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チチ の ビョウキ は おなじ よう な ジョウタイ で 1 シュウカン イジョウ つづいた。 ワタクシ は その アイダ に ながい テガミ を キュウシュウ に いる アニ-アテ で だした。 イモウト へは ハハ から ださせた。 ワタクシ は ハラ の ナカ で、 おそらく これ が チチ の ケンコウ に かんして フタリ へ やる サイゴ の タヨリ だろう と おもった。 それで リョウホウ へ いよいよ と いう バアイ には デンポウ を うつ から でて こい と いう イミ を かきこめた。
アニ は いそがしい ショク に いた。 イモウト は ニンシンチュウ で あった。 だから チチ の キケン が メノマエ に せまらない うち に よびよせる ジユウ は きかなかった。 と いって、 せっかく ツゴウ して きた には きた が、 まにあわなかった と いわれる の も つらかった。 ワタクシ は デンポウ を かける ジキ に ついて、 ヒト の しらない セキニン を かんじた。
「そう はっきり した こと に なる と ワタクシ にも わかりません。 しかし キケン は いつ くる か わからない と いう こと だけ は ショウチ して いて ください」
ステーション の ある マチ から むかえた イシャ は ワタクシ に こう いった。 ワタクシ は ハハ と ソウダン して、 その イシャ の シュウセン で、 マチ の ビョウイン から カンゴフ を ヒトリ たのむ こと に した。 チチ は マクラモト へ きて アイサツ する しろい フク を きた オンナ を みて ヘン な カオ を した。
チチ は シビョウ に かかって いる こと を とうから ジカク して いた。 それでいて、 ガンゼン に せまりつつ ある シ ソノモノ には キ が つかなかった。
「いまに なおったら もう イッペン トウキョウ へ あそび に いって みよう。 ニンゲン は いつ しぬ か わからない から な。 なんでも やりたい こと は、 いきてる うち に やって おく に かぎる」
ハハ は しかたなし に 「その とき は ワタクシ も イッショ に つれて いって いただきましょう」 など と チョウシ を あわせて いた。
ときとすると また ヒジョウ に さみしがった。
「オレ が しんだら、 どうか オカアサン を ダイジ に して やって くれ」
ワタクシ は この 「オレ が しんだら」 と いう コトバ に イッシュ の キオク を もって いた。 トウキョウ を たつ とき、 センセイ が オクサン に むかって ナンベン も それ を くりかえした の は、 ワタクシ が ソツギョウ した ヒ の バン の こと で あった。 ワタクシ は ワライ を おびた センセイ の カオ と、 エンギ でも ない と ミミ を ふさいだ オクサン の ヨウス と を おもいだした。 あの とき の 「オレ が しんだら」 は タンジュン な カテイ で あった。 イマ ワタクシ が きく の は いつ おこる か わからない ジジツ で あった。 ワタクシ は センセイ に たいする オクサン の タイド を まなぶ こと が できなかった。 しかし クチ の サキ では なんとか チチ を まぎらさなければ ならなかった。
「そんな よわい こと を おっしゃっちゃ いけません よ。 いまに なおったら トウキョウ へ あそび に いらっしゃる はず じゃ ありません か。 オカアサン と イッショ に。 コンド いらっしゃる と きっと びっくり します よ、 かわって いる んで。 デンシャ の あたらしい センロ だけ でも たいへん ふえて います から ね。 デンシャ が とおる よう に なれば しぜん マチナミ も かわる し、 その うえ に シク カイセイ も ある し、 トウキョウ が じっと して いる とき は、 まあ ニロクジチュウ 1 プン も ない と いって いい くらい です」
ワタクシ は シカタ が ない から いわない で いい こと まで しゃべった。 チチ は また マンゾク-らしく それ を きいて いた。
ビョウニン が ある ので しぜん イエ の デイリ も おおく なった。 キンジョ に いる シンルイ など は、 フツカ に ヒトリ ぐらい の ワリ で かわるがわる ミマイ に きた。 ナカ には ヒカクテキ トオク に いて ヘイゼイ ソエン な モノ も あった。 「どう か と おもったら、 この ヨウス じゃ だいじょうぶ だ。 ハナシ も ジユウ だし、 だいち カオ が ちっとも やせて いない じゃ ない か」 など と いって かえる モノ が あった。 ワタクシ の かえった トウジ は ひっそり しすぎる ほど しずか で あった カテイ が、 こんな こと で だんだん ざわざわ しはじめた。
その ナカ に うごかず に いる チチ の ビョウキ は、 ただ おもしろく ない ほう へ うつって ゆく ばかり で あった。 ワタクシ は ハハ や オジ と ソウダン して、 とうとう アニ と イモウト に デンポウ を うった。 アニ から は すぐ ゆく と いう ヘンジ が きた。 イモウト の オット から も たつ と いう シラセ が あった。 イモウト は このまえ カイニン した とき に リュウザン した ので、 コンド こそ は クセ に ならない よう に ダイジ を とらせる つもり だ と、 かねて いいこした その オット は、 イモウト の カワリ に ジブン で でて くる かも しれなかった。
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こうした オチツキ の ない アイダ にも、 ワタクシ は まだ しずか に すわる ヨユウ を もって いた。 たまに は ショモツ を あけて 10 ページ も ツヅケザマ に よむ ジカン さえ でて きた。 いったん かたく くくられた ワタクシ の コウリ は、 いつのまにか とかれて しまった。 ワタクシ は いる に まかせて、 その ナカ から イロイロ な もの を とりだした。 ワタクシ は トウキョウ を たつ とき、 ココロ の ウチ で きめた、 この ナツジュウ の ニッカ を かえりみた。 ワタクシ の やった こと は この ニッカ の 3 が 1 にも たらなかった。 ワタクシ は イマ まで も こういう フユカイ を ナンド と なく かさねて きた。 しかし この ナツ ほど おもった とおり シゴト の はこばない ためし も すくなかった。 これ が ヒト の ヨ の ツネ だろう と おもいながら も ワタクシ は いや な キモチ に おさえつけられた。
ワタクシ は この フカイ の ウチ に すわりながら、 イッポウ に チチ の ビョウキ を かんがえた。 チチ の しんだ アト の こと を ソウゾウ した。 そうして それ と ドウジ に、 センセイ の こと を イッポウ に おもいうかべた。 ワタクシ は この フカイ な ココロモチ の リョウタン に チイ、 キョウイク、 セイカク の ぜんぜん ことなった フタリ の オモカゲ を ながめた。
ワタクシ が チチ の マクラモト を はなれて、 ヒトリ とりみだした ショモツ の ナカ に ウデグミ を して いる ところ へ ハハ が カオ を だした。
「すこし ヒルネ でも おし よ。 オマエ も さぞ くたびれる だろう」
ハハ は ワタクシ の キブン を リョウカイ して いなかった。 ワタクシ も ハハ から それ を ヨキ する ほど の コドモ でも なかった。 ワタクシ は タンカン に レイ を のべた。 ハハ は まだ ヘヤ の イリグチ に たって いた。
「オトウサン は?」 と ワタクシ が きいた。
「イマ よく ねて おいで だよ」 と ハハ が こたえた。
ハハ は とつぜん はいって きて ワタクシ の ソバ に すわった。
「センセイ から まだ なんとも いって こない かい」 と きいた。
ハハ は その とき の ワタクシ の コトバ を しんじて いた。 その とき の ワタクシ は センセイ から きっと ヘンジ が ある と ハハ に ホショウ した。 しかし チチ や ハハ の キボウ する よう な ヘンジ が くる とは、 その とき の ワタクシ も まるで キタイ しなかった。 ワタクシ は ココロエ が あって ハハ を あざむいた と おなじ ケッカ に おちいった。
「もう イッペン テガミ を だして ごらん な」 と ハハ が いった。
ヤク に たたない テガミ を ナンツウ かこう と、 それ が ハハ の イアン に なる なら、 テスウ を いとう よう な ワタクシ では なかった。 けれども こういう ヨウケン で センセイ に せまる の は ワタクシ の クツウ で あった。 ワタクシ は チチ に しかられたり、 ハハ の キゲン を そんじたり する より も、 センセイ から みさげられる の を はるか に おそれて いた。 あの イライ に たいして イマ まで ヘンジ の もらえない の も、 あるいは そうした ワケ から じゃ ない かしら と いう ジャスイ も あった。
「テガミ を かく の は ワケ は ない です が、 こういう こと は ユウビン じゃ とても ラチ は あきません よ。 どうしても ジブン で トウキョウ へ でて、 じかに たのんで まわらなくっちゃ」
「だって オトウサン が あの ヨウス じゃ、 オマエ、 いつ トウキョウ へ でられる か わからない じゃ ない か」
「だから で や しません。 なおる とも なおらない とも かたづかない うち は、 ちゃんと こうして いる つもり です」
「そりゃ わかりきった ハナシ だね。 いまにも むずかしい と いう タイビョウニン を ほうちらかして おいて、 ダレ が カッテ に トウキョウ へ なんか いける もの かね」
ワタクシ は はじめ ココロ の ナカ で、 なにも しらない ハハ を あわれんだ。 しかし ハハ が なぜ こんな モンダイ を この ざわざわ した サイ に もちだした の か リカイ できなかった。 ワタクシ が チチ の ビョウキ を ヨソ に、 しずか に すわったり ショケン したり する ヨユウ の ある ごとく に、 ハハ も メノマエ の ビョウニン を わすれて、 ホカ の こと を かんがえる だけ、 ムネ に スキマ が ある の かしら と うたぐった。 その とき 「じつは ね」 と ハハ が いいだした。
「じつは オトウサン の いきて おいで の うち に、 オマエ の クチ が きまったら さぞ アンシン なさる だろう と おもう ん だ がね。 この ヨウス じゃ、 とても まにあわない かも しれない けれども、 それにしても、 まだ ああ やって クチ も たしか なら キ も たしか なん だ から、 ああして おいで の うち に よろこばして あげる よう に オヤコウコウ を おし な」
あわれ な ワタクシ は オヤコウコウ の できない キョウグウ に いた。 ワタクシ は ついに 1 ギョウ の テガミ も センセイ に ださなかった。
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アニ が かえって きた とき、 チチ は ねながら シンブン を よんで いた。 チチ は ヘイゼイ から ナニ を おいて も シンブン だけ には メ を とおす シュウカン で あった が、 トコ に ついて から は、 タイクツ の ため なおさら それ を よみたがった。 ハハ も ワタクシ も しいて は ハンタイ せず に、 なるべく ビョウニン の オモイドオリ に させて おいた。
「そういう ゲンキ なら ケッコウ な もの だ。 よっぽど わるい か と おもって きたら、 たいへん いい よう じゃ ありません か」
アニ は こんな こと を いいながら チチ と ハナシ を した。 その にぎやかすぎる チョウシ が ワタクシ には かえって フチョウワ に きこえた。 それでも チチ の マエ を はずして ワタクシ と サシムカイ に なった とき は、 むしろ しずんで いた。
「シンブン なんか よましちゃ いけなか ない か」
「ワタシ も そう おもう ん だ けれども、 よまない と ショウチ しない ん だ から、 シヨウ が ない」
アニ は ワタクシ の ベンカイ を だまって きいて いた。 やがて、 「よく わかる の かな」 と いった。 アニ は チチ の リカイリョク が ビョウキ の ため に、 ヘイゼイ より は よっぽど にぶって いる よう に カンサツ した らしい。
