カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

スミダガワ 1

2014-07-23 | ナガイ カフウ
 スミダガワ

 ナガイ カフウ

 1

 ハイカイシ ショウフウアン ラゲツ は イマド で トキワズ の シショウ を して いる じつの イモウト をば コトシ は ウラボン にも たずねず に しまった ので マイニチ その こと のみ キ に して いる。 しかし ヒザカリ の アツサ には さすが に ウチ を でかねて ユウガタ に なる の を まつ。 ユウガタ に なる と タケガキ に アサガオ の からんだ カッテグチ で ギョウズイ を つかった ノチ そのまま マッパダカ で バンシャク を かたむけ やっと の こと ゼン を はなれる と、 ナツ の タソガレ も イエイエ で たく カヤリ の ケムリ と ともに いつか ヨル と なり、 ボンサイ を ならべた マド の ソト の オウライ には スダレゴシ に ゲタ の オト ショクニン の ハナウタ ヒト の ハナシゴエ が にぎやか に きこえだす。 ラゲツ は ニョウボウ の オタキ に チュウイ されて すぐに も イマド へ ゆく つもり で コウシド を でる の で ある が、 その ヘン の スズミダイ から コエ を かけられる が まま コシ を おろす と、 イッパイ キゲン の ハナシズキ に、 マイバン きまって ラチ も なく はなしこんで しまう の で あった。
 アサユウ が いくらか すずしく ラク に なった か と おもう と ともに たいへん ヒ が みじかく なって きた。 アサガオ の ハナ が ヒゴト に ちいさく なり、 ニシビ が もえる ホノオ の よう に せまい イエジュウ へ さしこんで くる ジブン に なる と なきしきる セミ の コエ が ひときわ みみだって せわしく きこえる。 8 ガツ も いつか ナカバ すぎて しまった の で ある。 イエ の ウシロ の トウモロコシ の ハタケ に ふきわたる カゼ の ヒビキ が ヨル なぞ は おりおり アメ か と あやまたれた。 ラゲツ は わかい ジブン したい-ホウダイ ミ を もちくずした ドウラク の ナゴリ とて ジコウ の カワリメ と いえば いまだに ホネ の フシブシ が いたむ ので、 いつも ヒト より サキ に アキ の たつ の を しる の で ある。 アキ に なった と おもう と ただ ワケ も なく キ が せわしく なる。
 ラゲツ は にわか に うろたえだし、 ヨウカ-ゴロ の ユウヅキ が まだ ましろく ユウヤケ の ソラ に かかって いる コロ から コウメ カワラマチ の スマイ を アト に てくてく イマド を さして あるいて いった。
 ホリワリヅタイ に ヒキフネ-ドオリ から すぐさま ヒダリ へ まがる と、 トチ の モノ で なければ ユクサキ の わからない ほど ウカイ した コミチ が ミメグリ イナリ の ヨコテ を めぐって ドテ へ と つうじて いる。 コミチ に そうて は タンボ を うめたてた アキチ に、 あたらしい カシナガヤ が まだ アキヤ の まま に たちならんだ ところ も ある。 ひろびろ した カマエ の ソト には おおきな ニワイシ を すえならべた ウエキヤ も あれば、 いかにも イナカ-らしい カヤブキ の ジンカ の まばら に たちつづいて いる ところ も ある。 それら の ウチ の タケガキ の アイダ から は ユウヅキ に ギョウズイ を つかって いる オンナ の スガタ の みえる こと も あった。 ラゲツ ソウショウ は いくら トシ を とって も ムカシ の カタギ は かわらない ので みて みぬ よう に そっと たちどまる が、 タイガイ は ぞっと しない ニョウボウ ばかり なので、 ラクタン した よう に そのまま アユミ を はやめる。 そして ウリチ や カシヤ の フダ を みて すぎる たびたび、 なんとも つかず その ムナザンヨウ を しながら ジブン も フトコロデ で オオモウケ が して みたい と おもう。 しかし また タンボ-ヅタイ に あるいて ゆく うち ミズタ の トコロドコロ に ハス の ハナ の みごと に さきみだれた サマ を ながめ あおあお した イネ の ハ に ユウカゼ の そよぐ ヒビキ を きけば、 さすが は ソウショウ だけ に、 ゼニカンジョウ の こと より も キオク に サンザイ して いる コジン の ク をば じつに うまい もの だ と おもいかえす の で あった。
