カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

スミダガワ 2

2014-07-07 | ナガイ カフウ
 3

 ツキ の デ が ヨゴト おそく なる に つれて その ヒカリ は だんだん さえて きた。 カワカゼ の シメッポサ が しだいに つよく かんじられて きて ユカタ の ハダ が いやに うすさむく なった。 ツキ は やがて ヒト の おきて いる コロ には もう のぼらなく なった。 ソラ には アサ も ヒルスギ も ユウガタ も、 いつでも クモ が おおく なった。 クモ は かさなりあって たえず うごいて いる ので、 ときとして は わずか に その アイダアイダ に ことさららしく イロ の こい アオゾラ の ノコリ を みせて おきながら、 ソラ イチメン に おおいかぶさる。 すると キコウ は おそろしく むしあつく なって きて、 しぜん と しみでる アブラアセ が フユカイ に ヒト の ハダ を ねばねば させる が、 しかし また、 そういう とき には きまって、 その キョウジャク と その ホウコウ の さだまらない カゼ が トツゼン に ふきおこって、 アメ も また ふって は やみ、 やんで は また ふりつづく こと が ある。 この カゼ や この アメ には イッシュ トクベツ の そこぶかい チカラ が ふくまれて いて、 テラ の ジュモク や、 カワギシ の アシ の ハ や、 バスエ に つづく まずしい イエ の イタヤネ に、 ハル や ナツ には けっして きかれない オンキョウ を つたえる。 ヒ が おそろしく はやく くれて しまう だけ、 ながい ヨ は すぐに しんしん と ふけわたって きて、 ナツ ならば ユウスズミ の ゲタ の オト に さえぎられて よく は きこえない 8 ジ か 9 ジ の トキ の カネ が アタリ を まるで 12 ジ の ごとく しずか に して しまう。 コオロギ の コエ は いそがしい。 トモシビ の イロ は いやに すむ。 アキ。 ああ アキ だ。 チョウキチ は はじめて アキ と いう もの は なるほど いや な もの だ。 じつに さびしくって たまらない もの だ と ミ に しみじみ かんじた。
 ガッコウ は もう キノウ から はじまって いる。 アサ はやく ハハオヤ の ヨウイ して くれる ベントウバコ を ショモツ と イッショ に つつんで ウチ を でて みた が、 フツカ-メ ミッカ-メ には つくづく とおい カンダ まで あるいて ゆく キリョク が なくなった。 イマ まで は マイネン ながい ナツヤスミ の おわる コロ と いえば ガッコウ の キョウジョウ が なんとなく こいしく ジュギョウ の カイシ する ヒ が ココロマチ に またれる よう で あった。 その ういういしい ココロモチ は もう まったく きえて しまった。 つまらない。 ガクモン なんぞ したって つまる もの か。 ガッコウ は オノレ の のぞむ よう な コウフク を あたえる ところ では ない。 ……コウフク とは ムカンケイ の もの で ある こと を チョウキチ は ものあたらしく かんじた。
 ヨッカ-メ の アサ イツモ の よう に 7 ジ マエ に ウチ を でて カンノン の ケイダイ まで あるいて きた が、 チョウキチ は まるで つかれきった タビビト が ミチバタ の イシ に コシ を かける よう に、 ホンドウ の ヨコテ の ベンチ の ウエ に コシ を おろした。 いつのまに ソウジ を した もの か アサツユ に しめった コジャリ の ウエ には、 なげすてた きたない カミキレ も なく、 アサ はやい ケイダイ は イツモ の ザットウ に ひきかえて ミョウ に ひろく こうごうしく しんと して いる。 ホンドウ の ロウカ には ここ で ヨアカシ した らしい ウサン な オトコ が いまだに イクニン も コシ を かけて いて、 その ナカ には あかじみた ヒトエ の サンジャクオビ を といて ヘイキ で フンドシ を しめなおして いる ヤツ も あった。 コノゴロ の ソラクセ で ソラ は ひくく ネズミイロ に くもり、 アタリ の ジュモク から は むしばんだ あおい まま の コノハ が たえまなく おちる。 