昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……39.公平との帰郷

2013年10月25日 | 日記

公平との帰郷

「義郎。晩飯食うか?どうだ?」

数百メートルを駆けるように歩き、公平は突然立ち止まり振り返った。小走りで後を追っていた義郎は、背中にぶつかる直前で踏みとどまる。まだ持っていた手土産の袋がかさかさと揺れた。斜め掛けにしたバッグが肩に重い。

「それとも、チェックインしておくか?」

バッグをずり上げる仕草を見て、公平はそう言ったが、ホテルの予約はしていない。聡美から「泊めてもらえるみたいだからね」と言われていたからだ。

「いや、ホテルは……」

一泊の予定だから、滞在費も多くは用意していない。もしもの時のためにと、優子はキャッシュカードを持って行くよう勧めてくれたが、断っていた。

「そうか!すまん。そうだったなあ。泊めてやることになってたんだよな。……でも、引き返したくはないしなあ。……重いか?バッグ」

義郎はバッグの位置を直し、一歩先に出た。

「いや。大丈夫。晩飯にしよう」

「じゃ、そうするか」

公平がまた義郎の先を行く。公平の背中越しに見える東京の空は狭い。暮れなずんでいく空の色に、中学の頃、川遊びからの帰りを思い出す。あの頃はいつも、空腹を抱えていた。しかし、あの頃の空腹感は心地よかったような気もする。

「ここだぞ」

繁華街に入る手前で、公平は路上の電飾看板を指差す。“田舎家”とある。「ここは、俺のダイニングみたいなもんだ」と階段を上がって行く。

 

“田舎家”の店内は、カウンター席にはもう空きがなく、奥にあるテーブル一卓だけの小さな座敷に通された。

「よかった~~~。ありがとう、おかあさん」

手土産が義郎の手から奪い取られ、女将さんに渡される。

「とりあえず、生ビールね。こちらの人にはサービスだよ~~。お土産もらっちゃったもんね~~」

中ジョッキが二つ、すぐに運ばれてくる。店の中を奥へと進んでいる時に、もう準備を始めていたようだ。公平の最初のオーダーは生ビールの中ジョッキと決まっているのだろう。

「この感じが好きなんだよ。いいだろ?」

ジョッキを合わせ、一気に半分を飲み干し、公平は大きく息をつく。横顔に中学時代の面影が覗く。

公平はいつも、達男からの圧力と戦っていたのかもしれない、と義郎は思う。その圧力をエネルギーにしていた公平も、もはや疲れを感じ始めているのかもしれない。

「俺たちの話、なんとなくわかったか?」

ジョッキを飲み干し、義郎に身体を向ける。「もう一杯ずつ、お願いします」と大声でオーダーし、義郎の反応を待っている。義郎は咄嗟には答えられず、次の一杯のためにジョッキを空けることにする。喉の刺激をぎりぎりまで耐え、なんとか3分の2ほどを飲み切る。抑えていたゲップと涙が出てくる。公平はそんな義郎に微笑み、もう一度訊いてくる。

「感想は?」

「賭けをしてるような……。なんかすごく大きな賭けに出てるような……。そんな感じかなあ」

正直な感想だった。おそらくこれまでも、二人は賭けをし続けていたのだろう。達男が“勝ちの方程式”と言っていたのは、賭けに勝ち続けることができていたからに違いない。

「ビジネスに賭けは付き物なんだよな。それは誰で知ってることなんだよ。でも、達男にとっては、賭けそのものがビジネスなんだよ。あいつはギャンブラーなんだよ、結局」

ジョッキを交換し、新しい一杯には口を付けただけで、公平は話し続ける。

「今まで勝ち続けてきたからといって、次の勝ちが約束されているわけじゃないからさ、ギャンブルって。それがわかってないと危ないんだよな。……最初の頃はよかったんだよ。株で稼いで喜んでたんだから。まあ、誰でも稼げたんだけどな。……一昨年までは順調でさ。通帳のゼロの数は増えていくしさあ。まあ不安はあったけどさ、いつまで続くのかなあってさあ。で、達男が“これからは株じゃない”って言い始めたんだけど、株で儲けることに不安があったもんだから、それじゃあ次はなんだ?って飛び付いたんだよ、俺も。ちょっとギャンブル依存症みたいになってたのかもしれないなあ」

