昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……29.転落の軌跡 ②

2013年09月16日 | 日記

転落の軌跡 ②

口を真一文字にして、長沼は義郎を見つめている。その目に曇りはない。

「どこで話しましょう。………いや。現場が先ですよね。みんなもう行ってるんで、僕も行かなくちゃいけないし……。いつだったらいいですか?」

長沼の目に自分への期待を感じた義郎は、長沼との話し合いを急ぎたいと思う。自分が何を成すべきか、その答はきっとそこで見つかるだろう。長沼は信頼できる。いやむしろ、長沼を信頼するところから再出発しなくてはならない。

「僕たちは現場第一でいきましょう。話し合いはいつでもいいんじゃないでしょうか。……現場に僕も一緒に行きますよ。クルマに乗せてもらってもいいですか?」

長沼の返答がうれしい。彼は現場で働く者の側に立ち、きちんと寄り添っていこうとしているに違いない。

「どうぞ、どうぞ。長沼さんがよければ……。軽トラの助手席になりますが……」

「充分です。じゃ、クルマの中で話しましょうか」

そう言われて義郎は、達男と公平に煽られ、自分の中にあったはずの現場第一という意識が薄れていたことに気付かされる。現場のスケジュールや段取りを決める作業やそのための話し合いなど、現場への行き来の道すがら話せばいいような種類のことなのだ。

こうして、きっと誰もが大切なことを置き去りにしていくのだろう。

軽トラに乗るとすぐ、長沼は話し始めた。最初に話題にしたのは、軽トラだった。

「一度、2tに換えましたよね。それをまた軽トラにしたんですね。……これ、中古でしょ?」

「最初に買ったのも中古だったんですが、ちょっと仕事がうまくいくと、欲が出てきましてね。2tにしてみたんですけど……」

「やっぱり使い勝手は軽トラですか」

「2tは背伸びでした、僕には。新車だったんですけど、どうも調子が悪くて……。仕事は減っていくし……。で、妻の勧めで中古の軽トラに戻したんですよ……。これ、3台目です」

「初心に帰ったんですね。……仕事が増えてるのに、それでも中古なんですね」

「長沼さん」

ここで義郎は、誰にもぶつけたことのない疑問と不安を口してみる。

「僕の仕事って、増えたり減ったりしますよね。自分とは関係ない所で……。どうも頼りないなあって思うんですよ。安心できないんですよ、いつまで経っても。いくら経験しても……。僕の仕事は何なんだろう。僕の会社……会社と言うほどの会社じゃないですが……どうなっていくんだろうって、いつも思うんですよね」

ハンドルを手にし、前を向いたままだからこそ話せることだが、言い終わってみると恥ずかしい。40歳手前の男が口にすることではない。しかし、聞き終わった長沼のしばしの沈黙が義郎の耳を赤くした時、意外な答が返ってきた。

「僕の仕事というより僕たちの仕事ですよ。……確かにそうですね。僕にもずっと不安はありますからねえ。……おそらくウチの社長にもあるんですよ。だから、安原さんの話に乗るんじゃないですか?稼げる話がある時に、しっかり稼いでおこうって思うんじゃないですかねえ。……田上さん。でも僕は、間違ってると思うんですよ」

二人きりの車内で長沼は“間違ってる”というところは声を潜める。

「僕は人が住む家を設計したい、といつも思ってるんですが、それができなくてもまだ、自分のやったことが形になるからいいと思うんですよ。形にもならないものでお金だけ稼ぐっていうのは、どうも………」

「達男……安原君は、自信あるみたいだけど……」

「自信が生まれた頃が一番危ない。自信が生まれてきたら、もう一度勉強しなさい。……僕の設計の先生の言葉なんですけど、忘れないようにしてるんですよ。……今のところ、自信が生まれたことがないんで大丈夫ですけど……。いや、勉強はしてますよ」

「土木や建築の仕事に飽きたのかなあって、僕は思ってたんだけど……」

「飽きる頃に自信が生まれる。……これも先生が言ったことなんですけどね」

義郎は、うれしかった。波長が合うと思った。同僚を初めて得た気分だった。彼と一緒なら、多少の困難は乗り切っていけるだろうと思った。視界が開けたような気がした。

軽トラは大川土手でいまだに続いている修復工事現場に近付こうとしていた。義郎は、もう一つ、現場に関する疑問をぶつけてみることにした。

「今の僕の現場ですけど……。必要なのかなあって思ってるんですよ。同じ場所をまた触っているだけのような気がするんですよね。……どう思います?」

「予算があるから必要なことにしている現場は一杯あるでしょうね。田上さんの現場もそうですか?」

ちらりと見る長沼の横顔が険しい。彼もまた疑問に思っているようだ。

「今の現場より緊急な場所があると思うんですよね、僕は」

「そうですか。それは……」

「松が淵です。……わかります?下沢地区の堤防のところ……。大川が曲がるところですよ」

かねてから気になっていた松が淵の変化だった。幸助と飛び込み、底が浅くなっていることに気付いた松が淵だった。何がどう危険か、どんな工事が必要かわからないが、近くを通るたびに気になってならなかった。

「わかりますよ、松が淵。一本杉のある所でしょう。……緊急なんですね」

というところで現場に到着した。

軽トラから降りながら「僕、ちょっと調べてみますよ、松が淵」と言ってくれた長沼に、軽トラのキーを渡す。

「現場にずっといる必要ないですよ、長沼さん。終わるまで自由に乗ってください。事務所に寄りますから」

と言うと、長沼は「じゃ、お借りします」とニコリと受け取った。

話し合いはもういらない、と義郎は思った。

                                          次回は、9月18日(水)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


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