり、
「にゃあ」
と ないて いる の で ある。 そして その アト から、 あの ばたん と いう オト が きこえて くる の で ある。 カノジョ は あわてて はねおきて、 マド の カーテン を あけて みた。 と、 コンド は はっきり、
「にゃあ」
と いう の が ガラスド の ムコウ で きこえて、 ばたん、 ………と いう オト と ドウジ に、 くろい モノ の カゲ が さっと かすめた。 そう か、 やっぱり そう だった の か、 ―――カノジョ は さすが に、 その コエ には オボエ が あった。 このあいだ ここ の 2 カイ に いた とき は、 とうとう イチド も なかなかった が、 それ は たしか に、 アシヤ ジダイ に ききなれた コエ に ちがいなかった。
いそいで サシコミ の ネジ を ぬいて、 マド から ハンシン を のりだしながら、 シツナイ から さす デントウ の アカリ を タヨリ に くらい ヤネ の ウエ を すかした けれども、 イッシュンカン、 なにも みえなかった。 ソウゾウ する に、 その マド の ソト に テスリ の ついた ハリダシ が ある ので、 リリー は たぶん そこ へ あがって、 なきながら マド を たたいて いた の に ちがいなく、 あの ばたん と いう オト と たったいま みえた くろい カゲ とは まさしく それ だった と おもえる の で ある が、 ウチガワ から ガラスド を あけた トタン に、 どこ か へ にげて いった の で あろう か。
「リリー や、………」
と、 シタ の フウフ を おこさない よう に キガネ しながら、 カノジョ は ヤミ に コエ を なげた。 カワラ が ぬれて ひかって いる ので、 サッキ の あれ が シグレ だった こと は うたがう ヨチ が ない けれども、 それ が まるで ウソ だった よう に、 ソラ には ホシ が きらきら して いる。 メノマエ を おおう マヤサン の、 ハバビロ な、 マックロ な カタ にも、 ケーブル カー の アカリ は きえて しまって いる が、 チョウジョウ の ホテル に ヒ の ともって いる の が みえる。 カノジョ は ハリダシ へ カタヒザ を かけて、 ヤネ の ウエ へ のめりだしながら、 もう イチド、
「リリー や」
と、 よんだ。 すると、
「にゃあ」
と いう ヘンジ を して、 カワラ の ウエ を こちら へ あるいて くる らしく、 リンイロ に ひかる フタツ の メノタマ が だんだん ちかよって くる の で ある。
「リリー や」
「にゃあ」
「リリー や」
「にゃあ」
ナンド も ナンド も、 カノジョ が ヒンパン に よびつづける と、 その たび ごと に リリー は ヘンジ を する の で あった が、 こんな こと は、 ついぞ イマ まで に ない こと だった。 ジブン を かわいがって くれる ヒト と、 ナイシン きらって いる ヒト と を よく しって いて、 ショウゾウ が よべば こたえる けれども、 シナコ が よぶ と しらん カオ を して いた もの だ のに、 コンヤ は イクド でも オックウ-がらず に こたえる ばかり で なく、 しだいに コビ を ふくんだ よう な、 なんとも いえない やさしい コエ を だす の で ある。 そして、 あの あおく ひかる ヒトミ を あげて、 カラダ に ナミ を うたせながら テスリ の シタ まで よって きて は、 また すうっと ムコウ へ ゆく の で ある。 おおかた ネコ に して みれば、 ジブン が ブアイソウ に して いた ヒト に、 キョウ から かわいがって もらおう と おもって、 いくらか イマ まで の ブレイ を わびる ココロモチ も こめて、 あんな コエ を だして いる の で あろう。 すっかり タイド を あらためて、 ヒゴ を あおぐ キ に なった こと を、 なんとか して わかって もらおう と、 イッショウ ケンメイ なの で あろう。 シナコ は はじめて この ケモノ から そんな やさしい ヘンジ を された の が、 コドモ の よう に うれしくって、 ナンド でも よんで みる の で あった が、 だこう と して も なかなか つかまえられない ので、 しばらく の アイダ、 わざと マドギワ を はなれて みる と、 やがて リリー は ミ を おどらして、 ひらり と ヘヤ へ とびこんで きた。 それから、 まったく おもいがけない こと には、 ネドコ の ウエ に すわって いる シナコ の ほう へ イッチョクセン に あるいて きて、 その ヒザ に マエアシ を かけた。