公平は義郎の額の辺りに目を泳がせる。それから大きく息を吐き、二杯目をほとんど飲み干した。義郎は二杯目に手を掛け、公平の話を継ぐ。

「それで、不動産ということになったんだ」

義郎がそう言うと、ジョッキをあおる体勢のまま、公平は首を縦に小さく振った。

「それもよかったんだよ、最初の頃は。マンションを買ったら、通帳の数字よりも実感があったし。俺たちのマンションだ~~って壁を撫でたりしてさ。でも、担保にして金借りて、転売、転売ってやってると、だんだん俺たちのものじゃなくなって、ず~っと銀行のもののような気がしてきてさ。達男は凄いスピードで先を走って行くしさ。訳の分からない奴らが出入りするようにはなるしさあ。……議員秘書が来るようになったら、もう俺は関係なくなったような気がしたりしてさあ。……でも、資金はどんどん必要になって、気が付くと俺のビルや会社の貯金……あ、これ、内緒だぞ!聡美にはばれてるけど……なんかもう、泥沼のような気がしてきてさ、足抜けしようかなあって思い始めた時、達男が“これが最後だ。最後の大勝負だから、頼む。付き合ってくれ”って頭を下げてきてさあ」

「その件?さっき服部さんも話してたこと?」

「服部も、今度は勝ち目がないかもしれないって言うんだよ。ユダヤ人の美術商がお互いに売買して値段を釣り上げてさ、本当の価値以上に高い値段で日本人に売りつけるのと同じような感じだ、って言うんだよ。最終的にすごく高い値段で俺たちが買わされ、他の奴らが儲けて終わるんじゃないかって。俺たちには借金だけが残るんじゃないかって。一般人の懐に余分に入っている金を吸い上げる仕組みじゃないかって気がしてきた、って言うんだけど、俺にもそんな風に思えてきてさあ。……ちょこちょこ田舎に帰ってると、そんなことも見えてくるんだよ。ずっと東京にいると気が付かないけど。……達男、市議やってるから、田舎に帰ってもあまり感じないのかなあ。議員秘書と金の話もこそこそしてるようだし」

途中で手を上げオーダーした3杯目も終わり、公平は少し揺れている。晩飯を、という話は忘れてしまっている。今まで話すべき相手も見つからなかった、現状への不安と達男への不信を次々と吐き出すことに夢中だ。

勢いよく溢れてくる公平の話に身を任せていると、流されてしまいそうだが、義郎の中で漠としていた疑問や不安は拠り所を見出していく。

“公平を達男から引き離そう!そうすれば、ほとんどのことは解決する!”

義郎にまた、一つの決断が生まれる。

「公平。俺、眠たくなってきた……」

嘘ではなかったが、話を切り上げさせるための口実でもあった。空腹が我慢ならないレベルになってもいた。

「あ!すまん、すまん。……そうだ!晩飯だ!」

公平がオーダーのために手を上げる。しかし、きっとビールか酒の注文もすることだろう。

「いやいや、おにぎりでも買って帰ろうよ。それで十分だよ」

義郎が公平の手を下げさせると、やってきた女将さんが「料理とおにぎり、お持ち帰りにしてあげるね」と告げてくれる。二人のやり取りが耳に入っていたようだ。

「じゃ、そうするか!ありがとうね、いつも」

公平が勢いよく立ちあがる。支えようとしたが、公平は振り払いレジへと向かう。

先に店を出ると、街はすっかり夜だ。渋谷のネオンの輝きはここにはない。街路灯と店からこぼれ出る灯りはさすがに田舎よりも明るいが、都会の煌めきではない。

公平とマンションに向かう。公平の足取りは軽い。

「あのマンション、3部屋買ったんだぞ。全部で約5億だ。全部借金だけどな。一つが俺の部屋。一つが達男とみっちゃん。もう一つが事務所兼服部の部屋。他にもあるんだけどな、マンション。都内に。まあ、みんな抵当に入ってるけどな」

公平は義郎に胸を張ってみせたが、直後によろめいた。

公平は“とりあえず明日、一緒に連れて帰ろう”と思った。

                                      次回は、10月28日(月)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


コメントを投稿