昭和少年漂流記

破壊、建設、発展と、大きく揺れ動いた昭和という時代。大きな波の中を漂流した少年たちの、いくつかの物語。

昭和少年漂流記:第四章“ざば~~ん”……26.覚悟する喜び

2013年09月05日 | 日記

覚悟する喜び

「そうよね。気になるわよね。当たり前よね」

聡美は義郎、優子と順に見て俯き、ビールをあおる。

「自分の旦那と兄貴がやってること、私、本当に申し訳ないと思ってるのよ。………ごめんなさい」

聡美が額をテーブルに押し付ける。

「いやいや、そんな……」

義郎はうろたえ、優子をすがるように見る。優子は静かに微笑んでいる。

「兄貴、公共事業の予定地をひと足先に買って、国や県の購買価格との差額を稼いでいたの、知ってるでしょ?」

「なんとなく……」

「それだって私には許せないことなんだけど……市会議員だし、地主の農家の上前はねてるようなことだし……でも、自分の名前は出ないからいいんだって……旦那やみっちゃんや服部さんたちと結託して……これって汚職じゃない?って言ったんだけど、あくまでも偶然だって、知らん顔だし……あ、私、愚痴言ってる?愚痴言ってるよね、優子ちゃん」

「愚痴じゃないと思うわよ。怒ってるんでしょ?」

優子を一瞥しまた俯く聡美の横顔を、優子は頬杖をついて見つめている。

「そうやって稼いだお金を今度は株よ。私にも会社のお金全部出せって。……でもね、一度酒造り失敗して嫌な経験してるでしょ。そんなことできないって断ったの。OEMに切り替えてやっと安定したんだし、大手の我が儘聞くのも大変なんだしって。そしたら…」

「間違いなく稼げるんだから!商売のリスクヘッジになるんだから!でしょ?」

優子が補足する。達男から直接聞いた言葉のように思える。

「優子相変わらず欲がないんだからって言ってた、兄貴。お兄ちゃんに欲があり過ぎるんだって言ってやったけどね。……ほんと際限なく膨らむのね、欲って。で、とうとう東京に不動産管理会社作って、ねえ。結局稼いだお金、そこにほとんど持って行ったのよ。大丈夫、5倍以上にはするから、とか言ってねえ」

「あの、こっちの会社は……」

義郎には、達男と公平が作った仕組みがまだよくわからない。

「コンサルって言ってるけど、投資資金集めの入り口よ。田舎の金を掻き集めてダイナミックに運用するんだ、金が動いている場所でね、だって」

「それはやっていいことなの?」

名前が出ないようにしていると言いながら、“安原コンサル”という会社を開いているのは市会議員としての信用を利用するためか。しかし、何らかのカラクリがあるはずだ。

義郎には、達男が危ない橋を渡っているようにしか思えない。増水した大川の流れが、激しく橋桁を打つ情景が目に浮かぶ。

「本人は今、うまくやってるって有頂天だから、なんにも心配してないんじゃないかなあ。……そうそう、肝心なこと忘れちゃいけないわよね。倉田興業だけど……本当はうちの旦那は倉田興業のことだけ頑張ってくれてればいいんだけど……楽して儲けたからねえ、随分、株で……もう面倒くさいみたいなのよ」

義郎の眉が上がる。“白鳥”で前にした仲間の顔が浮かぶ。

「不動産は、工事して売り物にするお手伝いするより、売買した方がいいよなあ。速いし、儲けも大きいし、なんて言い始めてね。ちまちましたことなんかやってられない、なんて言い出すし……それでね。それで、ある日、1週間ほど前かなあ、義郎にやらせておこう、って言ったのよ」

「僕にやらせておこうって……」

表情を窺う聡美の目を避け、義郎は優子を見る。もう三人ともビールには一切口を付けていない。優子はゆっくりと首を上下に振り、時計に視線を流す。

「兄貴も、それがいいって言ったらしいのよ。その代り、取締役にしてやれば?って。……ごめんね、ひどい言い方でしょ?厭な話でしょ?」

聡美の目が鋭く義郎を窺う。義郎はその目を真っ直ぐ見つめ返す。その目には、意志も思いもない。義郎の目には、“白鳥”を出て見上げた空が浮かんでいるだけだった。綿を千切ったような雲がぽっかりと目の前に見えた気さえしていた。

「ただいま~~~」

玄関から幸助の明るい声が聞こえてくる。聡美はバタバタとテーブルを片付け、優子は玄関へと走る。

「お帰り~~~。早かったわねえ」

優子の声が聞こえてくる。と、その瞬間、義郎の目の前の淡い雲は掻き消えた。

「よし!」

両手をついて立ち上がる。聡美が片付けていた手を止め、義郎を驚いた目で見る。

「僕、立派な取締役になります。任せてください!」

義郎は宣言する。自然と出てきた言葉だった。笑顔だった。

                                          次回は、9月6日(金)予定           柿本洋一

*第一章:親父への旅http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/84e40eba50c5c6bd4d7e26c8e00c71f7

*第二章;とっちゃんの宵山 http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/f5931a90785ef7c8de01d9563c634981

*第三章:石ころと流れ星http://blog.goo.ne.jp/kakiyan241022/e/0949e5f2fad360a047e1d718d65d2795


コメントを投稿