カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ニジュウシ の ヒトミ 8

2018-05-05 | ツボイ サカエ
 8、 ナナエ ヤエ

 ハル とは いえ、 サムサ は まだ アサ の クウキ の ナカ に、 カマイタチ の よう な スルドサ で ひそんで いて、 ヒカゲ に いる と アシモト から ふるえあがって くる。
 K マチ の バス の テイリュウジョ には、 この はやい のに もう ヨウタシ を すまして きた キャク が フタリ、 クダリ バス を まって いた。 60 を フタツ ミッツ すぎた らしく みえる オジイサン と、 30 ゼンゴ の オンナキャク と。
「ううっ、 さぶい!」
 おもわず でた ウメキゴエ の よう に つぶやく オジイサン に、
「ホント に」
と、 オンナキャク は はなしかけられ も しない のに ドウイ した。 サムサ は ニンゲン の ココロ を よりあわせる らしく、 どちら から と なく シタシサ を みせあった。
「ホント に、 いつまでも さむい こと です な」
「そう です。 もう ヒガン じゃ と いう のに」
 はなしかけた わかい オンナ は、 しかくい ツツミ を ムネ に かかえこむ よう に しながら、 オジイサン の、 ムキダシ の まま カタウデ に ひっかけて いる ソマツ な ランドセル に、 したしい マナザシ を おくり、
「オマゴサン の です か?」
「はいな」
「ワタシ も、 ムスコ の を こうて きました」
 ムネ の ツツミ を みやりながら、
「キョウ うりだす と いう の を きいて イチバン の バス で でかけた ん です けど、 ムカシ の よう な シナ は もう ヒトツ も ありませなんだ。 こんな カミ の じゃあ、 1 ネン こっきり でしょう」
 オタガイ の シナモノ を なげく よう に いう と、 そう だ と いう よう に オジイサン は クビ を ふり、
「ヤミ なら、 なんぼでも ある と いな」
 そして、 はっはっ と わらった。 オクバ の ない らしい クチ の ナカ が マックラ に みえた。 オンナ は メ を そらしながら、
「キョウビ の よう に、 なんでも かでも ヤミ ヤミ と、 ガッコウ の カバン まで ヤミ じゃあ、 こまります な」
「ゼニ さえ ありゃあ なんでも かでも ある そう な。 あまい ゼンザイ でも、 ヨウカン でも、 ある とこ にゃ ヤマ の よう に ある そう な」
 そう いって ハ の ない クチモト から、 ホント に ヨダレ を こぼしかけた ところ は、 アマトウ らしい。 クチモト を テノヒラ で なでながら、 テレカクシ の よう に、 ムコウガワ を アゴ で しゃくり、
「ネエサン、 あっち で まとう じゃ ない か。 ヒナタ だけ は タダ じゃ」
 そう いって さっさと ハンタイガワ ノリバ の ほう へ ミチ を よこぎった。 ネエサン と よばれて おもわず にやり と しながら、 オンナキャク も アト を おった。 ――ネエサン、 か。 と オンナキャク は ココロ の ナカ で いって みて、 セ の たかい オジイサン を ふりあおぎ、 わらいながら たずねた。
「オジイサン、 どちら です か?」
「ワシ か。 ワシャ イワガハナ でさ」
「そう です か。 ワタシ は イッポンマツ」
「ああ イッポンマツ なあ。 あっこ にゃ、 ワシ の フナノリ ホウバイ が あって な。 もう とうの ムカシ に しんだ けんど、 オオイシ カキチ と いう ナマエ じゃ が、 アンタラ もう、 しるまい」
 それ を きいた トタン に、 オンナキャク は とびあがる ほど おどろいて、
「あら、 それ、 ワタシ の チチ です が」
 コンド は、 オジイサン が、 ひらきなおる よう な カッコウ で、
「ほう、 こいつ は めずらしい。 そう かいな。 イマゴロ カキッツァン の ムスメ さん に あう とは なあ。 そう いや にた ところ が ある」
「そう です か。 チチ は ワタシ が ミッツ の とき しにました から、 なんにも おぼえとりません けど、 オジサン、 イツゴロ チチ と イッショ でした の?」
 オジイサン を オジサン と あらためて よんだ の も、 いきて いれば チチ も この くらい の ネンパイ か と おもった から だ。