「そりゃ たしか です。 ワタシ は さっき 20 プン ばかり マクラモト に すわって いろいろ はなして みた が、 チョウシ の くるった ところ は すこしも ない です。 あの ヨウス じゃ コト に よる と まだ なかなか もつ かも しれません よ」
アニ と ゼンゴ して ついた イモウト の オット の イケン は、 ワレワレ より も よほど ラッカンテキ で あった。 チチ は カレ に むかって イモウト の こと を あれこれ と たずねて いた。 「カラダ が カラダ だ から むやみ に キシャ に なんぞ のって ゆれない ほう が いい。 ムリ を して ミマイ に こられたり する と、 かえって こっち が シンパイ だ から」 と いって いた。 「なに いまに なおったら アカンボウ の カオ でも み に、 ヒサシブリ に こっち から でかける から さしつかえない」 とも いって いた。
ノギ タイショウ の しんだ とき も、 チチ は いちばん サキ に シンブン で それ を しった。
「タイヘン だ タイヘン だ」 と いった。
ナニゴト も しらない ワタクシタチ は この トツゼン な コトバ に おどろかされた。
「あの とき は いよいよ アタマ が ヘン に なった の か と おもって、 ひやり と した」 と アト で アニ が ワタクシ に いった。 「ワタシ も じつは おどろきました」 と イモウト の オット も ドウカン らしい コトバツキ で あった。
その コロ の シンブン は じっさい イナカモノ には ヒゴト に まちうけられる よう な キジ ばかり あった。 ワタクシ は チチ の マクラモト に すわって テイネイ に それ を よんだ。 よむ ジカン の ない とき は、 そっと ジブン の ヘヤ へ もって きて、 のこらず メ を とおした。 ワタクシ の メ は ながい アイダ、 グンプク を きた ノギ タイショウ と、 それから カンジョ みた よう な ナリ を した その フジン の スガタ を わすれる こと が できなかった。
ヒツウ な カゼ が イナカ の スミ まで ふいて きて、 ねむたそう な キ や クサ を ふるわせて いる サイチュウ に、 とつぜん ワタクシ は 1 ツウ の デンポウ を センセイ から うけとった。 ヨウフク を きた ヒト を みる と イヌ が ほえる よう な ところ では、 1 ツウ の デンポウ すら ダイジケン で あった。 それ を うけとった ハハ は、 はたして おどろいた よう な ヨウス を して、 わざわざ ワタクシ を ヒト の いない ところ へ よびだした。
「ナン だい」 と いって、 ワタクシ の フウ を ひらく の を ソバ に たって まって いた。
デンポウ には ちょっと あいたい が こられる か と いう イミ が カンタン に かいて あった。 ワタクシ は クビ を かたむけた。
「きっと おたの もうして おいた クチ の こと だよ」 と ハハ が スイダン して くれた。
ワタクシ も あるいは そう かも しれない と おもった。 しかし それにしては すこし ヘン だ とも かんがえた。 とにかく アニ や イモウト の オット まで よびよせた ワタクシ が、 チチ の ビョウキ を うちやって、 トウキョウ へ いく わけ には いかなかった。 ワタクシ は ハハ と ソウダン して、 いかれない と いう ヘンデン を うつ こと に した。 できる だけ カンリャク な コトバ で チチ の ビョウキ の キトク に おちいりつつ ある ムネ も つけくわえた が、 それでも キ が すまなかった から、 イサイ テガミ と して、 こまかい ジジョウ を その ヒ の うち に したためて ユウビン で だした。 たのんだ イチ の こと と ばかり しんじきった ハハ は、 「ホントウ に マ の わるい とき は シカタ の ない もの だね」 と いって ザンネン そう な カオ を した。
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ワタクシ の かいた テガミ は かなり ながい もの で あった。 ハハ も ワタクシ も コンド こそ センセイ から なんとか いって くる だろう と かんがえて いた。 すると テガミ を だして フツカ-メ に また デンポウ が ワタクシ-アテ で とどいた。 それ には こない でも よろしい と いう モンク だけ しか なかった。 ワタクシ は それ を ハハ に みせた。
「おおかた テガミ で なんとか いって きて くださる つもり だろう よ」
ハハ は どこまでも センセイ が ワタクシ の ため に イショク の クチ を シュウセン して くれる もの と ばかり カイシャク して いる らしかった。 ワタクシ も あるいは そう か とも かんがえた が、 センセイ の ヘイゼイ から おして みる と、 どうも ヘン に おもわれた。 「センセイ が クチ を さがして くれる」。 これ は ありう べからざる こと の よう に ワタクシ には みえた。
「とにかく ワタクシ の テガミ は まだ ムコウ へ ついて いない はず だ から、 この デンポウ は その マエ に だした もの に ちがいない です ね」
ワタクシ は ハハ に むかって こんな わかりきった こと を いった。 ハハ は また もっともらしく シアン しながら 「そう だね」 と こたえた。 ワタクシ の テガミ を よまない マエ に、 センセイ が この デンポウ を うった と いう こと が、 センセイ を カイシャク する うえ に おいて、 なんの ヤク にも たたない の は しれて いる のに。
その ヒ は ちょうど シュジイ が マチ から インチョウ を つれて くる はず に なって いた ので、 ハハ と ワタクシ は それぎり この ジケン に ついて ハナシ を する キカイ が なかった。 フタリ の イシャ は タチアイ の うえ、 ビョウニン に カンチョウ など を して かえって いった。
チチ は イシャ から アンガ を めいぜられて イライ、 リョウベン とも ねた まま ヒト の テ で シマツ して もらって いた。 ケッペキ な チチ は、 サイショ の アイダ こそ はなはだしく それ を いみきらった が、 カラダ が きかない ので、 やむ を えず いやいや トコ の ウエ で ヨウ を たした。 それ が ビョウキ の カゲン で アタマ が だんだん にぶく なる の か なんだか、 ヒ を ふる に したがって、 ブショウ な ハイセツ を イ と しない よう に なった。 たまに は フトン や シキフ を よごして、 ハタ の モノ が マユ を よせる のに、 トウニン は かえって ヘイキ で いたり した。 もっとも ニョウ の リョウ は ビョウキ の セイシツ と して、 きわめて すくなく なった。 イシャ は それ を ク に した。 ショクヨク も しだいに おとろえた。 たまに ナニ か ほしがって も、 シタ が ほしがる だけ で、 ノド から シタ へは ごく わずか しか とおらなかった。 すき な シンブン も テ に とる キリョク が なくなった。 マクラ の ソバ に ある ロウガンキョウ は、 いつまでも くろい サヤ に おさめられた まま で あった。 コドモ の ジブン から ナカ の よかった サク さん と いう イマ では 1 リ ばかり へだたった ところ に すんで いる ヒト が ミマイ に きた とき、 チチ は 「ああ サク さん か」 と いって、 どんより した メ を サク さん の ほう に むけた。
「サク さん よく きて くれた。 サク さん は ジョウブ で うらやましい ね。 オレ は もう ダメ だ」
「そんな こと は ない よ。 オマエ なんか コドモ は フタリ とも ダイガク を ソツギョウ する し、 すこし ぐらい ビョウキ に なったって、 モウシブン は ない ん だ。 オレ を ごらん よ。 カカア には しなれる し さ、 コドモ は なし さ。 ただ こうして いきて いる だけ の こと だよ。 タッシャ だって なんの タノシミ も ない じゃ ない か」
カンチョウ を した の は サク さん が きて から 2~3 ニチ アト の こと で あった。 チチ は イシャ の おかげ で たいへん ラク に なった と いって よろこんだ。 すこし ジブン の ジュミョウ に たいする ドキョウ が できた と いう ふう に キゲン が なおった。 ソバ に いる ハハ は、 それ に つりこまれた の か、 ビョウニン に キリョク を つける ため か、 センセイ から デンポウ の きた こと を、 あたかも ワタクシ の イチ が チチ の キボウ する とおり トウキョウ に あった よう に はなした。 ソバ に いる ワタクシ は むずがゆい ココロモチ が した が、 ハハ の コトバ を さえぎる わけ にも ゆかない ので、 だまって きいて いた。 ビョウニン は うれしそう な カオ を した。
「そりゃ ケッコウ です」 と イモウト の オット も いった。
「なんの クチ だ か まだ わからない の か」 と アニ が きいた。
ワタクシ は いまさら それ を ヒテイ する ユウキ を うしなった。 ジブン にも なんとも ワケ の わからない アイマイ な ヘンジ を して、 わざと セキ を たった。
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チチ の ビョウキ は サイゴ の イチゲキ を まつ マギワ まで すすんで きて、 そこ で しばらく チュウチョ する よう に みえた。 イエ の モノ は ウンメイ の センコク が、 キョウ くだる か、 キョウ くだる か と おもって、 マイヨ トコ に はいった。
チチ は ハタ の モノ を つらく する ほど の クツウ を どこ にも かんじて いなかった。 その テン に なる と カンビョウ は むしろ ラク で あった。 ヨウジン の ため に、 ダレ か ヒトリ ぐらい ずつ かわるがわる おきて は いた が、 アト の モノ は ソウトウ の ジカン に メイメイ の ネドコ へ ひきとって さしつかえなかった。 ナニ か の ヒョウシ で ねむれなかった とき、 ビョウニン の うなる よう な コエ を かすか に きいた と おもいあやまった ワタクシ は、 イッペン ヨナカ に トコ を ぬけだして、 ネン の ため チチ の マクラモト まで いって みた こと が あった。 その ヨ は ハハ が おきて いる バン に あたって いた。 しかし その ハハ は チチ の ヨコ に ヒジ を まげて マクラ と した なり ねいって いた。 チチ も ふかい ネムリ の ウチ に そっと おかれた ヒト の よう に しずか に して いた。 ワタクシ は シノビアシ で また ジブン の ネドコ へ かえった。
ワタクシ は アニ と イッショ の カヤ の ナカ に ねた。 イモウト の オット だけ は、 キャクアツカイ を うけて いる せい か、 ヒトリ はなれた ザシキ に いって やすんだ。
「セキ さん も キノドク だね。 ああ イクニチ も ひっぱられて かえれなくっちゃあ」
セキ と いう の は その ヒト の ミョウジ で あった。
「しかし そんな いそがしい カラダ でも ない ん だ から、 ああして とまって いて くれる ん でしょう。 セキ さん より も ニイサン の ほう が こまる でしょう、 こう ながく なっちゃ」
「こまって も シカタ が ない。 ホカ の こと と ちがう から な」
アニ と トコ を ならべて ねる ワタクシ は、 こんな ネモノガタリ を した。 アニ の アタマ にも ワタクシ の ムネ にも、 チチ は どうせ たすからない と いう カンガエ が あった。 どうせ たすからない もの ならば と いう カンガエ も あった。 ワレワレ は コ と して オヤ の しぬ の を まって いる よう な もの で あった。 しかし コ と して の ワレワレ は それ を コトバ の ウエ に あらわす の を はばかった。 そうして おたがいに オタガイ が どんな こと を おもって いる か を よく リカイ しあって いた。
「オトウサン は、 まだ なおる キ で いる よう だな」 と アニ が ワタクシ に いった。
