カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ガラスド の ウチ 3

2018-02-04 | ナツメ ソウセキ
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 ワタクシ は その アズマヤ を よく おぼえて いた。 イトコ の ウチ の つい ムコウ なので、 リョウホウ の モノ が デハイリ の たび に、 カオ を あわせ さえ すれば アイサツ を しあう くらい の アイダガラ で あった から。
 その コロ イトコ の イエ には、 ワタクシ の 2 バンメ の アニ が ごろごろ して いた。 この アニ は だいの ホウトウモノ で、 よく ウチ の カケモノ や トウケンルイ を ぬすみだして は、 それ を ニソク サンモン に うりとばす と いう わるい クセ が あった。 カレ が なんで イトコ の イエ に ころがりこんで いた の か、 その とき の ワタクシ には わからなかった けれども、 イマ かんがえる と、 あるいは そうした ランボウ を はたらいた ケッカ、 しばらく ウチ を おいだされて いた かも しれない と おもう。 その アニ の ホカ に、 まだ ショウ さん と いう、 これ も ワタクシ の ハハカタ の イトコ に あたる オトコ が、 そこいら に ぶらぶら して いた。
 こういう レンジュウ が いつでも ヒトツトコロ に おちあって は、 ねそべったり、 エンガワ へ コシ を かけたり して、 カッテ な デホウダイ を ならべて いる と、 ときどき ムコウ の ゲイシャヤ の タケゴウシ の マド から、 「こんちわ」 など と コエ を かけられたり する。 それ を また まちうけて でも いる ごとく に、 レンジュウ は 「おい ちょいと おいで、 いい もの ある から」 とか なんとか いって、 オンナ を よびよせよう と する。 ゲイシャ の ほう でも ヒルマ は ヒマ だ から、 3 ド に 1 ド は ゴアイキョウ に あそび に くる。 と いった フウ の チョウシ で あった。
 ワタクシ は その コロ まだ 17~18 だったろう、 そのうえ タイヘン な ハニカミヤ で とおって いた ので、 そんな ところ に いあわして も、 なんにも いわず に だまって スミ の ほう に ひっこんで ばかり いた。 それでも ワタクシ は ナニ か の ヒョウシ で、 これら の ヒトビト と イッショ に、 その ゲイシャヤ へ あそび に いって、 トランプ を した こと が ある。 まけた モノ は ナニ か おごらなければ ならない ので、 ワタクシ は ヒト の かった スシ や カシ を だいぶ くった。
 1 シュウカン ほど たって から、 ワタクシ は また この ノラクラ の アニ に つれられて おなじ ウチ へ あそび に いったら、 レイ の ショウ さん も セキ に いあわせて ハナシ が だいぶ はずんだ。 その とき サキマツ と いう わかい ゲイシャ が ワタクシ の カオ を みて、 「また トランプ を しましょう」 と いった。 ワタクシ は コクラ の ハカマ を はいて しかくばって いた が、 カイチュウ には 1 セン の コヅカイ さえ なかった。
「ボク は ゼニ が ない から いや だ」
「いい わ、 ワタシ が もってる から」
 この オンナ は その とき メ を やんで でも いた の だろう、 こう いいいい、 きれい な ジュバン の ソデ で しきり に うすあかく なった フタエマブチ を こすって いた。
 ソノゴ ワタクシ は 「オサク が いい オキャク に ひかされた」 と いう ウワサ を、 イトコ の ウチ で きいた。 イトコ の ウチ では、 この オンナ の こと を サキマツ と いわない で、 つねに オサク オサク と よんで いた の で ある。 ワタクシ は その ハナシ を きいた とき、 ココロ の ウチ で もう オサク に あう キカイ も こない だろう と かんがえた。
 ところが それから だいぶ たって、 ワタクシ が レイ の タツジン と イッショ に、 シバ の サンナイ の カンコウバ へ いったら、 そこ で また ぱったり オサク に であった。 こちら の ショセイ スガタ に ひきかえて、 カノジョ は もう ヒン の いい オクサマ に かわって いた。 ダンナ と いう の も カノジョ の ソバ に ついて いた。……
 ワタクシ は トコヤ の テイシュ の クチ から でた アズマヤ と いう ゲイシャヤ の ナマエ の オク に ひそんで いる これ だけ の ふるい ジジツ を キュウ に おもいだした の で ある。
「あすこ に いた オサク と いう オンナ を しってる かね」 と ワタクシ は テイシュ に きいた。
「しってる どころ か、 ありゃ ワタクシ の メイ でさあ」
「そう かい」
 ワタクシ は おどろいた。
「それで、 イマ どこ に いる の かね」
「オサク は なくなりました よ、 ダンナ」
 ワタクシ は また おどろいた。
「いつ」
「いつ って、 もう ムカシ の こと に なります よ。 たしか あれ が 23 の トシ でしたろう」
「へええ」