カラス や ニワトリ の ナキゴエ ハト の ハオト が さわやか に ちからづよく きこえる。 あふれる ミズ に ぬれた ミタラシ の イシ が ひるがえる ホウノウ の テヌグイ の カゲ に もう なんとなく つめたい よう に おもわれた。 それ にも かかわらず アサマイリ の ダンジョ は ホンドウ の カイダン を のぼる マエ に いずれ も テ を あらう ため に と たちどまる。 その ヒトビト の ナカ に チョウキチ は グウゼン にも わかい ヒトリ の ゲイシャ が、 クチ には モモイロ の ハンケチ を くわえて、 ヒトエバオリ の ソデグチ を ぬらすまい ため か、 マッシロ な テサキ をば ウデ まで も みせる よう に ながく さしのばして いる の を みとめた。 ドウジ に すぐ トナリ の ベンチ に コシ を かけて いる ショセイ が フタリ、 「みろ みろ、 ジンゲル だ。 わるく ない なあ」 と いって いる の さえ ミミ に した。
 シマダ に ゆって よわよわしく リョウカタ の なでさがった コヅクリ の スガタ と、 クチジリ の しまった マルガオ、 16~17 の おなじ よう な トシゴロ と が、 チョウキチ を して その シュンカン あやうく ベンチ から とびたたせよう と した ほど オイト の こと を レンソウ せしめた。 オイト は ツキ の いい あの バン に ヤクソク した とおり、 その ヨクヨクジツ に、 それから は ながく ヨシチョウ の ヒト たる べく テニモツ を とり に かえって きた が、 その とき チョウキチ は まるで ベツ の ヒト の よう に オイト の スガタ の かわって しまった の に おどろいた。 あかい メレンス の オビ ばかり しめて いた ムスメスガタ が、 とつぜん たった 1 ニチ の アイダ に、 ちょうど イマ ミタラシ で テ を あらって いる わかい ゲイシャ ソノママ の スガタ に なって しまった の だ。 クスリユビ には もう ユビワ さえ はめて いた。 ヨウ も ない のに イクタビ と なく オビ の アイダ から カガミイレ や カミイレ を ぬきだして、 オシロイ を つけなおしたり ビン の ホツレ を なであげたり する。 ソト には クルマ を またして おいて いかにも いそがしい タイセツ な ヨウケン を ミ に おびて いる と いった ふう で 1 ジカン も たつ か たたない うち に かえって しまった。 その カエリガケ チョウキチ に のこした サイゴ の コトバ は その ハハオヤ の 「オシショウ さん の オバサン」 にも よろしく いって くれ と いう こと で あった。 まだ いつ でる の か わからない から また ちかい うち に あそび に くる わ と いう なつかしい コエ も きかれない の では なかった が、 それ は もう イマ まで の あどけない ヤクソク では なくて、 よなれた ヒト の じょさいない アイサツ と しか チョウキチ には ききとれなかった。 ムスメ で あった オイト、 オサナナジミ の コイビト の オイト は コノヨ には もう いきて いない の だ。 ミチバタ に ねて いる イヌ を おどろかして イキオイ よく かけさった クルマ の アト に、 えも いわれず たちまよった ケショウ の ニオイ が、 いかに くるしく、 いかに せつなく ミウチ に しみわたった で あろう……。
 ホンドウ の ナカ に と きえた わかい ゲイシャ の スガタ は ふたたび カイダン の シタ に あらわれて ニオウモン の ほう へ と、 スアシ の ユビサキ に つっかけた アズマ ゲタ を ウチワ に かるく ふみながら あるいて ゆく。 チョウキチ は その ウシロスガタ を みおくる と また さらに うらめしい あの クルマ を みおくった とき の イッセツナ を おもいおこす ので、 もう なんと して も ガマン が できぬ と いう よう に ベンチ から たちあがった。 そして しらずしらず その アト を おうて ナカミセ の つきる アタリ まで きた が、 わかい ゲイシャ の スガタ は どこ の ヨコチョウ へ まがって しまった もの か、 もう みえない。 