カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ニジュウシ の ヒトミ 7

2018-05-21 | ツボイ サカエ
 7、 ハバタキ

 シュウガク リョコウ から オオイシ センセイ の ケンコウ は つまずいた よう だった。 3 ガッキ に はいって まもなく の こと、 ハツカ ちかく ガッコウ を やすんで いる オオイシ センセイ の マクラモト へ、 ある アサ 1 ツウ の ハガキ が とどいた。

ハイケイ、 センセイ の ゴビョウキ は いかが です か。 ワタシ は マイニチ、 チョウレイ の とき に なる と、 シンパイ に なります。 オオイシ センセイ が いない と セエ が ない と、 コツル さん や フジコ さん も いって います。 ダンシ も そう いって います。 センセイ、 はやく よく なって、 はやく きて ください。 ミサキグミ は ミンナ シンパイ して います。 さよなら。

 ミサキグミ の セイト たち の シンジョウ に ふれた オモイ で、 ふと なみだぐんだ センセイ も、 サイゴ の さよなら で、 おもわず ふきだした。 サナエ から だった。
「さよなら を、 ほら、 こんな アテジ が はやってる んよ、 オカアサン」
 チョウショク を はこんで きた ハハオヤ に みせる と、
「ジ も うまい で ない か、 6 ネンセイ に しちゃあ」
「そう、 いちばん よく できる の。 シハン へ いく つもり の よう だ けど、 すこし おとなしすぎる。 あれ で センセイ つとまる かな」
 クチ では なかなか イシ ヒョウジ を しない サナエ の こと を シンパイ して いう と、
「だけど、 オマエ、 ヒサコ だって 6 ネンセイ ぐらい まで は クチカズ の すくない、 アイキョウ の ない コ だった よ。 それ が まあ、 この セツ は どうして、 クチマメ-らしい もの」
「そう かしら、 ワタシ、 そんな に クチハッチョウ?」
「だって、 キョウシ が クチ が おもたかったら こまる で ない か」
「そう よ。 だから ワタシ、 この ヤマイシ サナエ と いう コ が、 キョウダン に たって モノ が いえる かしら と、 シンパイ なの」
「ジブン の こと わすれて。 ヒサコ だって ヒト の マエ じゃ ろくに ショウカ も うたえなかった じゃ ない か。 それでも ちゃんと、 イチニンマエ に なった もの」
「ふーん。 そう だった わ。 イマ ショウカ すき なの、 もしか したら コドモ の とき の ハンドウ かな」
「ヒトリッコ の ハニカミ も あったろう がね。 その ハガキ の コ も ヒトリッコ かい」
「ううん。 6 ニン ぐらい の マンナカ よ。 ネエサン は セキジュウジ の カンゴフ だ そう よ。 ジブン は センセイ に なりたい って、 それ も ツヅリカタ に かいて ある の。 きいたって クチ では いわない くせ に、 ツヅリカタ だ と、 すごい こと かく のよ。 これから は オンナ も ショクギョウ を もたなくて は、 ウチ の オカアサン の よう に、 つらい メ を する、 なんて。 よっぽど つらい メ を みてる らしい の」
「オマエ と おなじ じゃ ない か」
「でも ワタシ は、 ちいさい とき から ちゃんと ヒト にも いってた わ。 センセイ に なる、 センセイ に なる って。 ヤマイシ サナエ と きたら、 なんにも い や しない。 いつでも ミンナ の ウシロ に かくれて いる みたい な くせ に、 かかせる と ちゃんと してる の」
「いろいろ、 タチ が ある よ。 こうして ハガキ を よこしたり する ところ、 なかなか ウシロ に かくれちゃ いない から」
「そう なの。 そして、 さよなら なん だ もの、 おもしろい」
 ハガキ 1 マイ に つりこまれて おもわず すすんだ チョウショク だった。 その アト も、 まるで カガミ に でも みいる よう に その ハガキ を みつめ、 やがて は コドモ たち の こと が つぎつぎ と うかんで きた。 カワモト マツエ は どうした で あろう か。
 ――テンプラ イッチョウッ!