「しかも ウラジオ で なくなった ん です。 ダンナ が リョウジカン に カンケイ の ある ヒト だった もん です から、 あっち へ イッショ に ゆきまして ね。 それから まもなく でした、 しんだ の は」
 ワタクシ は かえって ガラスド の ウチ に すわって、 まだ しなず に いる モノ は、 ジブン と あの トコヤ の テイシュ だけ の よう な キ が した。

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 ワタクシ の ザシキ へ とおされた ある わかい オンナ が、 「どうも ジブン の マワリ が きちんと かたづかない で こまります が、 どう したら よろしい もの でしょう」 と きいた。
 この オンナ は ある シンセキ の ウチ に キグウ して いる ので、 そこ が テゼマ な うえ に、 コドモ など が うるさい の だろう と おもった ワタクシ の コタエ は、 すこぶる カンタン で あった。
「どこ か さっぱり した ウチ を さがして ゲシュク でも したら いい でしょう」
「いえ ヘヤ の こと では ない ので、 アタマ の ナカ が きちんと かたづかない で こまる の です」
 ワタクシ は ワタクシ の ゴカイ を イシキ する と ドウジ に、 オンナ の イミ が また わからなく なった。 それで もうすこし すすんだ セツメイ を カノジョ に もとめた。
「ソト から は なんでも アタマ の ナカ に はいって きます が、 それ が ココロ の チュウシン と オリアイ が つかない の です」
「アナタ の いう ココロ の チュウシン とは いったい どんな もの です か」
「どんな もの と いって、 マッスグ な チョクセン なの です」
 ワタクシ は この オンナ の スウガク に ネッシン な こと を しって いた。 けれども ココロ の チュウシン が チョクセン だ と いう イミ は むろん ワタクシ に つうじなかった。 そのうえ チュウシン とは はたして ナニ を イミ する の か、 それ も ほとんど フカカイ で あった。 オンナ は こう いった。
「モノ には なんでも チュウシン が ございましょう」
「それ は メ で みる こと が でき、 モノサシ で はかる こと の できる ブッタイ に ついて の ハナシ でしょう。 ココロ にも カタチ が ある ん です か。 そんなら その チュウシン と いう もの を ここ へ だして ごらんなさい」
 オンナ は だせる とも だせない とも いわず に、 ニワ の ほう を みたり、 ヒザ の ウエ で リョウテ を すったり して いた。
「アナタ の チョクセン と いう の は タトエ じゃ ありません か。 もし タトエ なら、 マル と いって も シカク と いって も、 つまり おなじ こと に なる の でしょう」
「そう かも しれません が、 カタチ や イロ が しじゅう かわって いる うち に、 すこしも かわらない もの が、 どうしても ある の です」
「その かわる もの と かわらない もの が、 ベツベツ だ と する と、 ようするに ココロ が フタツ ある わけ に なります が、 それ で いい の です か。 かわる もの は すなわち かわらない もの で なければ ならない はず じゃ ありません か」
 こう いった ワタクシ は また モンダイ を モト に かえして オンナ に むかった。
「すべて ガイカイ の もの が アタマ の ナカ に はいって、 すぐ せいぜん と チツジョ なり ダンラク なり が はっきり する よう に おさまる ヒト は、 おそらく ない でしょう。 シツレイ ながら アナタ の トシ や キョウイク や ガクモン で、 そう きちんと かたづけられる わけ が ありません。 もし また そんな イミ で なくって、 ガクモン の チカラ を かりず に、 テッテイテキ に どさり と オサマリ を つけたい なら、 ワタクシ の よう な モノ の ところ へ きて も ダメ です。 ボウサン の ところ へ でも いらっしゃい」
 すると オンナ が ワタクシ の カオ を みた。
「ワタクシ は はじめて センセイ を おみあげ もうした とき に、 センセイ の ココロ は そういう テン で、 フツウ の ヒト イジョウ に ととのって いらっしゃる よう に おもいました」
「そんな はず が ありません」
「でも ワタクシ には そう みえました。 ナイゾウ の イチ まで が ととのって いらっしゃる と しか かんがえられません でした」
「もし ナイゾウ が それほど グアイ よく チョウセツ されて いる なら、 こんな に しじゅう ビョウキ など は しません」
「ワタクシ は ビョウキ には なりません」 と その とき オンナ は とつぜん ジブン の こと を いった。
「それ は アナタ が ワタクシ より えらい ショウコ です」 と ワタクシ も こたえた。
 オンナ は フトン を すべりおりた。 そうして、 「どうぞ オカラダ を ゴタイセツ に」 と いって かえって いった。