じっさい アニ の いう とおり に みえる ところ も ない では なかった。 キンジョ の モノ が ミマイ に くる と、 チチ は かならず あう と いって ショウチ しなかった。 あえば きっと、 ワタクシ の ソツギョウ イワイ に よぶ こと が できなかった の を ザンネン-がった。 そのかわり ジブン の ビョウキ が なおったら と いう よう な こと も ときどき つけくわえた。
「オマエ の ソツギョウ イワイ は ヤメ に なって ケッコウ だ。 オレ の とき には よわった から ね」 と アニ は ワタクシ の キオク を つっついた。 ワタクシ は アルコール に あおられた その とき の ランザツ な アリサマ を おもいだして クショウ した。 のむ もの や くう もの を しいて まわる チチ の タイド も、 にがにがしく ワタクシ の メ に うつった。
ワタクシタチ は それほど ナカ の いい キョウダイ では なかった。 ちいさい うち は よく ケンカ を して、 トシ の すくない ワタクシ の ほう が いつでも なかされた。 ガッコウ へ はいって から の センモン の ソウイ も、 まったく セイカク の ソウイ から でて いた。 ダイガク に いる ジブン の ワタクシ は、 ことに センセイ に セッショク した ワタクシ は、 トオク から アニ を ながめて、 つねに ドウブツテキ だ と おもって いた。 ワタクシ は ながく アニ に あわなかった ので、 また かけへだたった トオク に いた ので、 トキ から いって も キョリ から いって も、 アニ は いつでも ワタクシ には ちかく なかった の で ある。 それでも ヒサシブリ に こう おちあって みる と、 キョウダイ の やさしい ココロモチ が どこ から か シゼン に わいて でた。 バアイ が バアイ なの も その おおきな ゲンイン に なって いた。 フタリ に キョウツウ な チチ、 その チチ の しのう と して いる マクラモト で、 アニ と ワタクシ は アクシュ した の で あった。
「オマエ これから どう する」 と アニ は きいた。 ワタクシ は また まったく ケントウ の ちがった シツモン を アニ に かけた。
「いったい ウチ の ザイサン は どう なってる ん だろう」
「オレ は しらない。 オトウサン は まだ なんとも いわない から。 しかし ザイサン って いった ところ で カネ と して は タカ の しれた もの だろう」
ハハ は また ハハ で センセイ の ヘンジ の くる の を ク に して いた。
「まだ テガミ は こない かい」 と ワタクシ を せめた。
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「センセイ センセイ と いう の は いったい ダレ の こと だい」 と アニ が きいた。
「こないだ はなした じゃ ない か」 と ワタクシ は こたえた。 ワタクシ は ジブン で シツモン して おきながら、 すぐ ヒト の セツメイ を わすれて しまう アニ に たいして フカイ の ネン を おこした。
「きいた こと は きいた けれども」
アニ は ひっきょう きいて も わからない と いう の で あった。 ワタクシ から みれば なにも ムリ に センセイ を アニ に リカイ して もらう ヒツヨウ は なかった。 けれども ハラ は たった。 また レイ の アニ-らしい ところ が でて きた と おもった。
センセイ センセイ と ワタクシ が ソンケイ する イジョウ、 その ヒト は かならず チョメイ の シ で なくて は ならない よう に アニ は かんがえて いた。 すくなくとも ダイガク の キョウジュ ぐらい だろう と スイサツ して いた。 ナ も ない ヒト、 なにも して いない ヒト、 それ が どこ に カチ を もって いる だろう。 アニ の ハラ は この テン に おいて、 チチ と まったく おなじ もの で あった。 けれども チチ が なにも できない から あそんで いる の だ と ソクダン する の に ひきかえて、 アニ は ナニ か やれる ノウリョク が ある のに、 ぶらぶら して いる の は つまらん ニンゲン に かぎる と いった フウ の コウフン を もらした。
「イゴイスト は いけない ね。 なにも しない で いきて いよう と いう の は オウチャク な リョウケン だ から ね。 ヒト は ジブン の もって いる サイノウ を できる だけ はたらかせなくっちゃ ウソ だ」
ワタクシ は アニ に むかって、 ジブン の つかって いる イゴイスト と いう コトバ の イミ が よく わかる か と ききかえして やりたかった。
「それでも その ヒト の おかげ で チイ が できれば まあ ケッコウ だ。 オトウサン も よろこんでる よう じゃ ない か」
アニ は アト から こんな こと を いった。 センセイ から メイリョウ な テガミ の こない イジョウ、 ワタクシ は そう しんずる こと も できず、 また そう クチ に だす ユウキ も なかった。 それ を ハハ の ハヤノミコミ で ミンナ に そう フイチョウ して しまった イマ と なって みる と、 ワタクシ は キュウ に それ を うちけす わけ に ゆかなく なった。 ワタクシ は ハハ に サイソク される まで も なく、 センセイ の テガミ を まちうけた。 そうして その テガミ に、 どうか ミンナ の かんがえて いる よう な イショク の クチ の こと が かいて あれば いい が と ねんじた。 ワタクシ は シ に ひんして いる チチ の テマエ、 その チチ に イクブン でも アンシン させて やりたい と いのりつつ ある ハハ の テマエ、 はたらかなければ ニンゲン で ない よう に いう アニ の テマエ、 ソノタ イモウト の オット だの オジ だの オバ だの の テマエ、 ワタクシ の ちっとも トンジャク して いない こと に、 シンケイ を なやまさなければ ならなかった。
チチ が ヘン な きいろい もの を はいた とき、 ワタクシ は かつて センセイ と オクサン から きかされた キケン を おもいだした。 「ああして ながく ねて いる ん だ から イ も わるく なる はず だね」 と いった ハハ の カオ を みて、 なにも しらない その ヒト の マエ に なみだぐんだ。
アニ と ワタクシ が チャノマ で おちあった とき、 アニ は 「きいた か」 と いった。 それ は イシャ が カエリギワ に アニ に むかって いった こと を きいた か と いう イミ で あった。 ワタクシ には セツメイ を またない でも その イミ が よく わかって いた。
「オマエ ここ へ かえって きて、 ウチ の こと を カンリ する キ は ない か」 と アニ が ワタクシ を かえりみた。 ワタクシ は なんとも こたえなかった。
「オカアサン ヒトリ じゃ、 どう する こと も できない だろう」 と アニ が また いった。 アニ は ワタクシ を ツチ の ニオイ を かいで くちて いって も おしく ない よう に みて いた。
「ホン を よむ だけ なら、 イナカ でも じゅうぶん できる し、 それに はたらく ヒツヨウ も なくなる し、 ちょうど いい だろう」
「ニイサン が かえって くる の が ジュン です ね」 と ワタクシ が いった。
「オレ に そんな こと が できる もの か」 と アニ は ヒトクチ に しりぞけた。 アニ の ハラ の ナカ には、 ヨノナカ で これから シゴト を しよう と いう キ が みちみちて いた。
「オマエ が いや なら、 まあ オジサン に でも セワ を たのむ ん だ が、 それにしても オカアサン は どっち か で ひきとらなくっちゃ なるまい」
「オカアサン が ここ を うごく か うごかない か が すでに おおきな ギモン です よ」
キョウダイ は まだ チチ の しなない マエ から、 チチ の しんだ アト に ついて、 こんな ふう に かたりあった。
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チチ は ときどき ウワゴト を いう よう に なった。
「ノギ タイショウ に すまない。 じつに メンボク シダイ が ない。 いえ ワタクシ も すぐ オアト から」
こんな コトバ を ひょいひょい だした。 ハハ は キミ を わるがった。 なるべく ミンナ を マクラモト へ あつめて おきたがった。 キ の たしか な とき は しきり に さびしがる ビョウニン にも それ が キボウ らしく みえた。 ことに ヘヤ の ウチ を みまわして ハハ の カゲ が みえない と、 チチ は かならず 「オミツ は」 と きいた。 きかない でも、 メ が それ を ものがたって いた。 ワタクシ は よく たって ハハ を よび に いった。 「ナニ か ゴヨウ です か」 と、 ハハ が しかけた ヨウ を ソノママ に して おいて ビョウシツ へ くる と、 チチ は ただ ハハ の カオ を みつめる だけ で なにも いわない こと が あった。 そう か と おもう と、 まるで かけはなれた ハナシ を した。 とつぜん 「オミツ オマエ にも いろいろ セワ に なった ね」 など と やさしい コトバ を だす とき も あった。 ハハ は そういう コトバ の マエ に きっと なみだぐんだ。 そうした アト では また きっと ジョウブ で あった ムカシ の チチ を その タイショウ と して おもいだす らしかった。
「あんな あわれっぽい こと を オイイ だ がね、 あれ で モト は ずいぶん ひどかった ん だよ」
ハハ は チチ の ため に ホウキ で セナカ を どやされた とき の こと など を はなした。 イマ まで ナンベン も それ を きかされた ワタクシ と アニ は、 イツモ とは まるで ちがった キブン で、 ハハ の コトバ を チチ の カタミ の よう に ミミ へ うけいれた。
チチ は ジブン の メノマエ に うすぐらく うつる シ の カゲ を ながめながら、 まだ ユイゴン らしい もの を クチ に ださなかった。
「イマ の うち ナニ か きいて おく ヒツヨウ は ない かな」 と アニ が ワタクシ の カオ を みた。
「そう だなあ」 と ワタクシ は こたえた。 ワタクシ は こちら から すすんで そんな こと を もちだす の も ビョウニン の ため に ヨシアシ だ と かんがえて いた。 フタリ は けっしかねて ついに オジ に ソウダン を かけた。 オジ も クビ を かたむけた。
「いいたい こと が ある のに、 いわない で しぬ の も ザンネン だろう し、 と いって、 こっち から サイソク する の も わるい かも しれず」
ハナシ は とうとう ぐずぐず に なって しまった。 その うち に コンスイ が きた。 レイ の とおり なにも しらない ハハ は それ を タダ の ネムリ と おもいちがえて かえって よろこんだ。 「まあ ああして ラク に ねられれば、 ハタ に いる モノ も たすかります」 と いった。
チチ は ときどき メ を あけて、 ダレ は どうした など と とつぜん きいた。 その ダレ は つい サッキ まで そこ に すわって いた ヒト の ナ に かぎられて いた。 チチ の イシキ には くらい ところ と あかるい ところ と できて、 その あかるい ところ だけ が、 ヤミ を ぬう しろい イト の よう に、 ある キョリ を おいて レンゾク する よう に みえた。 ハハ が コンスイ ジョウタイ を フツウ の ネムリ と とりちがえた の も ムリ は なかった。
そのうち シタ が だんだん もつれて きた。 ナニ か いいだして も シリ が フメイリョウ に おわる ため に、 ヨウリョウ を えない で しまう こと が おおく あった。 そのくせ はなしはじめる とき は、 キトク の ビョウニン とは おもわれない ほど、 つよい コエ を だした。 ワレワレ は もとより フダン イジョウ に チョウシ を はりあげて、 ミミモト へ クチ を よせる よう に しなければ ならなかった。
「アタマ を ひやす と いい ココロモチ です か」
「うん」