リョウガワ の ミセ では ミセサキ を ソウジ して シナモノ を ならべたてて いる サイチュウ で ある。 チョウキチ は ムチュウ で カミナリモン の ほう へ どんどん あるいた。 わかい ゲイシャ の ユクエ を みきわめよう と いう の では ない。 ジブン の メ に ばかり ありあり みえる。 オイト の ウシロスガタ を おって ゆく の で ある。 ガッコウ の こと も なにもかも わすれて、 コマガタ から クラマエ、 クラマエ から アサクサバシ…… それから ヨシチョウ の ほう へ と どんどん あるいた。 しかし デンシャ の とおって いる バクロ-チョウ の オオドオリ まで きて、 チョウキチ は どの ヨコチョウ を まがれば よかった の か すこしく トウワク した。 けれども ダイタイ の ホウガク は よく わかって いる。 トウキョウ に うまれた モノ だけ に ミチ を きく の が いや で ある。 コイビト の すむ マチ と おもえば、 その ナ を いたずらに ロボウ の タニン に もらす の が、 ココロ の ヒミツ を さぐられる よう で、 ただ ワケ も なく おそろしくて ならない。 チョウキチ は しかたなし に ただ ヒダリ へ ヒダリ へ と、 イイカゲン に おれて ゆく と クラヅクリ の トンヤ らしい ショウカ の つづいた おなじ よう な ホリワリ の キシ に 2 ド も でた。 その ケッカ チョウキチ は はるか ムコウ に メイジザ の ヤネ を みて やがて やや ひろい オウライ へ でた とき、 その とおい ミチ の ハズレ に カワジョウキセン の キテキ の オト の きこえる の に、 はじめて ジブン の イチ と マチ の ホウガク と を さとった。 ドウジ に ヒジョウ な ツカレ を かんじた。 セイボウ を かぶった ヒタイ のみ ならず アセ は ハカマ を はいた オビ の マワリ まで しみだして いた。 しかし もう イッシュンカン とて も やすむ キ には ならない。 チョウキチ は ツキ の ヨ に つれられて きた ロジグチ をば、 これ は また いっそう の クシン、 いっそう の ケネン、 いっそう の ヒロウ を もって、 やっと の こと で みいだしえた の で ある。
 カタガワ に アサヒ が さしこんで いる ので ロジ の ウチ は ツキアタリ まで みとおされた。 コウシドヅクリ の ちいさい ウチ ばかり で ない。 ヒルマ みる と イガイ に ヤネ の たかい クラ も ある。 シノビガエシ を つけた イタベイ も ある。 その ウエ から マツ の エダ も みえる。 イシバイ の ちった ベンジョ の ソウジグチ も みえる。 ゴミバコ の ならんだ ところ も ある。 その ヘン に ネコ が うろうろ して いる。 ヒトドオリ は アンガイ に はげしい。 きわめて せまい ドブイタ の ウエ を ツウコウ の ヒト は たがいに ミ を ナナメ に ねじむけて ゆきちがう。 ケイコ の シャミセン に ヒト の ハナシゴエ が まじって きこえる。 アライモノ する ミズオト も きこえる。 あかい コシマキ に スソ を まくった コオンナ が クサボウキ で ドブイタ の ウエ を はいて いる。 コウシド の コウシ を 1 ポン 1 ポン イッショウ ケンメイ に みがいて いる の も ある。 チョウキチ は ヒトメ の おおい の に キオクレ した のみ で なく、 さて ロジウチ に すすみいった に した ところ で、 ジブン は どう する の か と はじめて ハンセイ の チイ に かえった。 ひとしれず マツバヤ の マエ を とおって、 そっと オイト の スガタ を かいまみたい とは おもった が、 アタリ が あまり に あかるすぎる。 さらば このまま ロジグチ に たって いて、 オイト が ナニ か の ヨウ で ソト へ でる まで の キカイ を まとう か。 しかし これ も また、 チョウキチ には キンジョ の ミセサキ の ヒトメ が ことごとく ジブン ばかり を みはって いる よう に おもわれて、 とても 5 フン と ながく たって いる こと は できない。 チョウキチ は とにかく シアン を しなおす つもり で、 おりから キンジョ の コドモ を トクイ に する アワモチヤ の ジジ が から から から と キネ を ならして くる ムコウ の ヨコチョウ の ほう へ と とおざかった。