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 ワタクシ の キュウタク は イマ ワタクシ の すんで いる ところ から、 4~5 チョウ オク の ババシタ と いう マチ に あった。 マチ とは イイジョウ、 そのじつ ちいさな シュクバ と しか おもわれない くらい、 コドモ の とき の ワタクシ には、 さびれきって かつ さむしく みえた。 もともと ババシタ とは タカタ ノ ババ の シタ に ある と いう イミ なの だ から、 エド エズ で みて も、 シュビキウチ か シュビキソト か わからない ヘンピ な スミ の ほう に あった に ちがいない の で ある。
 それでも クラヅクリ の ウチ が せまい チョウナイ に 3~4 ケン は あったろう。 サカ を あがる と、 ミギガワ に みえる オウミヤ デンベエ と いう ヤクシュヤ など は その ヒトツ で あった。 それから サカ を おりきった ところ に、 マグチ の ひろい コクラヤ と いう サカヤ も あった。 もっとも この ほう は クラヅクリ では なかった けれども、 ホリベ ヤスベエ が タカタ ノ ババ で カタキ を うつ とき に、 ここ へ たちよって、 マスザケ を のんで いった と いう リレキ の ある イエガラ で あった。 ワタクシ は その ハナシ を コドモ の ジブン から おぼえて いた が、 ついぞ そこ に しまって ある と いう ウワサ の ヤスベエ が クチ を つけた マス を みた こと が なかった。 そのかわり ムスメ の オキタ さん の ナガウタ は ナンド と なく きいた。 ワタクシ は コドモ だ から ジョウズ だ か ヘタ だ か まるで わからなかった けれども、 ワタクシ の ウチ の ゲンカン から オモテ へ でる シキイシ の ウエ に たって、 トオリ へ でも ゆこう と する と、 オキタ さん の コエ が そこ から よく きこえた の で ある。 ハル の ヒ の ヒルスギ など に、 ワタクシ は よく うっとり と した タマシイ を、 うららか な ヒカリ に つつみながら、 オキタ さん の オサライ を きく でも なく きかぬ でも なく、 ぼんやり ワタクシ の イエ の ドゾウ の シラカベ に ミ を もたせて、 たたずんで いた こと が ある。 その おかげ で ワタクシ は とうとう 「タビ の コロモ は スズカケ の」 など と いう モンク を いつのまにか おぼえて しまった。
 この ホカ には ボウヤ が 1 ケン あった。 それから カジヤ も 1 ケン あった。 すこし ハチマンザカ の ほう へ よった ところ には、 ひろい ドマ を ヤネ の シタ に かこいこんだ ヤッチャバ も あった。 ワタクシ の ウチ の モノ は、 そこ の シュジン を、 トンヤ の センタロウ さん と よんで いた。 センタロウ さん は なんでも ワタクシ の チチ と ごく とおい シンルイ ツヅキ に なって いる ん だ とか きいた が、 ツキアイ から いう と、 まるで ソカツ で あった。 オウライ で ゆきあう とき だけ、 「いい オテンキ で」 など と コエ を かける くらい の アイダガラ に すぎなかった らしく おもわれる。 この センタロウ さん の ヒトリムスメ が コウシャクシ の テイスイ と いい ナカ に なって、 しぬ の いきる の と いう サワギ の あった こと も ヒトギキ に きいて おぼえて は いる が、 まとまった キオク は イマ アタマ の どこ にも のこって いない。 コドモ の ワタクシ には、 それ より か センタロウ さん が たかい ダイ の ウエ に コシ を かけて、 ヤタテ と チョウメン を もった まま、 「いー やっちゃ いくら」 と イセイ の いい コエ で シタ に いる オオゼイ の カオ を みわたす コウケイ の ほう が よっぽど おもしろかった。 シタ から は また 20 ポン も 30 ポン も の テ を イチド に あげて、 ミンナ センタロウ さん の ほう を むきながら、 ロンジ だの ガレン だの と いう フチョウ を、 ののしる よう に よびあげる うち に、 ショウガ や ナス や トウナス の カゴ が、 それら の フシブト の テ で、 どしどし どこ か へ はこびさられる の を みて いる の も いさましかった。
 どんな イナカ へ いって も ありがち な トウフヤ は むろん あった。 その トウフヤ には アブラ の ニオイ の しみこんだ ナワノレン が かかって いて カドグチ を ながれる ゲスイ の ミズ が キョウト へ でも いった よう に きれい だった。 その トウフヤ に ついて まがる と ハンチョウ ほど サキ に セイカンジ と いう テラ の モン が こだかく みえた。 あかく ぬられた モン の ウシロ は、 ふかい タケヤブ で イチメン に おおわれて いる ので、 ナカ に どんな もの が ある か トオリ から は まったく みえなかった が、 その オク で する アサバン の オツトメ の カネ の ネ は、 イマ でも ワタクシ の ミミ に のこって いる。 ことに キリ の おおい アキ から コガラシ の ふく フユ へ かけて、 かんかん と なる セイカンジ の カネ の オト は、 いつでも ワタクシ の ココロ に かなしくて つめたい ある もの を たたきこむ よう に ちいさい ワタクシ の キブン を さむく した。

