昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……35.公平の不安と迷い

2013年10月08日 | 日記

公平の不安と迷い

事務所に二人残ると、「バーボンなら置いてあるから、ここでもいいか?」と公平が言うので、そのまま4階のソファで飲むことにした。聡美が帰りぎわ、「私、これから優子ちゃんに会いに行ってもいいかなあ?」と耳打ちしたので、夕食と報告を待つ優子への気遣いもない。きっと義郎が帰宅する頃には、優子の方が現状を把握していることになるだろう。

「恥ずかしいところ、見せちまったなあ」

フォアローゼスを注ぎながら、公平は義郎の顔色を窺う。

「聡美さん、なんでも一生懸命だし……。俺たちのことをいつも考えてくれてるし……」

詳細はわからないが、二人のやり取りを聞いた限りでは、聡美の言い分の方に正当性があるように思える。少なくとも、倉田興業の社員と協力会社の側に立ってくれていることは間違いない。

「それがいいところなんだけどな。それは理解してるんだが……」

公平がショットグラスを一息で飲み干す。どこから話を切り出すか、迷っているように見える。義郎はグラスを舐めながら、公平の出方を待つ。

温かみのある空間にしようと、公平が電球色にした照明が、今は裏さびれて感じられる。テーブルの上に取り残された一枚の書類も、その内容が歓迎されるものではないことを象徴しているかのようだ。

「そう言えば、服部さん、最近見ないけど、元気?」

倉田興業の取締役でありながら、達男の補佐役以外の働きを見たことのない服部への不満は、長沼だけではなく義郎の中でも根深い。

「服部は東京に引っ越すことになると思うよ」

公平が面倒くさそうに応える。

「もう2ヶ月くらい行ったまんまだもんねえ」

義郎は、不満に尖ってしまう唇をグラスに当てる。しかし、一度吐き出した不満が、溜まっていたものを次々と引きずりだしかねない。義郎は、バーボンと一緒にその気配を飲み込む。喉を落ちていく一筋の熱い流れが、優子の言葉を思い出させる。「不満や不安を口に出すと、いいことは絶対起きないからね。いいところだけ見つめるようにしようね」。

公平がやってきたことに不満があったとしても、結果として会社の業績は伸び、公平の暮らしも幸せなものとなっている。公平がこれからやろうとしていることにも、きっといいところは見つかるはずだ。

「達男だけじゃできないことが増えてきたんだよ。付き合いも広がってるし……」

公平の言葉には、予期していたほどの勢いがない。考え、迷い、決めかねていることがあるように見える。

「公平、達男といつも一緒に動いてるんじゃないの?」

「基本的にはそうなんだけど……」とまで言って、煙草に火を付ける。

「基本的にはって?」

「志は一緒だってことだよ、志。……そこがわからないんだよな、聡美なんかには。兄貴には迷惑かけられたって思ってるしな。……しかし、男は上を目指し動いていくようにできてるんだよ。な!義郎。お前だってそうだろう。上を目指して闘ってるんだよ、俺たちは。な!」

煙草に火が付くのと同時に、公平の心にも火が付いたようだ。

「この町に留まって、市や県からもらう仕事を片付けながら一生を終るんじゃ、会社を興した意味ないだろ?ずっと下請けやってるだけだろ?……違うか?義郎。達男がいつも言ってる“男子一生の仕事”ってヤツは、俺にとって土を掘ったりこねたりすることじゃないんだ。……いやいや、それはそれで大事な仕事だが、それはお前なんかに向いてる仕事だから、な!そうだろ?そう思うだろ?」

「公平は、何がしたいの?どんな仕事が向いてるの?」

4~5杯のショットグラスがいつもの公平を取り戻させている。乱暴で身勝手に思える言い草は楽しいものではないが、安心はできる。公平は何も変わっていないのだ。

「そこなんだよ、達男とどうしても合わない部分は。俺は、金を力にしたい、金でいろんなことを実現したいと思ってるんだが、達男はどうしても政治なんだよ。……政治なんだよな、あいつは。その方が簡単だって思ってるんだよ、あいつは」

最早わかりあっているはずだった二人の違いを、改めて口にする公平に、義郎は二人の間に起きていることの深刻さを感じる。

「何かあったの?」

さりげなくテーブルの上のペーパーを引き寄せ、覗き込む。公平の苛立ちも、彼ら夫婦の諍いも、このペーパーに端を発しているに違いない。

「その計画に達男が提供する資金はほとんどないんだぜ!一緒に増やしてきた資産がベースになってるじゃないかって言うんだけどさ、達男は。あいつの言う種金は俺だからな。俺の金なんだよ、スタートは」

「……そのお金が稼げたのは達男が市会議員になってくれたからじゃないの?そう言ってたよね、公平も」

「うん、まあ、利益誘導はしてくれたよな、確かに。……でも、今回の計画は、資産を増やすというより、政治的な足掛かりを作ることに重点が置かれてるような気がするんだよ。達男のな。儲かる仕組みになってるって言うんだけどさ」

「達男がそう言うんなら……」

「いや!怪しい!役所と政治家とゼネコンが一緒にやってきて、どうもうまくいかない所を、あいつが“僕に任せてください”って大見得を切ったような気がするんだよ。1000億以上のリゾート開発の半分は引き受けるって言うんだぜ」

「え!!」

はるかに想像を超える話に、義郎は絶句した。ペーパー上の試算の説明を受けてもよくはわからなかった。

不動産を購入し、値上がりによって増した資産価値を担保に借り入れをして、さらに不動産を購入する、という手順を次々と繰り広げ形成した資産をすべて投入するという計画のようだが、実感が湧かない。リゾートは未来ビジネスだ、と達男は言っているようだが、それとて理解を超えている。リゾートビジネスの何たるかさえ、よくわからない。

「少し足りない部分を何とかしなければ、ということでウチのビルや俺の家や達男の実家を担保に、って話になったんだけどなあ。服部が走り回って話を聞いてる経済の専門家や財界のおっさんや役人なんかは、後10年はこの景気は続くって言ってるらしいんだけどさ。全部に根抵当付けるって話だし。ウチのビルは会社の借り入れの抵当入ってるし。そうそう、かなり政治献金にも回るようだしさ。聡美は、そんなことしたら別れるって言うしさ」

さすがに、もう付いていけなくなったということか。それでも決別することなく、達男の希望に添おうとしているのは何故か。東京に行くようになって口の端に上るようになった東京弁の胡散臭さが、公平の不安と迷いを一層鮮明にしている。

「止めることできないの?」

結論は、本来簡単なはずだ、と義郎は思った。しかし、それはできないようだった。

「一度動き出したら止められない電車に乗ったようなもんだな。どこで降りたらいいのか、降り方はどうすればいいのか、怪我せずに降りられるのか、もう俺にはわからないよ。達男だってわかっちゃいないと思うんだ」

やがて、少し酔いが回ってきた公平は、本音を一言漏らした。

「今の資産を全部現金にして、持って帰りたいよ、俺は」

そして、達男に対する愚痴が始まったのを機に、義郎はタクシーを呼んだ。

公平を送り、家に戻ると、リビングで聡美が管を巻いていた。

しかし、優子によると「“女同盟”ができたから、大丈夫よ」ということだった。義郎は、安心して今度は聡美と付き合うことにした。やっぱり自分の家が一番だと思った。ここが守れなければ、どんなことをしたって意味がない、と思った。

                                       次回は、10月10日(木)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


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