 ドテ へ あがった とき には ハザクラ の カゲ は はや おぐらく ミズ を へだてた ジンカ には ヒ が みえた。 ふきはらう カワカゼ に サクラ の ワクラバ が はらはら ちる。 ラゲツ は やすまず あるきつづけた アツサ に ほっと イキ を つき、 ひろげた ムネ をば センス で あおいだ が、 まだ ミセ を しまわず に いる ヤスミヂャヤ を みつけて あわてて たちより、 「オカミサン、 ヒヤ で 1 パイ」 と コシ を おろした。 ショウメン に マツチヤマ を みわたす スミダガワ には ユウカゼ を はらんだ ホカケブネ が しきり に うごいて ゆく。 ミズ の オモテ の たそがれる に つれて カモメ の ハネ の イロ が きわだって しろく みえる。 ソウショウ は この ケシキ を みる と ジコウ は ちがう けれど サケ なくて なんの オノレ が サクラ かな と キュウ に イッパイ かたむけたく なった の で ある。
 ヤスミヂャヤ の ニョウボウ が フチ の あつい ソコ の あがった コップ に ついで だす ヒヤザケ を、 ラゲツ は ぐいと のみほして そのまま タケヤ の ワタシブネ に のった。 ちょうど カワ の ナカホド へ きた コロ から フネ の ゆれる に つれて ヒヤザケ が おいおい に きいて くる。 ハザクラ の ウエ に かがやきそめた ユウヅキ の ヒカリ が いかにも すずしい。 なめらか な ミチシオ の ミズ は 「オマエ どこ ゆく」 と ハヤリウタ にも ある よう に いかにも なげやった ふう に ココロモチ よく ながれて いる。 ソウショウ は メ を つぶって ヒトリ で ハナウタ を うたった。
 ムコウガシ へ つく と キュウ に おもいだして キンジョ の カシヤ を さがして ミヤゲ を かい イマドバシ を わたって マッスグ な ミチ をば ジブン ばかり は アシモト の たしか な つもり で、 じつは だいぶ ふらふら しながら あるいて いった。
 そこここ に 2~3 ゲン イマドヤキ を うる ミセ に わずか な トクチョウ を みる ばかり、 いずこ の バスエ にも よく ある よう な ひくい ジンカ ツヅキ の ヨコチョウ で ある。 ジンカ の ノキシタ や ロジグチ には はなしながら すずんで いる ヒト の ユカタ が うすぐらい ケントウ の ヒカリ に きわだって しろく みえながら、 アタリ は イッタイ に ひっそり して どこ か で イヌ の ほえる コエ と アカゴ の なく コエ が きこえる。 アマノガワ の すみわたった ソラ に しげった コダチ を そびやかして いる イマド ハチマン の マエ まで くる と、 ラゲツ は マ も なく ならんだ ケントウ の アイダ に トキワズ モジトヨ と カンテイリュウ で かいた イモウト の イエ の ヒ を みとめた。 イエ の マエ の オウライ には ヒト が 2~3 ニン も たちどまって ナカ なる ケイコ の ジョウルリ を きいて いた。

 おりおり おそろしい オト して ネズミ の はしる テンジョウ から ホヤ の くもった ロクブシン の ランプ が ところどころ ホウタン の コウコク や ミヤコ シンブン の シンネン フロク の ビジンガ なぞ で ヤブレメ を かくした フスマ を ハジメ、 アメイロ に ふるびた タンス、 アマモリ の アト の ある ふるびた カベ なぞ、 8 ジョウ の ザシキ イッタイ を いかにも うすぐらく てらして いる。 ふるぼけた ヨシド を たてた エンガワ の ソト には コニワ が ある の やら ない の やら わからぬ ほど な ヤミ の ナカ に ノキ の フウリン が さびしく なり ムシ が しずか に ないて いる。 シショウ の オトヨ は エンニチモノ の ウエキバチ を ならべ、 フドウソン の カケモノ を かけた トコノマ を ウシロ に して べったり すわった ヒザ の ウエ に シャミセン を かかえ、 カシ の バチ で ときどき マエガミ の アタリ を かきながら、 カケゴエ を かけて は ひく と、 ケイコボン を ひろげた キリ の コヅクエ を ナカ に して こなた には 30 ゼンゴ の ショウニン らしい オトコ が チュウオン で、 「そりゃ ナニ を いわしゃんす、 いまさら アニ よ イモウト と いう に いわれぬ コイナカ は……」 と 「コイナ ハンベエ」 の ミチユキ を かたる。