 チョウキチ は ハマチョウ の ヨコチョウ をば しだいに ミチ の ゆく まま に オオカワバタ の ほう へ と あるいて いった。 いかほど キカイ を まって も ヒルナカ は どうしても フベン で ある こと を わずか に さとりえた の で ある が、 すると、 コンド は もう ガッコウ へは おそく なった。 やすむ に して も キョウ の ハンニチ、 これから ゴゴ の 3 ジ まで を どうして どこ に ショウヒ しよう か と いう モンダイ の カイケツ に せめられた。 ハハオヤ の オトヨ は ガッコウ の ジカンワリ まで を よく しりぬいて いる ので、 チョウキチ の カエリ が 1 ジカン はやくて も、 おそくて も、 すぐに シンパイ して うるさく シツモン する。 むろん チョウキチ は なんと でも たやすく いいまぎらす こと は できる と おもう ものの、 それ だけ の ウソ を つく リョウシン の クツウ に あう の が いや で ならない。 ちょうど きかかる カワバタ には、 スイレンバ の イタゴヤ が とりはらわれて、 ヤナギ の コカゲ に ヒト が ツリ を して いる。 それ をば トオリガカリ の ヒト が 4 ニン も 5 ニン も ぼんやり たって みて いる ので、 チョウキチ は いい ツゴウ だ と おなじ よう に ツリ を ながめる フリ で その ソバ に たちよった が、 もう たって いる だけ の チカラ さえ なく、 ヤナギ の ネモト の ササエギ に セ を よせかけながら しゃがんで しまった。
 サッキ から ソラ の タイハン は マッサオ に はれて きて、 たえず カゼ の ふきかよう にも かかわらず、 じりじり ヒト の ハダ に やきつく よう な シッケ の ある アキ の ヒ は、 メノマエ なる オオカワ の ミズ イチメン に まぶしく てりかがやく ので、 オウライ の カタガワ に ながく つづいた ドベイ から こんもり と エダ を のばした シゲリ の カゲ が いかにも すずしそう に おもわれた。 アマザケヤ の ジジ が いつか この コカゲ に あかく ぬった ニ を おろして いた。 カワムコウ は ヒ の ヒカリ の つよい ため に たちつづく ジンカ の カワラヤネ を ハジメ イッタイ の チョウボウ が いかにも きたならしく みえ、 カゼ に おいやられた クモ の レツ が さかん に バイエン を はく セイゾウバ の ケムダシ より も はるか に ひくく、 うごかず に ソウ を なして うかんで いる。 ツリドウグ を うる ウシロ の コイエ から 11 ジ の トケイ が なった。 チョウキチ は かぞえながら それ を きいて、 はじめて ジブン は いかに ながい ジカン を あるきくらした か に おどろいた が、 ドウジ に この ブン で ゆけば 3 ジ まで の ジカン を クウヒ する の も さして かたく は ない と やや アンシン する こと も できた。 チョウキチ は ツリシ の ヒトリ が ニギリメシ を くいはじめた の を みて、 おなじ よう に ベントウバコ を ひらいた。 ひらいた けれども なんだか キマリ が わるくて、 ダレ か みて い や しない か と きょろきょろ アタリ を みまわした。 さいわい ヒル-ぢかく の こと で みわたす カワギシ に ヒト の オウライ は とだえて いる。 チョウキチ は できる だけ はやく メシ でも サイ でも みんな ウノミ に して しまった。 ツリシ は いずれ も モクゾウ の よう に だまって いる し、 アマザケヤ の ジジ は イネムリ して いる。 ヒルスギ の カワバタ は ますます しずか に なって イヌ さえ あるいて こない ところ から、 さすが の チョウキチ も ジブン は なぜ こんな に キマリ を わるがる の で あろう オクビョウ なの で あろう と われながら おかしい キ にも なった。