 かんだか に さけんで いた モモワレ の ムスメ。 サンバシ マエ 「シマヤ」 と いう カンバン を おぼえて かえり、 テガミ を だして みた が、 ヘンジ は こなかった。 ショウガッコウ 4 ネンセイ しか おさめて いない コドモ には テガミ を かく スベ も わからなかった の だろう か。 それとも ホンニン の テ に わたった か どう か も あやしい……。 あの ヨ、 うさんくさそう に でて きた オカミサン も、 ジジョウ が わかる と さすが に アイソ よく、
「まあま、 それ は それ は。 よう きて おくれました な。 さ、 センセイ、 どうぞ おかけ なさんせ」
 ナカ へ しょうじいれ、 せまい タタミ の エンダイ に ちいさな ザブトン を だして すすめたり した。 しかし ハナシ を する の は オカミサン ばかり で、 マツエ は だまって つったって いた。 いつのまにか オトコ の セイト が 5~6 ニン やって きて、 ナワノレン の ムコウ に カオ を ならべて いる の を みる と、 オオイシ センセイ は たちあがらず に いられなかった の だ。
「じゃあ また ね。 もう すぐ フネ が くる でしょう から」
 イトマ を つげた が、 べつに ミオクリ にも こなかった。 ゆるされなかった の で あろう。 わざと ふりむき も せず、 さっさと あるきだす と、 ぞろぞろ ついて きた セイト たち は おもいおもい の こと を いった。
「センセイ、 ダレ かな、 あの コ?」
「センセイ、 あの ウドンヤ と、 イッケ (シンルイ) かな?」
 ホンコウ には たった 1 ニチ しか カオ を ださなかった マツエ を、 ダレ も マツエ と きづいて いない の は、 その ナカ に ミサキ の コドモ が まじって いなかった から で あろう。 ヘタ に さそいだしたり しなかった こと を、 マツエ の ため に よろこびながら、 イマ でも イッシュ の モドカシサ で おもいだされる マツエ で あった。 おなじ トシ に うまれ、 おなじ トチ に そだち、 おなじ ガッコウ に ニュウガク した オナイドシ の コドモ が、 こんな に せまい ワ の ナカ で さえ、 もう その キョウグウ は カクダン の サ が ある の だ。 ハハ に しなれた と いう こと で、 はかりしれぬ キョウグウ の ナカ に ほうりだされた マツエ の ユクスエ は どう なる の で あろう か。 カノジョ と イッショ に すだった サナエ たち は、 もう ミライ への ハバタキ を、 ソレゾレ の カンキョウ の ナカ で シタク して いる。 ショウライ への キボウ に ついて かかせた とき、 サナエ は キョウシ と かいて いた。 こどもらしく センセイ と かかず に、 キョウシ と かいた ところ に サナエ の セイイッパイサ が あり、 あまっちょろい アコガレ など では ない もの を かんじさせた。 6 ネンセイ とも なれば、 ミンナ もう エンゼル の よう に ちいさな ハネ を セナカ に つけて、 ちからいっぱい に はばたいて いる の だ。
 かわって いる の は、 マスノ の シボウ で あった。 ガクゲイカイ に 「コウジョウ の ツキ」 を ドクショウ して ゼンコウ を うならせた マスノ は、 ヒマ さえ あれば ウタ を うたい、 ますます うまく なって いた。 ウタ に むかう とき カノジョ の ズノウ は トクベツ の ハタラキ を みせ、 ガクフ を みて ヒトリ で うたった。 イナカ の コドモ と して は、 それ は じつに めずらしい こと だった。 カノジョ の ユメ の ゆきつく ところ は オンガク ガッコウ で あり、 その ため に カノジョ は ジョガッコウ へ ゆく と いった。
 ジョガッコウ-グミ は マスノ の ホカ に ミサコ が いた。 あまり デキ の よく ない ミサコ は、 ジュケン の ため の イノコリ ベンキョウ に インウツ な カオ を して いた。 カノジョ の アタマ は サンスウ の ゲンリ を リカイ する チカラ も、 ウノミ に する キオクリョク にも かけて いた。 しかも それ を ジブン で よく しって いて、 ムシケン の サイホウ ガッコウ に ゆきたがった。 だが カノジョ の ハハ は、 それ を ショウチ せず、 マイニチ、 カノジョ に インウツ な カオ を させた。 なんとか して ケンリツ コウジョ に いれたい カノジョ の ハハ は、 ネッシン に ガッコウ へ きて いた。 その ネツイ で ムスメ の ノウミソ の コウゾウ が かわり でも する よう に。 それでも ミサコ は ヘイキ だった。
「ワタシ な、 スウジ みた だけ で アタマ が いとう なる んで。 ケンリツ の シケン やこい、 ダレ が うけりゃ。 その ヒ に なったら、 ワタシ、 ビョウキ に なって やる」