 ラゲツ は ケイコ の すむ まで エン-ヂカク に すわって、 センス を ぱちくり させながら、 まだ ヒヤザケ の すっかり さめきらぬ ところ から、 ときどき は われしらず クチ の ナカ で ケイコ の オトコ と イッショ に うたった が、 ときどき は メ を つぶって エンリョ なく オクビ を した ノチ、 カラダ を かるく サユウ に ゆすりながら オトヨ の カオ をば なんの キ も なく ながめた。 オトヨ は もう 40 イジョウ で あろう。 うすぐらい ツルシ ランプ の ヒカリ が やせこけた コヅクリ の カラダ をば なおさら に ふけて みせる ので、 ふいと これ が ムカシ は リッパ な シチヤ の かわいらしい ハコイリ ムスメ だった の か と おもう と、 ラゲツ は かなしい とか さびしい とか そういう ゲンジツ の カンガイ を とおりこして、 ただただ フシギ な キ が して ならない。 その コロ は ジブン も やはり わかくて うつくしくて、 オンナ に すかれて、 ドウラク して、 とうとう ジッカ を シチショウ まで カンドウ されて しまった が、 イマ に なって は その コロ の こと は どうしても ジジツ では なくて ユメ と しか おもわれない。 ソロバン で オレ の アタマ を なぐった オヤジ に しろ、 ないて イケン を した シロネズミ の バントウ に しろ、 ノレン を わけて もらった オトヨ の テイシュ に しろ、 そういう ヒトタチ は おこったり わらったり ないたり よろこんだり して、 アセ を たらして あきず に よく はたらいて いた もの だ が、 ヒトリヒトリ ミナ しんで しまった キョウ と なって みれば、 あの ヒトタチ は この ヨノナカ に うまれて きて も こなくて も つまる ところ は おなじ よう な もの だった。 まだしも ジブン と オトヨ の いきて いる アイダ は、 あの ヒトタチ は フタリ の キオク の ウチ に のこされて いる ものの、 やがて ジブン たち も しんで しまえば いよいよ なにもかも ケムリ に なって アトカタ も なく きえうせて しまう の だ……。
「ニイサン、 じつは 2~3 ニチ うち に ワタシ の ほう から オジャマ に あがろう と おもって いた ん だよ」 と オトヨ が とつぜん はなしだした。
 ケイコ の オトコ は コイナ ハンベエ を さらった ノチ おなじ よう な オツマ ハチロベエ の カタリダシ を 2~3 ド くりかえして かえって いった の で ある。 ラゲツ は もっともらしく すわりなおして センス で かるく ヒザ を たたいた。
「じつは ね」 と オトヨ は おなじ コトバ を くりかえして、 「コマゴメ の オテラ が シク カイセイ で トリハライ に なる ん だ とさ。 それで ね、 しんだ オトッツァン の オハカ を ヤナカ か ソメイ か どこ か へ うつさなくっちゃ ならない ん だって ね、 4~5 ニチ マエ に オテラ から オツカイ が きた から、 どうした もの か と、 その ソウダン に ゆこう と おもってた のさ」
「なるほど」 と ラゲツ は うなずいて、 「そういう こと なら うっちゃって も おけまい。 もう ナンネン に なる かな、 オヤジ が しんで から……」
 クビ を かしげて かんがえた が、 オトヨ の ほう は ちゃくちゃく ハナシ を すすめて ソメイ の ボチ の ジダイ が ヒトツボ いくら、 テラ への ココロヅケ が どうの こうの と、 それ に ついて は オンナ の ミ より も オトコ の ラゲツ に バンジ を ひきうけて とりはからって もらいたい と いう の で あった。
 ラゲツ は もと コイシカワ オモテマチ の サガミヤ と いう シチヤ の アトトリ ムスコ で あった が カンドウ の スエ ワカインキョ の ミ と なった。 ガンコ な チチ が ヨ を さって から は イモウト オトヨ を ツマ に した ミセ の バントウ が ショウジキ に サガミヤ の ショウバイ を つづけて いた。 ところが ゴイッシン コノカタ ジセイ の ヘンセン で しだいに カウン の かたむいて きた オリ も オリ カジ に あって シチヤ は それなり つぶれて しまった。 で、 フウリュウ-ザンマイ の ラゲツ は やむ を えず ハイカイ で ヨ を わたる よう に なり、 オトヨ は ソノゴ テイシュ に しにわかれた フコウ ツヅキ に ムカシ ナ を とった ユウゲイ を サイワイ トキワズ の シショウ で クラシ を たてる よう に なった。 オトヨ には コトシ 18 に なる オトコ の コ が ヒトリ ある。 レイラク した オンナオヤ が コノヨ の タノシミ と いう の は まったく この ヒトリムスコ チョウキチ の シュッセ を みよう と いう こと ばかり で、 アキンド は いつ シッパイ する か わからない と いう ケイケン から、 オトヨ は 3 ド の メシ を 2 ド に して も、 ゆくゆく は ワガコ を ダイガッコウ に いれて リッパ な ゲッキュウトリ に せねば ならぬ と おもって いる。