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 この トウフヤ の トナリ に ヨセ が 1 ケン あった の を、 ワタクシ は ユメウツツ の よう に まだ おぼえて いる。 こんな バスエ に ヒトヨセバ の あろう はず が ない と いう の が、 ワタクシ の キオク に カスミ を かける せい だろう、 ワタクシ は それ を おもいだす たび に、 キイ な カンジ に うたれながら、 フシギ そう な メ を みはって、 とおい ワタクシ の カコ を ふりかえる の が ツネ で ある。
 その セキテイ の アルジ と いう の は、 チョウナイ の トビガシラ で、 ときどき メクラジマ の ハラガケ に あかい スジ の はいった シルシバンテン を きて、 ツッカケ ゾウリ か ナニ か で よく オモテ を あるいて いた。 そこ に また オフジ さん と いう ムスメ が あって、 その ヒト の キリョウ が よく ウチ の モノ の クチ に のぼった こと も、 まだ ワタクシ の キオク を はなれず に いる。 ノチ には ヨウシ を もらった が、 それ が クチヒゲ を はやした リッパ な オトコ だった ので、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 オフジ さん の ほう でも ジマン の ヨウシ だ と いう ヒョウバン が たかかった が、 アト から きいて みる と、 この ヒト は どこ か の クヤクショ の ショキ だ とか いう ハナシ で あった。
 この ヨウシ が くる ジブン には、 もう ヨセ も やめて、 シモウタヤ に なって いた よう で ある が、 ワタクシ は そこ の ウチ の ノキサキ に まだ うすぐらい カンバン が さむしそう に かかって いた コロ、 よく ハハ から コヅカイ を もらって そこ へ コウシャク を きき に でかけた もの で ある。 コウシャクシ の ナマエ は たしか、 ナンリン とか いった。 フシギ な こと に、 この ヨセ へは ナンリン より ホカ に ダレ も でなかった よう で ある。 この オトコ の ウチ は どこ に あった か しらない が、 どの ケントウ から あるいて くる に して も、 ミチブシン が できて、 イエナミ の そろった イマ から みれば ダイジギョウ に ソウイ なかった。 そのうえ キャク の アタマカズ は いつでも 15 か 20 くらい なの だ から、 どんな に ソウゾウ を たくましく して も、 ユメ と しか かんがえられない の で ある。 「もうし もうし オイラン え、 と いわれて ヤツハシ なん ざます え と ふりかえる、 トタン に きりこむ ヤイバ の ヒカリ」 と いう ヘン な モンク は、 ワタクシ が その ジブン ナンリン から おすわった の か、 それとも アト に なって ハナシカ の やる コウシャクシ の マネ から おぼえた の か、 イマ では コンザツ して よく わからない。
 トウジ ワタクシ の ウチ から まず マチ-らしい マチ へ でよう と する には、 どうしても ジンカ の ない チャバタケ とか、 タケヤブ とか または ながい タンボミチ とか を とおりぬけなければ ならなかった。 カイモノ-らしい カイモノ は たいてい カグラザカ まで でる レイ に なって いた ので、 そうした ヒツヨウ に ならされた ワタクシ に、 さした クツウ の ある はず も なかった が、 それでも ヤライ の サカ を あがって サカイ サマ の ヒノミヤグラ を とおりこして テラマチ へ でよう と いう、 あの 5~6 チョウ の ヒトスジミチ など に なる と、 ヒル でも いんしん と して、 オオゾラ が くもった よう に しじゅう うすぐらかった。
 あの ドテ の ウエ に フタカカエ も ミカカエ も あろう と いう タイボク が、 ナンボン と なく ならんで、 その スキマ スキマ を また おおきな タケヤブ が ふさいで いた の だ から、 ヒノメ を おがむ ジカン と いったら、 イチニチ の うち に おそらく ただ の 1 コク も なかった の だろう。 シタマチ へ ゆこう と おもって、 ヒヨリ ゲタ など を はいて でよう もの なら、 きっと ひどい メ に あう に きまって いた。 あすこ の シモドケ は アメ より も ユキ より も おそろしい もの の よう に ワタクシ の アタマ に しみこんで いる。
 その くらい フベン な ところ でも カジ の オソレ は あった もの と みえて、 やっぱり マチ の マガリカド に たかい ハシゴ が たって いた。 そうして その ウエ に ふるい ハンショウ も カタ の ごとく つるして あった。 ワタクシ は こうした アリノママ の ムカシ を よく おもいだす。 その ハンショウ の すぐ シタ に あった ちいさな イチゼンメシヤ も おのずと メサキ に うかんで くる。 ナワノレン の スキマ から あたたかそう な ニシメ の ニオイ が ケブリ と ともに オウライ へ ながれだして、 それ が ユウグレ の モヤ に とけこんで ゆく オモムキ など も わすれる こと が できない。 ワタクシ が シキ の まだ いきて いる うち に、 「ハンショウ と ならんで たかき フユキ かな」 と いう ク を つくった の は、 じつは この ハンショウ の キネン の ため で あった。