 リョウゴクバシ と シン オオハシ との アイダ を ヒトマワリ した ノチ、 チョウキチ は いよいよ アサクサ の ほう へ かえろう と ケッシン する に つけ、 「もしや」 と いう イチネン に ひかされて ふたたび ヨシチョウ の ロジグチ に たちよって みた。 すると ゴゼン ほど には ヒトドオリ が ない の に まず アンシン して、 おそるおそる マツバヤ の マエ を とおって みた が、 ウチ の ナカ は ソト から みる と ヒジョウ に くらく、 ヒト の コエ シャミセン の オト さえ きこえなかった。 けれども チョウキチ には ダレ にも とがめられず に コイビト の すむ ウチ の マエ を とおった と いう それ だけ の こと が、 ほとんど ハテンコウ の ボウケン を あえて した よう な マンゾク を かんじさせた ので、 これまで あるきぬいた ミ の ヒロウ と クツウ と を チョウキチ は ついに コウカイ しなかった。

 4

 その シュウカン の ノコリ の ヒカズ だけ は どうやら こうやら、 チョウキチ は ガッコウ へ かよった が、 ニチヨウビ 1 ニチ を すごす と その あくる アサ は デンシャ に のって ウエノ まで きながら ふいと おりて しまった。 キョウシ に さしだす べき ダイスウ の シュクダイ を ヒトツ も やって おかなかった。 エイゴ と カンブン の シタヨミ をも して おかなかった。 それ のみ ならず キョウ は また、 およそ ヨノナカ で ナニ より も きらい な ナニ より も おそろしい キカイ タイソウ の ある こと を おもいだした から で ある。 チョウキチ には テツボウ から サカサ に ぶらさがったり、 ヒト の タケ より たかい タナ の ウエ から とびおりる よう な こと は、 いかに グンソウ アガリ の キョウシ から しいられて も ゼンキュウ の セイト から イッセイ に わらわれて も とうてい できう べき こと では ない。 ナニ に よらず タイイク の ユウギ に かけて は、 チョウキチ は どうしても タ の セイト イチドウ に ともなって ゆく こと が できない ので、 しぜん と ケイブ の コエ の ウチ に コリツ する。 その ケッカ は、 ついに イチドウ から いじわるく いじめられる こと に なりやすい。 ガッコウ は たんに これ だけ でも ずいぶん いや な ところ、 くるしい ところ、 つらい ところ で あった。 されば チョウキチ は その ハハオヤ が いかほど のぞんだ ところ で イマ に なって は コウトウ ガッコウ へ はいろう と いう キ は まったく ない。 もし ニュウガク すれば コウソク と して ハジメ の 1 ネン-カン は ぜひとも キョウボウ ムザン な キシュクシャ セイカツ を しなければ ならない こと を ききしって いた から で ある。 コウトウ ガッコウ キシュクシャ-ナイ に おこる イロイロ な イツワ は はやく から チョウキチ の キモ を ひやして いる の で あった。 いつも ガガク と シュウジ に かけて は ゼンキュウ ダレ も およぶ モノ の ない チョウキチ の セイジョウ は、 テッケン だ とか ジュウジュツ だ とか ヤマトダマシイ だ とか いう もの より も まったく ちがった タ の ホウメン に かたむいて いた。 コドモ の とき から アサユウ に ハハ が トセイ の シャミセン を きく の が だいすき で、 ならわず して シゼン に イト の チョウシ を おぼえ、 マチ を とおる ハヤリウタ なぞ は イチド きけば すぐに キオク する くらい で あった。 コウメ の オジ なる ラゲツ ソウショウ は はやくも メイジン に なる べき ソシツ が ある と みぬいて、 チョウキチ をば ヒモノ-チョウ でも ウエキダナ でも どこ でも いい から イチリュウ の イエモト へ デシイリ を させたらば と オトヨ に すすめた が オトヨ は だんじて ショウダク しなかった。 のみならず イライ は チョウキチ に シャミセン を いじる こと をば くちやかましく キンシ した。