 ラゲツ ソウショウ は ひえた チャ を のみほしながら、 「チョウキチ は どう しました」
 すると オトヨ は もう トクイ-らしく、 「ガッコウ は イマ ナツヤスミ です がね、 あそばしといちゃ いけない と おもって ホンゴウ まで ヤガク に やります」
「じゃ カエリ は おそい ね」
「ええ。 いつでも 10 ジ すぎます よ。 デンシャ は あります がね、 ずいぶん トオミチ です から ね」
「コチトラ とは ちがって イマドキ の わかい モノ は カンシン だね」 ソウショウ は コトバ を きって、 「チュウガッコウ だっけ ね、 オレ は コドモ を もった こと が ねえ から トウセツ の ガッコウ の こと は ちっとも わからない。 ダイガッコウ まで ゆく にゃ まだ よほど かかる の かい」
「ライネン ソツギョウ して から シケン を うける ん でさあ ね。 ダイガッコウ へ ゆく マエ に、 もう ヒトツ…… おおきな ガッコウ が ある ん です」 オトヨ は なにもかも ヒトクチ に セツメイ して やりたい と ココロ ばかり は あせって も、 やはり ジセイ に うとい オンナ の こと で たちまち いいよどんで しまった。
「たいした カカリ だろう ね」
「ええ それ あ、 タイテイ じゃ ありません よ。 なにしろ、 アナタ、 ゲッシャ ばかり が マイゲツ 1 エン、 ホンダイ だって シケン の たんび に 2~3 エン じゃ ききません し ね、 それに ナツフユ ともに ヨウフク を きる ん でしょう、 クツ だって ネン に 2 ソク は はいて しまいます よ」
 オトヨ は チョウシ-づいて クシン の ホド を イチバイ つよく みせよう ため か コエ に チカラ を いれて はなした が、 ラゲツ は その とき、 それほど に まで ムリ を する なら、 なにも ダイガッコウ へ いれない でも、 チョウキチ には もっと ミブン ソウオウ な リッシン の ミチ が ありそう な もの だ と いう キ が した。 しかし クチ へ だして いう ほど の こと でも ない ので、 ナニ か ワダイ の ヘンカ を と のぞむ ヤサキ へ、 シゼン に おもいだされた の は チョウキチ が コドモ の ジブン の アソビ トモダチ で オイト と いった センベイヤ の ムスメ の こと で ある。 ラゲツ は その コロ オトヨ の ウチ を たずねた とき には きまって オイ の チョウキチ と オイト を つれて は、 オクヤマ や サタケッパラ の ミセモノ を み に いった の だ。
「チョウキチ が 18 じゃ、 あの コ は もう リッパ な ネエサン だろう。 やはり ケイコ に くる かい」
「ウチ へは きません がね、 この サキ の キネヤ さん にゃ マイニチ かよって ます よ。 もう じき ヨシチョウ へ でる ん だ って いいます がね……」 と オトヨ は ナニ か かんがえる らしく コトバ を きった。
「ヨシチョウ へ でる の か。 そいつ あ ゴウギ だ。 コドモ の とき から ちょいと クチ の キキヨウ の ませた、 いい コ だった よ。 コンヤ に でも あそび に くりゃあ いい に。 ねえ、 オトヨ」 と ソウショウ は キュウ に ゲンキ-づいた が、 オトヨ は ぽんと ナガギセル を はたいて、
「イゼン と ちがって、 チョウキチ も イマ が ベンキョウザカリ だし ね……」
「ははははは。 マチガイ でも あっちゃ ならない と いう の かね。 もっとも だよ。 この ミチ ばかり は まったく ユダン が ならない から な」
「ホント さ。 オマエサン」 オトヨ は クビ を ながく のばして、 「ワタシ の ヒガメ かも しれない が、 じつは どうも チョウキチ の ヨウス が シンパイ で ならない のさ」