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 ワタクシ の イエ に かんする ワタクシ の キオク は、 そうじて こういう ふう に ひなびて いる。 そうして どこ か に うすらさむい あわれ な カゲ を やどして いる。 だから イマ いきのこって いる アニ から、 つい こないだ、 ウチ の アネ たち が シバイ に いった トウジ の ヨウス を きいた とき には おどろいた の で ある。 そんな ハデ な クラシ を した ムカシ も あった の か と おもう と、 ワタクシ は いよいよ ユメ の よう な ココロモチ に なる より ホカ は ない。
 その コロ の シバイゴヤ は みんな サルワカ-チョウ に あった。 デンシャ も クルマ も ない ジブン に、 タカタ ノ ババ の シタ から アサクサ の カンノンサマ の サキ まで アサ はやく ゆきつこう と いう の だ から、 タイテイ の こと では なかった らしい。 アネ たち は ミンナ ヨナカ に おきて シタク を した。 トチュウ が ブッソウ だ と いう ので、 ヨウジン の ため、 ゲナン が きっと トモ を して いった そう で ある。
 カレラ は ツクド を おりて、 カキノキ ヨコチョウ から アゲバ へ でて、 かねて そこ の フナヤド に あつらえて おいた ヤネブネ に のる の で ある。 ワタクシ は カレラ が いかに ヨキ に みちた ココロ を もって、 のろのろ ホウヘイ コウショウ の マエ から オチャノミズ を とおりこして ヤナギバシ まで こがれつつ いった だろう と ソウゾウ する。 しかも カレラ の ドウチュウ は けっして そこ で オワリ を つげる わけ に ゆかない の だ から、 ジカン に セイゲン を おかなかった その ムカシ が なおさら カイコ の タネ に なる。
 オオカワ へ でた フネ は、 ナガレ を さかのぼって アズマバシ を とおりぬけて、 イマド の ユウメイロウ の ソバ に つけた もの だ と いう。 アネ たち は そこ から あがって シバイ-ヂャヤ まで あるいて、 それから ようやく モウケ の セキ に つく べく、 コヤ へ おくられて ゆく。 モウケ の セキ と いう の は かならず タカドマ に かぎられて いた。 これ は カレラ の ナリ なり カオ なり、 カミカザリ なり が、 イッパン の メ に よく つく ベンリ の いい バショ なので、 ハデ を このむ ヒトタチ が、 あらそって テ に いれたがる から で あった。
 マク の アイダ には ヤクシャ に ついて いる オトコ が、 どうぞ ガクヤ へ オアソビ に いらっしゃいまし と いって アンナイ に くる。 すると アネ たち は この チリメン の モヨウ の ある キモノ の ウエ に ハカマ を はいた オトコ の アト に ついて、 タノスケ とか トッショウ とか いう ヒイキ の ヤクシャ の ヘヤ へ いって センス に エ など を かいて もらって かえって くる。 これ が カレラ の ミエ だった の だろう。 そうして その ミエ は カネ の チカラ で なければ かえなかった の で ある。
 カエリ には もと きた ミチ を おなじ フネ で アゲバ まで こぎもどす。 ブヨウジン だ から と いって、 ゲナン が また チョウチン を つけて むかえ に ゆく。 ウチ へ つく の は イマ の トケイ で 12 ジ くらい には なる の だろう。 だから ヨナカ から ヨナカ まで かかって カレラ は ようやく シバイ を みる こと が できた の で ある。……
 こんな はなやか な ハナシ を きく と、 ワタクシ は はたして それ が ジブン の ウチ に おこった こと かしらん と うたがいたく なる。 どこ か シタマチ の フユウ な チョウカ の ムカシ を かたられた よう な キ も する。
 もっとも ワタクシ の イエ も サムライブン では なかった。 ハデ な ツキアイ を しなければ ならない ナヌシ と いう チョウニン で あった。 ワタクシ の しって いる チチ は、 ハゲアタマ の ジイサン で あった が、 わかい ジブン には、 イッチュウブシ を ならったり、 ナジミ の オンナ に チリメン の ツミヤグ を して やったり した の だ そう で ある。 アオヤマ に デンジ が あって、 そこ から あがって くる コメ だけ でも、 ウチ の モノ が くう には フソク が なかった とか きいた。 げんに イマ いきのこって いる 3 バンメ の アニ など は、 その コメ を つく オト を しじゅう きいた と いって いる。 ワタクシ の キオク に よる と、 チョウナイ の モノ が ミンナ して ワタクシ の イエ を よんで、 ゲンカ ゲンカ と となえて いた。 その ジブン の ワタクシ には、 どういう イミ か わからなかった が、 イマ かんがえる と、 シキダイ の ついた いかめしい ゲンカンツキ の イエ は、 チョウナイ に たった 1 ケン しか なかった から だろう と おもう。 その シキダイ を あがった ところ に、 ツクボウ や、 ソデガラミ や サスマタ や、 また ふるぼけた バジョウ-ヂョウチン など が、 ならんで かけて あった ムカシ なら、 ワタクシ でも まだ おぼえて いる。