 いう まで も なく、 オオイシ センセイ の、 あれ から 8 ネン-メ の スガタ で ある。 フナノリ の ツマ と して すごした 8 ネン-カン には、 ハラ を たてて キョウショク を ひいた あの とき とは くらべる こと も できない ほど、 ヨノナカ は いっそう はげしく かわって いた。 ニッカ ジヘン が おこり、 ニチ-ドク-イ ボウキョウ キョウテイ が むすばれ、 コクミン セイシン ソウドウイン と いう ナ で おこなわれた ウンドウ は、 ネゴト にも クニ の セイジ に クチ を だして は ならぬ こと を かんじさせた。 センソウ だけ を みつめ、 センソウ だけ を しんじ、 ミ も ココロ も センソウ の ナカ へ なげこめ と おしえた。 そして そのよう に したがわされた。 フヘイ や フマン は ハラ の ソコ へ かくして、 そしらぬ カオ を して いない かぎり、 ヨワタリ は できなかった。
 そんな ナカ で オオイシ センセイ は 3 ニン の コ の ハハ と なって いた。 チョウナン の ダイキチ、 ジナン の ナミキ、 スエッコ の ヤツ。 すっかり ヨ の ツネ の ハハオヤ に なって いる ショウコ に、 ネエサン と よばれた。 だが よく みる と、 メ の カガヤキ の オク に、 タダ の ネエサン で ない もの が かくれて いる。
「オジサン、 もし よろしかったら、 オチャ でも のみません か」
 テイリュウジョ の ワキ の チャミセ を さして いった。 この トシヨリ から、 チチオヤ を かぎだそう と した の で ある。 しかし トシヨリ は、 ガンコ に クビ を ふり、
「いや、 もう すぐに バス が きまっそ。 ここ で よろしい わい」
 トシヨリ の ほう も なんとなく、 あらたまった タイド を みせて いた。
「それで、 カキッツァン の ヨメサン は、 オタッシャ かな」
「はあ、 おかげさま で」
と、 いった が、 としとった ハハ が、 ヨメサン と よばれた こと で おもわず エガオ に なった。 かえれば まず それ を ハハ に いおう と おもった。 ちょうど ノボリ バス が ケイテキ と ともに ちかづいて きた。 ノボリキャク で ない こと を しめす よう に、 いそいで ヒョウシキ から はなれた が、 バス は とまった。 チャミセ の ノキシタ に たって、 おりる キャク の カオ を、 みる とも なく みて いた。 バス は スシヅメ の マンイン で、 おりて くる の は わかい オトコ ばかり だった。 ほとんど ミナ、 ここ で おりる か と おもう ばかり、 ツギ から ツギ へ と デグチ に あらわれる わかい カオ を みて いる うち、 ふと おもいだした の は、 キョウ この マチ の コウカイドウ で チョウヘイ ケンサ が とりおこなわれる こと だった。 ああ、 それ か と おもいながら、 ワカサ に みちた ココ の カオ に ツギ から ツギ へ と メ を うつして いた。
「あっ、 コイシ センセイ!」
 おもわず とびあがる ほど の オオゴエ だった。 ほとんど ドウジ に センセイ も さけんだ。 さそわれる よう な オオゴエ で、
「あらっ、 ニタ さん!」
 そして、 アト から アト から と つづいて でて くる カオ に むかって、
「あら、 あら、 あら、 ミンナ いる の、 まあ」
 ニタ に つづいて イソキチ、 タケイチ、 タダシ、 キチジ と、 かつて の ミサキ の ショウネン たち は ミンナ そろった。
「センセイ、 しばらく です」
 トウキョウ の ダイガク を あと 1 ネン と いう タケイチ は、 ほそながく なった カオ を、 いかにも トカイ の カゼ に ふかれて きた と いう よう な ヨウス で、 マッサキ に アイサツ した。 つづいて コウベ の ゾウセンジョ で はたらいて いる タダシ が、 これ は いかにも ロウドウシャ-らしく きたえられた ツラダマシイ ながら、 ヒト の よい エガオ で アタマ を さげ、 きまりわるげ に ミミ の ウシロ を かいた。 まって いた よう に イソキチ が マエ に でて きて、
「センセイ、 ゴブサタ いたしまして」
 すこし シンパイ な ほど あおじろい カオ に、 じょさいない ワライ を うかべた。 どこ へも ゆかず に ミサキ の ムラ で ヤマキリ や リョウシ を して いる キチジ は、 あいかわらず カリネコ の よう な オトナシサ で、 ミンナ の ウシロ に ひかえ、 ミズバナ を すすりあげながら だまって アタマ を さげた。 ニタ ばかり は レイ の とおり の ブエンリョサ で、 アイサツヌキ だった。 カレ は チチオヤ を てつだって セッケン セイゾウ を して いる と いう。 ケイザイテキ には いちばん ユトリ が ある らしい ニタ は、 シンチョウ の コクミンフク を きて いた。
「センセイ、 こないだ フジコ に おうた、 フジコ に」