 カノジョ は サンスウ の ため に ラクダイ する こと を みこして いる の だ。 そこ へ ゆく と、 コトエ は まるで ハンタイ で ある。 イエ で ダレ に みて もらう と いう こと でも ない のに、 カズ の カンカク は マスノ の ガクフ と おなじ だった。 いつも コトエ は マンテン で あった。 ソノタ の ガッカ も サナエ に ついで よく できた。 カノジョ ならば ジョガッコウ も なんなく はいれる で あろう に、 コトエ は 6 ネン きり で やめる と いう。 あきらめて いる の か、 うらやましそう でも ない コトエ に、 たずねた こと が ある。
「どうしても 6 ネン で やめる の?」
 カノジョ は コックリ を した。
「ガッコウ、 すき でしょ」
 また うなずく。
「そんなら、 コウトウカ へ 1 ネン でも きたら?」
 だまって うつむいて いる。
「センセイ が、 ウチ の ヒト に たのんで あげよう か?」
 すると コトエ は はじめて クチ を ひらき、
「でも、 もう、 きまっとる ん。 ヤクソク した ん」
 さびしそう な ビショウ を うかべて いう。
「どんな ヤクソク? ダレ と した の?」
「オカアサン と。 6 ネン で やめる から、 シュウガク リョコウ も やって くれた ん」
「あら、 こまった わね。 センセイ が たのみ に いって も、 その ヤクソク、 やぶれん」
 コトエ は うなずき、
「やぶれん」 と つぶやいた。 そして、 マエバ を みせて ナキワライ の よう な カオ を し、
「コンド は トシエ が ホンコウ に くる ん です。 ワタシ が コウトウカ へ きたら、 バンゴハン たく モン が ない から、 コンド は ワタシ が メシタキバン に なる ん です」
「まあ、 そんなら イマゴロ は 4 ネンセイ の トシエ さん が ゴハンタキ?」
「はい」
「オカアサン、 やっぱり リョウ に いく の、 マイニチ?」
「はい、 おおかた マイニチ」
 いつか コトエ は ツヅリカタ に かいて いた。

ワタシ は オンナ に うまれて ザンネン です。 ワタシ が オトコ の コ で ない ので、 オトウサン は いつも くやみます。 ワタシ が オトコ の コ で ない ので、 リョウ に ついて いけません から、 オカアサン が カワリ に ゆきます。 だから オカアサン は、 ワタシ の カワリ に フユ の さむい ヒ も、 ナツ の あつい ヒ も オキ に はたらき に いきます。 ワタシ は おおきく なったら オカアサン に コウコウ つくしたい と おもって います。

 これ なの だ と、 オオイシ センセイ は さっした。 まるで オンナ に うまれた こと を ジブン の セキニン で でも ある よう に かんがえて いる コトエ。 それ が コトエ を、 ナニゴト にも エンリョ-ぶかく させて いる の だ。 ダレ が そう おもわせた の か と いって みて も まにあわぬ。 コトエ は もう 6 ネンセイ で やめる こと を、 ワガミ の ウンメイ の よう に うけいれて いる の だ。
「でも ね コトエ さん――」
 それ は まちがって いる の だ と いおう と して やめた。 カンシン ね、 と いおう と して それ も やめた。 キノドク ね と いう の も クチ を でなかった。
「ザンネン です ね」
 それ は いかにも テキセツ な コトバ で あった が、 コトエ は それ で なぐさめられ、 キモチ が あかるく なった らしい。 すこし ソッパ の おおきな マエバ を よけい むきだして、
「そのかわり、 えい こと も ある ん。 サライネン トシエ が 6 ネン を ソツギョウ したら、 コンド は ワタシ を オハリヤ へ やって くれる ん。 そして 18 に なったら オオサカ へ ホウコウ に いって、 ゲッキュウ みんな、 ジブン の キモノ かう ん。 ウチ の オカアサン も そうした ん」
「そして オヨメ に ゆく の?」
 コトエ は イッシュ の ハニカミ を みせて、 ふふっと わらった。 それ は もう わが テ では うごかす こと の できぬ ウンメイ で でも ある よう に、 カノジョ は それ に フクジュウ しよう と して いる。 そこ には もう、 あたえられる ウンメイ を さらり と うけよう と する オンナ の スガタ が あった。 ハタチ にも なれば、 カノジョ は ある ヒ ハハ キトク の ニセ-デンポウ 1 ポン で ホウコウサキ から よびかえされ、 キトク の はず の ハハ たち の ゼンダテ の まま、 よく はたらく ヒャクショウ か リョウシ の ツマ に なる かも しれぬ。