 22

 この 2~3 ネン-ライ ワタクシ は たいてい ネン に イチド くらい の ワリ で ビョウキ を する。 そうして トコ に ついて から トコ を あげる まで に、 ほぼ ヒトツキ の ヒカズ を つぶして しまう。
 ワタクシ の ビョウキ と いえば、 いつも きまった イ の コショウ なので、 いざ と なる と、 ゼッショク リョウホウ より ホカ に テ の ツケヨウ が なくなる。 イシャ の メイレイ ばかり か、 ビョウキ の セイシツ ソノモノ が、 ワタクシ に この ゼッショク を よぎなく させる の で ある。 だから ヤミハジメ より カイフクキ に むかった とき の ほう が、 よけい やせこけて ふらふら する。 1 カゲツ イジョウ かかる の も おもに この スイジャク が たたる から の よう に おもわれる。
 ワタクシ の タチイ が ジユウ に なる と、 クロワク の ついた スリモノ が、 ときどき ワタクシ の ツクエ の ウエ に のせられる。 ワタクシ は ウンメイ を クショウ する ヒト の ごとく、 シルク ハット など を かぶって、 ソウシキ の トモ に たつ、 クルマ を かって サイジョウ へ かけつける。 しんだ ヒト の ウチ には、 オジイサン も オバアサン も ある が、 ときには ワタクシ より も トシ が わかくって、 ヘイゼイ から その ケンコウ を ほこって いた ヒト も まじって いる。
 ワタクシ は ウチ へ かえって ツクエ の マエ に すわって、 ニンゲン の ジュミョウ は じつに フシギ な もの だ と かんがえる。 タビョウ な ワタクシ は なぜ いきのこって いる の だろう か と うたがって みる。 あの ヒト は どういう ワケ で ワタクシ より サキ に しんだ の だろう か と おもう。
 ワタクシ と して こういう モクソウ に ふける の は むしろ トウゼン だ と いわなければ ならない。 けれども ジブン の イチ や、 カラダ や、 サイノウ や―― すべて オノレ と いう もの の オリドコロ を わすれがち な ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ は しなない の が アタリマエ だ と おもいながら くらして いる バアイ が おおい。 ドキョウ の アイダ で すら、 ショウコウ の サイ で すら、 しんだ ホトケ の アト に いきのこった、 この ワタクシ と いう ケイガイ を、 ちっとも フシギ と こころえず に すまして いる こと が ツネ で ある。
 ある ヒト が ワタクシ に つげて、 「ヒト の しぬ の は アタリマエ の よう に みえます が、 ジブン が しぬ と いう こと だけ は とても かんがえられません」 と いった こと が ある。 センソウ に でた ケイケン の ある オトコ に、 「そんな に タイ の モノ が ぞくぞく たおれる の を みて いながら、 ジブン だけ は しなない と おもって いられます か」 と きいたら、 その ヒト は 「いられます ね。 おおかた しぬ まで は しなない と おもってる ん でしょう」 と こたえた。 それから ダイガク の リカ に カンケイ の ある ヒト に、 ヒコウキ の ハナシ を きかされた とき に、 こんな モンドウ を した オボエ も ある。
「ああして しじゅう おちたり しんだり したら、 アト から のる モノ は こわい だろう ね。 コンド は オレ の バン だ と いう キ に なりそう な もの だ が、 そう で ない かしら」
「ところが そう で ない と みえます」
「なぜ」
「なぜ って、 まるで ハンタイ の シンリ ジョウタイ に シハイ される よう に なる らしい の です。 やっぱり アイツ は ツイラク して しんだ が、 オレ は だいじょうぶ だ と いう キ に なる と みえます ね」
 ワタクシ も おそらく こういう ヒト の キブン で、 ヒカクテキ ヘイキ に して いられる の だろう。 それ も その はず で ある。 しぬ まで は ダレ しも いきて いる の だ から。
 フシギ な こと に ワタクシ の ねて いる アイダ には、 クロワク の ツウチ が ほとんど こない。 キョネン の アキ にも ビョウキ が なおった アト で、 3~4 ニン の ソウギ に れっした の で ある。 その 3~4 ニン の ナカ に シャ の サトウ クン も はいって いた。 ワタクシ は サトウ クン が ある エンカイ の セキ で、 シャ から もらった ギンパイ を もって きて、 ワタクシ に サケ を すすめて くれた こと を おもいだした。 その とき カレ の おどった ヘン な オドリ も まだ おぼえて いる。 この ゲンキ な クッキョウ な ヒト の トムライ に いった ワタクシ は、 カレ が しんで ワタクシ が いきのこって いる の を、 ベツダン の フシギ とも おもわず に いる とき の ほう が おおい。 しかし おりおり かんがえる と、 ジブン の いきて いる ほう が フシゼン の よう な ココロモチ にも なる。 そうして ウンメイ が わざと ワタクシ を グロウ する の では ない かしら と うたがいたく なる。