 ジマン-らしく フジコ を かさねて いう。 しかし センセイ は わざと それ に のらず、 とりまかれた セイネン の スガタ を あおぐ よう に して ながめまわした。 8 ネン の サイゲツ は、 ちいさな ショウネン を みあげる ばかり の タクマシサ に そだてて いる。
「そう、 ケンサ だった の。 もう ね」
 ナミダ の しぜん と にじみだす メ に 5 ニン の スガタ は ぼやけた。 いつまで そう も して おられぬ と きづく と、 キュウ に ムカシ の センセイ-ブリ に もどり、
「さ、 いって らっしゃい。 そのうち、 ミンナ で イチド、 センセイ とこ へ きて くれない」
 それで いかにも オトコ の コ-らしく あっさり と はなれて ゆく ウシロスガタ を、 サマザマ の オモイ で みおくりながら、 ヒサシブリ に ジブン の クチ で 「センセイ」 と いった の が、 なんとなく シンセン な カンジ で、 うれしかった。
 ふりかえる と、 トシヨリ は チャミセ の ヨコ の ヒダマリ に チリ を よけて まって いた。 ヒアタリ の よい イケガキ の 1 カショ に ツボミ を つけた ヤマブキ が むらがり、 ほそい エダ は ツボミ の オモサ で しなって いる。 その ヒトエダ を ムゾウサ に おりとり、 トシヨリ も また ワカモノ たち を みおくりながら、 ちいさい コエ で、
「えらい こっちゃ。 あ やって にこにこ しよる わかい モン を、 わざわざ テッポウ の タマ の マト に する ん じゃ もん なあ」
「ホント に」
「こんな こと、 おおきい コエ じゃ いう こと も できん。 いうたら これ じゃ」
 ランドセル を もった まま リョウテ を ウシロ に まわし、 さらに コゴエ で、
「ほれ、 チアン イジ ホウ じゃ、 ぶちこまれる」
 ハ の ない クチ に キュウ に オクバ が はえた よう な キ が する ほど わかがえった クチョウ だった。 チアン イジ ホウ と いう もの を、 カノジョ は よく しらない。 ただ 『クサ の ミ』 の イナガワ センセイ が、 その チアン イジ ホウ と いう ホウリツ に イハン した コウドウ の ため に、 ロウゴク に つながれ、 まもなく でて きて から も フクショク は おろか、 セイトウ な アツカイ も うけて いない と いう こと だけ が、 その ホウリツ と つないで かんがえられた。 イナガワ センセイ の ハハオヤ は、 まるで キチガイ の よう に ムスコ を かばい、 イマ では カレ が ゼンピ を くいあらためて いる と、 あう ヒト ごと に フイチョウ して まわる の に いそがしい と いう ウワサ を きいた。 どこ まで が ホントウ なの か、 ただ イナガワ センセイ は ヒトリ ヨウケイ を しながら セケンバナレ の セイカツ を して いた。 カレ が セケン を はなれた の では なく、 セケン が カレ を よせつけない の だ。 カレ の タマゴ は、 ドク でも はいって いる か の よう に きらわれ、 ヒトコロ は カイテ も なかった。 ジダイ は ヒト を 3 ビキ の サル に ならえ と しいる の だ。 クチ を ふさぎ、 メ を つむり、 ミミ を おさえて いれば よい と いう の だ。 ところが イマ、 メノマエ に いる トシヨリ は メ や ミミ を ふたした サル の テ を はぎとる よう な こと を いう。 ホウバイ の ムスメ だ とは いえ、 はじめて あった オンナ に、 なぜ ココロ の オク を みせる よう な こと を いう の だろう か。
 ハンブン は ケイカイシン も おきて、 カノジョ は、 それとなく ワダイ を そらせた。
「ところで オジサン、 ワタシ の チチ とは、 イツゴロ の ホウバイ でした の?」
 にこっと わらった トシヨリ は また オクバ の ない モト の ヒョウジョウ に もどり、
「そう よなあ、 18 か、 9 かな。 フタリ とも タイモウ を もって な。 あわよくば ガイコクセン に のりこんで、 メリケン へ わたろう と いう ん じゃ。 シアトル に でも いった とき、 ウミ に とびこんで およぎわたろう と いう サンダン よ」
「まあ。 でも、 ムカシ は よく あった そう です ね」
「あった とも。 メリケン で ヒトモウケ して と いう ん じゃ が、 ジツ を いう と、 チョウヘイ が いや で なあ。 ――イマ なら これ じゃ」
 また テ を ウシロ に まわして わらった。
「とうとう モクテキ ジョウジュ しなかった わけ です か?」