 カノジョ の ハハ も そう で あった。 そして 6 ニン の コ を うんだ。 5 ニン まで オンナ で あった ため に、 それ が ジブン ヒトリ の セキニン で ある か の よう に オット の マエ で キガネ して いた。 その キガネ が コトエ にも うつって、 カノジョ も エンリョ-ぶかい オンナ に なって いた。 オット に したがって マイニチ オキ に でて いる リョウシ の ツマ は、 オンナ とは おもえぬ ほど ヒ に やけた カオ を し、 シオカゼ に さらされて カミノケ は あかちゃけて ぼうぼう と して いた。 しかも それ で フヘイ フマン は なかった か の よう に、 ジブン の あるいた ミチ を また ムスメ に あるかせよう と し、 ムスメ も それ を アタリマエ の オンナ の ミチ と こころえて いる。 そこ には よどんだ ミズ が ナガレ の セイレツサ を しらない よう な、 フルサ だけ が あった。 ショウジキ イチズ な まずしい リョウシ の イッカ に とって は、 それ が エンマン グソク の カギリ なの だろう か と、 ヒトリ もどかしがる オオイシ センセイ だった。 さりとて コトエ を コウトウカ に シンガク させる こと で、 まずしい リョウシ イッカ の カンガエ が イッシン される もの では ない と おもう と、 ソラ を ながめて タメイキ を する より なかった。
 キョウシ と セイト の カンケイ が、 これ で よい の か と ギモン を もつ と、 そこ に でて くる コタエ は、 『クサ の ミ』 の イナガワ センセイ で あった。 コクゾク に され、 ケイムショ に つながれた イナガワ センセイ は、 ときどき ゴクチュウ から、 アリ の よう に こまかい ジ の テガミ を オシエゴ に よせる と いう こと だった が、 なんの かわった こと も ない アリキタリ の テガミ も、 セイト には よんで きかされない と いう ウワサ だった。 そんな もの で あろう か。 キョウシツ の ナカ で、 コクテイ キョウカショ を とおして しか むすびつく こと を ゆるされない そらぞらしい キョウシ と セイト の カンケイ、 たとえ セイト の ほう で カッテ に セキ を のりこえて こよう とも、 ジョウズ に カタスカシ を くわさねば、 おもいがけない オトシアナ が ある こと を しらねば ならなかった。 ミンナ の ミミ と メ が しらずしらず ヒト の ヒミツ を うかがいさぐる よう に なって いる の だ。 しかし また ときには、 ベツ の こと で おもいがけない イタズラ に ひきずりこまれたり も する。 ビョウキ の ため しばらく やすむ と いった とき、 コツル など、 ムナモト に テ を いれる よう な ブエンリョサ で、 ぬけぬけ と いった。
「センセイ の ビョウキ、 ツワリ です か?」
 おもわず あかく なる と、 やんや と はやす モノ も いた。 コドモ の くせ に、 と おもった が、 カタ を すかさず に こたえた。
「そう なの。 ごめんなさい。 ゴハン たべられない から、 こんな に やせた ん だ もん、 すこし ゲンキ に なって から くる わ」
 その とき から の ケッキン だった。 やすむ と センゲン した とき、 ダレ より も シンパイ そう な カオ を した の が やはり サナエ だった こと など おもいだし、 6 ネン マエ の シャシン を とりだして みた。 13 マイ ヤキマシ を して おきながら、 なんとなく わたしそびれて ソノママ に なって いる シャシン は、 フクロ の まま シャシン ブック の アイダ に はさまって いた。 あどけない カオ を ならべて いる ナカ で、 コツル は やはり いちばん おとなっぽかった。 この とき から ずぬけて セ も たかい コツル は、 イマ では ミンナ より フタツ ほど も トシウエ に みえた。 オカッパ か ヨコワケ に して いる ナカ で、 カノジョ ヒトリ は シナ の ショウジョ の よう に マエガミ を さげて、 ヒトリ おとなぶって いる の だ。 マスノ が ミサキ の ミチヅレ で なくなって から、 カノジョ は ヒトリ いばって いる ふう で あった。 コウトウカ を おえる と サンバ ガッコウ に ゆく の が モクテキ なの も、 オマセ な カノジョ に ツワリ の キョウミ を もたせた の かも しれない。