 チョウキチ は ラゲツ の オジサン の いった よう に、 あの ジブン から シャミセン を ケイコ した なら、 イマゴロ は とにかく イチニンマエ の ゲイニン に なって いた に ちがいない。 さすれば よしや オイト が ゲイシャ に なった に した ところ で、 こんな に みじめ な メ に あわず とも すんだ で あろう。 ああ じつに トリカエシ の つかない こと を した。 イッショウ の ホウシン を あやまった と かんじた。 ハハオヤ が キュウ に にくく なる。 たとえられぬ ほど うらめしく おもわれる に はんして、 ラゲツ の オジサン の こと が なんとなく とりすがって みたい よう に なつかしく おもいかえされた。 これまで は なんの キ も なく ハハオヤ から も また オジ ジシン の クチ から も たびたび きかされて いた オジ が ホウトウ-ザンマイ の ケイレキ が コイ の クツウ を しりそめた チョウキチ の ココロ には すべて あたらしい ナニ か の イミ を もって カイシャク されはじめた。 チョウキチ は ダイイチ に 「コウメ の オバサン」 と いう の は もと キンペイ ダイコク の オイラン で メイジ の ハジメ ヨシワラ カイホウ の とき コウメ の オジサン を たよって きた の だ と やら いう ハナシ を おもいだした。 オバサン は コドモ の コロ ジブン をば ヒジョウ に かわいがって くれた。 それ にも かかわらず、 ジブン の ハハオヤ の オトヨ は あまり よく は おもって いない ヨウス で、 ボンクレ の アイサツ も ほんの ギリ イッペン-らしい こと を かまわず ソブリ に あらわして いた こと さえ あった。 チョウキチ は ここ で ふたたび ハハオヤ の こと を フユカイ に かつ にくらしく おもった。 ほとんど ヨノメ も はなさぬ ほど ジブン の オコナイ を みまもって いる らしい ハハオヤ の ジアイ が キュウクツ で たまらない だけ、 もし これ が コウメ の オバサン みた よう な ヒト で あったら ――コウメ の オバサン は オイト と ジブン の フタリ を みて なんとも いえない ナサケ の ある コエ で、 いつまでも なかよく おあそび よ と いって くれた こと が ある―― ジブン の クツウ の ナニモノ たる か を よく さっして ドウジョウ して くれる で あろう。 ジブン の ココロ が すこしも ヨウキュウ して いない コウフク を アタマ から ムリ に しい は せまい。 チョウキチ は グウゼン にも ハハオヤ の よう な ただしい ミノウエ の オンナ と コウメ の オバサン の よう な ある シュ の ケイレキ ある オンナ との シンリ を ヒカク した。 ガッコウ の キョウシ の よう な ヒト と ラゲツ オジサン の よう な ヒト と を ヒカク した。
 ヒルゴロ まで チョウキチ は トウショウグウ の ウラテ の モリ の ナカ で、 ステイシ の ウエ に よこたわりながら、 こんな こと を かんがえつづけた アト は、 ツツミ の ナカ に かくした ショウセツボン を とりだして よみふけった。 そして アシタ だす べき ケッセキ トドケ には いかに して また ハハ の ミトメイン を ぬすむ べき か を かんがえた。

 5

 ひとしきり マイニチ マイヨ の よう に ふりつづいた アメ の アト、 コンド は クモ ヒトツ みえない よう な セイテン が イクニチ と カギリ も なく つづいた。 しかし どうか して ソラ が くもる と たちまち に カゼ が でて かわききった ミチ の スナ を ふきちらす。 この カゼ と ともに サムサ は ひにまし つよく なって しめきった イエ の ト や ショウジ が たえまなく がたり がたり と かなしげ に うごきだした。 チョウキチ は マイアサ 7 ジ に はじまる ガッコウ へ ゆく ため おそくも 6 ジ には おきねば ならぬ が、 すると マイアサ の 6 ジ が、 おきる たび に だんだん くらく なって、 ついには ヨル と おなじく イエ の ナカ には トモシビ の ヒカリ を みねば ならぬ よう に なった。 マイトシ フユ の ハジメ に、 チョウキチ は この にぶい きいろい ヨアケ の ランプ の ヒ を みる と、 なんとも いえぬ かなしい いや な キ が する の で ある。 