「そういう ワケ じゃ。 もっとも その コロ は、 フネ に のっとり さえ したら ヘイタイ には いかいで も すんだ から な。 そのうち フタリ とも フナノリ が すき に なって な。 おなじ フナノリ なら メンジョウモチ に なろう と いう んで、 これ でも ベンキョウ した もん じゃ。 ガッコウ へ いっとらん もん で、 ワシラ は 5 ネン-ガカリ で やっと オツイチ の ウンテンシュ に なった なあ。 カキッツァン の ほう が 1 ネン はよう シケン に とおって な。 ワシ も、 なにくそ と おもうて、 あくる トシ に とった のに――」
 その とき ホウバイ は ナンセン して ユクエ フメイ と なり、 ついに よろこんで もらえなかった と いう の だ。 チチ の ツマ と して の ハハ から きく の とは ちがった チチ の スガタ、 ナミダ どころ か ビショウ さえ うかんで ソウゾウ される わかい ヒ の チチ の スガタ、 かたる ヒト の シンアイカン から で あろう か、 チチ は はつらつ と した このもしい セイネン で あった と しった。 その チチ が チョウヘイ を きらった と いう こと は ハツミミ で ある。 それ に ついて イチゴン も しない ハハ は、 チチ から それ を きかなかった の で あろう か。 それとも レイ の サル に なって いた の か、 「ヨメサン」 と よばれた こと と ともに ハハ に きいて みよう と かんがえながら、 ハナシ は つきなかった。
「そして オジサン、 イツゴロ まで フネ に のって おいでた ん?」
「10 ネン ほど マエ よ。 ようやっと こんまい フネ の センチョウ に なって な。 ――ムスコ は ガッコウ へ やって クロウ させず に フナノリ に して やろう と おもうたら、 フナノリ は いや じゃ と きやがる。 ショウギョウ ガッコウ に やって、 ギンコウ の シテン に でとった けんど、 とられて、 しんだ」
「とられて って、 センソウ です か?」
「そう いな」
「まあ」
「ノモンハン でさあ。 これ は、 ソイツ の セガレ の で」
 ランドセル は トシヨリ の テ で つよく ふられ、 ナカ の ボール-ガミ が かさこそ と オト を たてた。
 ――おたがいに、 セガレ を もつ の は シンパイ の タネ です ね。 と いおう と して のみこんだ。
 バス では キャク が たてこんで いて ならぶ こと は できなかった。 ウシロ の ショウメン に セキ を とった オオイシ センセイ は、 じっと メ を つぶって いた。 おもいだす の は、 イマ の さっき わかれた オシエゴ の ウシロスガタ で ある。 ケモノ の よう に スッパダカ に されて ケンサカン の マエ に たつ ワカモノ たち。 ヘイタイハカ に シラキ の ボヒョウ が ふえる ばかり の コノゴロ、 ワカモノ たち は それ を、 ジジ や ババ の ハカ より も カンシン を もって は ならない。 いや、 そう では ない。 おおきな カンシン を よせて ほめたたえ、 そこ へ つづく こと を メイヨ と せねば ならない の だ。 なんの ため に タケイチ は ベンキョウ し、 ダレ の ため に イソキチ は ショウニン に なろう と して いる の か。 コドモ の コロ カシカン を シボウ した タダシ は、 グンカン と ハカバ を むすびつけて かんがえて いる だろう か。 にこやか な ヒョウジョウ の ウラガワ を みせて は ならぬ ココロ ゆるせぬ ジセイ を、 ニタ ばかり は ノンキ そう に オオゴエ を あげて いた が、 ニタ だ とて、 その ココロ の オク に なにも ない とは いえない。
 あんな ちいさな ミサキ の ムラ から でた コトシ チョウヘイ テキレイ の 5 ニン の オトコ の コ、 おそらく ミンナ ヘイタイ と なって どこ か の ハテ へ やられる こと だけ は マチガイ ない の だ。 ブジ で かえって くる モノ は イクニン ある だろう。 ――もう ヒトリ ジンテキ シゲン を つくって こい…… そう いって 1 シュウカン の キュウカ を だす グンタイ と いう ところ。 うまされる オンナ も、 コドモ の ショウライ が、 たとえ シラキ の ボヒョウ に つづこう とも、 あんじて は ならない の だ。 オトコ も オンナ も ナム アミダブツ で くらせ と いう こと だろう か。 どうしても のがれる こと の できない オトコ の たどる ミチ。 そして オンナ は どう なる の か。 あの クミ の 7 ニン の オンナ の コ の ナカ で、 ミサコ ヒトリ は クロウ を して いなかった。 ミドリ ガクエン から トウキョウ の ハナヨメ ガッコウ に はいり、 ザイガクチュウ に ヨウシ を むかえて すぐ コドモ を うんだ。 クロウ の おおい ジダイ に、 これ は ベッカク で ある。 カゼ の つよい フユ の ヒ に、 ヒトリ ニッコウシツ で ヒナタボッコ を して いる よう な ソンザイ で ある。