 ミサキ の ジョシグミ では、 アト に フジコ が ヒトリ いる が、 カノジョ の ホウコウ だけ は きまって いなかった。 いよいよ、 コンド こそ イエヤシキ が ヒトデ に わたる と いう ウワサ も、 ソツギョウ の さしせまった フジコ の ウゴキ を きめられなく して いる の だろう と おもう と、 コトエ と ドウヨウ、 アナタマカセ の ウンメイ が カノジョ を まちうけて いそう で あわれ だった。 やせて チノケ の ない、 しろく コ の ふいた よう な カオ を した フジコ は、 いつも ソデグチ に テ を ひっこめて、 ふるえて いる よう に みえた。 イン に こもった よう な つめたい ヒトエマブタ の メ と、 ムクチサ だけ が、 かろうじて カノジョ の タイメン を たもって でも いる よう だ。
 そこ へ ゆく と、 オトコ の コ は いかにも はつらつ と して いる。
「ボク は、 チュウガク だ」
 タケイチ が カタ を はる よう に して いう と、 タダシ も まけず に、
「ボク は コウトウカ で、 ソツギョウ したら ヘイタイ に いく まで リョウシ だ。 ヘイタイ に いったら、 カシカン に なって、 ソウチョウ ぐらい に なる から、 おぼえとけ」
「あら、 カシカン……」
 フシゼン に コトバ を きった が、 センセイ の キモチ の ウゴキ には ダレ も キ が つかなかった。 ツキヨ の カニ と ヤミヨ の カニ を わざわざ もって きた よう な タダシ が カシカン シボウ は おもいがけなかった の だ が、 カレ に とって は おおいに ワケ が あった。 チョウヘイ の 3 ネン を チョウセン の ヘイエイ で すごし、 ジョタイ に ならず に そのまま マンシュウ ジヘン に シュッセイ した カレ の チョウケイ が、 サイキン ゴチョウ に なって かえった こと が タダシ を そそのかした の だ。
「カシカン を シボウ したら な、 ソウチョウ まで は へいちゃら で なられる いう もん。 カシカン は ゲッキュウ もらえる んど」
 そこ に シュッセ の ミチ を タダシ は みつけた らしい。 すると タケイチ も、 まけず に コエ を はげまして、
「ボク は カンブ コウホセイ に なる もん。 タンコ に まける かい。 すぐに ショウイ じゃ ど」
 キチジ や イソキチ が うらやましげ な カオ を して いた。 タケイチ や タダシ の よう に、 さして その ヒ の クラシ には こまらぬ カテイ の ムスコ とは ちがう キチジ や イソキチ が、 センソウ に ついて、 イエ で どんな コトバ を かわして いる か しる ヨシ も ない が、 だまって いて も、 やがて は カレラ も おなじ よう に ヘイタイ に とられて ゆく の だ。 その ハル (ショウワ 8 ネン) ニッポン が コクサイ レンメイ を ダッタイ して、 セカイ の ナカマハズレ に なった と いう こと に どんな イミ が ある か、 チカク の マチ の ガッコウ の センセイ が ロウゴク に つながれた こと と、 それ が どんな ツナガリ を もって いる の か、 それら の イッサイ の こと を しる ジユウ を うばわれ、 その うばわれて いる ジジツ さえ しらず に、 イナカ の スミズミ まで ゆきわたった コウセンテキ な クウキ に つつまれて、 ショウネン たち は エイユウ の ユメ を みて いた。
「どうして そんな、 グンジン に なりたい の?」
 タダシ に きく と、 カレ は ソッチョク に こたえた。
「ボク、 アトトリ じゃ ない もん。 それに リョウシ より よっぽど カシカン の ほう が えい もん」
「ふーん。 タケイチ さん は?」
「ボク は アトトリ じゃ けんど、 ボク じゃって グンジン の ほう が コメヤ より えい もん」
「そうお、 そう かな。 ま、 よく かんがえなさい ね」
 ウカツ に モノ の いえない キュウクツサ を かんじ、 アト は だまって オトコ の コ の カオ を みつめて いた。 タダシ が、 ナニ か かんじた らしく、
「センセイ、 グンジン すかん の?」 と きいた。
「うん、 リョウシ や コメヤ の ほう が すき」
「へえーん。 どうして?」
「しぬ の、 おしい もん」
「ヨワムシ じゃ なあ」
「そう、 ヨワムシ」
 その とき の こと を おもいだす と、 イマ も むしゃくしゃ して きた。 これ だけ の ハナシ を とりかわした こと で、 もう キョウトウ に チュウイ された の で ある。
「オオイシ センセイ、 アカ じゃ と ヒョウバン に なっとります よ。 キ を つけん と」
 ――ああ、 アカ とは、 いったい どんな こと で あろう か。 この、 なんにも しらない ジブン が アカ とは――。
 ネドコ の ナカ で いろいろ かんがえつづけて いた オオイシ センセイ は、 チャノマ に むかって よびかけた。
「オカア、 サン、 ちょっと」
「はいよ」
 たって は こず に フスマゴシ の ヘンジ は、 ヒバチ の ワキ に うつむいた コエ で あった。
