昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……36.優子と聡美の結束

2013年10月14日 | 日記

優子と聡美の結束

「私たち、決めたからね、義郎ちゃん!」

呂律は回っていないが、聡美の言葉は明るく力に溢れていた。テーブルに乗せた両肘の間に垂れていた頭を上げ、向かいに座った義郎を見つめる。

「男どもに好きなようにやらせていたら、いいことなんか起きやしない、って結論なのよ。兄貴だって、公平だって……。いやいや、義郎ちゃんはそんなことないけどね」

「僕は……。いや、達男も公平も……」

達男と公平には志があり、熱意もあった。そして、それを現実のものにしてきた。しかし、やりたいことが見つからないまま、流れに身を任せていたのは自分だ。義郎はそう言おうとしたが、グラスを持ってきて隣に座った優子に袖を引かれた。珍しく、優子は耳まで赤くなっている。

「今の世の中、ダンスミュージックがかかりっ放しだもんね。浮かれて踊るのもいいけど、踊りたくない人まで巻き込んじゃだめよね。ダンスミュージックはそのうち止まるんだから。疲れるだけだったらいいけど、踊るために犠牲にした時間やヒトやモノは取り戻せないんだから」

いつも心の片隅にうずくまっていて離れない、漠然とした不安の正体を明かしてもらった気分だ。きっとそれは、優子が抱えている不安とも同種のものに違いない。そう、楽しいダンスタイムは必ず終わるものなのだ。

「聡美さん、うまいこと言いますねえ。さすがですね」

聡美の頭脳の明晰さに、改めて義郎は感動さえ覚える。彼女はきっと今でも安原酒造を支える存在なのだろう。

「義郎ちゃん、朝まで飲んだことある?ほら、“寄り道”なんかで」

「いえ。朝まではないですね、さすがに」

“寄り道”という言葉に、思わず背を伸ばす。内田光代が達男と公平の意図を汲んで会社の資産を動かしていることは明白だからだ。達男とのこともある。

「朝までカラオケしたことあるのよ、私、あの店で」

「元気ですねえ」

「1回だけよ。それも、昔ね。……もうこんなことしちゃいけない、って思ったもの」

「どうしてですか?」

「カラオケを止め、表に出てママが店を閉めるのを待ってたのよ。一緒に帰ろう、って言うから。今くらいの時季だったかなあ、外はもう暑くなりかけてて、酔っぱらってたせいもあるんだろうけど、景色が全部明るく白く霞んでてね。表の世界の方が私の現実のはずなのに違和感があってね。気温は高いんだけど、温かく迎えられていないような気がしたのよ。今までの何時間かはかりそめの時間なんだぞって言い含められてるような…」

その時の気分を思い出し噛みしめるように、聡美はゆっくりと義郎に語りかける。

「罪悪感もあったんじゃないの?」

優子がそう言って立ち上がるのを、聡美はとろりとした目で追う。優子はきっと、簡単な食事とお茶の準備をするつもりなのだろう。時計は11時近くを差している。突然、痛いほどの空腹を感じる。

「公平は一緒じゃなかったんですか?」

おそらく初めての、しかも女一人での朝までのカラオケ。となると、朝の空気に穏やかな気持ちで溶け込むことはできないだろう。義郎はそう思った。

「結婚して5年目くらいかなあ、27~8歳の頃だったと思うんだ。公平と……喧嘩したわけじゃないんだけど……意見の食い違いがあってねえ。一人になりたかったのよ。その夜は」

公平のビジネスが波に乗っていた頃だ。今と、ある意味では同じような時期だったとも言える。

「内田さんは知ってるわよね、ママの」

しばらく頭を落とし沈黙した後、優子の方を窺い、聡美が言葉を続ける。

「知ってはいますけど……」

「彼女に訊いておきたいこともあったのよ。兄貴が東京で結婚するって聞いたから……。わかるでしょ?なんとなく」

「まあ、なんとなくは……」

当時、達男の結婚は義郎の耳には入ってこなかった。東京で花嫁の親族とだけで簡単な式を挙げたと聞いたのは、義郎が独立してから数年経った時だった。意外だと思ったが、安原家の何らかの事情が絡んでのことだろうと思った。

「高校時代の兄貴には、何人かガールフレンドがいてね。……優子から聞いたことない?」

「いいえ、まったく」

「そう……。……兄貴は田舎を捨てたんだもんね。それが帰ってきて、しかも親父の遺産を使って……人的遺産だけどね…それを利用して市議になって……で、今度は友達や知り合いを利用して……」

優子がお茶漬けのセットを運んでくる。途切れ途切れに言葉を続けていた聡美が、「ありがとう」とキッチンに戻っていく優子に微笑む。義郎は、肝心なことを聞いていないことを思い出す。

「聡美さん。二人で決めたことって何ですか?教えてもらえます?」

「そうだ!その話しよね。……ね!優子!決めたのよね!」

キッチンから優子が「決めたわよ~~!」と呼応する。

「私たちの自宅と貯金は二人で共同管理して、守り抜くことにしたの」

ポットを持ってきた優子が後を引き継ぐ。

有限会社KOUの借り入れがないこととお互いの家のローンが終わっていることを確認し合った二人は、財産を共同管理することにし、月々の貯蓄額も決めたと言う。

「会社を中心にお金のことが回ってるのは危険だ、って言うのよ、聡美が。会社にすべてを注ぎこむっていうのも、本当はおかしなことで、男の論理だって言うんだけど。……実は私もそう思うのよね。だから……」

「私たちは私たちで経営してやろうじゃないの、ってことなのよね。あなたたちには、子供の未来だってあるんだものね。兄貴や公平が口で言う未来よりももっと大切で現実的な未来だもんね」

二人の息の合った話振りに、義郎はついつい微笑んでしまう。そして、心の底から安心に浸されていく。不安の欠片が残っているとしたら、倉田興業や有限会社KOUを始めとする協力会社のこれからだった。

                                       次回は、10月16日(金)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


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