 そこ へ ゆく と ウタ の すき な マスノ は、 キリキリマイ を する よう な クロウ を した。 ただ うたいたい ため に ウチョウテン に なり、 オヤ に そむいて イクド か イエデ を した。 ムダン で おうじた チホウ シンブン の コンクール に イットウ ニュウセン し、 それ が シンブン に でた とき が イエデ の ハジメ だった。 その たび に さがしだされ、 つれもどされて は、 また でる。 いつも ウタ が モト だった。 ウタ を うたいたい ウタ の ジョウズ な ムスメ が、 なぜ ウタ を うたって は いけない の だろう。 3 ド-メ の イエデ の とき、 カノジョ は ゲイシャ に なって でよう と して いた と いう。 つれ に いった ハハオヤ に カノジョ は ないて しがみつき、
「シャミセン なら、 きこえる と いうた じゃ ない かあ」
 カノジョ の オンガク への ハケグチ は いつのまにか シャミセン の ほう へ ながれて いって いた の だ。 しかし、 カノジョ の オヤ たち は、 その ヨシアシ は ともかく と して、 ワガミ は リョウリヤ で ゲイシャ と ちかづきながら、 ムスメ を ゲイシャ に する わけ には ゆかなかった。 マスノ は イマ、 その イエデチュウ に しりあった としとった オトコ と ケッコン し、 ようやく オチツキ を みせて いた。 イマ では もう、 としとった ハハ に かわって、 リョウリヤ を キリモリ して いる と いう。 たまに ミチ で であう と、 なつかしがって とびついて き、
「センセ、 ワタシ、 いつも センセイ の こと、 あいたくてぇ」
 ナミダ まで ためて よろこぶ こどもっぽい シグサ なのに、 ジミヅクリ な カノジョ は ハタチ や そこら とは みえなかった。
 コウトウカ へも すすめず、 ヨメ に もらわれる こと を ショウライ の モクテキ と して ジョチュウ-ボウコウ に でた コトエ は どう なった で あろう か。 カノジョ は ヨメ に モライテ が つく マエ に、 ビョウキ に なって かえって きた。 ハイビョウ で あった。 ホネ と カワ に やせて、 ただ ヒトリ モノオキ に ねて いる と きいて から、 だいぶ たつ。
 コウトウカ に すすめなかった もう ヒトリ の フジコ に ついて は、 いや な ウワサ が たって いた。 ニタ が、 フジコ に おうた、 と いう の は、 アソビオンナ と して の フジコ との デアイ に ちがいなかった。 ニタ の カオ に あらわれた もの で そう と さとって、 わざと ききかえさなかった が、 ウワサ は とうの ムカシ に コツル から きいて いた。 フジコ は オヤ に うられた と いう の だ。 カグ や イルイ と おなじ よう に、 キョウ の イッカ の イノチ を つなぐ ため に、 フジコ は うりはらわれた の だ。 はたらく と いう こと を しらず に そだった カノジョ が、 たとえ いやしい ショウバイ オンナ に しろ、 うられて そこ で はじめて ジンセイ と いう もの を しった と したら、 それ は フジコ の ため に よろこばねば なるまい。 しかし ヒト は フジコ を さげすみ、 おもしろおかしく ウワサ を した。
 イマ では もう ヒト の キオク から きえさった か に みえる マツエ と いい、 イマ また フジコ と いい、 どうして カノジョ たち が わらわれねば ならない の か。 しかし、 オオイシ センセイ の ココロ の ナカ で だけ は、 カノジョ たち も ムカシ-どおり いたわられ、 あたためられて いた。
 ――マッチャン どうしてる? フジコ さん どうしてる? ホント に どうしてる?……
 ときどき センセイ は よびかけて いた。
 まっとう な ミチ とは どうしても おもえぬ フジコ たち に くらべる と、 コツル や サナエ は ケンコウ ソノモノ に みえた。 ユウシュウ な セイセキ で シハン を でた サナエ は、 ボコウ に のこる エイヨ を えて その ヒトミ は ますます かがやき、 オオサカ の サンバ ガッコウ を、 これ も ユウトウ で ソツギョウ した コツル とは、 オオイシ センセイ を マンナカ に して の ナカヨシ に なって いた。 ジッチ の ベンキョウ を かさねた うえ で、 コツル は キョウリ に かえる の が モクテキ で あった。 わざと か うっかり か、 テガミ の アテナ を オオイシ コイシ センセイ と かいて きたり する の だ が、 ニンゲン の セイチョウ の カテイ の オモシロサ は、 ハハ の ヨゲンドオリ オシャベリ の コツル を いくぶん ヒカエメ に、 ムクチ な サナエ を テキパキヤ に そだてて いた。