「ちょっと ソウダン。 きて よ」
 アシオト に つづいて フスマ が あく と、 ユビヌキ を はめた テ を みながら、
「ワタシ、 つくづく センセイ いや ん なった。 3 ガツ で やめよ かしら」
「やめる? なんで また」
「やめて イチモンガシヤ でも する ほう が まし よ。 マイニチ マイニチ チュウクン アイコク……」
「これっ」
「なんで オカアサン は、 ワタシ を キョウシ なんぞ に ならした の、 ホント に」
「ま、 ヒト の こと に して。 オマエ だって すすんで なった じゃ ない か。 オカアサン の ニノマイ ふみたく ない って。 まったく ロウガンキョウ かけて まで、 ヒトサマ の サイホウ は したく ない よ」
「その ほう が まだ まし よ。 1 ネン から 6 ネン まで、 ワタシ は ワタシ なり に イッショウ ケンメイ やった つもり よ。 ところが どう でしょう。 オトコ の コ ったら ハンブン イジョウ グンジン シボウ なん だ もの、 いや ん なった」
「トキヨ ジセツ じゃ ない か。 オマエ が イチモンガシヤ に なって、 センソウ が おわる なら よかろう がなあ」
「よけい、 いや だ ワタシ。 しかも、 オカアサン に こり も せず、 フナノリ の オムコサン もらったり して、 ソン した。 コノゴロ みたい に ボウクウ エンシュウ ばっかり ある と、 フナノリ の ヨメサン、 イノチ ちぢめる わ。 アラシ でも ない のに、 どかーん と やられて ミボウジン なんて、 ゴメン だ。 そ いって、 イマ の うち に フナノリ やめて もらお かしら。 フタリ で ヒャクショウ でも なんでも して みせる。 せっかく コドモ が うまれる のに、 ワタシ は ワタシ の コ に ワタシ の ニノマイ ふませたく ない もん。 やめて も いい わね」
 ハヤクチ に ならべたてる の を、 にこにこ わらいながら オカアサン は きいて いた が、 やがて、 おさない コドモ でも たしなめる よう に いった。
「まるで、 なんもかも ヒト の せい の よう に いう コ だよ、 オマエ は。 すき で きて もらった ムコドノ で ない か。 オカアサン こそ、 モンク いいたかった のに、 あの とき。 ワタシ の ニノマイ ふんだら どう しよう と おもって。 でも、 ヒサコ が キニイリ の ヒト なら シカタ が ない と あきらめた。 それ を、 ナン じゃ、 いまさら」
「すき と フナノリ は ベツ よ。 とにかく ワタシ、 センセイ は もう いや です から ね」
「ま、 すき に しなされ。 イマ は キ が たってる ん だ から」
「キ なんか たって いない わ」
 ガッコウ で とは だいぶ ちがう センセイ で ある。 しかし その ワガママ な イイカタ の ナカ には、 ヒト の イノチ を いとおしむ キモチ が あふれて いた。
 やがて おちついて ふたたび ガッコウ へ かよう よう には なった が、 シンガッキ の フタ を あける と オオイシ センセイ は もう おくりだされる ヒト で あった。 おしんだり うらやましがる ドウリョウ も いた が、 とくに ひきとめよう と しない の は、 オオイシ センセイ の こと が なんとなく めだち、 モンダイ に なって も いた から だ。 それなら、 どこ に モンダイ が ある か と きかれたら、 ダレヒトリ はっきり いえ は しなかった。 オオイシ センセイ ジシン は もちろん しらなかった。 しいて いえば、 セイト が よく なつく と いう よう な こと に あった かも しれぬ。
 その アサ 700 ニン の ゼンコウ セイト の マエ に たった オオイシ センセイ は、 しばらく だまって ミンナ の カオ を みまわした。 だんだん ぼやけて くる メ に、 あたらしい 6 ネンセイ の いちばん ウシロ に たって、 イッシン に こちら を みて いる、 セ の たかい ニタ の カオ が それ と わかる と、 おもわず ナミダ が あふれ、 ヨウイ して いた ワカレ の アイサツ が でて こなかった。 まるで ニタ が ソウダイ で でも ある よう に、 ニタ の カオ に むかって オジギ を した よう な カタチ で、 ダン を おりた。 コウトウカ の レツ の ナカ から タダシ や キチジ や、 コツル や サナエ の うるんだ マナザシ が イッシン に こちら を みつめて いる の を しった の は、 ダン を おりて から だった。 オヒル の ヤスミ に ベツムネ に ある サナエ たち の キョウシツ の ほう へ ゆく と、 いちはやく コツル が みつけて はしって きた。
「センセ、 どうして やめた ん?」