これ は まあ いったい どうした こと か、 ―――カノジョ が あきれて いる うち に、 リリー は あの、 アイシュウ に みちた マナザシ で じっと カノジョ を みあげながら、 もう ムネ の アタリ へ もたれかかって きて、 メン フランネル の ネマキ の エリ へ、 ヒタイ を ぐいぐい と おしつける ので、 こちら から も ホオズリ を して やる と、 アゴ だの、 ミミ だの、 クチ の マワリ だの、 ハナ の アタマ だの を、 やたら に なめまわす の で あった。 そう いえば、 ネコ は フタリ きり に なる と セップン を したり、 カオ を すりよせたり、 まったく ニンゲン と おなじ よう な シカタ で アイジョウ を しめす もの だ と きいて いた の は、 これ だった の か、 いつも ヒト の みて いない ところ で オット が こっそり リリー を アイテ に たのしんで いた の は、 これ を されて いた の だった か。 ―――カノジョ は ネコ に トクユウ な ひなたくさい ケガワ の ニオイ を かがされ、 ざらざら と ヒフ に ひっかかる よう な、 いたがゆい シタザワリ を カオジュウ に かんじた。 そして、 とつぜん、 たまらなく かわいく なって きて、
「リリー や」
と いいながら、 ムチュウ で ぎゅっと だきすくめる と、 ナニ か、 ケガワ の トコロドコロ に、 つめたく ひかる もの が ある ので、 さては イマ の アメ に ぬれた ん だな と、 はじめて ガテン が いった の で あった。
それにしても、 アシヤ の ほう へ かえらない で、 こちら へ かえった の は なぜ で あろう。 おそらく サイショ は アシヤ を めざして にげだした の が、 トチュウ で ミチ が わからなく なって、 もどって きた の では ない で あろう か。 わずか 3 リ か 4 リ の ところ を、 ミッカ も かかって うろうろ しながら、 とうとう モクテキチ へ ゆきつけない で ひっかえして くる とは、 リリー に して は あまり イクジ が ない よう だ けれども、 コト に よる と この かわいそう な ケモノ は、 もう それほど に ロウスイ して いる の で あろう。 キ だけ は ムカシ に かわらない つもり で、 にげて みた こと は みた ものの、 シリョク だの、 キオクリョク だの、 キュウカク だの と いう もの が、 もはや ムカシ の ハンブン も の ハタラキ も して くれない ので、 どっち の ミチ を、 どっち の ホウガク から、 どういう ふう に つれて こられた の か ケントウ が つかず、 あっち へ いって は ふみまよい、 こっち へ いって は ふみまよい して、 また モト の バショ へ もどって くる。 ムカシ だったら、 いったん こう と おもいこんだら どんな に ミチ の ない ところ でも ガムシャラ に トッシン した もの が、 イマ では ジシン が なくなって、 ヨウス の しれない ところ へ わけいる と オジケ が ついて、 ひとりでに アシ が すくんで しまう。 きっと リリー は、 そんな ふう に して あんがい トオク の ほう まで は ゆく こと が できず、 この カイワイ を まごまご して いた の で あろう。 そう だ と すれば、 キノウ の バン も、 オトトイ の バン も、 よなよな この 2 カイ の マド の チカク へ しのびよって、 いれて もらおう か どう しよう か と ためらいながら、 ナカ の ヨウス を うかがって いた の かも しれない。 そして コンヤ も、 あの ヤネ の ウエ の くらい ところ に うずくまって ながい アイダ かんがえて いた の で あろう が、 シツナイ に アカリ が ともった の と、 にわか に アメ が ふって きた の と で、 キュウ に ああいう ナキゴエ を だして ショウジ を たたく キ に なった の で あろう。 でも ホントウ に、 よく かえって きて くれた もの だ。 よっぽど つらい メ に あったれば こそ で あろう けれども、 やはり ワタシ を アカ の タニン とは おもって いない ショウコ なの だ。 それに ワタシ も、 コンヤ に かぎって こんな ジコク に デントウ を つけて、 ザッシ を よんで いた と いう の は、 ムシ が しらした せい なの だ。 いや、 かんがえれば、 この ミッカ-カン ちょっとも ねむれなかった の も、 じつは リリー の かえって くる の が なんとなく またれた から だった の だ。 そう おもう と カノジョ は、 ナミダ が でて きて シカタ が ない ので、
「なあ、 リリー や、 もう どこ へも いけへん なあ」
と、 そう いいながら、 もう イッペン ぎゅっと だきしめる と、 めずらしい こと に リリー は じっと おとなしく して、 いつまでも だかれて いる の で あった が、 その、 モノ も いわず に ただ かなしそう な メツキ を して いる としおいた ネコ の ムネ の ウチ が、 イマ の カノジョ には フシギ な くらい はっきり みとおせる の で あった。
「オマエ、 きっと オナカ へってる やろ けど、 コンヤ は もう おそい よって に な。 ―――ダイドコロ さがしたら なんなと ある やろ おもう けど、 ま、 しかたない、 ここ ワテ の ウチ と ちがう よって に、 アシタ の アサ まで まちなされ や」