 フタリ は すくなくも ネン に 2 ド、 さそいあって おとずれて くる。 たいてい ナツ の キュウカ と ショウガツ で、 もって くる ミヤゲ も おなじ だった。 フタリ とも おなじ もの と いう の では ない。 オオサカ の コツル は アワオコシ だし、 サナエ は タカマツ で カワラ センベイ と きまって いた。 トシゴロ で、 ますます ふとる イッポウ の コツル の メ は、 まったく イト の よう に ほそく なって いた。 どちら か と いえば きつい カノジョ の セイカク は、 この メ で やわらげられ、 えへ、 と わらう と、 こちら も イッショ に コエ を あげて わらいたく なった。 えへ、 と いう とき、 アト へ ドサン (ミヤゲ) と いって ミヤゲ を おく の が コツル の クセ で あった。
 ある とき コツル は いった。
「いつも おなじ ドサン で ゲイ が なさすぎる と おもう こと あります けど ね、 ジブン の コドモ の とき の こと おもう と、 この ドサン で とびとび する ほど うれしかった から」
 サナエ も おなじ よう に カワラ センベイ の ツツミ を さしだし、
「アホウ の ヒトツオボエ と いう こと が あります から ね」
 ダイキチ は ドサン の ネエチャン と よんで カンゲイ し、 その ヒ は、 イチニチ わらいくらして わかれる の が オキマリ に なって いた。 それら の ドサン も センソウ が ながびく に つれ、 テ に はいりにくく なった らしく、 サッコン は ショウバイモノ らしい ガーゼ を くれたり、 サナエ の ほう は ノート や エンピツ を、 まだ ガッコウ でも ない ダイキチ の ため に もって きたり する よう に なった。 ようやく ガクレイ に たっした ダイキチ の ため に ランドセル を かい に いって の カエリ、 はからずも であった オシエゴ に シゲキ されて か、 モロモロ の オモイデ は ムネ に あふれた。
 イッポンマツ で ございます。 オオリ の カタ は……。
 シャショウ の コエ に おもわず たちあがり、 あわてて シャナイ を はしった。 レイ の トシヨリ に エシャク も そこそこ、 ステップ に アシ を おろす と、 いきなり ダイキチ の コエ だった。
「カアチャン」
 ニゴリ に そまぬ かんだかい その コエ は、 スベテ の ザツネン を かなた に おしやって しまおう と する。
「カアチャン、 ボク もう、 サッキ から むかえ に きとった ん」
 イツモ ならば、 ひとりでに わらえて くる、 きれい に すんだ その コエ が、 キョウ は すこし かなしかった。 わらって みせる と ダイキチ は すぐ あまえかかり、
「カアチャン、 なかなか、 もどらん さかい、 ボク なきそう に なった」
「そう かい」
「もう なく か と おもったら、 ぶぶー って なって、 みたら カアチャン が みえた ん。 テエ ふった のに、 カアチャン こっち みない ん だ もん」
「そう かい。 ごめん。 カアチャン うっかり しとった。 おおかた、 イッポンマツ わすれて、 つっぱしる とこ じゃった」
「ふーん。 ナニ うっかり しとった ん?」
 それ には こたえず ツツミ を わたす と、 それ が モクテキ だ と いわぬ ばかり に、
「わあ、 これ、 ランドセルウ? ちっちゃい な」
「ちっちゃく ない よ。 しょって ごらん」
 ちょうど よかった。 むしろ おおきい ぐらい だった。 ダイキチ は ヒトリ で かけだした。
「オバア、 チャーン、 ランド、 セルウ」
 すっとんで ゆきながら アシモト の モドカシサ を クチ に たすけて もらう か の よう に、 ユクテ の ワガヤ へ むかって さけんだ。
 カタ を ふって はしって ゆく その ウシロスガタ には、 ムシン に アス へ のびよう と する ケンメイサ が かんじられる。 その カレン な ウシロスガタ の ユクテ に まちうけて いる もの が、 やはり センソウ で しか ない と すれば、 ヒト は なんの ため に コ を うみ、 あいし、 そだてる の だろう。 ホウダン に うたれ、 さけて くだけて ちる ヒト の イノチ と いう もの を、 おしみ かなしみ とどめる こと が、 どうして、 して は ならない こと なの だろう。 チアン を イジ する とは、 ヒト の イノチ を おしみ まもる こと では なく、 ニンゲン の セイシン の ジユウ を さえ、 しばる と いう の か……。