 めずらしく なきそう に いう コツル の ウシロ から、 サナエ の メ が ぬれて ひかって いた。 あんな に ジョガッコウ ジョガッコウ と、 マッサキ に なって さわいで いた マスノ が、 けっきょく は コウトウカ へ のこった と いう のに、 その スガタ が みえない こと に ついて、 コツル は レイ に よって オヒレ を つけて いった。
「マア ちゃん な センセイ、 オバアサン と オトウサン が ハンタイ して ジョガッコウ いく の、 やめた ん。 リョウリヤ の ムスメ が シャミセン と いう なら きこえる (わかる) が、 ガッコウ の ウタウタイ に なって も はじまらん いわれて。 マア ちゃん ヤケ おこして、 ゴハン も たべず に なきよる。 ――それから な センセイ、 ミサコ さん の ガッコウ は ジョガッコウ と ちがう んで。 ガクエン で。 ミドリ ガクエン いうたら、 セイト は 30 ニン ぐらい で、 シタテヤ に ケ が はえた よう な ガッコウ じゃ と。 そんなら コウトウカ の ほう が よかった のに な、 センセイ」
 おもわず わらわせられた センセイ は、 わらった アト で たしなめた。
「そんな ふう に いう もん じゃ ない わ、 コツヤン。 それ より、 マア ちゃん どうした の?」
「フ が わるい いうて、 やすんどん」
「フ なんか わる ない いうて、 なぐさめて あげなさい、 コツヤン も サナエ さん も。 それ より、 フジコ さん どうした?」
「あ、 それ が なぁ、 ビックリ ギョウテン、 タヌキ の チョウチン じゃ」
 コツル は コエ を おおきく し、 みひらいて も おおきく なりっこ の ない ほそい メ を、 ムリ に ひらこう と して マユ を つりあげ、
「ヒョウゴ へ いった んで。 シケン ヤスミ の とき、 ウチ の フネ で ニモツ と イッショ に オヤコ 5 ニン つんで いった ん。 フトン と、 アト は ナベ や カマ や ばっかり の ニモツ。 タンス も オオムカシ の ヌリ の はげた ん ヒトツ だけ で、 アト は コウリ じゃった。 フジコ さん とこ の ヒト、 ミンナ アラバタラキ した こと ない さかい、 いまに コジキ に でも ならにゃ よかろ が って、 ミナ シンパイ しよった。 いんま、 フジコ さん ら も ゲイシャ ぐらい に うられにゃ よかろ が って――」
 ジブン とこ の ウンチン、 ハンブン は ウレノコリ の ドウグ で はらった こと まで しゃべりつづける コツル の カタ を かるく たたいて、
「コツル さん、 アンタ は ね、 いらん こと を、 すこし、 しゃべりすぎない? アンタ サンバ さん に なる ん でしょ。 いい サンバ さん は、 あんまり ヒト の こと を いわない ほう が、 いい こと よ、 きっと。 これ ね、 センセイ の センベツ の コトバ。 いい サンバ さん に なって ね」
 さすが に コツル は ちょこんと カタ を すくめ、
「はい、 わかりました」
 ミカヅキ の メ で わらった。
「サナエ さん も、 いい センセイ に なって ね。 サナエ さん は もっと、 オシャベリ の ほう が いい な。 これ も センセイ の オセンベツ」
 カタ を たたく と、 サナエ は こっくり して だまって わらった。
「コトヤン に あったら、 よろしく いって ね。 カラダ ダイジ に して、 いい ヨメサン に なりなさい って。 これ オセンベツ だ って」
 コツル は すかさず、
「センセイ も、 よい オカアサン に なります よう に、 これ オセンベツ です」
 ふざけて センセイ の カタ を たたいた。 コツル は もう ほとんど センセイ と おなじ セ の タカサ に なって いた。
「はい、 ありがとう」
 おもいきり コエ を あげて わらった。
 コウトウカ に なって、 はじめて ダンジョ ベツグミ に なった キョウシツ には、 タダシ たち は いなかった。 オトコ の コ の ほう へ いって、 トクベツ に ミサキ の セイト だけ に ワカレ の アイサツ を する の も キ が すすまず、 かえる こと に した。
「タンコ さん ソンキ さん、 キッチン くん ら に、 よろしく ね。 キ が むいたら、 あそび に きなさい って いって ね」
「センセイ、 ワタシラ は?」
 コツル は すぐ アゲアシ を とる。
「もちろん、 きて ちょうだい。 こい って いわなくて も、 ムカシ から アンタタチ くる でしょう。 あ、 そうそう」
 シャシン を だして 1 マイ ずつ わたす と、 コツル は きゃっきゃっ と ひびきわたる コエ で わらい、 とびとび して よろこんだ。