ワタクシ は カンゴフ を アイテ に、 チチ の ミズマクラ を とりかえて、 それから あたらしい コオリ を いれた ヒョウノウ を アタマ の ウエ へ のせた。 がさがさ に わられて とがりきった コオリ の ハヘン が、 フクロ の ナカ で おちつく アイダ、 ワタクシ は チチ の はげあがった ヒタイ の ハズレ で それ を やわらか に おさえて いた。 その とき アニ が ロウカヅタイ に はいって きて、 1 ツウ の ユウビン を ムゴン の まま ワタクシ の テ に わたした。 あいた ほう の ヒダリテ を だして、 その ユウビン を うけとった ワタクシ は すぐ フシン を おこした。
それ は フツウ の テガミ に くらべる と よほど メカタ の おもい もの で あった。 ナミ の ジョウブクロ にも いれて なかった。 また ナミ の ジョウブクロ に いれられ べき ブンリョウ でも なかった。 ハンシ で つつんで、 フウジメ を テイネイ に ノリ で はりつけて あった。 ワタクシ は それ を アニ の テ から うけとった とき、 すぐ その カキトメ で ある こと に キ が ついた。 ウラ を かえして みる と そこ に センセイ の ナ が つつしんだ ジ で かいて あった。 テ の はなせない ワタクシ は、 すぐ フウ を きる わけ に いかない ので、 ちょっと それ を フトコロ に さしこんだ。
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その ヒ は ビョウニン の デキ が ことに わるい よう に みえた。 ワタクシ が カワヤ へ ゆこう と して セキ を たった とき、 ロウカ で ゆきあった アニ は 「どこ へ ゆく」 と バンペイ の よう な クチョウ で スイカ した。
「どうも ヨウス が すこし ヘン だ から なるべく ソバ に いる よう に しなくっちゃ いけない よ」 と チュウイ した。
ワタクシ も そう おもって いた。 カイチュウ した テガミ は ソノママ に して また ビョウシツ へ かえった。 チチ は メ を あけて、 そこ に ならんで いる ヒト の ナマエ を ハハ に たずねた。 ハハ が あれ は ダレ、 これ は ダレ と いちいち セツメイ して やる と、 チチ は その たび に うなずいた。 うなずかない とき は、 ハハ が コエ を はりあげて、 ナニナニ さん です、 わかりました か と ネン を おした。
「どうも いろいろ オセワ に なります」
チチ は こう いった。 そうして また コンスイ ジョウタイ に おちいった。 マクラベ を とりまいて いる ヒト は ムゴン の まま しばらく ビョウニン の ヨウス を みつめて いた。 やがて その ウチ の ヒトリ が たって ツギノマ へ でた。 すると また ヒトリ たった。 ワタクシ も 3 ニン-メ に とうとう セキ を はずして、 ジブン の ヘヤ へ きた。 ワタクシ には さっき フトコロ へ いれた ユウビンブツ の ナカ を あけて みよう と いう モクテキ が あった。 それ は ビョウニン の マクラモト でも ヨウイ に できる ショサ には ちがいなかった。 しかし かかれた もの の ブンリョウ が あまり に おおすぎる ので、 ヒトイキ に そこ で よみとおす わけ には いかなかった。 ワタクシ は トクベツ の ジカン を ぬすんで それ に あてた。
ワタクシ は センイ の つよい ツツミガミ を ひきかく よう に さきやぶった。 ナカ から でた もの は、 タテヨコ に ひいた ケイ の ナカ へ ギョウギ よく かいた ゲンコウ-ヨウ の もの で あった。 そうして ふうじる ベンギ の ため に、 ヨツオリ に たたまれて あった。 ワタクシ は クセ の ついた セイヨウシ を、 ギャク に おりかえして よみやすい よう に ひらたく した。
ワタクシ の ココロ は この タリョウ の カミ と インキ が、 ワタクシ に ナニゴト を かたる の だろう か と おもって おどろいた。 ワタクシ は ドウジ に ビョウシツ の こと が キ に かかった。 ワタクシ が この カキモノ を よみはじめて、 よみおわらない マエ に、 チチ は きっと どうか なる、 すくなくとも、 ワタクシ は アニ から か ハハ から か、 それ で なければ オジ から か、 よばれる に きまって いる と いう ヨカク が あった。 ワタクシ は おちついて センセイ の かいた もの を よむ キ に なれなかった。 ワタクシ は そわそわ しながら ただ サイショ の 1 ページ を よんだ。 その ページ は シモ の よう に つづられて いた。
「アナタ から カコ を といただされた とき、 こたえる こと の できなかった ユウキ の ない ワタクシ は、 イマ アナタ の マエ に、 それ を メイハク に ものがたる ジユウ を えた と しんじます。 しかし その ジユウ は アナタ の ジョウキョウ を まって いる うち には また うしなわれて しまう セケンテキ の ジユウ に すぎない の で あります。 したがって、 それ を リヨウ できる とき に リヨウ しなければ、 ワタクシ の カコ を アナタ の アタマ に カンセツ の ケイケン と して おしえて あげる キカイ を エイキュウ に いっする よう に なります。 そう する と、 あの とき あれほど かたく ヤクソク した コトバ が まるで ウソ に なります。 ワタクシ は やむ を えず、 クチ で いう べき ところ を、 フデ で もうしあげる こと に しました」
ワタクシ は そこ まで よんで、 はじめて この ながい もの が なんの ため に かかれた の か、 その リユウ を あきらか に しる こと が できた。 ワタクシ の イショク の クチ、 そんな もの に ついて センセイ が テガミ を よこす キヅカイ は ない と、 ワタクシ は ショテ から しんじて いた。 しかし フデ を とる こと の きらい な センセイ が、 どうして あの ジケン を こう ながく かいて、 ワタクシ に みせる キ に なった の だろう。 センセイ は なぜ ワタクシ の ジョウキョウ する まで まって いられない だろう。
「ジユウ が きた から はなす。 しかし その ジユウ は また エイキュウ に うしなわれなければ ならない」
ワタクシ は ココロ の ウチ で こう くりかえしながら、 その イミ を しる に くるしんだ。 ワタクシ は とつぜん フアン に おそわれた。 ワタクシ は つづいて アト を よもう と した。 その とき ビョウシツ の ほう から、 ワタクシ を よぶ おおきな アニ の コエ が きこえた。 ワタクシ は また おどろいて たちあがった。 ロウカ を かけぬける よう に して ミンナ の いる ほう へ いった。 ワタクシ は いよいよ チチ の ウエ に サイゴ の シュンカン が きた の だ と カクゴ した。
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ビョウシツ には いつのまにか イシャ が きて いた。 なるべく ビョウニン を ラク に する と いう シュイ から また カンチョウ を こころみる ところ で あった。 カンゴフ は ユウベ の ツカレ を やすめる ため に ベッシツ で ねて いた。 なれない アニ は たって まごまご して いた。 ワタクシ の カオ を みる と、 「ちょっと テ を おかし」 と いった まま、 ジブン は セキ に ついた。 ワタクシ は アニ に かわって、 アブラガミ を チチ の シリ の シタ に あてがったり した。
チチ の ヨウス は すこし くつろいで きた。 30 プン ほど マクラモト に すわって いた イシャ は、 カンチョウ の ケッカ を みとめた うえ、 また くる と いって、 かえって いった。 カエリギワ に、 もしも の こと が あったら いつでも よんで くれる よう に わざわざ ことわって いた。
ワタクシ は いまにも ヘン が ありそう な ビョウシツ を しりぞいて また センセイ の テガミ を よもう と した。 しかし ワタクシ は すこしも ゆっくり した キブン に なれなかった。 ツクエ の マエ に すわる や いなや、 また アニ から おおきな コエ で よばれそう で ならなかった。 そうして コンド よばれれば、 それ が サイゴ だ と いう イフ が ワタクシ の テ を ふるわした。 ワタクシ は センセイ の テガミ を ただ ムイミ に ページ だけ はぐって いった。 ワタクシ の メ は キチョウメン に ワク の ナカ に はめられた ジカク を みた。 けれども それ を よむ ヨユウ は なかった。 ヒロイヨミ に する ヨユウ すら おぼつかなかった。 ワタクシ は いちばん シマイ の ページ まで じゅんじゅん に あけて みて、 また それ を モト の とおり に たたんで ツクエ の ウエ に おこう と した。 その とき ふと ケツマツ に ちかい イック が ワタクシ の メ に はいった。
「この テガミ が アナタ の テ に おちる コロ には、 ワタクシ は もう コノヨ には いない でしょう。 とくに しんで いる でしょう」
ワタクシ は はっと おもった。 イマ まで ざわざわ と うごいて いた ワタクシ の ムネ が イチド に ギョウケツ した よう に かんじた。 ワタクシ は また ギャク に ページ を はぐりかえした。 そうして 1 マイ に イック ぐらい ずつ の ワリ で サカサ に よんで いった。 ワタクシ は トッサ の アイダ に、 ワタクシ の しらなければ ならない こと を しろう と して、 ちらちら する モンジ を、 メ で さしとおそう と こころみた。 その とき ワタクシ の しろう と する の は、 ただ センセイ の アンピ だけ で あった。 センセイ の カコ、 かつて センセイ が ワタクシ に はなそう と ヤクソク した うすぐらい その カコ、 そんな もの は ワタクシ に とって、 まったく ムヨウ で あった。 ワタクシ は サカサマ に ページ を はぐりながら、 ワタクシ に ヒツヨウ な チシキ を ヨウイ に あたえて くれない この ながい テガミ を じれったそう に たたんだ。
ワタクシ は また チチ の ヨウス を み に ビョウシツ の トグチ まで いった。 ビョウニン の マクラベ は ぞんがい しずか で あった。 たよりなさそう に つかれた カオ を して そこ に すわって いる ハハ を テマネギ して、 「どう です か ヨウス は」 と きいた。 ハハ は 「いますこし もちあってる よう だよ」 と こたえた。 ワタクシ は チチ の メノマエ へ カオ を だして、 「どう です、 カンチョウ して すこし は ココロモチ が よく なりました か」 と たずねた。 チチ は うなずいた。 チチ は はっきり 「ありがとう」 と いった。 チチ の セイシン は ぞんがい もうろう と して いなかった。
ワタクシ は また ビョウシツ を しりぞいて ジブン の ヘヤ に かえった。 そこ で トケイ を みながら、 キシャ の ハッチャクヒョウ を しらべた。 ワタクシ は とつぜん たって オビ を しめなおして、 タモト の ナカ へ センセイ の テガミ を なげこんだ。 それから カッテグチ から オモテ へ でた。 ワタクシ は ムチュウ で イシャ の イエ へ かけこんだ。 ワタクシ は イシャ から チチ が もう 2~3 チ もつ だろう か、 そこ の ところ を はっきり きこう と した。 チュウシャ でも なんでも して、 もたして くれ と たのもう と した。 イシャ は あいにく ルス で あった。 ワタクシ には じっと して カレ の かえる の を まちうける ジカン が なかった。 ココロ の オチツキ も なかった。 ワタクシ は すぐ クルマ を ステーション へ いそがせた。
ワタクシ は ステーション の カベ へ カミギレ を あてがって、 その ウエ から エンピツ で ハハ と アニ-アテ で テガミ を かいた。 テガミ は ごく カンタン な もの で あった が、 ことわらない で はしる より まだ まし だろう と おもって、 それ を いそいで ウチ へ とどける よう に シャフ に たのんだ。 そうして おもいきった イキオイ で トウキョウ-ユキ の キシャ に とびのって しまった。 ワタクシ は ごうごう なる サントウ レッシャ の ナカ で、 また タモト から センセイ の テガミ を だして、 ようやく ハジメ から シマイ まで メ を とおした。