「だから、 いわない こっちゃ ない」 と ラゲツ は かるく ニギリコブシ で ヒザガシラ を たたいた。 オトヨ は チョウキチ と オイト の こと が ただ なんとなし に シンパイ で ならない。 と いう の は、 オイト が ナガウタ の ケイコ-ガエリ に マイアサ ヨウ も ない のに きっと たちよって みる、 それ をば チョウキチ は かならず まって いる ヨウス で その ジカン-ゴロ には ヒトアシ だって マド の ソバ を さらない。 それ のみ ならず、 いつぞや オイト が ビョウキ で トオカ ほど も ねて いた とき には、 チョウキチ は ヨソメ も おかしい ほど に ぼんやり して いた こと など を イキ も つかず に かたりつづけた。
 ツギノマ の トケイ が 9 ジ を うちだした とき とつぜん コウシド が がらり と あいた。 その アケヨウ で オトヨ は すぐに チョウキチ の かえって きた こと を しり キュウ に ハナシ を とぎらし その ほう に ふりかえりながら、
「たいへん はやい よう だね、 コンヤ は」
「センセイ が ビョウキ で 1 ジカン はやく ひけた ん だ」
「コウメ の オジサン が オイデ だよ」
 ヘンジ は きこえなかった が、 ツギノマ に ツツミ を なげだす オト が して、 すぐさま チョウキチ は おとなしそう な よわそう な イロ の しろい カオ を フスマ の アイダ から みせた。

 2

 ザンショ の ユウヒ が ひとしきり ナツ の サカリ より も はげしく、 ひろびろ した カワヅラ イッタイ に もえたち、 ことさら に ダイガク の テイコ の マッシロ な ペンキヌリ の ハメ に ハンエイ して いた が、 たちまち トモシビ の ヒカリ の きえて ゆく よう に アタリ は ゼンタイ に うすぐらく ハイイロ に ヘンショク して きて、 みちくる ユウシオ の ウエ を すべって ゆく ニブネ の ホ のみ が まっしろく きわだった。 と みる マ も なく ショシュウ の タソガレ は マク の おりる よう に はやく ヨル に かわった。 ながれる ミズ が いやに まぶしく きらきら ひかりだして、 ワタシブネ に のって いる ヒト の カタチ を くっきり と スミエ の よう に くろく そめだした。 ツツミ の ウエ に ながく よこたわる ハザクラ の コダチ は こなた の キシ から のぞめば おそろしい ほど マックラ に なり、 イチジ は おもしろい よう に ひきつづいて うごいて いた ニブネ は いつのまにか 1 ソウ のこらず ジョウリュウ の ほう に きえて しまって、 ツリ の カエリ らしい コブネ が ところどころ コノハ の よう に ういて いる ばかり、 みわたす スミダガワ は ふたたび ひろびろ と した ばかり か しずか に さびしく なった。 はるか カワカミ の ソラ の ハズレ に ナツ の ナゴリ を しめす クモ の ミネ が たって いて ほそい イナズマ が たえまなく ひらめいて は きえる。
 チョウキチ は サッキ から ヒトリ ぼんやり して、 ある とき は イマドバシ の ランカン に もたれたり、 ある とき は キシ の イシガキ から ワタシバ の サンバシ へ おりて みたり して、 ユウヒ から タソガレ、 タソガレ から ヨル に なる カワ の ケシキ を ながめて いた。 コンヤ くらく なって ヒト の カオ が よく は みえない ジブン に なったら イマドバシ の ウエ で オイト と あう ヤクソク を した から で ある。 しかし ちょうど ニチヨウビ に あたって ヤガッコウ を コウジツ にも できない ところ から ユウメシ を すます が いなや まだ ヒ の おちぬ うち ふいと ウチ を でて しまった。 ひとしきり ワタシバ へ いそぐ ヒト の ユキキ も イマ では ほとんど たえ、 ハシ の シタ に ヨドマリ する ニブネ の トモシビ が ケイヨウジ の たかい コダチ を サカサ に うつした サンヤボリ の ミズ に うつくしく ながれた。 カドグチ に ヤナギ の ある あたらしい ニカイヤ から は シャミセン が きこえて、 ミズ に そう ひくい コイエ の コウシド ソト には ハダカ の テイシュ が すずみ に ではじめた。 チョウキチ は もう くる ジブン で あろう と おもって イッシン に ハシムコウ を ながめた。