カノジョ は ヒトコト ヒトコト に ホオズリ を して から、 ようよう リリー を シタ に おいて、 わすれて いた マド の トジマリ を し、 ザブトン で ネドコ を こしらえて やり、 あの とき イライ まだ オシイレ に つっこんで あった フンシ を だして やり など する と、 リリー は その アイダ も しじゅう アト を おって あるいて、 アシモト に からみつく よう に した。 そして すこし でも たちどまる と、 すぐ その ソバ へ はしりよって、 クビ を イッポウ へ かたむけながら、 ナンド も ミミ の ツケネ の アタリ を スリツケ に くる ので、
「ええ、 もう ええ がな、 わかってる がな。 さ、 ここ へ きて ねなさい ねなさい」
と、 ザブトン の ウエ へ だいて きて やって、 オオイソギ で アカリ を けして、 やっと カノジョ は ジブン の ネドコ へ はいった の で あった が、 それから 1 プン と たたない うち に、 たちまち すうっと マクラ の チカク に あの ひなたくさい ニオイ が して きて、 カケブトン を もくもく もちあげながら、 ビロウド の よう な やわらかい ケ の ブッタイ が はいって きた。 と、 ぐいぐい アタマ から もぐりこんで、 アシ の ほう へ おりて いって、 スソ の アタリ を しばらく の アイダ うろうろ して から、 また ウエ の ほう へ あがって きて、 ネマキ の フトコロ へ クビ を いれた なり うごかない よう に なって しまった が、 やがて さも キモチ の よさそう な、 ヒジョウ に おおきな オト を たてて ノド を ごろごろ ならしはじめた。
そう いえば イゼン、 ショウゾウ の ネドコ の ナカ で こんな グアイ に ごろごろ いう の を、 いつも トナリ で きかされながら いいしれぬ シット を おぼえた もの だ が、 コンヤ は トクベツ に その ごろごろ が おおきな コエ に きこえる の は、 よっぽど ジョウキゲン なの で あろう か、 それとも ジブン の ネドコ の ナカ だ と、 こういう ふう に ひびく の で あろう か。 カノジョ は リリー の つめたく ぬれた ハナ の アタマ と、 へんに ぷよぷよ した アシ の ウラ の ニク と を ムネ の ウエ に かんじる と、 まったく はじめて の デキゴト なので、 キミョウ の よう な、 うれしい よう な ココチ が して、 マックラ な ナカ で テサグリ しながら クビ の アタリ を なでて やった。 すると リリー は いっそう おおきく ごろごろ いいだして、 ときどき、 とつぜん ヒトサシユビ の サキ へ、 きゅっと かみついて ハガタ を つける の で あった が、 まだ そんな こと を された ケイケン の ない カノジョ にも、 それ が イジョウ な コウフン と ヨロコビ の あまり の シグサ で ある こと が わかる の で あった。
その あくる ヒ から、 リリー は すっかり シナコ と ナカヨシ に なって しまって、 ココロ から シンライ して いる ヨウス が みえ、 もう ギュウニュウ でも、 ハナガツオ の ゴハン でも、 なんでも おいしそう に たべた。 そして フンシ の スナ の ナカ へ ヒ に イクド か ハイセツブツ を おとす ので、 いつも その ニオイ が 4 ジョウ ハン の ヘヤ の ナカ へ むうっと こもる よう に なった が、 カノジョ は それ を かいで いる と、 イロイロ な キオク が おもいがけなく よみがえって、 アシヤ ジダイ の なつかしい ヒ が もどって きた よう に かんずる の で あった。 なぜか と いって、 アシヤ の イエ では あけて も くれて も この ニオイ が して いた では ない か。 あの イエ の ナカ の フスマ にも、 ハシラ にも、 カベ にも、 テンジョウ にも、 みな この ニオイ が しみついて いて、 カノジョ は オット や シュウトメ と イッショ に 4 ネン の アイダ これ を かぎながら、 くやしい こと や かなしい こと の カズカズ に たえて きた の では ない か。 だが、 あの ジブン には、 この ハナモチ の ならない ニオイ を のろって ばかり いた くせ に、 イマ は その おなじ ニオイ が なんと あまい カイソウ を そそる こと よ。 あの ジブン には この ニオイ ゆえ に ひとしお にくらしかった ネコ が、 イマ は その ハンタイ に、 この ニオイ ゆえ に いかに いとおしい こと よ。 カノジョ は その ノチ マイバン の よう に リリー を だいて ねむりながら、 この ジュウジュン で かわいらしい ケモノ を、 どうして ムカシ は あんな にも きらった の か と おもう と、 あの コロ の ジブン と いう もの が、 ひどく イジ の わるい、 オニ の よう な オンナ に さえ みえて くる の で あった。
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