チチ の ビョウキ は おなじ よう な ジョウタイ で 1 シュウカン イジョウ つづいた。 ワタクシ は その アイダ に ながい テガミ を キュウシュウ に いる アニ-アテ で だした。 イモウト へは ハハ から ださせた。 ワタクシ は ハラ の ナカ で、 おそらく これ が チチ の ケンコウ に かんして フタリ へ やる サイゴ の タヨリ だろう と おもった。 それで リョウホウ へ いよいよ と いう バアイ には デンポウ を うつ から でて こい と いう イミ を かきこめた。
アニ は いそがしい ショク に いた。 イモウト は ニンシンチュウ で あった。 だから チチ の キケン が メノマエ に せまらない うち に よびよせる ジユウ は きかなかった。 と いって、 せっかく ツゴウ して きた には きた が、 まにあわなかった と いわれる の も つらかった。 ワタクシ は デンポウ を かける ジキ に ついて、 ヒト の しらない セキニン を かんじた。
「そう はっきり した こと に なる と ワタクシ にも わかりません。 しかし キケン は いつ くる か わからない と いう こと だけ は ショウチ して いて ください」
ステーション の ある マチ から むかえた イシャ は ワタクシ に こう いった。 ワタクシ は ハハ と ソウダン して、 その イシャ の シュウセン で、 マチ の ビョウイン から カンゴフ を ヒトリ たのむ こと に した。 チチ は マクラモト へ きて アイサツ する しろい フク を きた オンナ を みて ヘン な カオ を した。
チチ は シビョウ に かかって いる こと を とうから ジカク して いた。 それでいて、 ガンゼン に せまりつつ ある シ ソノモノ には キ が つかなかった。
「いまに なおったら もう イッペン トウキョウ へ あそび に いって みよう。 ニンゲン は いつ しぬ か わからない から な。 なんでも やりたい こと は、 いきてる うち に やって おく に かぎる」
ハハ は しかたなし に 「その とき は ワタクシ も イッショ に つれて いって いただきましょう」 など と チョウシ を あわせて いた。
ときとすると また ヒジョウ に さみしがった。
「オレ が しんだら、 どうか オカアサン を ダイジ に して やって くれ」
ワタクシ は この 「オレ が しんだら」 と いう コトバ に イッシュ の キオク を もって いた。 トウキョウ を たつ とき、 センセイ が オクサン に むかって ナンベン も それ を くりかえした の は、 ワタクシ が ソツギョウ した ヒ の バン の こと で あった。 ワタクシ は ワライ を おびた センセイ の カオ と、 エンギ でも ない と ミミ を ふさいだ オクサン の ヨウス と を おもいだした。 あの とき の 「オレ が しんだら」 は タンジュン な カテイ で あった。 イマ ワタクシ が きく の は いつ おこる か わからない ジジツ で あった。 ワタクシ は センセイ に たいする オクサン の タイド を まなぶ こと が できなかった。 しかし クチ の サキ では なんとか チチ を まぎらさなければ ならなかった。
「そんな よわい こと を おっしゃっちゃ いけません よ。 いまに なおったら トウキョウ へ あそび に いらっしゃる はず じゃ ありません か。 オカアサン と イッショ に。 コンド いらっしゃる と きっと びっくり します よ、 かわって いる んで。 デンシャ の あたらしい センロ だけ でも たいへん ふえて います から ね。 デンシャ が とおる よう に なれば しぜん マチナミ も かわる し、 その うえ に シク カイセイ も ある し、 トウキョウ が じっと して いる とき は、 まあ ニロクジチュウ 1 プン も ない と いって いい くらい です」
ワタクシ は シカタ が ない から いわない で いい こと まで しゃべった。 チチ は また マンゾク-らしく それ を きいて いた。
ビョウニン が ある ので しぜん イエ の デイリ も おおく なった。 キンジョ に いる シンルイ など は、 フツカ に ヒトリ ぐらい の ワリ で かわるがわる ミマイ に きた。 ナカ には ヒカクテキ トオク に いて ヘイゼイ ソエン な モノ も あった。 「どう か と おもったら、 この ヨウス じゃ だいじょうぶ だ。 ハナシ も ジユウ だし、 だいち カオ が ちっとも やせて いない じゃ ない か」 など と いって かえる モノ が あった。 ワタクシ の かえった トウジ は ひっそり しすぎる ほど しずか で あった カテイ が、 こんな こと で だんだん ざわざわ しはじめた。
その ナカ に うごかず に いる チチ の ビョウキ は、 ただ おもしろく ない ほう へ うつって ゆく ばかり で あった。 ワタクシ は ハハ や オジ と ソウダン して、 とうとう アニ と イモウト に デンポウ を うった。 アニ から は すぐ ゆく と いう ヘンジ が きた。 イモウト の オット から も たつ と いう シラセ が あった。 イモウト は このまえ カイニン した とき に リュウザン した ので、 コンド こそ は クセ に ならない よう に ダイジ を とらせる つもり だ と、 かねて いいこした その オット は、 イモウト の カワリ に ジブン で でて くる かも しれなかった。
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こうした オチツキ の ない アイダ にも、 ワタクシ は まだ しずか に すわる ヨユウ を もって いた。 たまに は ショモツ を あけて 10 ページ も ツヅケザマ に よむ ジカン さえ でて きた。 いったん かたく くくられた ワタクシ の コウリ は、 いつのまにか とかれて しまった。 ワタクシ は いる に まかせて、 その ナカ から イロイロ な もの を とりだした。 ワタクシ は トウキョウ を たつ とき、 ココロ の ウチ で きめた、 この ナツジュウ の ニッカ を かえりみた。 ワタクシ の やった こと は この ニッカ の 3 が 1 にも たらなかった。 ワタクシ は イマ まで も こういう フユカイ を ナンド と なく かさねて きた。 しかし この ナツ ほど おもった とおり シゴト の はこばない ためし も すくなかった。 これ が ヒト の ヨ の ツネ だろう と おもいながら も ワタクシ は いや な キモチ に おさえつけられた。
ワタクシ は この フカイ の ウチ に すわりながら、 イッポウ に チチ の ビョウキ を かんがえた。 チチ の しんだ アト の こと を ソウゾウ した。 そうして それ と ドウジ に、 センセイ の こと を イッポウ に おもいうかべた。 ワタクシ は この フカイ な ココロモチ の リョウタン に チイ、 キョウイク、 セイカク の ぜんぜん ことなった フタリ の オモカゲ を ながめた。
ワタクシ が チチ の マクラモト を はなれて、 ヒトリ とりみだした ショモツ の ナカ に ウデグミ を して いる ところ へ ハハ が カオ を だした。
「すこし ヒルネ でも おし よ。 オマエ も さぞ くたびれる だろう」
ハハ は ワタクシ の キブン を リョウカイ して いなかった。 ワタクシ も ハハ から それ を ヨキ する ほど の コドモ でも なかった。 ワタクシ は タンカン に レイ を のべた。 ハハ は まだ ヘヤ の イリグチ に たって いた。
「オトウサン は?」 と ワタクシ が きいた。
「イマ よく ねて おいで だよ」 と ハハ が こたえた。
ハハ は とつぜん はいって きて ワタクシ の ソバ に すわった。
「センセイ から まだ なんとも いって こない かい」 と きいた。
ハハ は その とき の ワタクシ の コトバ を しんじて いた。 その とき の ワタクシ は センセイ から きっと ヘンジ が ある と ハハ に ホショウ した。 しかし チチ や ハハ の キボウ する よう な ヘンジ が くる とは、 その とき の ワタクシ も まるで キタイ しなかった。 ワタクシ は ココロエ が あって ハハ を あざむいた と おなじ ケッカ に おちいった。
「もう イッペン テガミ を だして ごらん な」 と ハハ が いった。
ヤク に たたない テガミ を ナンツウ かこう と、 それ が ハハ の イアン に なる なら、 テスウ を いとう よう な ワタクシ では なかった。 けれども こういう ヨウケン で センセイ に せまる の は ワタクシ の クツウ で あった。 ワタクシ は チチ に しかられたり、 ハハ の キゲン を そんじたり する より も、 センセイ から みさげられる の を はるか に おそれて いた。 あの イライ に たいして イマ まで ヘンジ の もらえない の も、 あるいは そうした ワケ から じゃ ない かしら と いう ジャスイ も あった。
「テガミ を かく の は ワケ は ない です が、 こういう こと は ユウビン じゃ とても ラチ は あきません よ。 どうしても ジブン で トウキョウ へ でて、 じかに たのんで まわらなくっちゃ」
「だって オトウサン が あの ヨウス じゃ、 オマエ、 いつ トウキョウ へ でられる か わからない じゃ ない か」
「だから で や しません。 なおる とも なおらない とも かたづかない うち は、 ちゃんと こうして いる つもり です」
「そりゃ わかりきった ハナシ だね。 いまにも むずかしい と いう タイビョウニン を ほうちらかして おいて、 ダレ が カッテ に トウキョウ へ なんか いける もの かね」
ワタクシ は はじめ ココロ の ナカ で、 なにも しらない ハハ を あわれんだ。 しかし ハハ が なぜ こんな モンダイ を この ざわざわ した サイ に もちだした の か リカイ できなかった。 ワタクシ が チチ の ビョウキ を ヨソ に、 しずか に すわったり ショケン したり する ヨユウ の ある ごとく に、 ハハ も メノマエ の ビョウニン を わすれて、 ホカ の こと を かんがえる だけ、 ムネ に スキマ が ある の かしら と うたぐった。 その とき 「じつは ね」 と ハハ が いいだした。
「じつは オトウサン の いきて おいで の うち に、 オマエ の クチ が きまったら さぞ アンシン なさる だろう と おもう ん だ がね。 この ヨウス じゃ、 とても まにあわない かも しれない けれども、 それにしても、 まだ ああ やって クチ も たしか なら キ も たしか なん だ から、 ああして おいで の うち に よろこばして あげる よう に オヤコウコウ を おし な」
あわれ な ワタクシ は オヤコウコウ の できない キョウグウ に いた。 ワタクシ は ついに 1 ギョウ の テガミ も センセイ に ださなかった。
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アニ が かえって きた とき、 チチ は ねながら シンブン を よんで いた。 チチ は ヘイゼイ から ナニ を おいて も シンブン だけ には メ を とおす シュウカン で あった が、 トコ に ついて から は、 タイクツ の ため なおさら それ を よみたがった。 ハハ も ワタクシ も しいて は ハンタイ せず に、 なるべく ビョウニン の オモイドオリ に させて おいた。
「そういう ゲンキ なら ケッコウ な もの だ。 よっぽど わるい か と おもって きたら、 たいへん いい よう じゃ ありません か」
アニ は こんな こと を いいながら チチ と ハナシ を した。 その にぎやかすぎる チョウシ が ワタクシ には かえって フチョウワ に きこえた。 それでも チチ の マエ を はずして ワタクシ と サシムカイ に なった とき は、 むしろ しずんで いた。
「シンブン なんか よましちゃ いけなか ない か」
「ワタシ も そう おもう ん だ けれども、 よまない と ショウチ しない ん だ から、 シヨウ が ない」
アニ は ワタクシ の ベンカイ を だまって きいて いた。 やがて、 「よく わかる の かな」 と いった。 アニ は チチ の リカイリョク が ビョウキ の ため に、 ヘイゼイ より は よっぽど にぶって いる よう に カンサツ した らしい。