 23

 イマ ワタクシ の すんで いる キンジョ に キクイ-チョウ と いう マチ が ある。 これ は ワタクシ の うまれた ところ だ から、 ホカ の ヒト より も よく しって いる。 けれども ワタクシ が イエ を でて、 ホウボウ ヒョウロウ して かえって きた とき には、 その キクイ-チョウ が だいぶ ひろがって、 いつのまにか ネゴロ の ほう まで のびて いた。
 ワタクシ に エンコ の ふかい この マチ の ナ は、 あまり ききなれて そだった せい か、 ちっとも ワタクシ の カコ を さそいだす なつかしい ヒビキ を ワタクシ に あたえて くれない。 しかし ショサイ に ヒトリ すわって、 ホオヅエ を ついた まま、 ナガレ を くだる フネ の よう に、 ココロ を ジユウ に あそばせて おく と、 ときどき ワタクシ の レンソウ が、 キクイ-チョウ の 4 ジ に ぱたり と であった なり、 そこ で しばらく テイカイ しはじめる こと が ある。
 この マチ は エド と いった ムカシ には、 たぶん ソンザイ して いなかった もの らしい。 エド が トウキョウ に あらたまった とき か、 それとも ずっと ノチ に なって から か、 ネンダイ は たしか に わからない が、 なんでも ワタクシ の チチ が こしらえた もの に ソウイ ない の で ある。
 ワタクシ の イエ の ジョウモン が イゲタ に キク なので、 それ に ちなんだ キク に イド を つかって、 キクイ-チョウ と した と いう ハナシ は、 チチ ジシン の クチ から きいた の か、 または ホカ の モノ から おすわった の か、 なにしろ イマ でも まだ ワタクシ の ミミ に のこって いる。 チチ は ナヌシ が なくなって から、 イチジ クチョウ と いう ヤク を つとめて いた ので、 あるいは そんな ジユウ も きいた かも しれない が、 それ を ホコリ に した カレ の キョエイシン を、 イマ に なって かんがえて みる と、 いや な ココロモチ は とくに きえさって、 ただ ビショウ したく なる だけ で ある。
 チチ は まだ その うえ に ジタク の マエ から ミナミ へ ゆく とき に ぜひとも のぼらなければ ならない ながい サカ に、 ジブン の セイ の ナツメ と いう ナ を つけた。 フコウ に して これ は キクイ-チョウ ほど ユウメイ に ならず に、 タダ の サカ と して のこって いる。 しかし このあいだ、 ある ヒト が きて、 チズ で この ヘン の ナマエ を しらべたら、 ナツメザカ と いう の が あった と いって はなした から、 コト に よる と チチ の つけた ナ が イマ でも ヤク に たって いる の かも しれない。
 ワタクシ が ワセダ に かえって きた の は、 トウキョウ を でて から ナンネン-ぶり に なる だろう。 ワタクシ は イマ の スマイ に うつる マエ、 ウチ を さがす モクテキ で あった か、 また エンソク の カエリミチ で あった か、 ヒサシブリ で ぐうぜん ワタクシ の キュウカ の ヨコ へ でた。 その とき オモテ から 2 カイ の フルガワラ が すこし みえた ので、 まだ いきのこって いる の かしら と おもった なり、 ワタクシ は そのまま とおりすぎて しまった。
 ワセダ に うつって から、 ワタクシ は また その モンゼン を とおって みた。 オモテ から のぞく と、 なんだか モト と かわらない よう な キ も した が、 モン には おもい も よらない ゲシュクヤ の カンバン が かかって いた。 ワタクシ は ムカシ の ワセダ タンボ が みたかった。 しかし そこ は もう マチ に なって いた。 ワタクシ は ネゴロ の チャバタケ と タケヤブ を ヒトメ ながめたかった。 しかし その コンセキ は どこ にも ハッケン する こと が できなかった。 たぶん この ヘン だろう と スイソク した ワタクシ の ケントウ は、 あたって いる の か、 はずれて いる の か、 それ さえ フメイ で あった。
 ワタクシ は ぼうぜん と して チョリツ した。 なぜ ワタクシ の イエ だけ が カコ の ザンガイ の ごとく に ソンザイ して いる の だろう。 ワタクシ の ココロ の ウチ で、 はやく それ が くずれて しまえば いい のに と おもった。