 サイショ に ハシ を わたって きた ヒトカゲ は くろい アサ の コロモ を きた ボウズ で あった。 つづいて シリハショリ の モモヒキ に ゴムグツ を はいた ウケオイシ らしい オトコ の とおった アト、 しばらく して から、 コウモリガサ と コヅツミ を さげた まずしげ な ニョウボウ が ヒヨリ ゲタ で イロケ も なく スナ を けたてて オオマタ に あるいて いった。 もう いくら まって も ヒトドオリ は ない。 チョウキチ は せんかたなく つかれた メ を カワ の ほう に うつした。 カワヅラ は サッキ より も イッタイ に あかるく なり きみわるい クモ の ミネ は カゲ も なく きえて いる。 チョウキチ は その とき チョウメイジ ヘン の ツツミ の ウエ の コダチ から、 たぶん キュウレキ 7 ガツ の マンゲツ で あろう、 アカミ を おびた おおきな ツキ の のぼりかけて いる の を みとめた。 ソラ は カガミ の よう に あかるい ので それ を さえぎる ツツミ と コダチ は ますます くろく、 ホシ は ヨイ の ミョウジョウ の たった ヒトツ みえる ばかり で ソノタ は ことごとく あまり に あかるい ソラ の ヒカリ に かきけされ、 ヨコザマ に ながく たなびく クモ の チギレ が ギンイロ に すきとおって かがやいて いる。 みるみる うち マンゲツ が コダチ を はなれる に したがい カワギシ の ヨツユ を あびた カワラヤネ や、 ミズ に ぬれた ボウグイ、 マンチョウ に ながれよる イシガキ シタ の モグサ の チギレ、 フネ の ヨコバラ、 タケザオ なぞ が、 いちはやく ツキ の ヒカリ を うけて あおく かがやきだした。 たちまち チョウキチ は ジブン の カゲ が ハシイタ の ウエ に だんだん に こく えがきだされる の を しった。 とおりかかる ホーカイブシ の ダンジョ が フタリ、 「まあ ごらん よ。 オツキサマ」 と いって しばらく たちどまった ノチ、 サンヤボリ の キシベ に まがる が いなや あてつけがましく、
  ♪ショセイ さん ハシ の ランカン に コシ うちかけて――
と たちつづく コイエ の マエ で うたった が カネ に ならない と みた か うたい も おわらず、 モト の イソギアシ で ヨシワラ ドテ の ほう へ いって しまった。
 チョウキチ は いつも シノビアイ の コイビト が ケイケン する サマザマ の ケネン と まちあぐむ ココロ の イラダチ の ホカ に、 なんとも しれぬ イッシュ の ヒアイ を かんじた。 オイト と ジブン との ユクスエ…… ユクスエ と いう より も コンヤ あって ノチ の アシタ は どう なる の で あろう。 オイト は コンヤ かねて から ハナシ の して ある ヨシチョウ の ゲイシャヤ まで でかけて ソウダン を して くる と いう こと で、 その ドウチュウ をば フタリ イッショ に はなしながら あるこう と ヤクソク した の で ある。 オイト が いよいよ ゲイシャ に なって しまえば これまで の よう に マイニチ あう こと が できなく なる のみ ならず、 それ が バンジ の オワリ で ある らしく おもわれて ならない。 ジブン の しらない いかにも とおい クニ へ と ふたたび かえる こと なく いって しまう よう な キ が して ならない の だ。 コンヤ の オツキサマ は わすれられない。 イッショウ に 2 ド みられない ツキ だなあ と チョウキチ は しみじみ おもった。 あらゆる キオク の カズカズ が デンコウ の よう に ひらめく。 サイショ ジカタマチ の ショウガッコウ へ ゆく コロ は マイニチ の よう に ケンカ して あそんだ。 やがて は ミンナ から キンジョ の イタベイ や ドゾウ の カベ に アイアイガサ を かかれて はやされた。 コウメ の オジサン に つれられて オクヤマ の ミセモノ を み に いったり イケ の コイ に フ を やったり した。
 サンジャ マツリ の オリ オイト は ある トシ オドリヤタイ へ でて ドウジョウジ を おどった。 チョウナイ イチドウ で マイトシ シオヒガリ に ゆく フネ の ウエ でも オイト は よく おどった。 ガッコウ の カエリミチ には マイニチ の よう に マツチヤマ の ケイダイ で まちあわせて、 ヒト の しらない サンヤ の ウラマチ から ヨシワラ タンボ を あるいた……。 ああ、 オイト は なぜ ゲイシャ なんぞ に なる ん だろう。 ゲイシャ なんぞ に なっちゃ いけない と ひきとめたい。 チョウキチ は ムリ にも ひきとめねば ならぬ と ケッシン した が、 すぐ その ソバ から、 ジブン は オイト に たいして は とうてい それ だけ の イリョク の ない こと を おもいかえした。 はかない ゼツボウ と アキラメ と を かんじた。 オイト は フタツ トシシタ の 16 で ある が、 コノゴロ に なって は チョウキチ は ことさら に ヒイチニチ と オイト が はるか トシウエ の アネ で ある よう な ココロモチ が して ならぬ の で あった。 