 はしりさる ダイキチ の ウシロスガタ は、 タケイチ や ニタ や、 タダシ や キチジ や、 そして あの とき おなじ バス を おりて コウカイドウ へ と あるいて いった オオゼイ の ワカモノ たち の ウシロスガタ に かさなり ひろがって ゆく よう に おもえて、 めいった。 コトシ ショウガッコウ に あがる ばかり の コ の ハハ で さえ それ なのに と おもう と、 ナンジュウマン ナンビャクマン の ニッポン の ハハ たち の ココロ と いう もの が、 どこ か の ハキダメ に、 チリアクタ の よう に すてられ、 マッチ 1 ポン で ハイ に されて いる よう な オモイ が した。

  オウマ に のった ヘイタイ さん
  テッポウ かついで あるいてる
  とっとこ、 とっとこ あるいてる
  ヘイタイ さん は、 だいすき だ

 きばりすぎて チョウシッパズレ に なった ウタ が イエ の ナカ から きこえて くる。 シキイ を またぐ と、 ランドセル の ダイキチ を セントウ に、 ナミキ と ヤツ が したがって、 ウチジュウ を ぐるぐる まわって いた。 マゴ の そんな スガタ を、 ただ うれしそう に みて いる ハハ に、 なんとなく あてつけがましく、 オオイシ センセイ は フキゲン に いった。
「ああ、 ああ、 ミンナ ヘイタイ すき なん だね。 ホント に。 オバアチャン には わからん の かしら。 オトコ の コ が ない から。 ――でも、 そんな こっちゃ ない と おもう……」
 そして、
「ダイキチィ!」 と、 きつい コエ で よんだ。 クチ の ナカ を かわかした よう な カオ を して ダイキチ は つったち、 きょとん と して いる。 ハタキ と ハゴイタ を テッポウ に して いる ナミキ と ヤツ が やめず に うたいつづけ、 はしりまわって いる ナカ で、 ダイキチ の フシン-がって いる キモチ を うずめて やる よう に、 いきなり セナカ に テ を まわす と、 ランドセル は ロボット の よう な カンショク で、 しかし キュウゲキ な ヨロコビ で うごいた。 チョウナン の ゆえ に めった に うける こと の ない ハハ の アイブ は、 マン 6 サイ の オトコ の コ を ショウリカン に よわせた。 にこっと わらって ナニ か いおう と する と、 ナミキ と ヤツ に みつかった。
「わあっ」
 おしよせて くる の を、 おなじ よう に わあっ と さけびかえしながら、 ひっくるめて かかえこみ、
「こんな、 かわいい、 ヤツドモ を、 どうして、 ころして、 よい もの か、 わあっ、 わあっ」
 チョウシ を とって ゆさぶる と、 ミッツ の クチ は おなじ よう に、 わあっ、 わああ と あわせた。 そこ に どんな キモチ が ひそんで いる か を しる には あまり に おさない コドモ たち だった。

 ハル の チョウヘイ テキレイシャ たち は、 ホウコクショ と てらしあわされて、 ヒンピョウカイ の ナッパ や ダイコン の よう に その バ で ヘイシュ が きめられ、 やがて トシノセ が せまる コロ、 カンコ の コエ に おくられて ニュウエイ する の が ふるい コロ から の ナラワシ で あった。 しかし、 ヒゴト に ひろがって ゆく センセン の ヒッパク は、 その わずか な ジカンテキ ユトリ さえ も なくなり、 ニュウエイ は すぐに センセン に つながって いた。 フナツキバ の サンバシ に たてられた アーチ は、 カンソウゲイモン の ガク を かかげた まま、 ミドリ の スギ の ハ は コゲチャイロ に かわって しまった。 カンソウ カンゲイ の ドヨメキ は ネンジュウ たえまなく、 その スキマ を コエ なき 「ガイセン ヘイシ」 の シカク な、 しろい スガタ も また シオカゼ と ともに この アーチ を くぐって もどって きた。
 ニッポンジュウ、 いたる ところ に たてられた この ミドリ の モン を、 かぞえきれぬ ほど タクサン の ワカモノ たち が くぐりつづけて、 やむ こと を しらぬ よう な ショウワ 16 ネン、 センセン が タイヘイヨウ に ひろがった こと で、 カンコ の コエ は いっそう はげしく なる ばかり だった。 テンノウ の ナ に よって センセン フコク された 12 ガツ ヨウカ の その ずっと マエ に、 その トシ の ニュウエイシャ で ある ニタ や キチジ や イソキチ たち は、 もう すでに ムラ には いなかった。 シュッパツ の ヒ、 いくばく か の センベツ に そえて オオイシ センセイ は、 かつて の ヒ の シャシン を ハガキ-ダイ に サイセイ して もらって おくった。 もう ゲンバン は なくなって いた。 タケイチ の ホカ は ミナ なくして いた ので、 よろこばれた。