「そりゃ たしか です。 ワタシ は さっき 20 プン ばかり マクラモト に すわって いろいろ はなして みた が、 チョウシ の くるった ところ は すこしも ない です。 あの ヨウス じゃ コト に よる と まだ なかなか もつ かも しれません よ」
アニ と ゼンゴ して ついた イモウト の オット の イケン は、 ワレワレ より も よほど ラッカンテキ で あった。 チチ は カレ に むかって イモウト の こと を あれこれ と たずねて いた。 「カラダ が カラダ だ から むやみ に キシャ に なんぞ のって ゆれない ほう が いい。 ムリ を して ミマイ に こられたり する と、 かえって こっち が シンパイ だ から」 と いって いた。 「なに いまに なおったら アカンボウ の カオ でも み に、 ヒサシブリ に こっち から でかける から さしつかえない」 とも いって いた。
ノギ タイショウ の しんだ とき も、 チチ は いちばん サキ に シンブン で それ を しった。
「タイヘン だ タイヘン だ」 と いった。
ナニゴト も しらない ワタクシタチ は この トツゼン な コトバ に おどろかされた。
「あの とき は いよいよ アタマ が ヘン に なった の か と おもって、 ひやり と した」 と アト で アニ が ワタクシ に いった。 「ワタシ も じつは おどろきました」 と イモウト の オット も ドウカン らしい コトバツキ で あった。
その コロ の シンブン は じっさい イナカモノ には ヒゴト に まちうけられる よう な キジ ばかり あった。 ワタクシ は チチ の マクラモト に すわって テイネイ に それ を よんだ。 よむ ジカン の ない とき は、 そっと ジブン の ヘヤ へ もって きて、 のこらず メ を とおした。 ワタクシ の メ は ながい アイダ、 グンプク を きた ノギ タイショウ と、 それから カンジョ みた よう な ナリ を した その フジン の スガタ を わすれる こと が できなかった。
ヒツウ な カゼ が イナカ の スミ まで ふいて きて、 ねむたそう な キ や クサ を ふるわせて いる サイチュウ に、 とつぜん ワタクシ は 1 ツウ の デンポウ を センセイ から うけとった。 ヨウフク を きた ヒト を みる と イヌ が ほえる よう な ところ では、 1 ツウ の デンポウ すら ダイジケン で あった。 それ を うけとった ハハ は、 はたして おどろいた よう な ヨウス を して、 わざわざ ワタクシ を ヒト の いない ところ へ よびだした。
「ナン だい」 と いって、 ワタクシ の フウ を ひらく の を ソバ に たって まって いた。
デンポウ には ちょっと あいたい が こられる か と いう イミ が カンタン に かいて あった。 ワタクシ は クビ を かたむけた。
「きっと おたの もうして おいた クチ の こと だよ」 と ハハ が スイダン して くれた。
ワタクシ も あるいは そう かも しれない と おもった。 しかし それにしては すこし ヘン だ とも かんがえた。 とにかく アニ や イモウト の オット まで よびよせた ワタクシ が、 チチ の ビョウキ を うちやって、 トウキョウ へ いく わけ には いかなかった。 ワタクシ は ハハ と ソウダン して、 いかれない と いう ヘンデン を うつ こと に した。 できる だけ カンリャク な コトバ で チチ の ビョウキ の キトク に おちいりつつ ある ムネ も つけくわえた が、 それでも キ が すまなかった から、 イサイ テガミ と して、 こまかい ジジョウ を その ヒ の うち に したためて ユウビン で だした。 たのんだ イチ の こと と ばかり しんじきった ハハ は、 「ホントウ に マ の わるい とき は シカタ の ない もの だね」 と いって ザンネン そう な カオ を した。
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ワタクシ の かいた テガミ は かなり ながい もの で あった。 ハハ も ワタクシ も コンド こそ センセイ から なんとか いって くる だろう と かんがえて いた。 すると テガミ を だして フツカ-メ に また デンポウ が ワタクシ-アテ で とどいた。 それ には こない でも よろしい と いう モンク だけ しか なかった。 ワタクシ は それ を ハハ に みせた。
「おおかた テガミ で なんとか いって きて くださる つもり だろう よ」
ハハ は どこまでも センセイ が ワタクシ の ため に イショク の クチ を シュウセン して くれる もの と ばかり カイシャク して いる らしかった。 ワタクシ も あるいは そう か とも かんがえた が、 センセイ の ヘイゼイ から おして みる と、 どうも ヘン に おもわれた。 「センセイ が クチ を さがして くれる」。 これ は ありう べからざる こと の よう に ワタクシ には みえた。
「とにかく ワタクシ の テガミ は まだ ムコウ へ ついて いない はず だ から、 この デンポウ は その マエ に だした もの に ちがいない です ね」
ワタクシ は ハハ に むかって こんな わかりきった こと を いった。 ハハ は また もっともらしく シアン しながら 「そう だね」 と こたえた。 ワタクシ の テガミ を よまない マエ に、 センセイ が この デンポウ を うった と いう こと が、 センセイ を カイシャク する うえ に おいて、 なんの ヤク にも たたない の は しれて いる のに。
その ヒ は ちょうど シュジイ が マチ から インチョウ を つれて くる はず に なって いた ので、 ハハ と ワタクシ は それぎり この ジケン に ついて ハナシ を する キカイ が なかった。 フタリ の イシャ は タチアイ の うえ、 ビョウニン に カンチョウ など を して かえって いった。
チチ は イシャ から アンガ を めいぜられて イライ、 リョウベン とも ねた まま ヒト の テ で シマツ して もらって いた。 ケッペキ な チチ は、 サイショ の アイダ こそ はなはだしく それ を いみきらった が、 カラダ が きかない ので、 やむ を えず いやいや トコ の ウエ で ヨウ を たした。 それ が ビョウキ の カゲン で アタマ が だんだん にぶく なる の か なんだか、 ヒ を ふる に したがって、 ブショウ な ハイセツ を イ と しない よう に なった。 たまに は フトン や シキフ を よごして、 ハタ の モノ が マユ を よせる のに、 トウニン は かえって ヘイキ で いたり した。 もっとも ニョウ の リョウ は ビョウキ の セイシツ と して、 きわめて すくなく なった。 イシャ は それ を ク に した。 ショクヨク も しだいに おとろえた。 たまに ナニ か ほしがって も、 シタ が ほしがる だけ で、 ノド から シタ へは ごく わずか しか とおらなかった。 すき な シンブン も テ に とる キリョク が なくなった。 マクラ の ソバ に ある ロウガンキョウ は、 いつまでも くろい サヤ に おさめられた まま で あった。 コドモ の ジブン から ナカ の よかった サク さん と いう イマ では 1 リ ばかり へだたった ところ に すんで いる ヒト が ミマイ に きた とき、 チチ は 「ああ サク さん か」 と いって、 どんより した メ を サク さん の ほう に むけた。
「サク さん よく きて くれた。 サク さん は ジョウブ で うらやましい ね。 オレ は もう ダメ だ」
「そんな こと は ない よ。 オマエ なんか コドモ は フタリ とも ダイガク を ソツギョウ する し、 すこし ぐらい ビョウキ に なったって、 モウシブン は ない ん だ。 オレ を ごらん よ。 カカア には しなれる し さ、 コドモ は なし さ。 ただ こうして いきて いる だけ の こと だよ。 タッシャ だって なんの タノシミ も ない じゃ ない か」
カンチョウ を した の は サク さん が きて から 2~3 ニチ アト の こと で あった。 チチ は イシャ の おかげ で たいへん ラク に なった と いって よろこんだ。 すこし ジブン の ジュミョウ に たいする ドキョウ が できた と いう ふう に キゲン が なおった。 ソバ に いる ハハ は、 それ に つりこまれた の か、 ビョウニン に キリョク を つける ため か、 センセイ から デンポウ の きた こと を、 あたかも ワタクシ の イチ が チチ の キボウ する とおり トウキョウ に あった よう に はなした。 ソバ に いる ワタクシ は むずがゆい ココロモチ が した が、 ハハ の コトバ を さえぎる わけ にも ゆかない ので、 だまって きいて いた。 ビョウニン は うれしそう な カオ を した。
「そりゃ ケッコウ です」 と イモウト の オット も いった。
「なんの クチ だ か まだ わからない の か」 と アニ が きいた。
ワタクシ は いまさら それ を ヒテイ する ユウキ を うしなった。 ジブン にも なんとも ワケ の わからない アイマイ な ヘンジ を して、 わざと セキ を たった。
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チチ の ビョウキ は サイゴ の イチゲキ を まつ マギワ まで すすんで きて、 そこ で しばらく チュウチョ する よう に みえた。 イエ の モノ は ウンメイ の センコク が、 キョウ くだる か、 キョウ くだる か と おもって、 マイヨ トコ に はいった。
チチ は ハタ の モノ を つらく する ほど の クツウ を どこ にも かんじて いなかった。 その テン に なる と カンビョウ は むしろ ラク で あった。 ヨウジン の ため に、 ダレ か ヒトリ ぐらい ずつ かわるがわる おきて は いた が、 アト の モノ は ソウトウ の ジカン に メイメイ の ネドコ へ ひきとって さしつかえなかった。 ナニ か の ヒョウシ で ねむれなかった とき、 ビョウニン の うなる よう な コエ を かすか に きいた と おもいあやまった ワタクシ は、 イッペン ヨナカ に トコ を ぬけだして、 ネン の ため チチ の マクラモト まで いって みた こと が あった。 その ヨ は ハハ が おきて いる バン に あたって いた。 しかし その ハハ は チチ の ヨコ に ヒジ を まげて マクラ と した なり ねいって いた。 チチ も ふかい ネムリ の ウチ に そっと おかれた ヒト の よう に しずか に して いた。 ワタクシ は シノビアシ で また ジブン の ネドコ へ かえった。
ワタクシ は アニ と イッショ の カヤ の ナカ に ねた。 イモウト の オット だけ は、 キャクアツカイ を うけて いる せい か、 ヒトリ はなれた ザシキ に いって やすんだ。
「セキ さん も キノドク だね。 ああ イクニチ も ひっぱられて かえれなくっちゃあ」
セキ と いう の は その ヒト の ミョウジ で あった。
「しかし そんな いそがしい カラダ でも ない ん だ から、 ああして とまって いて くれる ん でしょう。 セキ さん より も ニイサン の ほう が こまる でしょう、 こう ながく なっちゃ」
「こまって も シカタ が ない。 ホカ の こと と ちがう から な」
アニ と トコ を ならべて ねる ワタクシ は、 こんな ネモノガタリ を した。 アニ の アタマ にも ワタクシ の ムネ にも、 チチ は どうせ たすからない と いう カンガエ が あった。 どうせ たすからない もの ならば と いう カンガエ も あった。 ワレワレ は コ と して オヤ の しぬ の を まって いる よう な もの で あった。 しかし コ と して の ワレワレ は それ を コトバ の ウエ に あらわす の を はばかった。 そうして おたがいに オタガイ が どんな こと を おもって いる か を よく リカイ しあって いた。
「オトウサン は、 まだ なおる キ で いる よう だな」 と アニ が ワタクシ に いった。