いや サイショ から オイト は チョウキチ より も つよかった。 チョウキチ より も はるか に オクビョウ では なかった。 オイト チョウキチ と アイアイガサ に かかれて ミンナ から はやされた とき でも オイト は びくとも しなかった。 ヘイキ な カオ で チョウ ちゃん は アタイ の ダンナ だよ と どなった。 キョネン はじめて ガッコウ から の カエリミチ を マツチヤマ で まちあわそう と もうしだした の も オイト で あった。 ミヤト-ザ の タチミ へ ゆこう と いった の も オイト が サキ で あった。 カエリ の おそく なる こと をも オイト の ほう が かえって シンパイ しなかった。 しらない ミチ に まよって も、 オイト は ゆける ところ まで いって ごらん よ。 オマワリサン に きけば わかる よ と いって、 かえって おもしろそう に ずんずん あるいた……。
 アタリ を かまわず ハシイタ の ウエ に アズマ ゲタ を ならす ヒビキ が して、 コバシリ に とつぜん オイト が かけよった。
「おそかった でしょう。 キ に いらない ん だ もの、 オッカサン の ゆった カミ なんぞ」 と かけだした ため に ことさら ほつれた ビン を なおしながら、 「おかしい でしょう」
 チョウキチ は ただ メ を まるく して オイト の カオ を みる ばかり で ある。 イツモ と カワリ の ない ゲンキ の いい はしゃぎきった ヨウス が この バアイ むしろ にくらしく おもわれた。 とおい シタマチ に いって ゲイシャ に なって しまう の が すこしも かなしく ない の か と チョウキチ は いいたい こと も ムネイッパイ に なって クチ には でない。 オイト は カワミズ を てらす タマ の よう な ツキ の ヒカリ にも いっこう キ の つかない ヨウス で、
「はやく ゆこう よ。 ワタイ オカネモチ だよ。 コンヤ は。 ナカミセ で オミヤゲ を かって ゆく ん だ から」 と すたすた あるきだす。
「アシタ、 きっと かえる か」 チョウキチ は どもる よう に して いいきった。
「アシタ かえらなければ、 アサッテ の アサ は きっと かえって きて よ。 フダンギ だの いろんな もの もって ゆかなくっちゃ ならない から」
 マツチヤマ の フモト を ショウデン-チョウ の ほう へ でよう と ほそい ロジ を ぬけた。
「なぜ だまってる のよ。 どうした の」
「アサッテ かえって きて それから また あっち へ いって しまう ん だろう。 え。 オイト ちゃん は もう それなり ムコウ の ヒト に なっちまう ん だろう。 もう ボク とは あえない ん だろう」
「ちょいちょい あそび に かえって くる わ。 だけれど、 ワタイ も イッショウ ケンメイ に オケイコ しなくっちゃ ならない ん だ もの」
 すこし は コエ を くもらした ものの その チョウシ は チョウキチ の マンゾク する ほど の ヒシュウ を おびて は いなかった。 チョウキチ は しばらく して から また トツゼン に、
「なぜ ゲイシャ なんぞ に なる ん だ」
「また そんな こと きく の。 おかしい よ。 チョウ さん は」
 オイト は すでに チョウキチ の よく しって いる ジジョウ をば ふたたび くどくどしく くりかえした。 オイト が ゲイシャ に なる と いう こと は 2~3 ネン いや もっと マエ から チョウキチ にも よく わかって いた こと で ある。 その オコリ は ダイク で あった オイト の チチオヤ が まだ いきて いた コロ から オフクロ は テナイショク に と ハリシゴト を して いた が、 その トクイサキ の 1 ケン で ハシバ の ショウタク に いる ゴシンゾ が オイト の スガタ を みて ぜひ ムスメブン に して ユクスエ は リッパ な ゲイシャ に したてたい と いいだした こと から で ある。 ゴシンゾ の ジッカ は ヨシチョウ で ハバ の きく ゲイシャヤ で あった。 しかし その コロ の オイト の ウチ は さほど に こまって も いなかった し、 ダイイチ に かわいい サカリ の コドモ を てばなす の が つらかった ので、 オヤ の テモト で せいぜい ゲイ を しこます こと に なった。 