「カラダ を、 ダイジ に して ね」
 そして、 いちだん と コエ を ひそめ、
「メイヨ の センシ など、 しなさんな。 いきて もどって くる のよ」
 すると、 きいた モノ は まるで シャシン の ムカシ に もどった よう な スナオサ に なり、 イソキチ など ひそか に なみだぐんで いた。 タケイチ は そっと ヨコ を むいて アタマ を さげた。 キチジ は だまって うつむいた。 タダシ は カゲ の ある エガオ を みせて うなずいた。 ニタ が ヒトリ コエ に だして、
「センセイ だいじょうぶ、 かって もどって くる」
 それ とて、 ニタ と して は ひそめた コエ で 「もどって くる」 と いう の を アタリ を はばかる よう に いった。 もどる など と いう こと は、 もう かんがえて は ならなく なって いた の だ。 ニタ は しかし、 ホントウ に そう おもって いた の だろう か。 マッショウジキ な カレ には、 オテイサイ や、 コトバ の フクミ は ツウヨウ しなかった から だ。 ニタ だ とて イノチ の オシサ に ついて は、 ジンゴ に おちる はず が ない。 それ を ニタ ほど ショウジキ に いった モノ は、 なかった かも しれぬ。 カレ は かつて の ヒ、 チョウヘイ ケンサ の カカリカン の マエ で、 コウシュ ゴウカク! と センゲン された セツナ、 おもわず さけんだ と いう。
「しもたぁ!」
 ミンナ が ふきだし、 ウワサ は その ヒ の うち に ひろまった。 しかし ニタ は、 ふしぎ と ビンタ も くわなかった と いう。 ニタ の その カン ハツ を いれぬ コトバ は、 あまり にも ヒジョウシキ だった ため に、 カカリカン に セイトウ に きこえなかった と したら、 おもった こと を その とおり いった ニタ は よほど の カホウモノ だ。 ミンナ に かわって リュウイン を さげた よう な この ジケン は、 チカゴロ の チンダン と して オオイシ センセイ の ミミ にも はいった。
 その ニタ は、 ホント に かって もどれる と おもった の だろう か。
 ともあれ、 でて いった まま 1 ポン の タヨリ も なく、 その ヨクトシ も ナカバ を すぎた。 ミッドウェー の カイセン は、 ウミゾイ の ムラ の ヒトタチ を コトバ の ない フアン と アキラメ の ウチ に おいこんで、 ひそか に 「オヒャクド」 を ふむ ハハ など を だした。 ニタ や タダシ は カイグン に ハイチ されて いた。 ヘイジ ならば ビショウ で しか おもいだせない ニタ の スイヘイ も、 いった まま タヨリ が なかった。
 ニタ は イマ、 どこ で あの あいす べき オオゴエ を あげて いる だろう か――。
 ヒトリ を おもう とき、 かならず つづいて おもいだす の は、 いつも あの K マチ の バス の テイリュウジョ で みた ワカモノ たち で ある。 わらう と クチ の オク が くらく みえた トシヨリ の こと で ある。 ハルサム の ミチバタ に、 タダ の ニッコウ を うけて ツボミ を ふくらませて いた ヤマブキ で ある。 そうして、 さらに さらに おおきな カゲ で つつんで しまう の は、 いつのまにか グンヨウセン と なって、 どこ の ウミ を はしって いる か さえ わからぬ ダイキチ たち の チチオヤ の こと で ある。 その フアン を かたりあう さえ ゆるされぬ グンコク の ツマ や ハハ たち、 ジブン だけ では ない と いう こと で、 ニンゲン の セイカツ は こわされて も よい と いう の だろう か。 ジブン だけ では ない こと で、 ハツゲンケン を なげすてさせられて いる タクサン の ヒトタチ が、 もしも コエ を そろえたら。 ああ、 そんな こと が できる もの か。 たった ヒトリ で クチ を だして も、 あの オクバ の ない トシヨリ が いった よう に、 ウシロ に テ が まわる。
 タダ の ニッコウ を うけて、 ハルサム の ミチバタ に ふくらむ ヤマブキ は、 それでも、 ハナ だけ は さかせたろう に。……
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