じっさい アニ の いう とおり に みえる ところ も ない では なかった。 キンジョ の モノ が ミマイ に くる と、 チチ は かならず あう と いって ショウチ しなかった。 あえば きっと、 ワタクシ の ソツギョウ イワイ に よぶ こと が できなかった の を ザンネン-がった。 そのかわり ジブン の ビョウキ が なおったら と いう よう な こと も ときどき つけくわえた。
「オマエ の ソツギョウ イワイ は ヤメ に なって ケッコウ だ。 オレ の とき には よわった から ね」 と アニ は ワタクシ の キオク を つっついた。 ワタクシ は アルコール に あおられた その とき の ランザツ な アリサマ を おもいだして クショウ した。 のむ もの や くう もの を しいて まわる チチ の タイド も、 にがにがしく ワタクシ の メ に うつった。
ワタクシタチ は それほど ナカ の いい キョウダイ では なかった。 ちいさい うち は よく ケンカ を して、 トシ の すくない ワタクシ の ほう が いつでも なかされた。 ガッコウ へ はいって から の センモン の ソウイ も、 まったく セイカク の ソウイ から でて いた。 ダイガク に いる ジブン の ワタクシ は、 ことに センセイ に セッショク した ワタクシ は、 トオク から アニ を ながめて、 つねに ドウブツテキ だ と おもって いた。 ワタクシ は ながく アニ に あわなかった ので、 また かけへだたった トオク に いた ので、 トキ から いって も キョリ から いって も、 アニ は いつでも ワタクシ には ちかく なかった の で ある。 それでも ヒサシブリ に こう おちあって みる と、 キョウダイ の やさしい ココロモチ が どこ から か シゼン に わいて でた。 バアイ が バアイ なの も その おおきな ゲンイン に なって いた。 フタリ に キョウツウ な チチ、 その チチ の しのう と して いる マクラモト で、 アニ と ワタクシ は アクシュ した の で あった。
「オマエ これから どう する」 と アニ は きいた。 ワタクシ は また まったく ケントウ の ちがった シツモン を アニ に かけた。
「いったい ウチ の ザイサン は どう なってる ん だろう」
「オレ は しらない。 オトウサン は まだ なんとも いわない から。 しかし ザイサン って いった ところ で カネ と して は タカ の しれた もの だろう」
ハハ は また ハハ で センセイ の ヘンジ の くる の を ク に して いた。
「まだ テガミ は こない かい」 と ワタクシ を せめた。
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「センセイ センセイ と いう の は いったい ダレ の こと だい」 と アニ が きいた。
「こないだ はなした じゃ ない か」 と ワタクシ は こたえた。 ワタクシ は ジブン で シツモン して おきながら、 すぐ ヒト の セツメイ を わすれて しまう アニ に たいして フカイ の ネン を おこした。
「きいた こと は きいた けれども」
アニ は ひっきょう きいて も わからない と いう の で あった。 ワタクシ から みれば なにも ムリ に センセイ を アニ に リカイ して もらう ヒツヨウ は なかった。 けれども ハラ は たった。 また レイ の アニ-らしい ところ が でて きた と おもった。
センセイ センセイ と ワタクシ が ソンケイ する イジョウ、 その ヒト は かならず チョメイ の シ で なくて は ならない よう に アニ は かんがえて いた。 すくなくとも ダイガク の キョウジュ ぐらい だろう と スイサツ して いた。 ナ も ない ヒト、 なにも して いない ヒト、 それ が どこ に カチ を もって いる だろう。 アニ の ハラ は この テン に おいて、 チチ と まったく おなじ もの で あった。 けれども チチ が なにも できない から あそんで いる の だ と ソクダン する の に ひきかえて、 アニ は ナニ か やれる ノウリョク が ある のに、 ぶらぶら して いる の は つまらん ニンゲン に かぎる と いった フウ の コウフン を もらした。
「イゴイスト は いけない ね。 なにも しない で いきて いよう と いう の は オウチャク な リョウケン だ から ね。 ヒト は ジブン の もって いる サイノウ を できる だけ はたらかせなくっちゃ ウソ だ」
ワタクシ は アニ に むかって、 ジブン の つかって いる イゴイスト と いう コトバ の イミ が よく わかる か と ききかえして やりたかった。
「それでも その ヒト の おかげ で チイ が できれば まあ ケッコウ だ。 オトウサン も よろこんでる よう じゃ ない か」
アニ は アト から こんな こと を いった。 センセイ から メイリョウ な テガミ の こない イジョウ、 ワタクシ は そう しんずる こと も できず、 また そう クチ に だす ユウキ も なかった。 それ を ハハ の ハヤノミコミ で ミンナ に そう フイチョウ して しまった イマ と なって みる と、 ワタクシ は キュウ に それ を うちけす わけ に ゆかなく なった。 ワタクシ は ハハ に サイソク される まで も なく、 センセイ の テガミ を まちうけた。 そうして その テガミ に、 どうか ミンナ の かんがえて いる よう な イショク の クチ の こと が かいて あれば いい が と ねんじた。 ワタクシ は シ に ひんして いる チチ の テマエ、 その チチ に イクブン でも アンシン させて やりたい と いのりつつ ある ハハ の テマエ、 はたらかなければ ニンゲン で ない よう に いう アニ の テマエ、 ソノタ イモウト の オット だの オジ だの オバ だの の テマエ、 ワタクシ の ちっとも トンジャク して いない こと に、 シンケイ を なやまさなければ ならなかった。
チチ が ヘン な きいろい もの を はいた とき、 ワタクシ は かつて センセイ と オクサン から きかされた キケン を おもいだした。 「ああして ながく ねて いる ん だ から イ も わるく なる はず だね」 と いった ハハ の カオ を みて、 なにも しらない その ヒト の マエ に なみだぐんだ。
アニ と ワタクシ が チャノマ で おちあった とき、 アニ は 「きいた か」 と いった。 それ は イシャ が カエリギワ に アニ に むかって いった こと を きいた か と いう イミ で あった。 ワタクシ には セツメイ を またない でも その イミ が よく わかって いた。
「オマエ ここ へ かえって きて、 ウチ の こと を カンリ する キ は ない か」 と アニ が ワタクシ を かえりみた。 ワタクシ は なんとも こたえなかった。
「オカアサン ヒトリ じゃ、 どう する こと も できない だろう」 と アニ が また いった。 アニ は ワタクシ を ツチ の ニオイ を かいで くちて いって も おしく ない よう に みて いた。
「ホン を よむ だけ なら、 イナカ でも じゅうぶん できる し、 それに はたらく ヒツヨウ も なくなる し、 ちょうど いい だろう」
「ニイサン が かえって くる の が ジュン です ね」 と ワタクシ が いった。
「オレ に そんな こと が できる もの か」 と アニ は ヒトクチ に しりぞけた。 アニ の ハラ の ナカ には、 ヨノナカ で これから シゴト を しよう と いう キ が みちみちて いた。
「オマエ が いや なら、 まあ オジサン に でも セワ を たのむ ん だ が、 それにしても オカアサン は どっち か で ひきとらなくっちゃ なるまい」
「オカアサン が ここ を うごく か うごかない か が すでに おおきな ギモン です よ」
キョウダイ は まだ チチ の しなない マエ から、 チチ の しんだ アト に ついて、 こんな ふう に かたりあった。
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チチ は ときどき ウワゴト を いう よう に なった。
「ノギ タイショウ に すまない。 じつに メンボク シダイ が ない。 いえ ワタクシ も すぐ オアト から」
こんな コトバ を ひょいひょい だした。 ハハ は キミ を わるがった。 なるべく ミンナ を マクラモト へ あつめて おきたがった。 キ の たしか な とき は しきり に さびしがる ビョウニン にも それ が キボウ らしく みえた。 ことに ヘヤ の ウチ を みまわして ハハ の カゲ が みえない と、 チチ は かならず 「オミツ は」 と きいた。 きかない でも、 メ が それ を ものがたって いた。 ワタクシ は よく たって ハハ を よび に いった。 「ナニ か ゴヨウ です か」 と、 ハハ が しかけた ヨウ を ソノママ に して おいて ビョウシツ へ くる と、 チチ は ただ ハハ の カオ を みつめる だけ で なにも いわない こと が あった。 そう か と おもう と、 まるで かけはなれた ハナシ を した。 とつぜん 「オミツ オマエ にも いろいろ セワ に なった ね」 など と やさしい コトバ を だす とき も あった。 ハハ は そういう コトバ の マエ に きっと なみだぐんだ。 そうした アト では また きっと ジョウブ で あった ムカシ の チチ を その タイショウ と して おもいだす らしかった。
「あんな あわれっぽい こと を オイイ だ がね、 あれ で モト は ずいぶん ひどかった ん だよ」
ハハ は チチ の ため に ホウキ で セナカ を どやされた とき の こと など を はなした。 イマ まで ナンベン も それ を きかされた ワタクシ と アニ は、 イツモ とは まるで ちがった キブン で、 ハハ の コトバ を チチ の カタミ の よう に ミミ へ うけいれた。
チチ は ジブン の メノマエ に うすぐらく うつる シ の カゲ を ながめながら、 まだ ユイゴン らしい もの を クチ に ださなかった。
「イマ の うち ナニ か きいて おく ヒツヨウ は ない かな」 と アニ が ワタクシ の カオ を みた。
「そう だなあ」 と ワタクシ は こたえた。 ワタクシ は こちら から すすんで そんな こと を もちだす の も ビョウニン の ため に ヨシアシ だ と かんがえて いた。 フタリ は けっしかねて ついに オジ に ソウダン を かけた。 オジ も クビ を かたむけた。
「いいたい こと が ある のに、 いわない で しぬ の も ザンネン だろう し、 と いって、 こっち から サイソク する の も わるい かも しれず」
ハナシ は とうとう ぐずぐず に なって しまった。 その うち に コンスイ が きた。 レイ の とおり なにも しらない ハハ は それ を タダ の ネムリ と おもいちがえて かえって よろこんだ。 「まあ ああして ラク に ねられれば、 ハタ に いる モノ も たすかります」 と いった。
チチ は ときどき メ を あけて、 ダレ は どうした など と とつぜん きいた。 その ダレ は つい サッキ まで そこ に すわって いた ヒト の ナ に かぎられて いた。 チチ の イシキ には くらい ところ と あかるい ところ と できて、 その あかるい ところ だけ が、 ヤミ を ぬう しろい イト の よう に、 ある キョリ を おいて レンゾク する よう に みえた。 ハハ が コンスイ ジョウタイ を フツウ の ネムリ と とりちがえた の も ムリ は なかった。
そのうち シタ が だんだん もつれて きた。 ナニ か いいだして も シリ が フメイリョウ に おわる ため に、 ヨウリョウ を えない で しまう こと が おおく あった。 そのくせ はなしはじめる とき は、 キトク の ビョウニン とは おもわれない ほど、 つよい コエ を だした。 ワレワレ は もとより フダン イジョウ に チョウシ を はりあげて、 ミミモト へ クチ を よせる よう に しなければ ならなかった。
「アタマ を ひやす と いい ココロモチ です か」
「うん」