 その ヨクジツ、 ときはなたれた ヨロコビ より も、 ダイジ な もの を ぬきとられた よう な サビシサ に がっかり して、 ヒルネ を して いる ところ へ、 おもいがけず タケイチ と イソキチ が つれだって やって きた。 あまり に はやい コトヅケ の キキメ に おどろきながら、 みだれた カミ も ゆい も せず に むかえた。
「ま、 よく きて くれた わね。 さ、 おあがんなさい」
 フタリ は カオ みあわせ、 やがて タケイチ が いった。
「ツギ の バス で かえる ん です。 あと 10 プン か 15 フン ぐらい だ から、 あがられん の です」
「あら そう。 その ツギ の に したら?」
「そしたら、 ミサキ へ つく の が くろう なる」
 イソキチ が きっぱり いった。 どうやら みちみち そういう ソウダン を した らしい。
「あ、 そう か。 じゃあ まってて。 センセイ おくって いく から、 あるきながら はなしましょう」
 いそいで カミ を なおしながら、
「タケイチ さん、 チュウガク いつから?」
「アサッテ です」
 その タイド は もう、 チュウガクセイ だぞ と いわん ばかり で、 テ には あたらしい ボウシ を もって いた。 イソキチ の ほう も みなれぬ トリウチボウ を ミギテ に もち、 テオリジマ の キモノ の ヒザ の ところ を ギョウギ よく おさえて いた。
「イソキチ さん、 キノウ ガッコウ やすんだ の?」
「いいえ、 ボク もう、 ガッコウ へ いかん の です」
 そして イソキチ は キュウ に しゃちこばり、
「センセイ、 ながなが オセワ に なりました。 そんなら、 ごきげん よろしゅ」
 ヒザ を まげて オジギ を した。
「あら、 まだ よ。 イマ、 イッショ に いきます よ」
 ナキワライ しそう に なる の を こらえながら、 つれだって でかけた。 バス の ノリバ まで は 6 プン かかる。 マンナカ に なって あるきだす と、 イソキチ は すっぽり と アタマ を つつんだ おおきな トリウチボウ の シタ から ちいさな カオ を あおのけ、
「センセイ、 ボク、 アシタ の バン、 オオサカ へ ホウコウ に いきます。 ガッコウ は シュジン が ヤガク へ やって くれます」
「あらま、 ちっとも しらなかった。 キュウ に きまった の?」
「はい」
「ナニヤ さん?」
「シチヤ です」
「おやまあ、 アンタ シチヤ さん に なる の?」
「いえ、 シチヤ の バントウ です。 ヘイタイ まで つとめたら、 バントウ に なれる と いいました」
 サッキ から イソキチ は ずっと、 ヨソユキ の コトバ で かたく なって いる。 それ を ほぐす よう に、
「いい バントウ さん に なりなさい ね。 ときどき センセイ に オテガミ ください ね。 キノウ、 コツヤン に シャシン ことづけた でしょ。 あの とき の こと おもいだして」
 タケイチ も イソキチ も わらった。
「これ、 オセンベツ、 ハガキ と キッテ なの」
 モライモノ の キッテチョウ と ハガキ を あたらしい タオル に そえて つつんだ の を イソキチ に わたし、 タケイチ には ノート 2 サツ と エンピツ 1 ダース を いわった。
「ヤブイリ なんか で もどった とき には、 きっと いらっしゃい ね。 センセイ、 ミンナ の おおきく なる の が みたい ん だ から。 なんしろ、 アンタタチ は センセイ の オシエハジメ の、 そして オシエジマイ の セイト だ もん。 なかよく しましょう ね」
「はい」
 イソキチ だけ が ヘンジ を した。
「タケイチ さん も よ」
「はい」
 ムラ の ハズレ の マガリカド に バス の スガタ が みえる と、 イソキチ は もう イチド ボウシ を とって いった。
「センセ、 ながなが オセワ に なりました。 そんなら、 ごきげん よろしゅ」
 いかにも、 それ は オウム の よう な ギゴチナサ だった。 いいおわる と すぐ ボウシ を かぶった。 オトナモノ らしい トリウチボウ は マンガ の コドモ の よう では あった が、 にあって いた。 あたらしい ガクセイボウ と フタツ ならんで、 バス の ウシロ の マド から テ を ふって いた フタリ を、 みえなく なる まで おくる と、 ゆっくり と ウミベ に おりて みた。 しずか な ウチウミ を へだてて、 ほそながい ミサキ の ムラ は イツモ の とおり よこたわって いる。 そこ に ヒト の コ は そだち、 はばたいて いる。
 ――ながなが オセワ に なりました。 そんなら ごきげん よろしゅ……。
 ミサキ に むかって つぶやいて みた。 それ は オカシサ と カナシサ と、 アタタカサ が ドウジ に こみあげて くる よう な、 そして もっと ガンチク の ある コトバ で あった。
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