「トキ」 は チカラ で あった。 キョネン ワタクシ が タカタ の ほう へ サンポ した ツイデ に、 なにげなく そこ を とおりすぎる と、 ワタクシ の イエ は きれい に とりこわされて、 その アト に あたらしい ゲシュクヤ が たてられつつ あった。 その ソバ には シチヤ も できて いた。 シチヤ の マエ に まばら な カコイ を して、 その ナカ に ニワキ が すこし うえて あった。 3 ボン の マツ は、 みる カゲ も なく エダ を かりこまれて、 ほとんど キケイジ の よう に なって いた が、 どこ か ミオボエ の ある よう な ココロモチ を ワタクシ に おこさせた。 ムカシ 「カゲ しんし マツ サンボン の ツキヨ かな」 と うたった の は、 あるいは この マツ の こと では なかったろう か と かんがえつつ、 ワタクシ は また イエ に かえった。

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「そんな ところ に おいたって、 よく コンニチ まで ブジ に すんだ もの です ね」
「まあ どうか こうか ブジ に やって きました」
 ワタクシタチ の つかった ブジ と いう コトバ は、 ナンニョ の アイダ に おこる コイ の ハラン が ない と いう イミ で、 いわば ジョウジ の ハンタイ を さした よう な もの で ある が、 ワタクシ の ツイキュウシン は カンタン な この イック の コタエ で マンゾク できなかった。
「よく ヒト が いいます ね、 カシヤ へ ホウコウ する と、 いくら あまい もの の すき な オトコ でも、 カシ が いや に なる って。 オヒガン に オハギ など を こしらえて いる ところ を ウチ で みて いて も わかる じゃ ありません か、 こしらえる モノ は、 ただ オハギ を オジュウ に つめる だけ で、 もう げんなり した カオ を して いる くらい だ から。 アナタ の バアイ も そんな ワケ なん です か」
「そういう わけ でも ない よう です。 とにかく ハタチ すこし-スギ まで は ヘイキ で いた の です から」
 その ヒト は ある イミ に おいて コウダンシ で あった。
「たとい アナタ が ヘイキ で いて も、 アイテ が ヘイキ で いない バアイ が ない とも かぎらない じゃ ありません か。 そんな とき には、 どうしたって さそわれがち に なる の が アタリマエ でしょう」
「イマ から ふりかえって みる と、 なるほど こういう イミ で ああいう こと を した の だ とか、 あんな こと を いった の だ とか、 いろいろ おもいあたる こと が ない でも ありません」
「じゃ まったく キ が つかず に いた の です ね」
「まあ そう です。 それから こちら で キ の ついた の も ヒトツ ありました。 しかし ワタクシ の ココロ は どうしても、 その アイテ に ひきつけられる こと が できなかった の です」
 ワタクシ は それ が ハナシ の オワリ か と おもった。 フタリ の マエ には ショウガツ の ゼン が すえて あった。 キャク は すこしも サケ を のまない し、 ワタクシ も ほとんど サカズキ に テ を ふれなかった から、 ケンシュウ と いう もの は まったく なかった。
「それ だけ で コンニチ まで ケイカ して こられた の です か」 と ワタクシ は スイモノ を すすりながら ネン の ため に きいて みた。 すると キャク は とつぜん こんな ハナシ を ワタクシ に して きかせた。
「まだ シヨウニン で あった コロ に、 ある オンナ と 2 ネン ばかり あって いた こと が あります。 アイテ は むろん シロウト では ない の でした。 しかし その オンナ は もう いない の です。 クビ を くくって しんで しまった の です。 トシ は 19 でした。 トオカ ばかり あわない で いる うち に しんで しまった の です。 その オンナ には ね、 ダンナ が フタリ あって、 ソウホウ が イジズク で、 ミウケ の カネ を セリアゲ に かかった の です。 それに ソウホウ とも ロウギ を ミカタ に して、 こっち へ こい、 あっち へ ゆくな と ギリゼメ にも した らしい の です。……」
「アナタ は それ を すくって やる わけ に ゆかなかった の です か」
「トウジ の ワタクシ は デッチ の すこし ケ の はえた よう な もの で、 とても どうも できない の です」
「しかし その ゲイシャ は アナタ の ため に しんだ の じゃ ありません か」
「さあ……。 イチド に ソウホウ の ダンナ に ギリ を たてる わけ に いかなかった から かも しれません が。 ……しかし ワタクシラ フタリ の アイダ に、 どこ へも ゆかない と いう ヤクソク は あった に ちがいない の です」
「すると アナタ が カンセツ に その オンナ を ころした こと に なる の かも しれません ね」
「あるいは そう かも しれません」
「アナタ は ネザメ が わるか ありません か」
「どうも よく ない の です」
 ガンジツ に こみあった ワタクシ の ザシキ は、 フツカ に なって さびしい くらい しずか で あった。 ワタクシ は その さびしい ハル の マツ の ウチ に、 こういう あわれ な モノガタリ を、 その ネンガ の キャク から きいた の で ある。 キャク は マジメ な ショウジキ な ヒト だった から、 それ を はなす にも、 ほとんど つやっぽい コトバ を つかわなかった。