ハハオヤ は ワガコ を はげます つもり で さむそう な ネマキスガタ の まま ながら、 いつも チョウキチ より は はやく おきて あたたかい アサメシ をば ちゃんと ヨウイ して おく。 チョウキチ は その シンセツ を すまない と かんじながら ナニブン にも ねむくて ならぬ。 もう しばらく コタツ に あたって いたい と おもう の を、 むやみ と トケイ ばかり キ に する ハハ に せきたてられて フヘイ だらだら、 カワカゼ の さむい オウライ へ でる の で ある。 ある とき は あまり に セワ を やかれすぎる の に ハラ を たてて、 チュウイ される エリマキ を わざと ときすてて カゼ を ひいて やった こと も あった。 もう かえらない イクネン か マエ ラゲツ の オジ に つれられ オイト も イッショ に トリ の イチ へ いった こと が あった…… マイトシ その ヒ の こと を おもいだす コロ から まもなく、 コトシ も キョネン と おなじ よう な さむい 12 ガツ が やって くる の で ある。
 チョウキチ は おなじ よう な その フユ の コトシ と キョネン、 キョネン と その ゼンネン、 それ から それ と イクネン も さかのぼって なにごころなく かんがえて みる と、 ヒト は セイチョウ する に したがって いかに コウフク を うしなって ゆく もの か を あきらか に ケイケン した。 まだ ガッコウ へも ゆかぬ コドモ の とき には アサ さむければ ゆっくり と ねたい だけ ねて いられた ばかり で なく、 カラダ の ほう も また それほど に サムサ を かんずる こと が はげしく なかった。 さむい カゼ や アメ の ヒ には かえって おもしろく とびあるいた もの で ある。 ああ それ が イマ の ミ に なって は、 アサ はやく イマド の ハシ の しろい シモ を ふむ の が いかにも つらく また ヒルスギ には いつも コガラシ の さわぐ マツチヤマ の ロウジュ に、 はやくも かたむく ユウヒ の イロ が いかにも かなしく みえて ならない。 これから サキ の イチネン イチネン は ジブン の ミ に いかなる あたらしい クツウ を さずける の で あろう。 チョウキチ は コトシ の 12 ガツ ほど ヒカズ の はやく たつ の を かなしく おもった こと は ない。 カンノン の ケイダイ には もう トシ の イチ が たった。 ハハオヤ の モト へ と オセイボ の シルシ に オデシ が もって くる サトウブクロ や カツブシ なぞ が そろそろ トコノマ へ ならびだした。 ガッコウ の ガッキ シケン は キノウ すんで、 ヒトカタ ならぬ その フセイセキ に たいする キョウシ の チュウイガキ が ユウビン で ハハオヤ の テモト に おくりとどけられた。
 ハジメ から カクゴ して いた こと なので チョウキチ は だまって クビ を たれて、 ナニカ に つけて すぐに 「オヤ ヒトリ コ ヒトリ」 と あわれっぽい こと を いいだす ハハオヤ の イケン を きいて いた。 ヒルマエ ケイコ に くる コムスメ たち が かえって ノチ ヒルスギ には 3 ジ すぎて から で なくて は、 ガッコウ-ガエリ の ムスメ たち は やって こぬ。 イマ が ちょうど ハハオヤ が いちばん テスキ の ジカン で ある。 カゼ が なくて フユ の ヒ が オウライ の マド イチメン に さして いる。 おりから とつぜん まだ コウシド を あけぬ サキ から、 「ごめんなさい」 と いう ハデ な オンナ の コエ、 ハハオヤ が おどろいて たつ マ も なく アガリガマチ の ショウジ の ソト から、 「オバサン、 ワタシ よ。 ゴブサタ しちまって、 オワビ に きた ん だわ」
 チョウキチ は ふるえた。 オイト で ある。 オイト は リッパ な セル の アズマ コート の ヒモ を ときとき あがって きた。
「あら、 チョウ ちゃん も いた の。 ガッコウ が オヤスミ…… あら、 そう」 それから つけた よう に、 ほほほほ と わらって、 さて テイネイ に テ を ついて オジギ を しながら、 「オバサン、 オカワリ も ありません の。 ホント に、 つい ウチ が でにくい もの です から、 あれっきり ゴブサタ しちまって……」