ワタクシ は カンゴフ を アイテ に、 チチ の ミズマクラ を とりかえて、 それから あたらしい コオリ を いれた ヒョウノウ を アタマ の ウエ へ のせた。 がさがさ に わられて とがりきった コオリ の ハヘン が、 フクロ の ナカ で おちつく アイダ、 ワタクシ は チチ の はげあがった ヒタイ の ハズレ で それ を やわらか に おさえて いた。 その とき アニ が ロウカヅタイ に はいって きて、 1 ツウ の ユウビン を ムゴン の まま ワタクシ の テ に わたした。 あいた ほう の ヒダリテ を だして、 その ユウビン を うけとった ワタクシ は すぐ フシン を おこした。
それ は フツウ の テガミ に くらべる と よほど メカタ の おもい もの で あった。 ナミ の ジョウブクロ にも いれて なかった。 また ナミ の ジョウブクロ に いれられ べき ブンリョウ でも なかった。 ハンシ で つつんで、 フウジメ を テイネイ に ノリ で はりつけて あった。 ワタクシ は それ を アニ の テ から うけとった とき、 すぐ その カキトメ で ある こと に キ が ついた。 ウラ を かえして みる と そこ に センセイ の ナ が つつしんだ ジ で かいて あった。 テ の はなせない ワタクシ は、 すぐ フウ を きる わけ に いかない ので、 ちょっと それ を フトコロ に さしこんだ。
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その ヒ は ビョウニン の デキ が ことに わるい よう に みえた。 ワタクシ が カワヤ へ ゆこう と して セキ を たった とき、 ロウカ で ゆきあった アニ は 「どこ へ ゆく」 と バンペイ の よう な クチョウ で スイカ した。
「どうも ヨウス が すこし ヘン だ から なるべく ソバ に いる よう に しなくっちゃ いけない よ」 と チュウイ した。
ワタクシ も そう おもって いた。 カイチュウ した テガミ は ソノママ に して また ビョウシツ へ かえった。 チチ は メ を あけて、 そこ に ならんで いる ヒト の ナマエ を ハハ に たずねた。 ハハ が あれ は ダレ、 これ は ダレ と いちいち セツメイ して やる と、 チチ は その たび に うなずいた。 うなずかない とき は、 ハハ が コエ を はりあげて、 ナニナニ さん です、 わかりました か と ネン を おした。
「どうも いろいろ オセワ に なります」
チチ は こう いった。 そうして また コンスイ ジョウタイ に おちいった。 マクラベ を とりまいて いる ヒト は ムゴン の まま しばらく ビョウニン の ヨウス を みつめて いた。 やがて その ウチ の ヒトリ が たって ツギノマ へ でた。 すると また ヒトリ たった。 ワタクシ も 3 ニン-メ に とうとう セキ を はずして、 ジブン の ヘヤ へ きた。 ワタクシ には さっき フトコロ へ いれた ユウビンブツ の ナカ を あけて みよう と いう モクテキ が あった。 それ は ビョウニン の マクラモト でも ヨウイ に できる ショサ には ちがいなかった。 しかし かかれた もの の ブンリョウ が あまり に おおすぎる ので、 ヒトイキ に そこ で よみとおす わけ には いかなかった。 ワタクシ は トクベツ の ジカン を ぬすんで それ に あてた。
ワタクシ は センイ の つよい ツツミガミ を ひきかく よう に さきやぶった。 ナカ から でた もの は、 タテヨコ に ひいた ケイ の ナカ へ ギョウギ よく かいた ゲンコウ-ヨウ の もの で あった。 そうして ふうじる ベンギ の ため に、 ヨツオリ に たたまれて あった。 ワタクシ は クセ の ついた セイヨウシ を、 ギャク に おりかえして よみやすい よう に ひらたく した。
ワタクシ の ココロ は この タリョウ の カミ と インキ が、 ワタクシ に ナニゴト を かたる の だろう か と おもって おどろいた。 ワタクシ は ドウジ に ビョウシツ の こと が キ に かかった。 ワタクシ が この カキモノ を よみはじめて、 よみおわらない マエ に、 チチ は きっと どうか なる、 すくなくとも、 ワタクシ は アニ から か ハハ から か、 それ で なければ オジ から か、 よばれる に きまって いる と いう ヨカク が あった。 ワタクシ は おちついて センセイ の かいた もの を よむ キ に なれなかった。 ワタクシ は そわそわ しながら ただ サイショ の 1 ページ を よんだ。 その ページ は シモ の よう に つづられて いた。
「アナタ から カコ を といただされた とき、 こたえる こと の できなかった ユウキ の ない ワタクシ は、 イマ アナタ の マエ に、 それ を メイハク に ものがたる ジユウ を えた と しんじます。 しかし その ジユウ は アナタ の ジョウキョウ を まって いる うち には また うしなわれて しまう セケンテキ の ジユウ に すぎない の で あります。 したがって、 それ を リヨウ できる とき に リヨウ しなければ、 ワタクシ の カコ を アナタ の アタマ に カンセツ の ケイケン と して おしえて あげる キカイ を エイキュウ に いっする よう に なります。 そう する と、 あの とき あれほど かたく ヤクソク した コトバ が まるで ウソ に なります。 ワタクシ は やむ を えず、 クチ で いう べき ところ を、 フデ で もうしあげる こと に しました」
ワタクシ は そこ まで よんで、 はじめて この ながい もの が なんの ため に かかれた の か、 その リユウ を あきらか に しる こと が できた。 ワタクシ の イショク の クチ、 そんな もの に ついて センセイ が テガミ を よこす キヅカイ は ない と、 ワタクシ は ショテ から しんじて いた。 しかし フデ を とる こと の きらい な センセイ が、 どうして あの ジケン を こう ながく かいて、 ワタクシ に みせる キ に なった の だろう。 センセイ は なぜ ワタクシ の ジョウキョウ する まで まって いられない だろう。
「ジユウ が きた から はなす。 しかし その ジユウ は また エイキュウ に うしなわれなければ ならない」
ワタクシ は ココロ の ウチ で こう くりかえしながら、 その イミ を しる に くるしんだ。 ワタクシ は とつぜん フアン に おそわれた。 ワタクシ は つづいて アト を よもう と した。 その とき ビョウシツ の ほう から、 ワタクシ を よぶ おおきな アニ の コエ が きこえた。 ワタクシ は また おどろいて たちあがった。 ロウカ を かけぬける よう に して ミンナ の いる ほう へ いった。 ワタクシ は いよいよ チチ の ウエ に サイゴ の シュンカン が きた の だ と カクゴ した。
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ビョウシツ には いつのまにか イシャ が きて いた。 なるべく ビョウニン を ラク に する と いう シュイ から また カンチョウ を こころみる ところ で あった。 カンゴフ は ユウベ の ツカレ を やすめる ため に ベッシツ で ねて いた。 なれない アニ は たって まごまご して いた。 ワタクシ の カオ を みる と、 「ちょっと テ を おかし」 と いった まま、 ジブン は セキ に ついた。 ワタクシ は アニ に かわって、 アブラガミ を チチ の シリ の シタ に あてがったり した。
チチ の ヨウス は すこし くつろいで きた。 30 プン ほど マクラモト に すわって いた イシャ は、 カンチョウ の ケッカ を みとめた うえ、 また くる と いって、 かえって いった。 カエリギワ に、 もしも の こと が あったら いつでも よんで くれる よう に わざわざ ことわって いた。
ワタクシ は いまにも ヘン が ありそう な ビョウシツ を しりぞいて また センセイ の テガミ を よもう と した。 しかし ワタクシ は すこしも ゆっくり した キブン に なれなかった。 ツクエ の マエ に すわる や いなや、 また アニ から おおきな コエ で よばれそう で ならなかった。 そうして コンド よばれれば、 それ が サイゴ だ と いう イフ が ワタクシ の テ を ふるわした。 ワタクシ は センセイ の テガミ を ただ ムイミ に ページ だけ はぐって いった。 ワタクシ の メ は キチョウメン に ワク の ナカ に はめられた ジカク を みた。 けれども それ を よむ ヨユウ は なかった。 ヒロイヨミ に する ヨユウ すら おぼつかなかった。 ワタクシ は いちばん シマイ の ページ まで じゅんじゅん に あけて みて、 また それ を モト の とおり に たたんで ツクエ の ウエ に おこう と した。 その とき ふと ケツマツ に ちかい イック が ワタクシ の メ に はいった。
「この テガミ が アナタ の テ に おちる コロ には、 ワタクシ は もう コノヨ には いない でしょう。 とくに しんで いる でしょう」
ワタクシ は はっと おもった。 イマ まで ざわざわ と うごいて いた ワタクシ の ムネ が イチド に ギョウケツ した よう に かんじた。 ワタクシ は また ギャク に ページ を はぐりかえした。 そうして 1 マイ に イック ぐらい ずつ の ワリ で サカサ に よんで いった。 ワタクシ は トッサ の アイダ に、 ワタクシ の しらなければ ならない こと を しろう と して、 ちらちら する モンジ を、 メ で さしとおそう と こころみた。 その とき ワタクシ の しろう と する の は、 ただ センセイ の アンピ だけ で あった。 センセイ の カコ、 かつて センセイ が ワタクシ に はなそう と ヤクソク した うすぐらい その カコ、 そんな もの は ワタクシ に とって、 まったく ムヨウ で あった。 ワタクシ は サカサマ に ページ を はぐりながら、 ワタクシ に ヒツヨウ な チシキ を ヨウイ に あたえて くれない この ながい テガミ を じれったそう に たたんだ。
ワタクシ は また チチ の ヨウス を み に ビョウシツ の トグチ まで いった。 ビョウニン の マクラベ は ぞんがい しずか で あった。 たよりなさそう に つかれた カオ を して そこ に すわって いる ハハ を テマネギ して、 「どう です か ヨウス は」 と きいた。 ハハ は 「いますこし もちあってる よう だよ」 と こたえた。 ワタクシ は チチ の メノマエ へ カオ を だして、 「どう です、 カンチョウ して すこし は ココロモチ が よく なりました か」 と たずねた。 チチ は うなずいた。 チチ は はっきり 「ありがとう」 と いった。 チチ の セイシン は ぞんがい もうろう と して いなかった。
ワタクシ は また ビョウシツ を しりぞいて ジブン の ヘヤ に かえった。 そこ で トケイ を みながら、 キシャ の ハッチャクヒョウ を しらべた。 ワタクシ は とつぜん たって オビ を しめなおして、 タモト の ナカ へ センセイ の テガミ を なげこんだ。 それから カッテグチ から オモテ へ でた。 ワタクシ は ムチュウ で イシャ の イエ へ かけこんだ。 ワタクシ は イシャ から チチ が もう 2~3 チ もつ だろう か、 そこ の ところ を はっきり きこう と した。 チュウシャ でも なんでも して、 もたして くれ と たのもう と した。 イシャ は あいにく ルス で あった。 ワタクシ には じっと して カレ の かえる の を まちうける ジカン が なかった。 ココロ の オチツキ も なかった。 ワタクシ は すぐ クルマ を ステーション へ いそがせた。
ワタクシ は ステーション の カベ へ カミギレ を あてがって、 その ウエ から エンピツ で ハハ と アニ-アテ で テガミ を かいた。 テガミ は ごく カンタン な もの で あった が、 ことわらない で はしる より まだ まし だろう と おもって、 それ を いそいで ウチ へ とどける よう に シャフ に たのんだ。 そうして おもいきった イキオイ で トウキョウ-ユキ の キシャ に とびのって しまった。 ワタクシ は ごうごう なる サントウ レッシャ の ナカ で、 また タモト から センセイ の テガミ を だして、 ようやく ハジメ から シマイ まで メ を とおした。