ソノゴ チチオヤ が しんだ オリ には さしあたり タヨリ の ない ハハオヤ は ハシバ の ゴシンゾ の セワ で イマ の センベイヤ を だした よう な カンケイ も あり、 バンジ が キンセンジョウ の ギリ ばかり で なくて ソウホウ の コウイ から しぜん と オイト は ヨシチョウ へ ゆく よう に タレ が しいる とも なく きまって いた の で ある。 ヒャク も ショウチ して いる こんな ジジョウ を チョウキチ は オイト の クチ から きく ため に シツモン した の で ない。 オイト が どうせ ゆかねば ならぬ もの なら、 もうすこし かなしく ジブン の ため に ワカレ を おしむ よう な チョウシ を みせて もらいたい と おもった から だ。 チョウキチ は ジブン と オイト の アイダ には いつのまにか たがいに ソツウ しない カンジョウ の ソウイ の しょうじて いる こと を あきらか に しって、 さらに ふかい カナシミ を かんじた。
 この カナシミ は オイト が ミヤゲモノ を かう ため ニオウモン を すぎて ナカミセ へ でた とき さらに また たえがたい もの と なった。 ユウスズミ に でかける にぎやか な ヒトデ の ナカ に オイト は ふいと たちどまって、 ならんで あるく チョウキチ の ソデ を ひき、 「チョウ さん、 アタイ も じき あんな ナリ する ん だねえ。 ロチリメン だね きっと、 あの ハオリ……」
 チョウキチ は いわれる まま に みかえる と、 シマダ に ゆった ゲイシャ と、 それ に つれだって ゆく の は クロロ の モンツキ を きた リッパ な シンシ で あった。 ああ オイト が ゲイシャ に なったら イッショ に テ を ひいて あるく ヒト は やっぱり ああいう リッパ な シンシ で あろう。 ジブン は ナンネン たったら あんな シンシ に なれる の かしら。 ヘコオビ ヒトツ の イマ の ショセイ スガタ が いう に いわれず なさけなく おもわれる と ドウジ に、 チョウキチ は その ショウライ どころ か ゲンザイ に おいて も、 すでに タンジュン な オイト の トモダチ たる シカク さえ ない もの の よう な ココロモチ が した。
 いよいよ ゴシントウ の つづいた ヨシチョウ の ロジグチ へ きた とき、 チョウキチ は もう これ イジョウ はかない とか かなしい とか おもう ゲンキ さえ なくなって、 ただ ぼんやり、 せまく くらい ロジウラ の いやに おくふかく ユクサキ しれず まがりこんで いる の を フシギ そう に のぞきこむ ばかり で あった。
「あの、 ヒイ フウ ミイ…… ヨッツメ の ガス-トウ の でてる ところ だよ。 マツバヤ と かいて ある だろう。 ね。 あの ウチ よ」 と オイト は しばしば ハシバ の ゴシンゾ に つれて こられたり、 または その ヨウジ で ツカイ に きたり して よく しって いる ノキサキ の アカリ を さししめした。
「じゃあ ボク は かえる よ。 もう……」 と いう ばかり で チョウキチ は やはり たちどまって いる。 その ソデ を オイト は かるく つかまえて たちまち こびる よう に よりそい、
「アシタ か アサッテ、 ウチ へ かえって きた とき きっと あおう ね。 いい かい。 きっと よ。 ヤクソク して よ。 アタイ の ウチ へ おいで よ。 よくって」
「ああ」
 ヘンジ を きく と、 オイト は それ で すっかり アンシン した もの の ごとく すたすた ロジ の ドブイタ を アズマ ゲタ に ふみならし ふりかえり も せず に いって しまった。 その アシオト が チョウキチ の ミミ には いそいで かけて ゆく よう に きこえた、 か と おもう マ も なく、 ちりん ちりん と コウシド の スズ の オト が した。 チョウキチ は おぼえず アト を おって ロジウチ へ はいろう と した が、 ドウジ に いちばん チカク の コウシド が ヒトゴエ と ともに あいて、 ほそながい ユミハリ-ヂョウチン を もった オトコ が でて きた ので、 なんと いう こと なく チョウキチ は キオクレ の した ばかり か、 カオ を みられる の が イヤサ に、 イッサン に トオリ の ほう へ と とおざかった。 まるい ツキ は カタチ が だいぶ ちいさく なって ヒカリ が あおく すんで、 しずか に そびえる ウラドオリ の クラ の ヤネ の ウエ、 ホシ の おおい ソラ の マンナカ に たかく のぼって いた。
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