 オイト は チリメン の フロシキ に つつんだ カシオリ を だした。 チョウキチ は アッケ に とられた サマ で モノ も いわず に オイト の スガタ を みまもって いる。 ハハオヤ も ちょっと ケム に まかれた カタチ で シンモツ の レイ を のべた ノチ、 「きれい に オナリ だね。 すっかり みちがえちまった よ」 と いった。
「いやに ふけちまった でしょう。 ミンナ そう いって よ」 と オイト は うつくしく ほほえんで ムラサキ チリメン の ハオリ の ヒモ の とけかかった の を むすびなおす ツイデ に オビ の アイダ から ヒビロウド の タバコイレ を だして、 「オバサン。 ワタシ、 もう タバコ のむ よう に なった のよ。 ナマイキ でしょう」
 コンド は たかく わらった。
「こっち へ およんなさい。 さむい から」 と ハハオヤ の オトヨ は ナガヒバチ の テツビン を おろして チャ を いれながら、 「いつ オヒロメ した ん だえ」
「まだ よ。 ずっと おしづまって から ですって」
「そう。 オイト ちゃん なら、 きっと うれる わね。 なにしろ きれい だし、 ちゃんと もう ジ は できて いる ん だし……」
「おかげさま で ねえ」 と オイト は コトバ を きって、 「あっち の ネエサン も タイヘン に よろこんでた わ。 ワタシ なんか より もっと おおきな くせ に、 それ あ ずいぶん できない コ が いる ん です もの」
「この セツ の こった から……」 オトヨ は ふと キ が ついた よう に チャダナ から カシバチ を だして、 「あいにく なんにも なくって…… ドウリョウ サマ の オメイブツ だって、 ちょっと おつ な もの だよ」 と ハシ で わざわざ つまんで やった。
「オッショサン、 こんちわ」 と かんだか な イッポン チョウシ で、 フタリヅレ の コムスメ が そうぞうしく ケイコ に やって きた。
「オバサン、 どうぞ オカマイ なく……」
「なに いい ん です よ」 と いった けれど オトヨ は やがて ツギノマ へ たった。
 チョウキチ は ミョウ に キマリ が わるく なって シゼン に うつむいた が、 オイト の ほう は いっこう かわった ヨウス も なく コゴエ で、
「あの テガミ とどいて」
 トナリ の ザシキ では フタリ の コムスメ が コエ を そろえて、 サガ や オムロ の ハナザカリ。 チョウキチ は クビ ばかり うなずかせて もじもじ して いる。 オイト が テガミ を よこした の は イチ の トリ の マエ ジブン で あった。 つい ウチ が でにくい と いう だけ の こと で ある。 チョウキチ は すぐさま わかれた ノチ の ショウガイ を こまごま と かいて おくった が、 しかし まちもうけた よう な、 おりかえした オイト の ヘンジ は ついに きく こと が できなかった の で ある。
「カンノンサマ の イチ だ わね。 コンヤ イッショ に いかなくって。 アタイ コンヤ とまってって も いい ん だ から」
 チョウキチ は トナリザシキ の ハハオヤ を キガネ して なんとも こたえる こと が できない。 オイト は かまわず、
「ゴハン たべたら むかい に きて よ」 と いった が その アト で、 「オバサン も イッショ に いらっしゃる でしょう ね」
「ああ」 と チョウキチ は チカラ の ぬけた コエ に なった。
「あの……」 オイト は キュウ に おもいだして、 「コウメ の オジサン、 どう なすって、 オサケ に よって ハゴイタヤ の オジイサン と ケンカ した わね。 いつ だった か。 ワタシ こわく なっちまった わ。 コンヤ いらっしゃれば いい のに」
 オイト は ケイコ の スキ を うかがって オトヨ に アイサツ して、 「じゃ、 バン ほど。 どうも オジャマ いたしました」 と いいながら すたすた かえった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする